06 とりあえずは宿で休みましょう
申し訳ありません、予約日時を明日にしておりましたm( _ _ )m
今日は11時に投稿します。
厩舎に馬車を預ける際、わたしたちはここまで運んでくれた馬に感謝の言葉を投げかけた。
馬は「そんな気遣いはいいから、楽しんできなさい」とでも言うように、長い首を軽く振って鼻でわたしたちの背を押し出した。そんなちょっとしたことにもわたしたちは何だか笑ってしまい、プラムと手を繋いで厩舎の事務所へと移動する。
登録書は簡単なもので、割符の番号と照合できるように保管する書類のようだ。
他人には思いもつかない言葉を登録するので好きな動物は、と聞かれ、すかさずプラムが「バナビィ!」と答えたので、それがわたしたちの割符を失くした際のキーワードとなった。後で聞いてみたところ、バナビィというのは兎のような動物らしい。裕福な家庭では愛玩動物として親しみを持たれているとのこと。
あとは馬車の荷物として残った野菜等の日持ちしない食料。
わたしたちが食べきれずに余った分だが、パンクに相談したところ、不要なものは危険物でなければ孤児たちを保護している教会に分配してくれるサービスがあるようで、わたしたちが持っていても持ち運びが難しいため、お願いすることにした。
かなり多方面に配慮が利いているあたり、長年こういった運用を続け、試行錯誤を続けてきたことがよくわかる。
痒いところに手が届く、という表現が似合う王都の対応に、わたしは素直に感心した。
去り際にパンクから「内壁の向こうにいったら、すぐに迎えの人を探すんだよ~」と心配され、わたしたちは嘘をついている罪悪感から、ちょっとだけ困ったように笑みを浮かべ、お辞儀をしてその場を去った。
さてさて、色々あったが、一週間にもわたる移動はこれでおしまい。
ようやく地に足をつけられる、ということだ。
プラムが用意してくれた大小のリュック。
大きい方はプラムが持ってくれて、わたしは小さい方。
ちなみに大きい方に重い貨幣の入った麻袋があるため、プラムはちょっとしんどそうだ。
代わりばんこで持とう? と提案しても「大丈夫、私ってこう見えて力持ちなんだよ!」とお姉ちゃんっぷりを発揮してしまって痩せ我慢してしまうようだ。
これは早いところ、大荷物を置くための宿を取るのが先決だろう。
ちょっと市場に寄りたい欲望も出たが、ぐっと我慢してわたしたちは第一内壁門へと急いだ。
気付けば若干日が沈んできたのか、気温も下がり、空も赤みがかってきていた。
実際に会話している最中は全く思いつかなかったが、よくよく考えれば別にパンクに嘘をつかず、素直に「わたしたちは戦災孤児で、男爵家にはご厚意で馬車を貰った」という事実を話せばよかったんじゃないかと思い始めてきた。
きっと心のどこかで孤児は不遇な扱いを受けるんじゃないか、という気持ちがあったのかもしれない。
プラムも同様で、その気持ちにさせた最たるものは奴隷業者だろう。
いかに王の御膝元とはいえ、隅の隅まで管理下に置かれることは難しい。
ゆえに「孤児」であったり「元奴隷」という烙印は、相手に色眼鏡をかけさせることになるんじゃないかと無意識に警戒してしまったんだろう。
けど、教会などとも懇意にしているあたり、そのあたりの選民意識や差別は薄いようにも感じた。
逆に助け合い精神をしていこう、という方向性に強く傾いている気もする。
第一内壁門へ向かう途中、声を抑えてそのことをプラムに相談してみると、彼女もやはりどこか最近の境遇に負い目を感じていたようで、困ったように眉を下げ、一緒に悩んでくれた。
「そうだね……あまり大っぴらに言うようなことでもないけど、今後も私たちと関係が続きそうな人たちには話してもいいかもしれないね」
「うん」
プラムと同じ気持ちだったことを嬉しく思いつつ、差し出された手を握り返し、わたしたちは後ろ髪をひかれそうになる市場の賑わいを振り切って、第一内壁門の前まで30分かけて歩いた。
門と門を繋ぐ大通りは一目で分かるほど広いし、外壁も内壁も見上げればすぐに分かる高さを誇っているため、人混みに惑わされて道に迷うことはなかった。
ちなみに外壁と内壁を逆に歩かない様に、ちょっとした工夫がなされているようだ。
内部から見た外壁の内側には国のシンボルが彫られた巨大なレリーフの下に「↑」というマークが描かれており、逆に壁間内市場から見て第一内壁の壁面には「↓」が描かれている。
第一内壁の裏側を見てみないと確信は得られないけど、おそらく「↑」は「外に出る」、「↓」は「中に戻る」を指しているんじゃないかと思う。第一内壁を通って、その裏面を見ればきっと「↑」マークが彫られていることだろう。
まあ慣れてくればそんなマークを見ずとも、街の風景だけでどの方角かわかってくるんだろうけど、人の出入りが激しい都市ということもあって、嬉しい親切心だと思った。
第一内壁門につくとこちらにも衛兵が数名、門の両脇を固めていた。
第一内壁門は中心部に薄い仕切り――というか鉄柵があり、門の道を二手に分かれてさせていた。
てっきり初見では入る人間と出る人間を分けているのかなぁと思っていたが、人の流れはどちらもまちまちだ。
よく見れば、右側の入口付近には受付窓口が幾つも並んでおり、お金を払って入る人たちはそちらに流れているようだ。逆に左側には三人の衛兵が立っており、通行人は出入りに関係なく、通行証のようなものを衛兵に見せてそのまま素通りしている。
ふむ、どうやら人の流れで区切っているわけではなく、外部の人間か内部の人間かで区切っているようだ。
確かにこっちの方が混雑も少なさそうだ。
人の数は開かれた門の大きさよりも多い。
通行証を目視で確認している衛兵も、入門料を授受している窓口も目を回しそうなぐらい忙しそうだ。
「わたしたちはこっちだね」
「あ、みたいだね~」
わたしが指を右の窓口を指さすと、プラムがのんびりと応えてわたしの手を引いてくれる。
「人が凄いから、セラちゃん、離れないようにしっかり握ってるんだよ」
「うん」
と、その時だった。
市場の方から何やら怒鳴り声が響き渡る。
「お、お前! こないだは俺が採取する香草を引き取ってくれるって約束してくれたじゃないか!」
「し、仕方ねえだろ!? お前よりも良質で、量も多く正確に仕入れができる人が見つかったんだ! 商売人としちゃ、そっちを優先するに決まってんだろ!」
「ぐ……、だが約束を違えるのは話が違うだろ! 俺にだって生活があんだぞ!? せめて今回採取してきた分だけでも買い取れよ!」
「……買い取る理由がねぇ」
「はぁ!? だから約束した分だけは買い取れって話だろうが! そこにどんな理由がないってんだよ!?」
徐々にヒートアップしていく男二人の声に、周囲もわたしたちも足を止めて、そちらへと視線を向けてしまう。
「喧嘩かなぁ……」
「喧嘩だねぇ……」
プラムの独り言に近い呟きに、わたしも同じ言葉を返す。
聞いた感じ、素材などを現地から採取する側と、それを使って商売をする側との意見の不一致だろうか。
どちらに非があるかなんて過程を見ていないわたしには分からないことだけど、この賑やかな市場ですら注目を浴びるほどの怒声は中々に迫力があった。
騒ぎの方を見れば、怒鳴っている男は何やら箱のようなものを抱えており、おそらくそれが相手に「買い取ってほしい」ものなんだろう。
対して商人と思える軽装の男はさも面倒くさそうに、眼前の男を追い返そうと画策している顔のようだ。
「約束、約束って言うがよ、アンタ……その証拠はあんのかよ」
「は、はぁ!?」
「どーせ何も無いんだろ? 証拠もねぇし、俺に覚えもねぇ。そら難癖ってもんだろ……わかる? アンタの今の行為は営業妨害っちゅう迷惑行為だって言ってんだよ!」
「お……お前、本気で言ってんのか?」
「本気も何も、こちとら言いがかりで迫られて迷惑してんだよ! いい加減にしてくれ!」
いやいや貴方……さっき「他にいい取引先が見つかったから、そっちにするわ」みたいなこと、言ってたじゃない……。こりゃどうやら、買取側の人間に問題がありそうな気配だ。
「……お前、商売人としての誇りはねぇのかよ」
「誇りぃ? お貴族様じゃねぇんだから、んなもんより利益がどんだけ得られるか、だろ? アンタこそ、その辺学んでいかねぇとやってけねぇぞ」
「……そうか、分かった。もういい」
怒鳴っていた男は、急に冷めたように態度が静かになり、相対する男を一瞥した後、振り返ってこちら側に歩いてきた。
180は超えているだろう長身だと思うが、やや猫背なためか、外見はもう少し小さく見える。俯き気味でその顔色は見えにくい態勢だが、身長の低いわたしからは木箱との間から覗かせる彼の表情がよく見えた。
どこか……悔しさを噛みしめるようにして口を噤む様。顔は整っているのに、寝ぐせのように飛び跳ねている金髪と雰囲気で、だいぶ暗い人という印象を受けてしまう。
身だしなみを整えて、背筋を伸ばし、堂々と歩けば育ちの良い貴族に見えそうなものなのに、勿体ないこと。
金髪の男性はそのままわたしたちの前を通り過ぎ、左側の通路を通って門をくぐっていった。
どうやら彼は王都の住人らしい。
それも衛兵に顔が通っているのか、荷物を抱えたまま通行証を見せずに通り抜けていった。
……有名人?
そんな感想が浮かんだが、重いリュックを背負ったプラムの疲れがそろそろピークになってきたのか、足元がふらついていたので、わたしは彼女を促して入門料窓口に行くとした。
支払いは滞りなく、特に何か聞かれることもなく、普通に門を通り抜けられた。
第一内壁を抜けると、すぐ傍に街の案内板があり、何人か地図を確認している。
わたしもそれに倣って地図を見上げ、幾つかの宿泊施設の位置を確認する。
街は中心の王城や貴族街を囲うように円状になっており、道は碁盤の目に近い形になっていた。
これならそんなに迷わなさそうだ。
特にどこがいい等の情報は持ってないから、とりあえず近い方がいいだろう。
でも大通りに面した施設は混んでそうなので、近場で少し横道に入った場所に行くことにした。
「お姉ちゃん、いこ」
「うん」
大通りを真っ直ぐ、横道を四つ見送り、五つ目を右に曲がる。
大通りを曲がっても人の数はそれなりで、大通りより空いているだろうと踏んでいた目的の宿泊施設も、中々に盛況のようだ。
外観から見たところ、六階建てほどの背の高い宿屋のようだ。
受付に並ぶ順番待ちの列の最後尾に並び、自分の順が来るのを待つ。
いざ順番が来て「満室になりました」なんてオチにならないよう祈っていたが、そんなことも起こらず、無事支払いを済ませて、案内された部屋に二人で足を踏み入れた。
五階の部屋で、窓を開ければ先ほど自分たちが歩いていた横道を見下ろせる部屋だ。
受付では「連泊は六日までです」と釘を刺されたので、とりあえず最大の六日分の支払いを済ませたが、その間に今後の身の振り方と、資金の工面を考えていかないといけない。
でも、今はともかく――。
「ふわぁ、疲れたねぇ~」
「うん~」
わたしたちはリュックを壁際に置き、二人合わせてベッドへと飛び込んだ。
道中、適度に川で水浴びをしているも、やっぱり風呂に入りたい気持ちが強い。あとで近くにそういった施設がないか確認してみよう。けど……それを上回って、わたしたちは睡魔に襲われていた。
「……」
「……」
並んで寝っ転がるわたしたちは顔を見合わせ、互いに考えていることが同じだと理解した。
「少し寝よっか」
「賛成~」
くす、と笑い合いながら、わたしたちは一週間の旅路で常に抱いていた緊張感を放り投げ、ふかふかのベッドに身を任せて、微睡みの世界へと旅立っていった。
次回は「07 王都平民街の一日」となります(^-^)ノ
2019/2/24 追記:文体と一部の表現を変更しました。