05 壁間内市場(へきかんないいちば)
結論から言うと、王都外壁門はあっさり通過できた。
デブタ男爵家の家紋の入った馬車を確認すると、衛兵たちが何の疑問も抱かず「よし、通れ」と許可を出したのだ。
こんな警戒態勢で……大丈夫なんだろうか。
そりゃ一日に何百人も相手に身元確認するのは大変だろうし、そもそも検閲に割かれている衛兵の人員数も三人程度だったことを考えると、ある程度はお目こぼしも出てしまうのかもしれないけど……。だからといって、こんな……おざなりに近い検問は如何なものかと思う。仮にも国の中心であり、王の住んでる王都だっていうのに。
まあ、そんなことはわたしが心配することでもないか。別に特別、不都合があるわけでもないし。
道中で野盗以外に危険な生物とは出会わなかったし、何かしらの特殊な対策でも取っているのかもしれない。それが何なのかは全然わからないけど。
「わぁ……」
と、いつの間にか御者台の横に座っていたプラムが感嘆の息を漏らした。
わたしも興味深そうに左側を覗き込んでいる隙に、気取られないで右を取るとは――やるわね、プラムお姉ちゃん。
「すごい人だねぇ、セラちゃん!」
「うんっ」
門の内通路も人でごった返していた。
どうやら検問で人が詰まっているのではなく、そのまま中まで大勢の人が出歩いているようだ。
左が中へ進む人、右が外へ出る人、という流れが出てそうなので、特に邪魔になりそうな馬車ということもあるので、わたしは左側に気持ちギリギリまで寄せて、人を巻き込まない様に慎重に進むよう、馬の首筋を撫でる。
わたしの気持ちを汲むように、馬はブルゥと一鳴き。
あれ、言葉どころか心まで通じちゃってる? 凄いね、このお馬さん。
外壁門をゆっくりと潜ると、門の内部を通る。
ここは兵たちの詰所や何かの窓口のようなものが設けられており、太陽の光が遮られて少し薄暗い場所だ。距離にして5メートルほどだろうか? 本当に巨大な門だと感心させられる。
脇道の類は一切なかったので、外壁の内部は詰所などの部屋だけで構成されているのかもしれない。
やがて門を通り抜け、再び太陽とこんにちわ。
日差しと共に、賑やかな喧噪が耳に届いてくる。
わたしたちの馬車の前を歩いていた子供たちが、親であろう大人の手をとってはしゃぎながら門の外へと走っていった。
「わぁ……わぁ、わぁ!」
プラムの感動メーターが振りきれたようだ。
両手を合わせて、目をキラキラさせるプラムの様子は、さっき走っていった子供たちと同じ顔をしていた。
「プラムお姉ちゃん、落ち着いて。あんまり身を乗り出すと落ちちゃうよ?」
注意するも、彼女の気持ちも良く分かる。
馬車通り――門から真っ直ぐ伸びている大通りは、多くの商人や行商が手綱を引いている馬車で埋め尽くされていた。
荷馬車から覗かせる木箱の数々や調度品が見え隠れしているから、何を生業としているのか分かりやすい。この道は原則馬車を優先する法でも敷いているのか、歩行者も路商もおらず、門を通る者や横切る者がいるぐらいだ。よく取り締まりが効いているのかそのルールを逸脱しようとする者は見受けられなかった。
その大通りから外れれば、そこはもう露店商の天国だった。
パッと見た感じ、固定店らしき建物もあれば、大きく開いた公道や広場で簡易設備を建てて商売にいそしむ姿も見られる。
なるほど、個人が持つ土地もしくは賃貸の場所として割り当てられているのだろう。
店を構えるのに、場所取りに関してはフリースペースなのか、登録制なのかは分からないが、この場所が商店が集まる街だということは一目瞭然だった。
食料から装備品や武器、調度品やら雑貨まで道を通るだけであらゆる物が売っていることが分かった。
こりゃ心が躍りますわ。
プラムでなくても思わず適当な店に飛びついてしまいそうになるほど興味を持って行かれる。
「おーい、お嬢ちゃん、ストップ、ストップだ!」
「えっ」
急に大声をかけられて、わたしは思わず手綱を引いた。
そんなに強く引っ張らなくてもいい、と抗議するかのように馬が鳴いたが、首筋を撫でて謝罪の意を伝えると、すぐに大人しくなってくれた。
そんなに速度も出してないし、道を外れてもいなかったはず。
何故、止められたんだろうか。
「あ、えと……」
視線を横に向けると、軽装を身に着けた男性が両手を上げて「とまれ」というサインを送ってくれていたことに気付く。
あちゃぁ……もしかしてずっと合図してくれてたのかな。
「すみません」
とりあえず事情はされおいて、謝っておくことにした。
「ああいや、止まってくれて良かったよ。もしかして王都は初めてなのかい?」
「はい」
「ははは、そりゃ周囲に目移りするのも仕方がないな。国一番の市場……壁間内市場は国中の珍味から特産物まで目白押しの場所だからなぁ」
「はい、私、感動しましたっ!」
純粋なプラムの感想にうんうん、と頷く男性。
良かった、すぐに怒鳴ったりするような人ではなかったようだ。
止まらなかったことに長く説教を受けるのは嫌だなぁと反射的に考えていたので、良かった。
「でだ、馬車で入れるのはここまでなんだ。ここから先は徒歩だけと決められていてな」
「あっ」
横ばかり見ていたが、気づけば道に並んでいた行商の馬車は後方へ。
前方には道歩く人だけになっていた。
何人かは「ここまでその馬車で突っ込んでくるのか……」とでも言いたげに、こちらを見ていただけに、これは恥ずかしい。
「う、すみませんでした……完全によそ見してました」
「なぁに、ここに初めて来た奴はみんなそうなるさ。次から気をつけてくれればいいよ」
「ありがとうございます」
頭を下げると、男性は「まだ小さいのに礼儀正しい子だなぁ」と感心してくれた。
やっぱり口調は丁寧語中心にして正解だったかも。
お利口さんは敵を作りづらいもんね。
「こっちに厩舎があるから、ゆっくりついてきてくれるかな」
「はい」
「ブルゥ」
え、なぜわたしの返事にかぶせて馬が返事をする。
もはや御者なんて必要なさそうなぐらい、人の世に慣れ切った素振りを見せるね……。
だってわたし、もう手綱に何の力も入れてないのに、この馬は勝手に男性の後を丁度いい速度でついていっているんだから、もう驚きを通り越して敬いの気持ちが浮かんでしまう。
――……どこかのタイミングで、この子に名前でもつけようかな。
うん、そうしよう。
いつまでも「馬」だなんて他人行儀な言い方はなんだか失礼な気がしてきた。
プラムと相談して、高貴な名前でもつけてみようかな。
「ブルルゥ」
いや、そんな……頼むぞ的なタイミングで反応しないでください。
中央の大通りを少し戻り、そこから横道に曲がっていく幾ばくか進むと、遠目からでもはっきりとわかるほどの大きな設備――厩舎が見えた。
「はぁ……大きいですね」
「うん、何だか圧倒されちゃいそう」
少女二人の言葉を聞いて、男性は顔だけこちらに向けて教えてくれる。
「これと同じ設備が四方に設置されているのさ。この壁間内市場じゃ、王都在住の商人から、旅人、行商、お小遣い稼ぎの子供たちまであらゆる人が集まるからね。どうしても移動して荷物を運ぶには馬車が必要だから、こうして大きな厩舎が必要になってくるんだ」
「四方って……もしかして、門って四つあるんですか?」
そこで沸いたわたしの疑問に、男性は少し目を見開いてこちらを見上げた。
「へぇ……そこまで想像できちゃうなんて、本当に賢い子だねぇ。君の言う通り、東西南北に門はあって、どこも同じ時間に開閉されるんだ。当然、厩舎も同じような配置で用意されてるってわけだね。さ、こっちだよ」
案内のまま――というか、わたしは既に手綱を膝の上に放置しているのだが――馬車は彼の後をついて曲がり、厩舎の入り口へと進んでいった。
「ちょっと待っていてね」
男性は入口付近に設けられた窓口で何言か事務の人と話し、手に何かを持ってこちらに戻ってきた。
「あ、そういえば君たちの親御さんはいないのかい? 後から追ってくる感じなのかな?」
荷台を覗くように確認をしてから、彼はそう尋ねてきた。
確かにわたしとプラムは完全に独り立ちするには早い年齢だ。プラムは実年齢的にはギリギリ大丈夫かもしれないが、この華憐な容姿では本来よりも年下に見られても仕方ないかもしれない。わたしは論外。完全に幼女。
「えっと……実はわたしたち二人だけで旅をしてここまで着いたんです」
どうしようか迷ったが、正直に話すことにした。
男性は驚いたように目を開き、改めてわたしたちが乗っている馬車の様子を確認した。
「二人だけって――でも……この馬車、貴族の家紋が刻まれてるよね? どこかのお家のご令嬢じゃないのかい? ああ、もしかして門の前まで一緒で、そこで別れたのかな。この後は内馬車で迎えに来てくれる約束でもあるのかな?」
「内馬車……?」
「ああ、王都は初めてって言ってたよね。さっきも言った通り、馬車ではこれ以上先に進めないんだけど、馬車なくして王都内を移動するのもまた中々に骨が折れる距離なんだ。なんせ端から端まで歩いたら一日以上かかる広さだからね。だから外で使用する馬車と、王都内で使用する馬車があるんだよ。王都内の方を『内馬車』というわけだね」
「へぇ……」
言われてみれば、外から入ってきた馬車を全てここに格納してしまうと、それじゃあ中は? ってなってしまう。
考えてみれば貴族の馬車だと分かっているのに、こんな門の近くの厩舎に置くのも変だ。わたし自身に貴族の意識がないから気づかなかったが、前世だと少なくとも一般の馬車と一緒に貴族の馬車を置くなんてことはあり得ないだろう。
そして今の口ぶりだとその感覚はこの世界でもそこまで差異はなさそうだ。
ただ、一国の都があまりにも広大だからそういう仕組みになっていったのだろう。
「ここの仕組みは中々慣れないだろうけどね。他のどの街と比較しても規格外の広さだから。あ、盗難の心配はいらないよ? 一応、馬車内に貴重品や商品の類は置いて行かない決まりになっているけど、荷台や馬についてはきちんとうちらで管理しておくから」
お、気づけばここにたどり着くまでの話から、これからの話にシフトしてきたので、その流れに乗っかることにしよう。変に詮索されて尋問されるなんて真っ平御免だ。
「お兄さんはここの職員さんなんですか?」
「ああ、そうだよ。パンクっていうんだ。だいたい月の日から土の日まではここで勤務してるよ。あ、これ割符ね。これ失くすと馬車を受け取ることができなくなるから、絶対に失くさないこと。といっても万が一はどうしても付き物だから、後で登録書も書いてもらうけど……あ、話を元に戻すけど本当に君たちだけなのかい? できれば代理でもいいから関係者の大人に書いてもらいたいんだけど……」
しまった……すぐに話題がそこに戻ってしまったか。
しかし月の日、土の日ね。
ここの暦感覚は一番最初の世界に似ているのかもしれない。
要は月曜、土曜という意味だろうと思う。
間違ってたら勘違いも甚だしいけど……。
前世では「水霜」だの「大雲」だのと最初は覚えづらいのなんのといった日付だったなぁ。
そういった名称って同じような文明、歴史を進まないとそこまで一致しないものだと思うけど……まさかね。
「え、えと……実はわたしたち、デブタ男爵の所縁の者なんですけど……門前でハイエロ様と別れまして、彼からは『大丈夫だ』と仰せつかったので、そのまま来ちゃったんですけど……」
ほぼ嘘で塗り固められたものだが、彼から王都に行くのがいいだろう、と言われたことは確かだ。
身よりの無い者でも、ここが一番安全だということは、これまでの会話でも理解できる。どこか緩さが垣間見えるも、それが許される治安の良さ、と思えば悪くない。
「そう? うーん……確かにここの手続きに年齢制限はないけど、さすがに万全の治安体制を組んでいる王都内とはいえ、心配だなぁ」
「そ、そこはほら……さっき言っていた内馬車が待ってますので……」
「さっき思いも寄らないって顔してた気がしたけど……」
「な、長い旅路と疲れでしょうか……後はここの雰囲気にビックリしてしまって、色々と頭から抜け落ちていたんです。すみません……」
「い、いやいや! そんな謝らなくてもいいよ。俺こそしつこく聞いてしまったね。こんなこと言うのもアレだけど、君たちはその……正直に言うとかなり可愛い容姿をしているからね。とりあえず市場を見て回るのは後にして、第一内壁の向こうに入った方がいいよ」
「第一、内壁……?」
首を傾げると、パンクは苦笑した。
「ここからだと厩舎が邪魔で見えないけど、王都には三つの巨大な壁があるんだよ。外壁が一番外側。その次が第一内壁で、そこは住民は出入り自由、外部の人間は入門料を払って出入りするんだ。その先、中心である王城に向かってもう一つあるのが、第二内壁。そこから先は完全に貴族の領域だから、貴族は自由に行き来するけど、平民は特別な許可がないと入れない場所なんだ。珍しいだろうけど、第二内壁門の近くをウロチョロしていると、衛兵に質問されちゃうから気を付けてね」
ほうほう、居住区や身分によってどうやら壁が設置されているようだ。
なるほど、一番外側の監視が緩くとも、中心に向かうにつれて厳しくなる仕組みのようだ。
「おっと、後ろから次の馬車が来てしまったようだね。そろそろ厩舎に馬車を入れよう。そういえば……ここの使用料もかかるんだけど、そこは大丈夫そう?」
「た、多分……大丈夫です」
法外な利用料とか、じゃないよね……?
そう思って横を見ると、いつの間にかプラムがいない。
そういえばさっきから静かだったな……。
背後の荷台の方を見ると、彼女は何やらゴソゴソと荷物をまとめていた。
どうやらいつでも市場に出陣できるよう、わたしと二人分の荷物を整理してくれていたらしい。
抜け目ないなぁと苦笑しつつ、わたしはパンクに向き直った。
「ちなみにどのくらいなんですか?」
「一日銀貨一枚だよ。入れる際に一枚貰って、残りは出るときに滞在日数分を支払う仕組みさ」
「プラムお姉ちゃん、お金は――」
「ふふん、大丈夫だよ、セラちゃん。ほら、すぐに取り出せるよう、リュックの一番上に入れてるんだから」
プラムは大きい方の背嚢――リュックの上蓋を開き、そこにハイエロから頂いた金貨などが入った袋を見せる。そこから銀貨一枚を取り出し、わたしに渡してくれた。
「お姉ちゃん……それがわたしたちの全財産だから、使いそうな分だけ取り出しやすいところに置いて、それ以外は底の方に入れておいた方がいいよ」
「あっ、そ、それもそうだね……」
それじゃナッツの入ってた小袋が空だからそこに少しだけ移そう、と呟きつつ再整理する彼女を微笑ましく思いながら、わたしは銀貨一枚をパンクに見せた。
「うん、それじゃ登録書を書く際に貰うから、それまで手に持っていてね」
「はい。パンクさん、色々と教えてくれてありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
互いに笑顔で言葉を交わし、パンクの誘導の元、わたしたちは厩舎の中へと案内されていった。
次回は「06 とりあえずは宿で休みましょう」となります(^-^)ノ
2019/2/24 追記:文体と一部の表現を変更しました。