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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
33/228

03 人違い

 ちょび髭ロン毛は、ぶるり、と体を震わせた。


 それはきっと、夜の冷え込んだ空気に身を震わせたわけではなく、本能が危険を察知したためだろう。


 さっきから近くにいる仲間を呼び出そうと大声を張り上げているちょび髭ロン毛の姿は、言っちゃ悪いけど滑稽だ。


 彼の呼びかけに答える仲間は一人もおらず、全て夢の世界へご出発済だ。

 そしてこの冷たい現実には、わたしと彼しかいない。


 やがて、ぜぇぜぇと息を切らしながら、彼は既にこの場で二足立っているのが己だけだと理解したようで、見ない様にしていたわたしの方へと恐る恐る視線を戻していった。


 パチ、と焚火の火がはじける音がする。


 それを合図に、ちょび髭ロン毛はいきり立っていた数分前と打って変わって、情けない表情をしていた。


 そんな獅子を前にした小ウサギみたいな顔をしないでほしい。

 見た目は狒々(ヒヒ)みたいな風貌なんだから、アンタに小ウサギは似合わん。


「ぉ……、……」


「はい?」


 何か言おうとしているのは分かるので、わたしは後ろ手にニコッと笑って続きを待った。


 笑ったのはわざとだ。

 こんな小さな子供が大の大人10数名を有無も言わさず沈めたのだ。

 そんな子供が息も切らさず、暗がりの中でニコリと無邪気に笑っていれば――さぞかし不気味に映ることだろう。


 しかし大した相手でなくて、本当に良かった。


 多少腕に覚えがある相手であれば、暗闇の中とはいえ、あそこまで綺麗の意識を奪うことはできなかっただろうし、下手をすれば手痛い反撃を受けていたかもしれない。その際は操血も魔法も迷いなく用いなくてはならない苦しい展開になったはずだ。だが、この場に集まってきたのは、どうやら正真正銘の弱者相手にしか威張れないゴロツキだったようだ。


 リーダー格のちょび髭ロン毛の様子がそれを如実に物語っていた。


 さて、さっさと彼の意識も奪ってしまうのも良いのだが、時刻は夜。


 いかに聡明な馬であろうと、この時間帯を移動するのは危険だし、馬も嫌がるだろう。


 かといって全員気絶させて、男たちが近くを囲うように寝そべっている中を休めるほど、わたしの神経も図太くない。寝ずの番を一定時間でプラムと交代するわけにもいかないから、わたしがずっと見張っておく必要があるだろう。正直……一睡もしないのは、わたしもちょっとシンドイから、それは嫌だ。


「……」


「お前は、……っ、何者だっ!?」


「……は?」


 しまった。


 プラムをどうやって安全に過ごさせるかを考えていたら、数秒とは言え、目の前のちょび髭ロン毛を存在を忘れてしまっていた。


 危ない危ない。


 今、間合いを詰められていたら、わたしもビックリする程度には動揺していたかもしれない。けど、どうやら彼にはそんな隙すら見抜く技量は持ち合わせていないようだった。


「何者とは……御覧の通り、か弱い子供ですが」


「か弱い子供……が、男を次々と沈められるかっての! ありえねぇ……テメエ、さては人間じゃないな!?」


 むぅ、失敬な。

 確かに人間離れした能力は持っているが、いつだって心は人のつもりだぞ。


 そこまで浮世離れしているつもりもないし、わたしだって美味しいものを食べれば喜ぶし、気を許した相手が笑ってくれれば嬉しい。人並みの感情はたくさん持ってるんだ。逆に平然と人の命から私財まで、力と恐怖だけで奪っていくお前らの方が人間から逸脱してるとわたしは思う。


「く、くそっ……今も俺を殺す算段を考えていやがるのかっ!?」


「いや、別に……」


 勝手に思考を暴走させ始めてきた男に、わたしは思わず呆れてジト目になってしまう。


 うーん、怖がられてるなぁ。

 そう仕向けたのはわたしだが、ここまで狼狽されるとちょっと悪戯心が顔を出してくる。


 わたしは手に持っていた短剣を手元で、くるくると器用に回す。

 それだけでちょび髭ロン毛は肩をビクッと震わせ、半歩、後ろへと下がった。

 その様子に満足して、わたしはパシッと短剣の柄を握り直す。


「見てください」


 手に持つ短剣の様子がより見えるように、わたしは焚き火の灯りが届く場所へと歩いて行く。

 歩いて数歩のところだ。

 ちょび髭ロン毛は目を見開くも、わたしから視線を外せずにその行動を凝視していた。


「ふふっ」


 わざとらしく笑ったわたしは、こそっと手首の血管から皮膚を貫き、操血の力で血液を外部へと流していく。もちろんちょび髭ロン毛には見えない死角で血液を操作していき、その血はやがて短剣の刃を覆っていくように広がっていった。


 その異変に気付いたのだろう、ちょび髭ロン毛は徐々に顔を強張らせていくのが分かった。


「ほら……貴方の仲間がみんな、呼んでますよ? 痛い……怖い……助けてって。手招いているのが分かりますか?」


 刀身を埋め尽くした赤黒い色彩のところどころに、ボコッ、ボコッと泡が立ち、それはやがて人の顔のような形を模していく。言うまでもなく操血でわたしが模っているだけのものだ。


 別に人の魂などは宿っていないし、そもそも誰も殺していない。


 だが追い詰められたちょび髭ロン毛はわたしの言葉を信じるしかないようで、焚き火に照らされた彼の顔は、暗がりでも分かるほど真っ青だ。


「ひ、ひぃっ!?」


 ドサッと音を立てて、ちょび髭ロン毛は尻餅をつく。


 そこに追い打ちをかけるように、わたしは一歩、また一歩と臨場感が出るようにゆっくりと近づき、血まみれの短剣に頬を寄せた。


「この短剣で殺された貴方の仲間が、なんでお前は生きてるんだ、って言ってますよ? ふふ、貴方は彼らの頭なんですよね? だったらその期待に応えてあげないと……」


「く、来るなっ!」


「そう言われましても……こんな彼らの慟哭を聞いたままじゃわたしも眠れませんし、どうです? 鎮めるために彼らと同じ場所へと堕ちていく、というのは」


「た、助けてくれっ! ひ、ひぃっ!」


 あ、失禁しちゃった。


 わたしたちを襲おうとした連中とは言え、さすがに大人の男が失禁までしてしまうと居たたまれない。

 ま、別に被害が出たわけでもないし、仕返しもこのぐらいでいいか。


「なんちゃって~」


「は?」


 わたしの合図で短剣に纏っていた怨念まがいの血はパンッと霧散し、細かい血しぶきはわたしの手首から中へと戻っていった。


 ただの刃こぼれが残る短剣だけが残り、ちょび髭ロン毛は瞬きしてこちらを見上げていた。


「別に誰も死んじゃいないですよ。わたしとしてはその辺に転がっている三、四人をさっさと起こして、周りにいる連中を引き上げさせてほしいのですが」


「は、えっ……?」


「……聞いてますか?」


「ひぃ!?」


 ……やりすぎたかな?

 完璧に理性が現実に追いついてこない感じだ。


「今のは手品です。わたし、そういうの得意なんです」


「てっ、はぁ……!? う、嘘をつくな! あ、あんな……くっきりと顔が浮かび上がってたじゃないか!?」


 はい、嘘です。


 でも本当のことも貴方にとっては嘘みたいな話だろうから、どっちでもいいよね?


 あ、でも恩恵能力アビリティって、わたしと似たような力もあるのかな……。

 ゾーニャも血関係では似通った系統でもあったし。

 どっかに図鑑でもないかなぁ……恩恵能力アビリティ解体全書! みたいなやつ。

 王都についたら図書館なる施設があるか探してみるのもいいかもしれない。


「ま、まさか……よ、妖術の類か!?」


 妖術?

 なにそれ、また新しい能力っぽい名称が出てきた。


 なんだろう……すごく気になる。教えてくれないかなぁ。

 ちょっとカマかけて情報抜き出せないか試してみようかな。


「……ふふ、もしそうだったらどうしますか?」


 わたしの言葉に大きく揺さぶられたのが分かる。ちょび髭ロン毛は何とも情けなく眉を下げて口を開いた。

 

 いけるか! と思い、わたしは頬にそっと手を当て、二ッと口の端を上げて彼の次の言葉を待ってみた。


「や、やっぱり……噂は本当だったのか! くっ、……銀髪に奇怪な術を使う、王都の暴君姫ぼうくんひ! 子供だとは聞いていたが……本当に実在するとは……! 良く見りゃ馬車も上等なもんだし、くそっ……」


 王都の暴君姫ぼうくんひ


 銀髪……は確かに、鏡で見た時に「銀に近いけど、なんか薄ボケていて灰色っぽいなぁ」と思ったので、この暗がりじゃ銀に見えてもおかしくない。


 わたしと似た容姿で、操血みたいな力を使える子供がいるってことだろうか。


「おかしいと思ったんだ! こんな目立つ場所で馬鹿みたいに火を起こす奴がいると思えば……こんな子供が出てきた時点で!」


 ……悪かったわね。


 確かに考えなしで「広い場所がいっかな」と思って火をつけましたよ。ええ、つけましたとも。だって男爵家を出て六日間、それで何事も起きなかったんだから、しょうがないじゃない。ていうか、貴方、全然おかしいと思った素振りなんてしてなかったんだから「実は怪しいと思ってたんだ」みたいな、実際はデキる人なんだよアピールはしないでよ。


 何だかムッとしたわたしは、気づけば子供らしく頬を膨らませていた。


 これはわざとではない。

 本当に無意識にしてしまったのだ。

 やっぱり精神と共に仕草も子供時代に逆行しているのは、もはや否定できない事実のようだ。


「ひぃ!? ま、まさか口から何か射出するつもりか!?」


 わたしを何だと思ってる!? 火でも吹くと思ったんかい!?

 くっそう、もう少し怖がらせておけば良かった!


「……さっさと消えなさい。あ、仲間たちはちゃんと連れてね」


 なんだかこれ以上会話を続けるにも嫌になってきたので、わたしは手をしっしと動かし、ちょび髭ロン毛に退去を命じた。


 何度か足を滑らしながらも、近くにいた男たちの頬を叩き、気づいた何人かに命令してちょび髭ロン毛たちはこの場から去っていった。その間際「化け物だ!」だの「あいつは口から毒霧を吹くぞ!」だの「冥界からやってきた死神だ!」だの……言いたい放題、ほらを吹きながら他の男たちに逃げるように言い聞かせていやがった……あのちょび髭ロン毛野郎。誰が毒霧を吐くんだ、誰が!


「……」


 時間にしてニ十分程度だろうか。


 ようやく周囲に人の気配は消え、静かな闇夜が戻ってきた。


 しかしわたしの眠気や平穏は戻らず、プンスカしながら馬車の中に戻っていったら、そんなわたしの様子に気付いたプラムが「よしよし」してくれた。


 ……別にわたし、そんなことで宥められるほど子供じゃないんだから! と思っていたはずなのに、いつの間にか顔を緩ませていたことには目を瞑ろう。




次回は「04 王都外壁門」となります(^-^)ノ


2019/2/24 追記:文体と一部の表現を変更しました。

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