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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第二章 操血女王の平民生活
32/228

02 招かれざる客

だんだん見てくれてる人が増えて嬉しいんだな、でゅふふ( *´艸`)

 わたしの表情を一気に険しくし、プラムの抱擁をそっと解す。


 何事かとプラムは首を傾げたが、わたしの表情や視線から察したようで、キョロキョロと周囲を見回した。


「セ、セラちゃん……何か、いるの?」


「しっ」


 わたしは口元に人差し指を当て、静かにするように伝えた。


 ちなみにプラムには、わたしが<身体強化テイラー>の恩恵能力アビリティを持つことは伝えてある。


 デブタ男爵家での戦闘については隠しているけど、これから先、彼女の身を護るにはわたしが戦える身である、という事実を認識してもらう必要があるからだ。


 知らないままでいると、わたしがか弱い子供だと思って、無理にでも前に出てこられちゃうからね……。


 わたしを逆に護りたい彼女としては嫌だろうけど、そこは我慢してほしい。

 わたしだってプラムに傷ついてほしくないのだ。


 草原にお腹をつけて寝ていた馬車馬も異変に気付いたのか、小さくブルルゥ、と鳴いて長い首を持ち上げて周囲を見渡した。


 <身体強化テイラー>を発動させる。


 すると、わたし自身の技能、というか経験から感じ取れる気配がより濃く感じ取ることができた。


 <身体強化テイラー>、ほんと便利。


 この力はわたしの基本スペックを軒並み底上げしてくれるようで、五感すらも鋭敏に強化してくれるのだ。


 しかしこんな便利な能力が、この世界では人口数が多い部類に入るとハイエロに聞いてわたしは驚いたものだ。今のところ魔法使いとは出会っていないが、こんな力を持つ連中があっちこっちにいるなら、中々この世界での個人の戦闘能力というのも侮れない、というものだ。


 前世では魔法の才能はなくとも、一流の剣士が多々がいたが、彼らが<身体強化テイラー>を身に着けていたら、きっと魔法を発動する暇すらなく、首を飛ばされることだろう。おおぅ、なんと恐ろしい……。


 ざわざわと背の低い草が風になびかれ、焚火の炎が揺らめく。


 数は――15、6人程度。


 獣の類ではなく、人間だ。

 武装までは分からないけど、こちらに警戒しつつも、ゆっくりと囲うように距離を縮めてくる様子は、間違いなく強襲が目的だろうと分かる。


 風と共に鳴る草ずれの音に合わせて、足を進めてきていることからも、こちらに気取られないことを念頭に置いているのだろう。


 やれやれ、獣除けの火が人寄せの火になるなんてね。


「プラムお姉ちゃん、荷台の中に隠れてくれる?」


「で、でも……」


「大丈夫、ちょっと脅かせば相手も引いてくれるはずだよ」


 相手、と聞いて今の身を置いている場がどういうものなのか現実を帯びてきたのか、プラムはきゅっとわたしの袖を掴んできた。


「や、やっぱり逃げよう? 馬も起きたし、全力でこの場から離れれば逃げ切れるよ」


「ううん、既に囲まれちゃってる。今行動すれば逆に馬に怪我をさせたり荷台が壊されるかもしれないから、下手に動かない方がいいと思う。どっちを失っても、わたしたちにとっては死活問題だし……」


「うぅ~……セラちゃんを危ない目に合わせる方が私にとって死活問題だよぅ……」


 暗がりでもはっきりと分かるほど涙目になるプラムに、わたしは苦笑する。

 同時にわたしたちの邪魔をする無作法者たちに対して抱いていた尖っていた感情も、少し和らぐのを感じた。


 プラムも役に立てることが無いことは分かっているのだろう。


 先の言葉が精一杯の引き留めであり、しかし、理性では理解しているのか、わたしの袖から指は離れていった。その指を見つめて、悔しそうに口をつぐむプラムの頭をわたしは小さな体で抱え込む。


「お姉ちゃん、信じて?」


「…………ちゃんと帰ってきたら、信じる」


「うん」


 今までの人生で浮かべたことがあっただろうか――わたしは記憶にないほどの満面の笑みで、彼女の不安を拭い去り、スッと立ち上がった。



*****************************************



「……」


 よほどこういったシチュエーションに慣れているのか、闇夜に紛れて進行する男たちは特に他の連中と連携をせずとも、迷わずに行動を起こしていた。


 わたしは<身体強化テイラー>で強化した短い足を軽やかに動かし、彼らの全体の動きを察知しながら平野を駆けていった。


「…………ん?」


 ひゅっと横を通り過ぎた風――わたしに違和感を覚えた男の一人が、遠くの焚火から初めて意識を逸らして顔をあげたが、すでにそこにわたしはいない。


 おお、視界も若干だけど暗視みたいになって、薄っすらと彼らの武装を目にすることができた。


 といっても、確認できたのはすれ違った際の二人程度だけど、彼らはみすぼらしい服に似合わない鎧を着こんでいた。なぜ鎧を着ているのにみすぼらしいと分かったかというと、彼らはおそらく数組の全身鎧を部位ごとに分けて装備しているからだ。


 頭部、肩、胸部、腰、脚部といったパーツをそれぞれが一部ずつを身体に装着しているのだ。


 すれ違った二人は肩と胸部をそれぞれ装着していたため、そうなんじゃないかと想像する。後は、別のパーツの破損が酷くて、それしか有用な部分がなかった、とかだろうか。


 大方、どこぞの奴隷業者と同じように、戦場の亡骸を漁っているハイエナのような連中だということだ。いや、純粋に生きるために腐肉を漁るハイエナと、真っ当に生きることを諦めて楽な道を選んだ愚者とを並べるのは、ハイエナに失礼か。


 どの道、隙間だらけの鎧なんて盾代わりにすらならない。


 円状の布陣を敷いてそれを縮めるようにゆっくりと前進する彼らの外周を、わたしはぐるっと回って全容を把握し、未だに走り続けているにも関わらず、息切れ一つ起こさないこの力に全力で感謝する。


 ハイエロからは恩恵能力アビリティは特に消費する代償が無いと聞いているけど、本当にそうだろうか、と思えてしまうほど利便性が高い。


 ああ、早く魔法や操血と連動して使ってみたい……!


 使えば使うほど探求心が刺激されるが、今はこの阿呆どもを何とかするのが先だ。


「ふっ――」


「…………!?」


 やや遅れていた一人の男の懐まで一気に駆け込んでいき、わたしは軸足を地につけ、思いっきり腰を捻りながら正拳突きをかました。


 彼は脚部と右肩だけしか鎧をまとっていなかったため、鳩尾が突いてくださいと言わんばかりにがら空きだ。


 一端の武人ならまだしも、武器持っていい気になってる程度の蛮人相手なら、一気に距離を詰めて一撃を入れるぐらいはなんて事のない話だ。強化されたわたしの拳は彼の鳩尾をクリーンヒットし、声を出す間もなく彼は両ひざをついて蹲った。


 もちろんその様子をのんびり見ているはずもなく、わたしは手に持っていた短剣を奪い取り、くるっと一回転してからの回し蹴りを彼の側頭部に打ち込み、彼の意識を刈り取った。


「…………」


 できるだけ音を出さない倒し方をしたのだけれど、それでも近くにいた仲間は耳ざとくこちらを振り返るのが見えた。


 しかし――暗視というアドバンテージがあるわたしと違い、彼らは夜の闇に溶け込んだ仲間の様子を確認する術はない。そういう恩恵能力アビリティが存在して、彼らが持っているなら別だけど、少なくとも彼らは頭を捻りつつも再び前に向き直っていったため、気づかれてはいないようだ。


 それじゃ――遠慮なく!


 姿勢を低くし、肉食獣のように地表すれすれを疾走する。


 一人、また一人と沈めていく。


 正直、ならず者の集まりであっても何人かは抵抗が強い奴もいるんじゃないかと警戒していたが、どうやら団栗の背比べだったようだ。


 まるで単純作業の繰り返しのように、わたしは大人10余名を地べたに横たわらせた後、いよいよ最も馬車の近くまでたどり着いた男たちへと視線を向けた。


 火の灯りに照らされないように、上手く荷台の影に隠れて、小窓から中を覗きこもうとしているようだ。


 もしかしたら中にいるプラムと目が合ってしまうかもしれない、と思ったわたしは、迷わずその男へ一直線に走っていき、その顔面にドロップキックを見舞わせた。


 自由に体を動かせることが楽しくて、ちょっと攻撃方法が大胆になってしまっているのは、ここだけの話だ。


「ごふっ!?」


 想定外な衝撃を無防備に受けた男は声を上げて吹っ飛んでいき、ビクンビクン、と痙攣してから動かなくなった。


 ……一応、加減はしているつもりなんだけど、死んでないよね?


 こっちも命懸けで攻撃しなくては殺されるレベルの相手でなければ、たとえ殺されても文句は言えない連中であっても、できれば殺したくない。別に相手に同情していたり、殺すのが怖くなったわけではない。純粋にプラムと共に行動する上で、彼女が怖がるような真似をしたくないだけだ。


「なっ、お、お前! 何者だ!?」


 大きな音を立ててすっ飛んでいった仲間を瞠目しながら見送った他の奴らが、わたしの姿を視認して声を荒げてきた。


 残り三人。


 随分すんなりと掃除が済んだわけだけど、それだけ<身体強化テイラー>が優秀だったということ。


 今度から相棒と呼ぼうかしら。


 さすがにここまで接近されると、焚火の灯りで相互の顔が確認できる状況となった。


 三人は突然現れたわたしを見て、さらにそれが子供だと分かり、二重に驚いていた。


 この連中を束ねている男だろうか、乱れた長い縮れ毛を頭部にこさえたちょび髭風の中年が直剣を片手に一歩前に出てくる。ニッと笑うと、その歯抜け状況が鮮明に確認でき、わたしは思わず眉をしかめた。このちょび髭ロン毛は初期のハイエロよりも生理的に苦手かも……。


「嬢ちゃんよぉ……勇敢と無謀を履き違えちゃいけねぇなぁ」


「貴方こそ、もう少し客観的に自分を見つめられるよう視野を広げたほうがいいですよ」


 対するわたしも先ほど奪った短剣を片手で遊びながら、スッと目を細めた。


 それなりに目力を入れたつもりなんだけど、所詮は子供。

 しかも手足も細い可憐な少女。


 短剣を持つわたしを怯んだ様子もなく、男は下卑た笑いをこぼし、後ろに控える二人の部下と「おいおい、随分と勇ましいお嬢ちゃんがお出ましだぜぃ!」と揃って声を上げて笑い出した。


 男の声が響いたことで、馬車の中で一つの気配が身じろぎしたのを察した。きっと予想以上に間近で知らない人間の荒々しい声を聞いて、体を強張らせているに違いない。


 ……早いところ、終わらせよう。


「おい、お前ら! さっさと積み荷を確認しねぇか! どうやらいいとこの嬢ちゃんが暢気に遠出でもしてきたのか、護衛の一人もいやしねぇ!」


 長髪の男が声を張り上げる。


 他の二人も余裕顔で肩をすくめ、そのうちの一人が先ほどわたしがドロップキックで吹っ飛ばした男の傍まで移動し、肩を揺らして「おいおい、こんなちっこい嬢ちゃんに蹴られたぐらいで、いつまで寝たフリしてんだよ」と笑い交じりで起こそうとしていた。


 しかし<身体強化テイラー>の助力を得て目一杯助走をつけて顔面に放ったドロップキックは、わたしの軽い体重というマイナス効果を含めても、それなりの威力があったはずだ。暗闇から弾丸のように飛んできたわたしの一撃に、反応すらできずに脳を揺さぶられたのだから、脳震盪を起こしているのは間違いないだろう。


「……おい?」


 肩を大きく揺らしても起きない男に異変を感じ、ちょび髭ロン毛も「ああ?」とそっちを注視した。


「お前ら……いくらヌルイ獲物が目の前にいるからって気ぃ抜きすぎ――」


 ――なのは、お前の方だっての!


 わたしはちょび髭ロン毛の持つ直剣の柄先に向けて、大きく足を振り上げた。


 通常状態でこんなことをすれば足の甲を痛めそうなものだが、そこは相棒たる<身体強化テイラー>の力。強化されたわたしの蹴りは反動による痛みも何もなく、彼の持つ直剣を蹴り飛ばし、カァンと音を立てて夜の平原の中へと飛んでいった。


 思いのほか、剣の重量があったため、そこまで遠くには行ってないと思うが、この夜の中で探すのは至難の業だろう。


「お、まっ……!?」


 ちょび髭ロン毛がこっちを向き直るときには既にわたしは次の行動に移っており、唖然としていた後ろの男に足払いをかけ、後ろにバランスを崩したところで後頭部に膝打ちを当てる。


 倒れ込む慣性も手伝って、男はその一撃で「うっ!」と短く声を漏らして昏倒した。


「は、はぁ……!?」


 ちょび髭ロン毛がさらにこっちを向き直ろうとしたときには、さらにわたしは次のフェーズに進んでおり、ドロップキックで倒れた男の前でしゃがみ込んでいる男の側頭部に華麗な回し蹴りを入れる。


 さっきから頭ばかりを狙っているのは、より効果的に意識を飛ばすためだ。


 いかに<身体強化テイラー>で強化しようとも、わたしの基礎身体能力では頭部以外で意識を刈り取るクラスの攻撃は放てないからだ。


 元値が1だとして、それがいくら倍増しようとも、その伸び幅が短いということだ。それはちょっと歯がゆいところでもあるけど、そもそも元値が1で、ちょっと動くと0.9……0.8……と値が減っていくような体だったので、それに比べれば恩の字なわけだ。基礎は鍛えていけばいいし、別世界を彷徨っているわたしの血が戻れば勝手に向上していくだろうから、見通しは明るいものだった。


「へ、ちょ……!?」


 ちょび髭ロン毛がまたしてもわたしを眼で追いかけようとするが、わたしはその時既に――もといた彼の正面位置に戻っていた。


 ぐるり、一回転。奇声を上げながら回れ右を三度繰り返したちょび髭ロン毛は、ようやくわたしと再度相対する。


 その顔は――一回転する前とは真逆の、戦慄に塗れたものであった。


次回は「03 人違い」となります(^-^)ノ


2019/2/24 追記:文体と一部の表現を変更しました。

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