01 王都への道のり
第二章も宜しくお願いします(^-^)
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わたしは今、地図と睨めっこしている。
というのも、ハイエロには地図見れますけど何か――的な雰囲気を出していたが、実のところわたしはあまり地図を見る機会を持ち合わせていなかった。
これは過去三度の人生を通じて、だ。
一番最初の人生など科学文明が発達しすぎていて、むしろ地図という概念ではなく、行きたい場所を声に出せばナビをしてくれる電子機器で溢れかえっていた。
つまり地図を見る――ではなく、案内された経路をたどる、という思考になるわけだ。
その後の人生でも、魔法があったため、多少道に迷っても空を飛んで移動すれば大体目的地には着けていたのだ。これもまた地図のお世話になることなく、大まかな方角と場所さえ分かればいい、という思考になるようになっていた。女王時代なんかは、そもそも外に出る機会自体も少ないしね。
まあ、そういう御託を心の中で並べたわけだけど……結論、道に迷いました。
「むぅ……」
現在は背の低い草原で野営を行っている最中だ。
近くに渓流もあるようで、馬を休ませるにも丁度いい立地だ。
陽もかげると、わたしたちは動物除けも兼ねて適当に丸石と枯れ枝を集めて焚火を起こした。
着火用の石が積み荷に入っていたので早速使ってみたのだが、コツがいるのか、わたしでは一向に点けることができなかったので、こっそり魔法で火をつけたことはプラムに内緒だ。
ちなみに隣にいるプラムにも地図を見てもらったが、彼女も村から出ることが少なかったようで、村を出る際も親についていくぐらいの経験しかなかったため、彼女もまた地図を正しく見ることができないとのこと。
そもそも、わたしたちが出発したデブタ男爵家と王都の部分を丸で囲んでくれているけど、これって実際どのくらいの距離なんだろうか。
ハイエロは一週間程度で王都の城が遠目に見えてくるはず、と言っていたが、すでに六日目。
小食二人組のせいか、積み荷の食糧にまだ余裕はあるものの、未だ人工建築物の一つも目にしないとなると、不安になってくる。
ていうか、方角……合ってる?
西に向かっていないことだけは確かだけど、じゃあ今はどの方角? と問われると苦笑いしか返せない。
そういえば辺境伯の領土はとっくに超えているはずだと思うけど、領土間で間所って配置してないのだろうか。
今まで一つもそういう場所を通らなかった。
え、意外と領土管理ってテキトーなの?
それとも同国内では絶対的な信頼関係でも築いているんだろうか……。
うーん、これだけ文明が発達していれば、自ずと人の中には欲望が生まれるはず。
だからどんなに立派な治世を組んだとしても、そこまで無防備になるとは思わないんだけど……。
「セラちゃん、スープが温まったよ~」
「ありがとう、プラムお姉ちゃん」
焚火の火の上に石の土台を作り、その更に上に土鍋を置いて、そこで切った野菜で煮込んだスープを調理していたプラムが声をかけてくれる。おたまでお椀にスープを入れ、美味しそうな湯気を上げるそれを向けてくれる。
わたしは地図を畳んで汚れがつかない場所に置き、笑顔でそれを受け取った。
さて一見、とても美味しそうなスープだけれど、実はかなり味が薄い。
野菜の素の味とダシ(というか殆ど水分)、それに少量の塩だけで味付けられたスープはどうにも舌が肥えていたわたしにとって、物足りなさが勝っていた。
別にプラムの料理にケチをつけるつもりはないし、彼女にそれとなく聞いたところ「こんなもんだよ」と笑っていた。彼女の手料理はもちろん、村の他の家にお邪魔したさいも、そこまで大きな差は無かったとのこと……。
わたしがこの世界で唯一、口にしていた奴隷館の食事も非常に不味かった。
心象による味付けも加味されているんだろうけど、冷めた上に分離した油をそのままかけたようなシチューや、パッサパサの固いパンに、焦がすまで水分を飛ばしたのかと思いたくなるライス。ただ野菜を切っただけのサラダなんて、明らかに賞味期限切れしているのか、苦みが強かった。唯一の肉なんて、干し肉ぐらいで、これはもはや噛み切れなかった。
それらに比べれば、プラムの手料理は優しさが詰まっている気がして、味は薄いけどお腹は温まる気がした。
うん、美味しいというより、温まる。……別に貶しているわけじゃないよ?
横で普通に食事を進めている彼女に、そんなことを言えるわけもなく。
わたしも淡々とスープを口にした。
あぁ、とてつもなく肉が食べたい……。
あと、こう……調味料や出汁で旨味をこさえた味の濃い料理が食べたい。
鹿でも狩ってこようか。今のわたしなら可能なはず。
いやでも、プラムを一人にはできないし、そもそもこの六日間の旅路で動物らしい動物に出会ってすらいない。
本当にこの世に人間以外の動物はいるんだろうか……なんてことを考えてしまうほど、遭遇率が低い。
ここは平原だけれど、少し遠出をすればすぐに森に入る。
森の雰囲気だけで言えば、野生の動物が多く潜んでいそうなものだけれど。
あ、動物で思い出した。
そういえば、この世界では魔獣の類はいないんだろうか。
魔力に汚染された生物。
大半が理性を失い、本能すらもねじ曲がった凶悪な害獣。
恩恵能力については理解が深まったけど、魔法に関しては未だ耳にしない。
魔法を使うことができるので、魔力がこの世界に存在していないわけではないはずだ。
だから魔力の凝縮された自然の鉱石――魔結晶が生成される地域であれば、魔獣は何処にでも現れるはずなんだけど。
転生直後は死屍累々の世界を見せられた割に、こうして少女二人旅の道中は平和そのものだ。
内心、首を捻ってしまう。
「セラちゃん、考え事?」
「えっ? あ、うん……」
どこか頼って頼って! とお姉ちゃんオーラを発するプラムに気圧され、わたしはおずおずと疑問を口にした。
「えっとね、ここまでの道すがら、野生の動物に出会わなかったなぁって考えてたところなの」
「あぁ~………………うん」
「……お姉ちゃん?」
「え!? あ、いや、別にそんなことすら考えつかなかったわけじゃないよっ?」
……どうやらプラムはこの平穏な道中になんら疑問を抱かず、ここまで来ていたらしい。
だって動物は偶然寄り付かなかったとしても、奴隷業者なんてものがいるんだよ? 夜盗の類が一度や二度、襲い掛かってきてもおかしくないじゃない。
ジト目で彼女を見ると、プラムは「ふぐっ」と胸を押さえて苦しんだ。
「だ、だって……私、あんまり外に出なかったし、お父さんたちと出るときは基本、馬車から顔を出さなかったから、外でどんな生き物がいるかなんて分からなかったんだもの……。むしろセラちゃんがそういうことに気付くこと自体が驚きだよ」
「記憶を失くす前は、色々と経験豊富だったのかも」
「むぅ……それだと困る」
「え、どうして?」
「……私がセラちゃんを守るんだもん」
つまり、自分よりもわたしが優秀だと、お姉ちゃん然と出来なくて困る、と。
可愛らしい拗ね方だけど、そこは呑んでもらわなくてはわたしも困る。
ああ、膝を抱えて唇を尖らせている……。
どっちかというと、わたしがお姉ちゃんみたいな気持ちにさせる所作に、思わず口元が緩んでしまいそうになる。
しょうがないなぁ。
「わたしはお姉ちゃんと一緒だから、頑張れるんだよ」
嘘じゃない。
彼女がいなければ、わたしはもっと刹那的な行動をしていただろう。
ゾーニャの件だって、もしかしたらハイエロの話をろくに聞かずに攻撃の手を緩めなかったかもしれない。
そうならなかったのは、プラムがいたから。
プラムという存在が、目の前の状況だけに思考を偏らせない役目を担っていたのだ。
だから戦いの場においてもわたしは冷静さを失わずに、彼らと対話を行うことができた。
無茶はできないから――プラムが無事に生きていけるよう、慎重に行動する必要があったから。
だから、わたしは頑張っているんだよ。
それは感謝であり、友好の証でもあるんだ。
「もぅ、セラちゃんは可愛いなぁ……」
「むぎゅ」
スープはそっちのけでわたしを抱き寄せるものだから、慌ててわたしもお椀を置いて成すがままとなった。
「あったかいね」
それは薪の熱か、それとも互いに寄りそう人の熱か。
きっと後者なのだろう。
それは生きている証明だ。
そしてそれを確認できるのは、二人いるから。
二人でここに生きているから、互いの熱を確認し合える。
きっと、それがプラムにとって何よりも嬉しいことなのだろう。
「…………うん」
わたしは小さく頷いた。
そして同時に――気づく。
どうやらわたしたちは……招かれざる客にいつの間にか囲まれていたようだ。
次回は「02 招かれざる客」となります(^-^)ノ
2019/2/24 追記:文体と一部の表現を変更しました。