02 始動
一度目の転生は困惑の中、二度目の転生は疑心暗鬼の中、そして今回の転生は確信の中、行われた。
わたしの血は世界と世界の狭間を渡ることが可能で、死に瀕した際に全身の血が身体から抜け落ち、隣接する幾つもの世界へと流れていく。全ての体内から血が抜けるわけだから、元の体はきっとミイラのように萎んでいることだろうね。前々世や前世はともかく、一度目の人生で命を落とした際に、わたしの傍にいた人間はさぞかし死後の変貌に驚いたことだろうね。
そして別の世界に流れ着いた血は、拒絶反応を起こさないその世界の「死体」を探すのだ。
わたしはそれを知識として理解してはいるものの、意識のない時間に自動で行われている行為のため、客観的にどういった動きで成されているのかは分からない。しかし、ただの血液が死体を求めて彷徨うさまは不気味以外何者でもないだろう。そう考えると、わたしってほとほと人外ジャンルとして染まってるよね……。
この転生を苦慮なく実行できるのは、生きている人間ではなく、死んでいる人間に転生するというプロセスがあることが大きな要因だ。
誰かの体を乗っ取る……だなんて寄生虫みたいな特性であれば、さすがのわたしも気軽な気持ちで転生しようだなんて思えない。誰かの人生を奪うことになるのだから。しかも転生後はわたしの血の影響か、風貌も変化し、元のわたしに近しいものに変化する。
人生も奪い、身体すらも名残を消してしまうような悪行を行うならば、死んだ方がマシ……だと思いたい。実際に死の間際で、そこまで倫理に沿った思考を取れるかはわたしにも測れないから、偉そうなことは言えないけど。
何にせよこの転生能力は、別世界の死んだ者、それもわたしの血に拒絶反応を起こさない存在に入り込み、新しい「わたし」として生まれ変わる能力だった。
――いやはや思い返せば返すほど、本当に人間枠から外れた存在だなぁ、わたし。
まあそんな能力を持っているからこそこそ、前世で圧倒的な力を持つ異形を前にしても、平静を保っていられたのだ。
因みに、この転生能力。
いついかなるときもポンポン行えるわけではない。
わたしが死んだ際に流れていく血は、転生先に全てまとまって入り込んでいくわけではなく、血に合う体を見つけるために様々な世界に分岐して流れていくのだ。そしてどこかで相性の良い体を見つけると、分岐して何処かに流れていった血は、時間をかけてここに集結してくる。
集結するまでにどれだけの時間を要するかはわたし自身にもわからず、血がすべてわたしに帰ってこないと、この転生能力は使えない。
つまり、血が完全に戻る前に再び死を迎えると、わたしは本当の意味で死んでしまうのだ。
血さえ戻れば余裕ぶっこいていられるけど、転生後しばらくの間は、割と慎重に行動しなくてはならない、というわけだ。もっともわたしの性格上、物陰に隠れてひっそりと暮らすだなんて退屈はまっぴら御免だが。
さて、この体だが――今までの転生時と比べて、圧倒的に巡る血の量が少ない。
過去は1、2分も経てば、全身に血が行き渡り、動けるようになるのだが、この体になってから既に体感で5分は過ぎているだろうに、全然動ける気配がない。これは肉体を動かすための必要最低限の血を巡らせるのに時間がかかっているせいだ。つまり、この世界に流れ着いたわたしの血はかなり少ないと言えるだろう。比例して、操血の能力も弱っているだろうから、あまり無茶はできないかもしれない。
……しばらくはこの世界の文明や異能におけるレベルを見極める必要があるかも。
ある程度、この世界の「常識」の線引きさえ見極められれば、わたしの立ち位置もハッキリさせることができるだろう。どこまで無茶をして、どこからは逃げる。そういう線引きだ。
――ドクン。
お、心臓が動き出した。
……心臓が動き出した、ってどんな思考だよ、と自分に突っ込みたくなる。
拍動が起きたということは動脈まで血が行き渡り、心臓がポンプの役目を果たそうと動き出したのだろう。
操血が万全であれば、仮に心臓が止まっても疑似的に血流を操作して同様の働きをすることが可能だが、今はかなり弱っているため、本来の人体の血流を担う役目である心臓に任せた方がいいだろう。
――ドクン、ドクン。
血が血管内を巡り、冷えた四肢に熱を灯していく。同時に神経も正常に動き始めたのか、指先がじんわりと熱を持ち始めるのを感じた。
末端にまで伸びる毛細血管が血流に押し広げられ、鋭い頭痛に襲われる。
――うぅ……気持ち悪い。具合悪い。吐きたい。
そして転生後のわたしにとって、お馴染みともいえる骨格変化が生じ始めた。
元のわたしの形へと近づこうとしているのだろう。
思えば、これってどういう原理なんだろうか。
仮に血を操ったところで骨格までは変えられない……つまり生物学上の変化ではなく、世界を行き来する操血による独特な法則に基づく変化なのだろうか。
まあ考えても答えが出る話ではないし、それで不都合があったこともないので、気にしないでおこう。
ゴリ、ゴリゴリ……!
すり鉢の上で、すりこぎ棒を擦るような音と、鈍い振動に揺られながら、わたしは大人しく「今世のわたし」が確立されるまで待った。
「…………、…………ぅ……」
意識が浮上してから最初に戻ったのは視覚と聴覚だったが、徐々に他の五感も取り戻していく。
毛細血管の果てまで血が通い、触覚が戻ってくる。
口腔内には自分以外の血が張り付いていたせいか、鉄の錆びた味がする。ということは味覚も戻ってきたわけだ。
最後に嗅覚が戻り、据えた血と硝煙に近い匂いが鼻孔を刺激する。
ああ、まあ……十中八九の予想はついていたけど、やはりそういう感じね。
わたしは右半身に覆いかぶさるようにして乗っかっていた何かを腕で押しのけ、ようやく上半身を起こして今世の初景色を拝めることができた。
――ぶっちゃけると、戦争の真っ最中でした。
いや戦争というより、規模的には内紛や小規模な軍の衝突、というレベルだろうか。
あたり一帯は焼け野原と死体の小山が続いているが、被害規模からみて、国同士の戦い……とまでは行っていない気がする。この世界の国力や一国あたりの人口数もわからないので、完全に「なんとなく」程度の感想だ。それでも一定の物差しを持って事象を図ることは、それなりに心に落ち着きをもたらす。だから、なんとなくでも状況を把握することは必要なことなのだ。なんでもかんでも「わかんない! わかんない!」って思うよりは、根拠がなくても、自分の中で何かしら答えを持つことは悪いことではない。事実との乖離は落ち着いてから擦りあわせていけばいいのだから。
「うへぇ……」
なんで戦地真っただ中で転生するかなぁ。
シチュエーションとして最悪のパターンじゃない。
しかも、今も遠目に戦っている様子が確認できる。時折、爆音と共に煙が上がる様子を見るに、周囲の土煙はその攻撃手段が原因なのだろう。爆薬の類か、それに類似する魔法の類か。
わたしはできるだけ背を低くし、辺りを見回した。
どうやらさっき押しのけた何かは兵士の死体だったらしく、銀色の全身鎧に返り血なのか自身の血なのか、黒く変色した血と土をこびりつけ、横たわっている。
武器を確認すると、飾り気のない直剣のみ。他の転がっている死体の周辺に目を配っても、似たような武器や弓矢ばかりで、重火器などの科学が進歩した際の武器は見当たらなかった。
こりゃ、この世界も魔法特化の世界かな?
二度目の転生も、前世も魔法と共に発展した世界であった。
最初の人生であったヒャッハー時代こそ、科学文明と共に生きたが、直近の二つの人生はいずれも魔法と共に流れていった。だからわたしもどちらかというと、魔法寄りの知識や思考に傾倒しがちだ。
文明とは、魔法の有無によって大きく分岐する。というより魔法という存在が、人類の進化の軌跡において影響が強いともいうべきか。
魔法があれば、人はその利便性に頼る傾向が強く、人類の科学的進歩は停滞し、最初の時代でいう「中世」程度の文明にとどまる。無論、戦いや日常生活にも魔法が用いられるため、生活水準や戦闘手法は中世の比にならないが。
魔法が無ければ、人類は進化の過程で魔法以外の手段――知恵を駆使して自然の摂理を読み解こうとする。故に、地球上に存在する法則を研究する者らが増え、自然界のあらゆる物を利用し、科学が進歩していく。そうすると近代的な社会文明へと発展していくのだ。
両方を知っている身としては、中々に興味深い話である。要は人類の進化の方向性はどうあっても同じようなもので、その途中で「手段」として魔法があるかどうかで、それだけ未来の文明に影響を及ぼすのだ。科学が発展していた最初の人生では、人の欲望を表現しやすい漫画や小説などのカテゴリで「転生モノ」だとか「剣と魔法のファンタジー」だとかいうものが横行していたが、それはどこか別の世界で実際に存在する魔法というものを無意識に人々が求めていた反動の一つなのかもしれない。
もっと多くの世界を渡り、紐解いていくと、色々な側面が見えてきそうなジャンルだ。
興味は尽きないが、この話をリアルタイムで共有できる友がいないことだけが不満な点だ。
まだ魔法が存在する世界と決めつけるには早いが、触らぬ神に祟りなし。
わたしは遠くで続いている戦闘光景を視界の端に捉えつつ、誰にも見つからないでこの場を抜け出す算段を考えることにした。
2019/2/22 追記:文体と多少の表現を変更しました。