28 次なる旅路へ
第一章はこれで終わりです!
ここまで見ていただいた方々に感謝を!(^o^)/
第二章以降の更新についてはまだ未定ですが、とりあえず可能な限り毎日10時更新できればと思っています。(変更する際は、活動記録かあらすじに追記したいと思います)
馬車で走ること一時間ほど。
ハイエロに偉そうに乗馬経験がある! といったものの、そういえば御者台から馬を操るのと、馬の背に乗るのとでは世界が違うことに走り出して気づいた。
しかしそんな不安も振り払ってくれるかのように、この馬はわたしの拙い手綱捌きに従ってくれて、今も大人しく荷台を引いてくれていた。というか、この大きさの荷台を引くのだったら馬二頭は必要そうだけど……すごい馬力ね。
あともう一時間ほど走ったら、馬に休憩させようかなと思いつつ、わたしは一つの事案を考えていた。
それは――口調だ。
子供として転生し、精神状態が幼くなっていたわたしは、どうにも口調が定まっていなかった。
演技をしている際は意識しているからまとまるものの、ちょっと油断すると子供っぽい口調になったり、前世までのわたしの口調に戻ったり……と思い返せば、随分とチグハグな口調だったなと思ったのだ。
因みに出立前にハイエロたちと話していた丁寧語も、意識してのものだった。
「うーん、子供っぽい口調っていうのも何だかなぁ……」
こう見えて、精神年齢は200歳以上。
今更、外見相応の話し方、というのも嫌だ。
いや……今までに何度か、泡を食った際に漏れちゃっているけど、これからは控えたい。
となると、前世の王族風な喋り方だが、ぶっちゃけると公務以外では砕けた話し方だったわたしなので、結局わたし向きの口調じゃないんだよなぁ。
じゃあそれでいいじゃん、と思うかもしれないけど、あまり不遜な物言いに慣れてしまうと、何処でどんな喧嘩を吹っ掛けられるかも分からないし、ハイエロの<心香傀儡>のような想定の斜め下から来るような攻撃だってこの世界にはある。
なるべく、人の目を集めるような振る舞いは避けるべきだろう。
「となると……やっぱり、さっきみたいに丁寧語で話すのが一番、かなぁ」
それが一番、差し障りがない気がする。
うん、よしそれで行こう。
外向きには丁寧語。
でもプラムには既に子供っぽい口調で話してしまっているから、そこは砕けた口調で行こうかな。
あと、今後の生活で考慮すべきは――この外見だろうか。
デブタ男爵家で服を着替えた際、当然、鏡でわたしは自身を見る機会があった。
年齢はやはり6歳ぐらいだろうか。
体形は細身。
傷一つない陶磁のような白い肌に、灰色の髪。
蒼い輝きを持つ瞳に、整った容姿。
なるほど、子供ながらに上級奴隷館行きになるのも頷ける姿だったのだ。
自分で言うのも恥ずかしい話だけど。
しかし、今までは黒髪一筋だったのに、今回は銀に近い灰色の髪かぁ。
それにもう最初の子供時代の顔は覚えてないけど、ここまで煌びやかな容姿じゃなかった気もする。
こりゃ、もしかしたら成長すると、前世までとは別の美人が生まれちゃうんじゃないの、と少し楽しみになってくる。
同時に注意も必要だ。
自分でも可愛いだの綺麗だのと感想を持ってしまう容姿なのだから、他人から見ても同じに思う可能性は高い。遠目に見るだけなら構わないが、人攫いなどに目をつけられては厄介だ。
人の目を避けて生きるなら、山籠もりでもすべきなんだろうけど、生憎わたしは人の世で人生を全うしたい。だから人の目を完全に避けることは不可能だろう。
「……ま、明らかに邪な顔した連中が来たときに警戒すればいっか」
対策なんて大層なものは思いつかず、結局わたしはそう結論付けた。
絡まれたら、その時考えよう。
行き当たりばったりだけど、結局はそのぐらい心積もりが関の山だろう。
貴族の一員になれる機会があれば、権威という盾に守られるかもしれないけど、今度は政略結婚とか陰謀とかに巻き込まれそうだ。そう考えると、平穏……かどうかは分からないけど、平民暮らしがいいな、と思った。
ふと、背後から気配を感じた。
もぞ、と毛布にくるまった物体がようやくお目覚めのようだ。
「う、うぅ~ん……」
もぞもぞ。
亜麻色の髪が毛布の隙間からひょこっと出てきたかと思うと、そのままパタンと再び床に横になった。
どうやら二度寝に入ったらしい……。
わたしはお寝坊さんの様子に苦笑しつつ、それでも心のどこかに平穏を感じた。
「もし道中に水辺があれば、そこで休憩しましょうか」
わたしの言葉が理解できたのか、ブルルゥ、と馬が鳴く。
本当にお利巧なお馬さんだこと。
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さらに一時間近く移動して、ちょうどいい小川が流れている地点を見つけたので、わたしたちはそこで小休憩をとることにした。
馬に休憩がてら水やその辺りの草を食べててもらい、わたしは別の対応で手を取られていた。
それは――、
「…………………………」
毛布に包まっている、これだ。
プラムが目を覚ました。
初めは、のほほんとした面持ちで「おはよぅ~」と声をかけてきたものの、徐々に意識が鮮明になるにつれて、その表情はどんどん青ざめていった。
そして今に至る。
「し、死にたい……」
「せっかく助け出したんだから、そんなこと言わないで、プラムお姉ちゃん」
「うぅー、セラちゃん……私、私ぃ~……」
こら、毛布から手を伸ばして、わたしを引き込もうとしないの!
妖怪か、アンタは!
じゃれ合いたいのか、悲しみたいのか、どっちかにしてほしい。
彼女がこんな状態になっている理由――それはもちろん、デブタ男爵とのやり取りの記憶が蘇ったからだ。わたしは彼から<心香傀儡>の特徴も聞いていたから、こうなるんじゃないかなと思っていたけど、やっぱりそうなった。
<心香傀儡>による精神作用は強い催眠効果を生むが、その間の記憶が抜け落ちることはない。
しっかりと覚えているのだ。
<心香傀儡>にかかっている間は「それが当たり前」と思い込んでいるために違和感を覚えないだけであって、解除香により、従来の精神状態に戻った人は「それが当たり前」と思っていたことが「当たり前ではない」ということに気付き、その記憶に困惑してしまう。
そういう特性だからこそ、わたしは男爵家の人間の能力を解くと言ったハイエロに「殺されるんじゃない?」と尋ねたのだ。
プラムの場合、お年頃な少女ということも相まって、あの容姿のデブタ男爵に色目を使っていた自分に頭を抱えているのだろう。
うん、その気持ちはよくわかるよ。
わたしも傷は浅かったけど、あの瞬間は死にたくなったもん。
「セラちゃぁぁ~ん……」
「あぁもう……幸い、お姉ちゃんの身体は綺麗なままなんだから、それで良しと思わないと、いつまでも引きずっちゃうよ?」
「うぅ、何だかセラちゃんが急に大人っぽくなってる気がするぅ……」
「お姉ちゃんは子供っぽくなっちゃったよ……」
そんなやり取りを数分すること、ようやくプラムは落ち着きを取り戻していった。
なぜかわたしを胸元に抱えることで。
どうやらわたしを抱えると、プラムの精神にとって保養になるとのことだ。
全く以って意味がわからないけど、それでショックが少しでも緩和されるというなら、我慢しようじゃないか。
「ふぅ……少し落ち着いてきたかな」
「色々あったからね、無理はしないで寝ててもいいよ?」
「むぅ……セラちゃん、本当にどうしたの? 無理に背伸びしないで、お姉ちゃんを頼ってもいいんだよ?」
ギュッと腕に力を入れる彼女は、どうやらわたしの態度が気に入らない模様。
奴隷館に入るまでは、それなりにわざと子供らしさを前面に出していたから、ギャップを感じるのは無理もないけど、あの演技をずっとし続けるのはさすがに無理。
だから、今のわたしに慣れてほしい。
「女の子の成長は早いんだよ、お姉ちゃん」
「えぇ!? ま、ままままま、まさか…………あの人と大人の階段を……そ、そんな!? まだこんなにちっちゃいのに!」
「違う、断じて違うっ!」
なんちゅう想像をするんだ、この子は!
意外と耳年増というか、そっち方面に興味があるのかな……。
急にプラムの行く末が不安になってきた。
顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりする様子から初心なのは丸わかりなのだが、変に興味を持っていると、変な男に引っかかりかねない。
ここはわたしがきちんと守ってあげないといけないかもしれない。
いや……でもよく考えたら、この世界の成人年齢が幾つかによっては不思議ではないのかもしれない。
だとしたら周囲から来る男をはじくのではなく、彼女に見合う男性を見繕う方向で頑張った方がいいかもしれない。うん、そうしよう。
「お姉ちゃん、おかしなこと言ってないで、そろそろお腹もすいたでしょ? ご飯にしようよ」
「そ、そうだね……というか、何で私たち、馬車の中にいるの? あ、あれ? そうえいばさっきセラちゃん……『せっかく助け出したのに』って……え、え?」
あ、そういえば事の大部分は彼女が寝ている間に終わっていたのだった。
思わず一緒に行動しているつもりで話していたけど、これは詳しく説明してあげないと混乱は収まらないだろう。
わたしはプラムの腕から逃れて面と向き合い、要点をまとめてプラムに男爵家で起ったことを教えた。
因みに半分は嘘だ。
地下に吸血令嬢がいただなんて話は言わないほうがいいだろう。
自分が彼女の餌だったという事実はきっとトラウマを残すだろうから。
だから、デブタ男爵は小さい子供が大好きで大好きで、イケないことをしようと企んでいたから、思いっきりビンタしたら彼は正気に戻り、こうして馬車まで用意してわたしたちを快く開放してくれた、と荒唐無稽もいいところの話をした。
……いや、だって実際に説明しようと思ったのはいいんだけど、「あ、これは言わない方がいいかな?」とか色々と考えていると、頭の中で上手く話がまとまらなかったんだもん……。
「そうだったんだ……」
しかし、プラムは感心した顔でわたしを見ていた。
ビンタで男爵の目を覚ました、架空のわたしを見ていた。
信じちゃった……。
プラムお姉ちゃんは純粋だね。
どうかそのままでいてほしい。
うっ……ちょっと心が痛むけど、これは優しい嘘だからいいのだ!
「何はともあれ、わたしたちは自由なんだよ、お姉ちゃん」
そう言って、わたしは首元を指で擦る。
その行為が何を指しているのかを察し、彼女は慌てて自分の首元を確認した。
「ぁっ……」
ポロポロと彼女の目尻から涙が流れ落ちていく。
どんなにリラックスしているように見えても――心の奥深くで、やはり大きな不安を抱えていたのだろう。その象徴こそが、奴隷の首輪。そして彼女はその呪縛が既に解かれているものだと理解し、涙を流したのだ。
今度はわたしが彼女を胸元へ寄せて、後頭部を優しく撫でてあげた。
すると、ひっくひっく、と嗚咽がわたしの胸を濡らした。
「自由、なんだよ……」
「うん、…………うんっ」
さて、これからどうしようか。
簡単な調理道具や具材は積み荷にあるから、料理して一旦腹ごなしをするとして、やはり向かうべきは王都だろうか。
一瞬、プラムの襲われた生まれ故郷に行こうか迷ったが、再び戦乱に巻き込まれて奴隷に叩き落されるのは御免だ。いつか行くにしても、今は時期尚早だと思う。
家族の無事を確認したい気持ちはきっとプラムの中にあるだろう。
けど、もし無事なら彼らも被害にあった村に戻ることは無いはずだ。
きっと別の場所に避難しているか、隠れているに違いない。
だとすれば、生きていれば……いつかきっと機会は来る。
そう信じて、今は生きることに集中しないといけない。
亜麻色の髪を指先で優しく梳く。
まったく、妹がいたら……こんな感じになるのかな。
そんなことを思いつつ、わたしはプラムが泣き止むまで、静かに待つのであった。
次回は第二章「操血女王の平民生活」
「01 王都への道のり」となります(^-^)ノ
2019/2/23 追記:文体と一部の表現を変更しました。