25 操血幼女 VS 好血令嬢
2019/02/23 追記:文体と一部の表現を変更しました。
2019/10/02 追記:イラスト交換企画で古川アモロさんから頂いた漫画を載せました!(凄すぎる!)
体内の血液が一割ほど抜き取られ、本来であれば出血多量で死に瀕していてもおかしくない状態だ。
しかし、わたしの最たる力の象徴はまさに――体内に宿る血液だ。
今は不純物とも言える、元々のこの体に備わっていた血液が大半を占めているが、所詮は全身を動かすための原動力ではあるものの、一割程度ではわたしの生命を脅かすに至らない。
とはいえ、生命機構を支えている重要な要素であることも変わりないので、あっと言う間に貧血のような症状に襲われ、わたしは慌てて操血で脳と心臓に血流を集めた。
おかげで指先どころか四肢は冷たく体温が下がり、これはこれでちょっとまずい。
――けど、怪我の功名……というか、身体から血が失われ、生存本能が刺激されたせいか、わたしの中に眠る何かに気付くことができた。
わたしという存在が一時的にも薄くなったことで、本来の力の所在に触れることができたのかもしれない。
その正体は分からないけど、どうやら「元々の体の持ち主」の持ち物のようだ。
もしかすると、これが――。
っと、そんなことを考えている場合でもないか。
確かに血液不足はわたしの死因に直結はしないものの、やはり不利になる要因にはなってしまう。
故に――返してもらわなくてはならない。
とはいえ、これはこれで形勢逆転の芽が出る話でもある。
あの女が何を思ったのか、わたしの血を飲んで美味しいなどと言い出すものだから、ちょっと引いてしまったが、床に頬をつけたまま様子を窺っていると、どうやら彼女は血を欲す吸血鬼のような存在のようだ。
嬉々として血を好む姿は、どこか浮世離れた化け物のように見えた。
「……」
手足は動かない。
……いや、どうだろう?
さっき感じた、僅かな力の脈動。
それがまるで「使え」と本能に訴えかけてくるかのように気配を揺らしたような気がした。
元の体の持ち主がどういう存在で、どのような成り立ちで戦場に命を散らしてしまったのかは分からないけど、使えるモノは使わせてもらう。
これに気付くことが無ければ、適当なタイミングで止血して、わたしは狸寝入りして脱出の機会をうかがっていたことだろう。
四肢にまで血を通わせる余裕はないというのに、何故だろうか、指先に再び熱が灯り始める。
まるで全身のあらゆる力が純粋に倍増されるような感覚。
未知のものではあるが、どこか使い慣らした気さえする。
…………身体強化?
かつて魔法による身体強化という手法が研究された時代もあったが、自然の万物を具現化する魔法において、有機物を意のままに操るのは難しかったと記憶している。
わたしも何度か自身で試したが、下手をすれば魔力が人間の稼働限界を超えてしまい、最悪、全身が弾け飛ぶ危険性を感じ、わたしはこれを封印することにした。
だから思うのだ。
もし仮に、身体強化を成功させることができたのなら、今のような感覚になるのだろうか、と。
ミチミチ、とわたしの在って無いような筋肉が痙攣するかのようにざわめき、今にも「早く動かせ」と急かしてくる。
なんだ……弱い弱い、と愚痴ばっかりぶつけていた身体だけど、こういう「裏技」があったのね。
おかげで算段は整った。
後は――、
「そう、喜んでくれたなら良かったわ」
こいつらにひと泡、吹かせるのみ!
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「貴女……どうして生きているのかしら?」
「……っ」
女は目を見開くも動揺は少なく、それはいつでもわたしを殺せるという自信から来るものなのかもしれない。
対して背後のデブタ男爵からはかなりの動揺が身動ぎ一つから察せられる。
わたしはゆっくりと腕を床につけ、上体を起こしていく。
「さあ、なんででしょう」
「あら、中身のない会話は嫌いよ?」
「奇遇だね、わたしも嫌い。けど血生臭い女と話してて、まともに相対しようなんて思う方が難しいんじゃないのかな? ああ、今こうして貴女が呼吸しているだけで、血の匂いがプンプンするよ。臭い、臭い」
とりあえず煽ってみる。
相手がこの程度の煽りで癇癪を起し、動きが雑になってくれればいいのだけれど、残念ながら後ろのデブタ男爵が身震いしただけで、特に目の前の女性は冷ややかな笑みを絶やさなかった。
「……ふぅん、随分と流暢に話すのね。もしかして、私と同類の能力を持っているのかしら?」
「同類……?」
何を以ってそう思ったのだろうか。
確かに「血」というキーワードは一致してそうだけど、わたしは他人の血を飲んだりはしない。あくまでも自分の血液を操作するだけだ。
もしかしたら致死量の血を抜かれても無事な上に、普通に話していることから「血液に関する何か」を持っていると疑われているのだろうか。
だとしたら正解だ。
まあ正解されたからと言って、どうということもないんだけれども。
わたしは首に刺さったままの針を掴み、思いっきり抜き去った。
そういえば、これも本当に幸いだった。
さすがに全身を再起不能にされれば、わたしも死んでしまう。
いかに血を操ろうとも、操ることを思考する脳も、操るための体も大きく欠損してしまってはどうにもならないからだ。
この穴あき針は、大動脈とはいえ血管を狙って刺されたもの。
血が通う血管であれば、たとえ頸動脈だったとしても、わたしの血が細かい網目模様を傷口に敷き、あっという間に出血を抑えることができる。
欠点は血管が修復しきるまで操血を該当箇所に使い続けることだが……どうやらこの身体強化の力はわたしの「操血」すらも力を倍増してくれるという、恩恵を施してくれるらしい。
まさに僥倖。
転生してみたら戦地の真っただ中であったり、蛭に襲われて川で気を失い、しまいには奴隷として最悪な家に連れ込まれもしたが、全てはこの能力に気付くためだったと言われれば――お釣りがくる。
針を強引に抜き取ったわたしの姿に、さすがの女も驚きを隠せないようだった。
「<超速再生>!? いや――だが、そんな神話級の恩恵能力なんて御伽噺の中だけの話ではないのか……!?」
背後のデブタ男爵がこれでもかと言うほどの驚愕を滲み出させて、声を荒げていた。
リジェネーションというものが何なのかは分からないけど、今の行為から察するに、治癒能力とかなんだろうか。
なるほど……徐々にだけど、会話の流れからアビリティなるものの存在が形を帯びてきたような気がする。
まだ予想の範囲だけど……この世界には、魔法以外に何かしらの力の法則があるっぽい。
――面白いじゃない。
科学でも魔法でもない、何か。
その新たな論理に、わたしは密かに心を弾ませた。
「……どうやら、とんでもない代物が奴隷に紛れ込んでいたようですわね。いずれにせよ、傷の修復が可能な恩恵能力をお持ちなのでしょう。稀有なことですわ」
前方の女も呆れたように声を漏らす。
肩を竦め、見た目はリラックスしているように見えるが、わたしには分かる。
この女は隙あらば、飛び掛かってわたしを組み伏せようとしていると――眼が爛々としているのだ。
「貴女、お名前は?」
「……セラフィエル=バーゲン」
「そう。私の名はゾーニャ=デブタと申しますの。男爵家に名を連ねる由緒正しき血筋の者ですわ」
何を以って由緒正しき、と言うのか。
わたしにはこの男爵家の歴史を知っているわけではないが、どう考えても道徳から考えれば、この家の連中は由緒も正しくもなく、道を踏み外した外道の類に思えた。
「貴女の力……場によっては非常に有利に、そして強力なものなのでしょうが――残念ですわね」
「何がでしょう」
「この場においては、その力は何の発揮もしないのよ。そうね……精々、延命程度に使われる程度かしら。あっ、そうだわ! 貴女のその能力、もしかして体内の血もすぐに復活するのかしら!? だとしたら、とても素敵ね!」
……あ、そう。つまり、わたしは貴女にとってウォーターサーバーなる存在に見えているのね。
それとも無限増殖するワインセラーかしら。
両手を合わせて期待の眼を向けるゾーニャに、わたしはゆっくりと首を振った。
「わたしの血は有限だわ。貴女の望みはかなえられそうにないみたいね」
「そう……せっかくあんなにも美味しい血に出会えたというのに、勿体ないことね」
「……」
「お兄様、ロシオ! その子を捕えなさい!」
これ以上の会話は無駄と見切ったのか、ゾーニャの指示で大男が側面からデブタ男爵が背後から迫ってくるのを感じた。
ていうか、この人…………デブタ男爵の妹かい! 全然似ていないね!
カチリ、とスイッチを入れるかのように、わたしは体内に眠る力を発動させた。
いや、既に発動はさせていたのだから、重ね掛け――さらに出力を上げた、という表現が正しいか。
「――!」
「セラちゃん、大人しくしなさい!」
二人の男が眼前まで迫ったタイミングで、わたしは小さくステップを刻み、四つの腕の間をすり抜けるようにして彼らの脇を通り越した。
男二人は驚いたように目を見開きつつ、勢いは止まらないようで、痛そうな音を立てて衝突していた。
「この力……使えるわ」
予想以上だった。
まさに転生後から少し前までとは、真逆の感覚。
自分の思い通り、いや……それ以上の身体能力をこの体は発揮していた。
なによ、こんな便利な能力があるなら、さっさと言って欲しかったよ。そうすれば、奴隷になんかならなくとも、一人で好き勝手に生きられただろうに。
でも……奴隷になったからこそ、プラムとも出会えたわけだし、人生とは本当にままならないものだと心の中で笑ってしまう。
「あ、貴女……!?」
ゾーニャは眉間に皺を寄せてわたしを睨む。
よほどこの身体強化が意外だったのだろうか。
まるで考えつかなかったような態度……気になったけど、ゾーニャの姿勢が前傾になったことを受けて、わたしは思考を打ち切った。
そして今度はわたしが驚く番となる。
「ひゃっ!?」
辛うじて躱したものの、とんでもない速度で肉薄してきたゾーニャ。
彼女の指先が鼻のすぐ前を通り過ぎ、わたしは何度か転がりながら起き上がり、わたしが元いた場所にいるゾーニャを見上げた。
「び、ビックリした……!」
「それは私の台詞ですわ……! 貴女、何者ですの!?」
あちらさんも躱される想定はなかったようで、明らかな狼狽を見せた。
「先ほど名乗りましたけど?」
「ぐっ……このっ!」
なるほど、どうやらこの空間において、もっとも警戒すべきはこのゾーニャのようだ。
血を飲むという異常性もさることながら、身体能力はもちろん、おそらくだけどパワーもあの大男より強そうだ。
わたしの動体視力に従って体が動いてくれる。
それでもギリギリの攻防だ。
何倍かに強化された体とはいえ、元のスペックがアレなのだ。
どうしても回避範囲には限界がある。
それを踏まえた上で、無駄な動作を可能な限り省いたステップによる小幅移動での回避に専念した。
彼女が目の前を通り過ぎた後、わたしの背後にあった木箱が破壊音と共に音をたてて破片が散っていく。
やはりパワーも彼女が飛びぬけている。
血を吸うのが何の能力なのか分からない。
もしかしたら彼女の異常性癖なのかもしれない。
けれど眼前で繰り出される彼女の身体能力は、明らかに人体の限界を超えていた。
つまり、彼女の能力もそういうことなのだろうか?
未だアビリティについては不明点が多いが、現時点ではそう考えるべきだろう、とわたしは思うことにした。
「ぬぁぁぁっ!」
と、大男が散らばった木片を拾い、それを振りかぶってわたしに振り下ろす。
ちょっと!
こんな小さな子に、いくらなんでも容赦なさすぎ!
ゾーニャに比べて大ぶりなため、躱すことは難なくできる。が、彼女以外の攻撃に対する回避行動は注意が必要だ。何故なら――。
ヒュッとわたしが回避する方向であろう場所にゾーニャが飛び込んできたが、それを予見したわたしは二度反転し、またしても彼女の特攻を躱すことに成功した。
「…………、貴女……もしかして戦い慣れているのかしら」
「そういう貴女は単調だね。戦い慣れてないのかしら?」
その言葉がついに彼女の勘に触ったのか、ゾーニャは「黙れ!」と声を荒げた。
「私は誇りある男爵家の娘! お前のようなネズミに振り回されるようなことがあってはならないのよ!」
「……」
何が逆鱗に触れたのか分からないけど、攻撃が大味になってくれるなら大歓迎だ。
何度か交錯して分かったことだけど、彼女はどうやら五感すべてが研ぎ澄まされているように思えた。
わたしが回避した方角も、足音で反応してすぐに視線を向けてくるし、動く対象を追いかける目も良い。ああ、わたしが地下の通路で隠れていたにも関わらず、隠し部屋の一番近い入口が開いたり、デブタ男爵が気づいてこちらに来たのも、全て彼女が室内から探知したからなのかもしれない。
いやはや、この世界の令嬢ってこんなに強いの?
前世では魔法に頼ることはあれど、こんなにアグレッシブな令嬢はいなかった。
騎士や剣士などはいたけど、これほど肉弾戦で食いついてくる人は斬新だ。
「ロシオ! 何を呆けているのです! わたしに血を寄こしなさいっ!」
「は、はっ!」
ロシオと呼ばれた大男は、カーテン奥の部屋から赤い液体の入ったボトルを持ってくる。
ちなみにわたしから採取した血の入った容器は、動き回った彼女たちの近くには無く、わたしの背後の木箱の上だ。
ゾーニャはロシオが持ってきたボトルを奪い取り、まるで脱水症状一歩手前の人間のようにガブ飲みし始めた。
うわぁ……もうホラーを通り越して、具合悪くなりそう。
血は見慣れたものだが、血を飲む人間には見慣れていない。
長いこと生きると、まだまだ見知らぬ景色があるのだと思い知らされるものだ。
けど、それも終わり。
「――、ぐ? ご、あ…………、ごふっ!?」
ゾーニャは突然むせたと思うと、吐血したかのように口に含んだ血液を噴き出した。
「お嬢様!?」
「ゾーニャ!?」
その異変に気づき、デブタ男爵とロシオが同時に彼女の名前を呼んだ。
「遊びの時間はこれでおしまい、だね」
わたしは彼らが一か所に集まる間に、奪われた血の入った容器を手に取り――中の血を操った。
操血により、容器の血は生き物のように宙に舞い上がり、やがて一本の赤黒いナイフの形へと変化していく。そのナイフはわたしの手の中に納まり、わたしはその切っ先をゾーニャたちに向けた。
操血の施行にゾーニャは苦しみを浮かべた顔をさらに歪めた。
他の二人も同様だ。
まるで騙しのない手品でも見ているかのように、純粋に驚いていた。
「わたしの勝ちだよ」
そしてわたしは勝利宣告を彼らに告げたのであった。
次回は「26 騒乱の決着」となります(^-^)ノ




