07 板挟みバリーベルフォン
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わたしはこう見えて、今生も含めて数多くの修羅場を潜り抜けている。
幾つも経験した、戦乱の時代。
中には泥水を啜らないといけないほど困窮した環境に立たされることだってあった。だけど……実際に泥水を啜ったかと言われれば、そんな経験は一度もない。何故なら、科学世界を除けばわたしには常に魔法があったからだ。泥水を啜るならば、普通に魔法で水を精製して飲む。手段があるのだから当然の帰結である。
食事についても、戦闘力において申し分ないわたしは、現地調達が可能だ。いかに携帯食が無くなり、その辺の虫を口にいれないといけない状況になったとしても、わたしはそんなことはしない。地上に食えるモノがないのであれば、空を飛んでいる鳥を捕まえればいい。敵に見つかる危険性があるならば、潤沢な魔力を使って認識阻害の魔法をかけながら獲物を手にすればよいだけだ。
つまり……胸を張って「わたし、意外と苦労してるんです」と言ったところで、食生活に関してはそれなりに恵まれた環境を作る手段を持っていたというわけだ。…………いや、良く思い返したら、戦時中であっても魔法で地中に区画ブロックのような空間を作って、過ごしやすい住処を作ったりもしていたので、居住に関しても結構好き勝手していた気がする。
衣食住で勝手が利かないものは「衣」ぐらいだろうか。
まあそんなわたしだから、虫なんて当然口にしたことがない。
いや、中には食べられるものがあるのは知っているし、重要なタンパク源と称されるケースがあることも分かっている。でも、生理的に無理。食べられるとしたら、せいぜい蛙が限界。
目の前でもぞもぞと蠢く物体を、死んだ魚のような目で見つめる。
――ここは毛虫じゃなかったことを不幸中の幸いとして喜ぶべき? いやいやいやいや……それ以前に、これをちょっとでも口にした瞬間、女の子として大事な何かを失う気がするよ!
このヴァルファランにだって、虫を食す文化はないはずだ。少なくともわたしは見聞きしたことがないし、だからこそレイジェオンラーバもこういう手段を取ってきたのだろう。
『おや、随分と顔色が悪いようですが、何か気に障るようなことでも?』
『レイジェ……』
『爺は黙っていてもらいましょうか。この場において贔屓なんてものは、毒以外何者でもないということは貴方も分かるでしょう?』
『ぐぬ……』
――ドグライオンさん! そこは頑張って! ほら、何か弱みとか握ってないの!? レイジェオンラーバが「ぐぬぬ」って言ってしまいそうな弱みとか!
しかしドグライオンにそのような奥の手はないようで、困ったように口を噤んでしまった。
救いの手を求めるように、バリーベルフォンへと視線を移すが、彼は我関せずといった感じで毛繕いをしていた。あんにゃろ、後でその自慢の毛並みをぐちゃぐちゃにしてやるわ……。
ガラジャリオスに至っては、人差し指を口元に当てながらジーッと芋虫を眺めていた。心なしか口端から涎が垂れている。駄目、駄目だよ……そんな無垢な表情で、美味しそうにこの巨大な芋虫を食べているシーンとかトラウマになりかねないから、それだけは止めて。せめて蛇龍モードの時にお願いします。
「…………」
さて、ドグライオンが言い返せなかったように、この場は圧倒的にわたしたちが不利な状況である。
これが公的な場であったり、わたしたちが対等な立場で顔を合わせているならば、このような行為はまさしく無礼と切り捨てることは可能だ。
700年前より、交易と称して種族間で関係を持っている以上、互いにどのような食生活なのか最低限は知っているはずだ。仮に知らなくとも、確認せずに自分たちの常識だけで食事を出すなど危険な行為は普通は実施しない。だから対等ならば「わたしたちの口には合いませんわ、おほほ」と拒否しても問題はない。
しかしこの場において、わたしたちとレイジェオンラーバは対等ではない。
非公式でこの地にやってきたのは、ドグライオンの紹介ということで大きな問題にはならないが……人間種側には、三権相互扶助条約を一方的に破り、密猟などをして相手の権利を害したという負い目がある。わたしが人間種の代表として来た、という体で行くならば、その縛りはより一層強いものとなるだろう。ドグライオンもそのことを理解しているからこそ、レイジェオンラーバを諫めきれないのだ。
あぁ、どうしよう……なんとか打開策を練ろうとするたびに、視界の端に芋虫がちらついて集中できないし、ほんともう泣きそう……。
――あ、もしかしたら……亜人であるヒヨちゃんならワンチャン……?
そう思って彼女をチラリと見ると、ヒヨちゃんは首が千切れるんじゃないかと思うほど、頭を横に振った。
だよね、うん。まあ逆にヒヨちゃんが「私、これ大好物なんだよなぁ~!」なんて朗かに笑いながら食べ始める方が困る。ガラジャリオス同様、そんなシーンは見たくない。
同じノリで人間種でも八王獣でもない、精霊種であるクルルの方も確認しようと思ったが……同じ理由で却下した。超絶美人な彼女が芋虫を食べる光景など、この世の終わりを示す一枚絵にしか思えない。
しかしそんなわたしの想いを裏切るかのように、クルルは一歩前に出て、震える両手をギュッと握りしめた。
「わ、わたっ……私! 頑張りますわっ! セラフィエル様のために……頑張りますわっ!」
「いい!? だ、大丈夫ですから! クルルさん、無理しないでください!」
両目からポロポロと涙をこぼしながら言われても、罪悪感に殺されてしまいそうだ。そもそも求めていないのだから、自重してくれた方がありがたい。……その気持ちは、すっごく嬉しいんだけどね!
「……ここは私が――」
男気溢れるタクロウが、皆の犠牲になろうと手上げをしてくれるが、わたしはそれに対しても首を振った。
理由は一つ。
レイジェオンラーバがさっきから、わたし一人だけを見ているからだ。
試されている。
別にこの芋虫は人体に害のあるような虫ではないし、その嫌悪感を乗り切れるかどうかの代物なのだろう。故にこれはテストだ。そのような壁すら乗り越えられない意思の低い者が、何を偉そうに種族間の問題に口を挟もうとしているのか――そんな声が聞こえてくるようだった。
ここでわたしが他の誰かを矢面に引っ張りだして、食べさせたとしても、レイジェオンラーバは絶対にわたしの言葉に耳を貸さなくなるだろう。わたし自身が……何とかしないと、おそらくレイジェオンラーバは認めない。
今この場で、ドグライオンが懸命に訴えかけてくれたからこそ、僅かながら関心を向けてくれた。だからこの機会を逸してしまえば、永遠にレイジェオンラーバと話をする場は設けられない可能性がある。ううん、間違いなく消滅するだろう。
――くぅ……とんでもない貧乏くじを引いた気分。自分で選択して首突っ込んだこととはいえ、始めは月光草を手に入れるためだけの旅だったのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろう……はぁ。
とまあ、悔いたところで話が進むわけでもないので、わたしは一つの手段をとることにした。わたしは別に努力と根性をモットーにしているわけではない。むしろ可能な限り楽で安全な道を選びたい性格である。だからここはわたしなりの方法で切り抜けさせてもらおう。
「八王獣の代表でもあるレイジェオンラーバさんのご歓待、感謝いたします」
『……?』
ふ、と微笑みを浮かべたわたしに対し、おそらく怪訝な顔をしたのだろう。レイジェオンラーバは鋭い視線をさらに細めた。
「ですがご存知の通り、人とは弱き者。その口に食すものは、その殆どが調理されたものとなります」
『調理』
「はい。野菜などは生で食すこともありますが、こうしたゲテモ――んんっ、生物となりますと、ある程度の調理をしなくてはお腹を壊してしまうことが多いのです。レイジェオンラーバさんが自らご用意してくださった食材をそのまま味わいたい気持ちもありますが、食して体調を崩して礼を失してしまうことは避けたいところなのです。不躾ではありますが、軽く調理をしてから戴く形を取っても宜しいでしょうか?」
にこっ。
そう微笑みかけると、レイジェオンラーバは見定めるように数秒視線を送ってきた後に『好きになさい』と告げてきた。
『――ただし、この場を離れての調理は控えてもらえますか? せっかく仲良く食事をしようという時に、席を立たれてしまうのは寂しいので』
暗に、見えない場所で芋虫を棄てるような真似はさせない、と言っている。
大方この場では大した調理もできない、と踏んでの許可なんだろうけど、ふふふ……甘く見られたものだよ!
わたしは「では……」と一度目礼をし、そして――――。
大火力の炎を魔法により発生させた。
『――ッ!』
『んな!?』
芋虫の直下から、天へと吹き上がる火柱。超高熱による炎に包まれた憐れな巨大芋虫は、瞬時に消し炭へと変わる。この芋虫に恨みはないけど、どうか今はわたしだけのために犠牲になってほしい。
レイジェオンラーバは目を見張り、炎を象徴するバリーベルフォンも同様に驚きの反応を見せた。
ふははー、燃えろ燃えろォ! と内心で高笑いをあげる。
やがて炎は天へと上るように消えていき、残るのは文字通り燃えカスのみ。わたしは宙を舞う真っ黒な燃えカスを掴み、それを口にした。ちなみにこの燃えカスも、わたしが偽装したもので、実は芋虫の下に生えていた野草だったりする。派手な火柱を演出したのは、この野草をあたかも芋虫の一部かのように見せるためだったりするわけだ。火柱の裏で風流操作を行い、野草が一瞬で焼却されないよう調節しながら、最後は芋虫の残滓として残ったかのように見せかける。いくら焼き尽くそうと、それでも芋虫は食べたくないと思う、わたしの精一杯の抵抗である。
「加熱処理です」
ぜんっぜん美味しくもなんともない炭化した野草を咀嚼しながら、わたしは胸を張った。ふふん、一度調理を許可してしまっただけに、レイジェオンラーバがその匙加減を責めるのはお門違いだ。わたしが満足に完食した以上、下手な文句は言えまい。あとはさっさとこのふざけた食事会の幕を引かせて、次の話に進むよう持って行くだけだ。
「ごちそうさまでした」
そう告げるわたしにイラっとしたのが空気を伝わって感じる。出元は言わずもがな、正面のレイジェオンラーバである。
『……それだけでは足りないのではないですか?』
「え?」
言葉遣いは変わらず丁寧なものだが、その口調はやや早い。レイジェオンラーバは再び近くの森の隙間に首を突っ込み、何かを加えてわたしの目の前に落とした。
……………………芋虫のおかわりであった。しかも今度はさらに二回りほど大きい。
んにゃろ……燃えカスを何度も好んで食す趣味はないけど、こうなったら変わりの芋虫が出てこない状況まで、燃やしに燃やして……っ! ――と魔法を発動させようとしたわたしだが、それを遮るようにレイジェオンラーバが言葉をかぶせた。
『バリー』
『な、なんだ』
『お客人に何度も手を煩わせてはいけないでしょう。人間種の調理法は理解しました。今度は貴方が彼女の言う加熱処理を施してあげてください(意訳:この生意気な小娘が二度と反抗的な態度を取れないよう、外堀をしっかりと埋めて、徹底的に泣かせてやりなさい!)』
『は、はぁ? なぜ俺が……』
『焼き加減はそうですね。しっかりと素材の味を楽しめるよう、原形が保つ程度に焼くぐらいが丁度いいでしょう(意訳:ふふふ、人間どもからすれば苦手であろう虫の姿焼きを今度こそ食わせてあげます……! さあ慄きなさい! 平伏しなさい!)』
『……お、俺を巻き込むな――』
『頼みましたよ、バリー(意訳:断ったら、ガラに貴方の恥ずかしい黒歴史を隅々まで語るから)』
『よぉし、任せろ!』
――こ、こいつ……!? 建前として口に出ている言葉とは全く別モノの意訳が幻聴として聞こえてくる!?
わたしへの嫌がらせのために、どれだけ念を入れるというのか……! いや、もう半ば向こうも意地になっている気がしないでもない。わたしが泣きながら芋虫を食べる姿を見て留飲を下げたいんだろうけど、そうは問屋が卸さない。
チョロいバリーベルフォンを利用するというのであれば、わたしもその路線に乗っかろうではないか。
「バリーベルフォンさん」
『アァ?』
「お恥ずかしい話なのですが、わたし、見ての通り小食なんです。さっきので満腹になりましたので、もし宜しければこちらはバリーベルフォンさんが食べてくださると助かるのですが……(意訳:あなた、本気でわたしにこのおぞましい虫を食べさせようってわけじゃないよね? そろそろ本気で怒るよ?)」
『ア……ァア? ちょっと待て……なんで俺に矛先が――』
「駄目でしょうか……? 頼れるのはバリーベルフォンさんだけなんです……どうか、お願いを聞き届けてくださらないでしょうか?(意訳:言うこと聞いてくれないと、その自慢の毛、ぜんぶ毟っちゃうんだから! ガラジャリオスに嫌われるレベルで毟るんだからね! 今度から貴方の名前はスゲーハゲジャンだよ! かっこわる!)」
『待て待て待て待てェェ!』
わたしの心の声を乗せた殺気をぶつけられたバリーベルフォンは、本気で焦ったようにレイジェオンラーバとわたしを交互に見やる。
『納得いかないぞ! なんで俺が板挟みにならにゃ――』
『バリー』
「バリーベルフォンさん」
『……』
わたしたちの威圧を前に、ついにバリーベルフォンは黙り込んだ。シュン、と項垂れる尻尾が哀愁を漂わせるけど、今はわたしの乙女としてのプライドがかかっている時。情けは無用である。
…………とは思うけど、さすがに収拾付かない状況になってきたなぁ、と心配する気持ちも別に浮かんでくる。どうしよう。感情が昂ぶると、どうしても子供っぽく直情的になりがちなのは、未だに治らない。
そんな時だった。
「二人ともいい加減にするのじゃッ!」
今まで(芋虫の)成り行きを見守っていたガラジャリオスが、彼女のイメージにそぐわない怒りの感情を込めた声をあげた。
その怒りの対象は喧嘩気味になっているわたしとレイジェオンラーバ……ではなく、レイジェオンラーバとバリーベルフォンであった。
ガラジャリオスの厳しい視線を受けて、なぜ自分が怒られる対象に入っているのか分からない、と衝撃を受けているバリーベルフォンの茫然自失な表情がとても印象的であった。




