06 歓迎という名の嫌がらせ
な、なんとか2月に一本更新できました……!(汗)
更新できない間、たくさんのブクマ+ご評価、感想や誤字報告などなど、ありがとうございます~~!(*´꒳`*)
まだまだリアル仕事が激化していくため、更新がまばらになって申し訳ありませんが……、気長にお付き合いくださりますと幸いですm( _ _ )m
――レイジェオンラーバ。
一言で表せば、ガラジャリオスと同様に蛇型の龍であった。
50メートル級のガラジャリオスに比べれば、体長は短いほうで、その胴体も細い。しかし透き通るような水面を彷彿とさせる鋭くも美しい鱗を無数に携え、やや蒼く発光するその姿はもはや神々しいと言える。
ヒレのような部位が見られることから、水中に適したフォルムであることが伺える――が、水の中だけが活動範囲でないことは、道中に鱗の残骸が残っていたことからも間違いないだろう。
――幻想的、神秘的って言葉が似合う、綺麗な龍ね。
レイジェオンラーバの全身から滲み出る光が、その半身を沈めている湖の中からも漏れ出ている。それがまた、この八王獣の存在を神格化するかのように演出し、見る者の目を奪っていく。
しかし……困ったことに。
その横でバリバリと残結晶を食い散らかすガラジャリオス。そのさらに横で「まあ、はしたないですね」といった顔を装いながら、彼女が服にボロボロと落とした残結晶の欠片を払う素振りを見せつつ懐に回収し始めるメリアのマイペースっぷりの方が目についた。
どうしよう、緊張感が削がれていく。
これは早々に話を開始した方が気がまぎれるかも、と思った矢先に土竜型のドグライオンがこちらを静かに見下ろす蒼竜に声をかけた。
『レイジェ』
『……爺、何用ですか』
空気を凍てつかせるかのような、静かなる声。
初めて聞いたレイジェオンラーバの声だけれども、その印象は「中性的」であった。
明らかに警戒をしているレイジェオンラーバの態度だけど、いきなり襲い掛かってくるほど本能的ではないようで、そこは一つ安心できた点である。
『なに、ガラを助ける過程において、ちょいと面白い人間に出会っての』
『……ガラは無事だったようですね』
『見ての通りじゃな。そっちの詳しい過程については、後程伝えようかの』
『えぇ、ひとまず彼女の元気そうな姿を見れて安心しました。あまりにもいつも通りすぎて、この地に残りながらヤキモキしていた己が滑稽な存在のように思えて、驚いてますがね』
『はっはっは、そこは流石はガラ、といったところじゃの! 追跡し、正気を取り戻す場にいたワシですら、数日前にこやつが暴れまわった事実を忘れそうになってしまうわ』
「んえ?」
残結晶を咀嚼するのに夢中だったガラジャリオスは、自分の話題になっていたことに今更ながら気づき、間の抜けた声を漏らした。しかし会話に加わるつもりはないらしく、再び手元の残結晶をガジガジと齧りはじめた。
なんとも言えない空気が流れるが、気を取り直したレイジェオンラーバは一つため息をついてから話を続けた。
『――で、面白い人間、ということで彼らをこんな場所まで踏み入らせた……というわけですか』
棘のある物言いだが、これは予想の範疇だ。
レイジェオンラーバが強硬派の筆頭というのならば、むしろ優しい部類の対応である。
とりあえずこのまま黙っているわけにもいかないよね、とわたしは会話の中に入ることにした。
「初めまして、レイジェオンラーバさん。王都からやってきましたセラフィエル=バーゲンと申します。ドグライオンさんから概ね事情は伺っております。こう見えて、わたしもクラウンの端くれ。何か御力になれれば……と思い、この度ご同行をさせていただきました次第です」
そう口上したわたしを一瞥したレイジェオンラーバは、僅かに身体を動かしながら――わたしではなく、ドグライオンに向けて言葉をかけた。
『爺、森に立ち入らせるだけでなく、私の住処にまで小汚い種族を向かい入れるなど、腹に据えかねる事態だと思いますがね?』
『……その先入観から来る物言いを控えよ。眼前ですべき言葉ではないじゃろ?』
『ふふふ……では裏ではしても良いと? ですが陰口程度では小狡い数だけの種族の耳には届きませんでしょう。ですからこうして分かりやすく、目の前で述べているわけですよ』
『そうは言っておらんじゃろ。言葉尻を捕らえて悪辣なことを言うでない』
『爺はこの森での出来事をまだ綺麗ごとで片づけるつもりなのですか? いつまでも在らぬ夢を追い求めるのではなく、そろそろ現実と向き合って欲しいものです。昔出会った友たちの幻影は忘れることですね』
『じゃから、こうして最善の手を模索し、実践しておるのじゃろうが。それと……彼奴等のことを忘れるなど、阿呆なことは言うものではない。彼らがいて、ようやく精霊種との不毛な争いに終止符が打たれ、こうして安寧の国が築き上げられたのじゃろうが』
『安寧? ふふ……その安寧こそが人間種を腐らせたのでしょう。人の生は短い。故に人は思想や技術を後世に託し、先人の想いを受けた者がそれを更に昇華させ、より良いものへと高めていく――それが人の在り方であったはずなのに、奴らは生の循環を繰り返す過程で、あろうことかその思想を薄めていったのです。残ったのは形骸化した過去の約束のみ。それすらも愚かな者らは「昔のことなど知らぬ」と無下に踏み倒してゆく。そんな愚族に何を肩入れする必要がありますか? 安寧など不要――今こそ再び純然なる力関係というものを理解させるのが最優先でしょう』
『…………それは一部の者たちの話じゃろ』
『一部であっても、それが事実であることに変わりありません』
『…………』
耳が痛い話だ。
人間とは得てして傲慢な生き物である。レイジェオンラーバの言う通り、人は過去の経験を糧に学び、発展していくことで繁栄を築いていくわけだが――その発展により発生した上積み……言うなれば「旨味」が人の欲望を刺激し、狂わせる。技術は常に進化を続けるけれども、過去の過ちや約束などは変わらぬままだ。だからこそ欲望に駆られた者は、変わらぬ過去を軽視し、見果てぬ未来に思いを馳せる。その全てが間違いだとは断じないけれども、少なくとも争いを起こしてでも欲望を追いかけるような考えは改めなくてはいけない。
このヴァルファラン王国で、建国当時からどのような文明開化が生じたかは分からないけど、例えば当時は月光草が薬の原材料だと知られていなかったかもしれないけど、今は薬学の進歩で薬として有用だと判明しているとする。そうすると、人々は当然ながら月光草が多く自生している八王獣領に目を向けるわけだ。そんな傾向が出始めるとどうなるか? いうまでもなく、過去の不可侵条約を無視して、勝手に土地を荒らす馬鹿が増えていく。それが争いの火種となり、新たな禍根を生んでいく――人の愚かな性であり、不治の病といっても過言ではないかもしれない。
月光草はあくまでも一例だけども、現在、国内の動物たちを管理している八王獣領の中で勝手気ままに動いている連中の大半は、そういった考えの人たちだと思う。
科学世界のように、司法という鎖で雁字搦めにし、核という抑止力などを付け加えることで、ようやく国家間レベルの戦争が減少するレベルなのだ。それでも個人単位で言えば、犯罪は絶えず繰り返されている。それだけ人という種は、欲望を抑え込み、打ち克つことが難しい本質を抱いているわけだ。
長い年月を悠然と生きる八王獣からすれば、なんと梼昧なことかと鼻で笑ってしまうのも無理はないのかもしれない。
そう纏めると、人ってどうしようもない愚かな種族だと思えちゃうけど、悪が存在すれば善も存在するのは当然のこと。欲望に駆られて身勝手な振る舞いをする者がいれば、それを諫めて正しく在ろうとする者もいる。
善悪の性質が入り混じることは、どんな種族にも言えることだろうけど、中でも刹那的な生き方しかできない人間はその傾向がより光るとわたしは思う。
短い人生しか生きられないからこそ、正しく真っ直ぐに生きよう。そしてその足跡を後の世を生きる子供たちに残そう。そう願うからこそ、時に彼らの生きざまは眩いほどに輝く。
前世は血と骨ばかりが散っていく戦乱の世だったけれど、その中でも自身の信念を貫こうとした背中を覚えている。
――ジルクウェッド。彼は最期まで周囲の甘言に惑わされず、己を貫いたわね。
かつて血の霧に囲まれた終焉の時を、愚直なまでに向かい続けた馬鹿正直な背中を思い出し、わたしは思わず目を伏せて笑みをこぼした。
きっと、わたしにとってのジルクウェッドが、ドグライオンにとっての――700年前の建国に携わり、三権相互扶助条約なんて決まり事を制定した人間種の英雄たちに該当するのかもしれない。
だとしたらドグライオンが言う通り、忘れるなどもってのほかだ。
依存しろとは言わないけど、無かったことにしろというのは話が違う。
さて、そんな先人の想いを無駄にしないためにも、せめてレイジェオンラーバを始めとした強硬派の不平不満を少しでも緩和できればいいのだけれども……さっきから無視されている通り、話をする冷静さはあれど、話を聞く心の余裕は無さそうである。
思考を巡らせている間にも、ドグライオンはわたしたちと結んだ協定について説明するも、レイジェオンラーバは聞く耳を持たずだ。
なるほど、これは中々に手強い。
わたしたちの利害関係を聞いた上で、その関係を拒絶しているのだ。つまり理性で人間種を否定している。となると、理詰めでどうこう言ったところで旗色は悪いままかもしれない。だけど、それじゃ力任せにぶん殴って、力関係を明白にすればいいかと問われれば、そうも行かないだろう。きっとこのタイプは、こちらが弱みとなる材料があればあるほど、頑なに否定を強めてくると思われる。
きちんと対等に話をするためには、まずレイジェオンラーバの認識を変えることが必須だ。わたしたち人間種の話を聞く価値がある、と思わせる何か。それはちょっとした関心や興味でも構わない。レイジェオンラーバの目線を向けさせる切っ掛けがあれば、流れは良い方向へと流れ始めるはずだ。
――でも、この龍が関心を向ける事柄なんて……分からないしなぁ。
初めて会って、初めて声を聞いた間柄なのに、いきなり人柄を知れなんて無茶もいいところだ。はてさてどうしたものか、と悩んでいると頭上から「ふっ」と見下したような吐息を感じた。
視線を上げると、レイジェオンラーバの冷たい視線が一直線に伸びてきていた。
『分かりました。せっかく爺が連れてきたのですから、いかに矮小な存在と言えど、話も聞かずに追い返すのは無礼かもしれませんね。どうです、ここまでの旅路、お腹も空いたことでしょう。食事をしながらでも話を伺うというのは』
「……」
突然の提案。当然ながら好意的な意味を含んでいないことは口調で分かる。
隣で「メシなのじゃー!」と両手を上げて喜ぶガラジャリオスのように、無邪気には頷けない。それとなくタクロウたちに視線を寄せると、彼らも怪訝と警戒を隠せないようで、固い表情だった。しかしここで「嫌な予感がするので」と逃げるわけにも行かないため、返事に詰まっていると、そんなわたしたちの動揺を嘲笑うかのように、レイジェオンラーバは湖の後ろでにいた何かを咥え込み、こちらの眼前に放り投げた。
ズン、と質量のある物体によって巻き起こる土煙に、思わず眉をしかめて腕で顔を隠した。そして……その正体を確認して、わたしたちは更に眉をしかめる結果となる。
巨大な芋虫。
わたしの頭ぐらいある巨体に、無数の短い脚を蠢かせながら、横になった芋虫は全身をくねらせていた。色合いは白く、見た目はカブトムシの幼虫に近いかもしれない。しかし、デカい。掌サイズならわたしだって普通に触れるが、さすがにここまで大きいと近寄りがたい。
レイジェオンラーバの意図を察し、口元を引き攣らせるわたしたちを他所に、レイジェオンラーバは自分用にもう一匹の幼虫を取り出し、それを一口で噛み砕き、嚥下していった。そしてしたり顔で告げてきた。
『どうしました、ご客人。まさか私の歓迎を受け入れない――なんて言うわけじゃないでしょうね』
あー、そう来るかぁ……と、わたしは苦笑を浮かべた。