05 深蒼に輝きし獣道
明けましておめでとうございます!(遅)
たくさんのブクマ・ご評価・感想に大感謝です~(*´꒳`*)
繁忙期でちょっと更新がなかなか難しい時期ですが、今年も何卒宜しくお願い致します!
ドグライオンの案内の元、わたしたちは森の中を進んでいく。
ブラウンと馬車は先の湖の畔に置いていくことになり、不平を露わにするブラウンを宥めるのに少々時間を要してしまった。足場の悪さに加え、これから会う対象のことを考えるならば、ブラウンと馬車を置いて正解だろう。
とはいえ、わたしたちからすれば未開の地ともいえるこの場所に、荷物一式を載せた馬車やブラウンを置きっぱなし……というのは心配だということをドグライオンに訴えると、彼は近場にいた彼らの眷属――5頭ほどの白い毛並みの狼を呼び寄せ、彼らを警備に当たらせると言ってくれた。
あの狼たちが人語を介すのかは分からないけど、馬車を囲うようにして草の上に座り込む姿から、きちんとドグライオンたちの意思が伝わっていることが見て取れた。……ブラウンは非常に居心地悪そうな顔をしていたけど。念のため、万が一のことも考えてブラウンをつなぐ手綱を緩めておいたけど……戻ったら狼の餌になっていた、なんて最悪の展開だけは起こらないよう、強く祈っておこう。
ちなみに面倒くさがりなマクラーズも馬車に残る素振りを見せたが、馬車を囲むようにして集まってきた狼の姿を見て、こちらに同行することにしたようだ。
しかし、ああいったシーンを見ると、ドグライオンたちが獣たちの長であるという実感がわく。見た目がただの土竜だけに油断しちゃいそうだけど、なんだかんだ言って数百年の歳月を生きる常識の埒外にいる存在なのだと再認識した。
草や枝がひしめき合う森の中を進んでいくと、やがて視界を埋めていた木々がわたしたちに道を開くように左右に寄っていった。
一瞬、人の手によって整備された道でもあるのかと思ったが、そうではないようだ。
左右に分かれた木々を押しのけるようにして引かれた、巨大な一本の轍のような道。獣道――なんて表現は生ぬるいほどの規模だけど、間違いなく何者かの通り道だと推測された。
そう想像できた一番の要因は、両サイドの木々の根元にある。
一瞬、何かの鉱石かと見間違うほどの大きな結晶が散見された。蒼く煌々と鈍い光を放つそれは、自然界の奇跡と称しても良いほどの美しさを放っているが、それが天然に出来上がった鉱石でないことは……この巨大な獣道に沿ってでしか存在しないという事実が証明していた。
――……もしかして、鱗?
蛇龍状態のガラジャリオスの巨大な鱗を想像して、何となくそんなことを思う。
森の中に僅かに差し込む光を複雑に反射し、煌めくサファイアのような物体は、人の目を強く惹く宝石のようだ。王都に持って帰って、壁間内市場で売り出せば、飛ぶように売れそうな代物である。……いや、このレベルになってくると、売買先は貴族や王族が対象になってくるかもしれない。それほどまでに秀麗で幻想的な輝きが、この道を照らしていた。
一つぐらい欲しいなぁ~、なんて思いつつ眺めていたら、その視線に気づいたドグライオンが話しかけてきた。
『あぁ、それはレイジェの残結晶じゃな』
「ざんけっしょう?」
『この道はあやつの通り道でな。地面に身体を擦りつける際に、あやつの体表の鱗と粘膜の欠片が飛び散り、こうして結晶として残っておるのじゃ』
「ほえ~……」
体表が削られるとか、人間視点からすると痛々しいことに思えるけど、彼らの生態からすると日常のことのように聞こえる。
「セラ、興味津々なのじゃ!」
「そうですね……少なくとも王都の平民街では見たことのない、とても綺麗な結晶だと思います」
「欲しいー?」
こてん、と上目遣いで尋ねてくる褐色幼女を前に、またしても彼女自身を持ち帰りたい気持ちになるが、そこはぐっと抑えて、わたしは「そうですね」と笑みを向けた。
「――ただ、その行為がレイジェオンラーバさんにとって、どう影響を及ぼすか分からないので、今は我慢したいと思います」
「げっ」
「やばっ」
「……」
わたしの言葉に反応する人間が二名…………いや、三名いた。
わたしは後ろを振り返り、その該当者たちを呆れたように見つめる。どうやらわたしがこの光景に目を奪われている最中に、ちゃっかりくすねていたようだ。気持ちは分からんでもないけど、これからレイジェオンラーバという強硬派筆頭に会いに行くというのに、緊張感が欠如しまくりである。
マクラーズ、ヒヨちゃんはあからさまに視線を逸らす。いや、ポケットから結晶がはみ出てるんですけど……隠し通す気、あるんだろうか。
残る容疑者のメリアは、変わらずポーカーフェイスっぷりを発揮しているが、さっきのわたしの言葉に反応して、意識が両脇にある残結晶に向いたことをわたしは見逃していない。上手く隠しているようだが、身ぐるみ剥げば、その衣服の中から残結晶が幾つか発見されることは間違いないと思われる。
わたしは静かにため息を吐いた。
「あのですね……もしその結晶を持ち帰ることがレイジェオンラーバさんの逆鱗に触れることだったら、どうするんですか……。話すら聞いてくれなくなっちゃいますよ?」
そもそも聞いてくれるかどうかも分からないけど。
「セラフィエル様の仰る通りだ。どうにもお前たちは旅行気分が抜けないようだな。王都に戻ったら性根から叩き直してやろう」
続くタクロウの言葉に、マクラーズとヒヨちゃんは盛大に口元を引き攣らせ、渋々ポケットの結晶を道端に置いていった。彼らはレジストンの下につく上で色々な訓練や教育を受けたみたいな話も耳にしていたので、その過程でよほど絞られた経緯があったのだろう。タクロウ、超真面目な性格っぽいもんね。
一方でメリアは素知らぬ顔で動かない。このメイド、最後まで隠し通す気である。相変わらず肝が据わっているというか何というか……。メリアに視線を向けないということは、タクロウも気付いていないようだ。
わたしは苦笑しながら「メリアさんもですよ」と加えると、彼女は僅かに目を見開いた。わたしが気づいているとは思わなかったのだろう。
彼女は一瞬だけ逡巡し、ふっと笑みを漏らした。
「さすがはセラフィエル様。よくぞ見抜かれました。ここは敵地とまで言わずとも、警戒を解いてはいけない場所。その中でいかに緊張を保てるかを測らせていただきましたが、余計な心配だったようですね」
と言い放ち、侍女服のスカートを両手で少しだけめくる。
すると、出るわ出るわ。拳大の残結晶がボトボトと足元に落ちていった。さすがにこの僅かな時間でそこまで回収しているとは思っていなかったわたしは、思わず目を剥いた。
しかもこの人……あたかもわたしを試していました的な物言いで誤魔化そうとしている。いやいや……何わたしに「よく出来ました」みたいな作り笑顔を浮かべているんですか、とハリセンで叩きたくなる。
そんなメリアを胡乱な目で見ていると、彼女の肩にポンと手を置いたタクロウは僅かに笑顔を浮かべ――、
「お前は特別にマクラーズたちの2倍分、しごくとしよう」
と死刑宣告を告げた。
「……狭量な殿方は異性に嫌われますよ?」
「無理に好かれようなんて不純な感情は持ち合わせていないから安心しろ。まだ御託を並べるならば、3倍にするぞ?」
「間を取って……半分で」
「分かった、5倍だな」
心底嫌そうな顔で舌打ちをするメリア。これ以上逃げられないと判断したのだろう。一瞬とはいえ、鉄面皮ともいえる彼女の表情を歪めさせる、タクロウのしごき……ちょっと興味が湧くところである。
ちなみに言葉を発しないクルルもこの光景は珍しいのか、ぽけーと周囲を見渡すのに夢中のようだ。
「別に勝手に持って帰っても、レイジェは気にしないと思うぞ~」
と言いながら、メリアの足元にある手頃なサイズの結晶をガリガリと食べ始めるガラジャリオス。えっ、この子……一体どんな顎と牙の強度してるの? それともこの残結晶って意外と脆い材質な感じ?
「お、美味しい……?」
「不味いのじゃ……ウチはセラのジャガイモが食べたいのじゃ……ガリガリ」
不味いと呟くにしては、食べるのを止めないガラジャリオス。この子は、常に口に何か入れてないと不安を覚える子供のような習性でも抱えているんだろうか。まあ見た目は確かに子供なんだけど……。残結晶にも更に不味い部位があるのか、器用にペペペペッと一部分を口をすぼめて飛ばす姿は――スイカの種を飛ばす少女のようで愛らしい姿であった。
試しに残結晶を手に取って、指でコンコンと叩いて強度を測ってみたが……どう考えても噛み砕けるような硬度はしていなかった。底無き悪食大王ガラジャリオス、恐るべし。
『ふん、緊張感のない奴らだ』
「え、それ、ガラジャリオスさんにも言ってます?」
『馬鹿を言うでない! ガラは無垢だから良いのだ!』
鼻を鳴らして嫌味を漏らすバリーベルフォンは、いついかなる時も絶好調にガラジャリオス贔屓である。
『ガラは良いと言ったが、それはあくまでワシらの中だけの話じゃ。反目する人間種が持っていれば、たとえそれがどうでもよい事であっても、突っかかる要因になる可能性はあるじゃろ。ワシはセラフィエルの選択が正しいと思うぞ』
今のところ、当社比で八王獣中の常識人枠にいるドグライオンからそう後押しを貰い、なんとなくその場の雰囲気がわたしの意見に従う空気に染まる。
そして。
いくばくか残結晶の道を歩んでいくと、一際明るい光が前方に広がっていた。
場所が開ける。森林の中にぽっかりと空いた広場。
深蒼に彩られた残結晶に包まれた泉。
幻想的なその空間の中央に座するは――八王獣において最強と名高い、蒼竜。
レイジェオンラーバが泉に半身を沈ませながら――わたしたちを睥睨した。