02 お着替えタイム
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「がぼぼぼぼっ!?」
痛ぁ!
鼻から口からと水が入り込んで、ツーンとした痛みが脳を刺激してくる。いや……それ以前に溺れ死ぬ!?
寝起きドッキリ宜しく、湖に放り投げられたわたしは、その身を沈めながらようやく覚醒した頭を回転させ、すぐに空気玉を魔法で精製し、そこに頭を突っ込んだ。
「ぷはぁ!」
だばだば、と至るところから水が流れ落ち、何度か咳をして気管に侵入してこようとした水を吐き出していった。
「うう~……」
涙目になりつつも、操血を使って変なところに入った水を排出させていった。操血でどうやって水を出しているかというと、体内の食道やら気管やらに通っている毛細血管の血を使って、水ハケのような形を作り、それを出口である口や鼻に向かって何層も作り、あとはバケツリレーのように水を掻きだすような動きをさせている――といったところだ。
年頃の乙女が、だらしなく口を開けながら、鼻や口から水を垂れ流す姿は流石に醜聞の種になってしまいそうなので、絶対に人前ではやらないが……今は湖の中。好きなだけ垂れ流しても誰かに咎められることはない。
「……というか、酷くない? こう見えてか弱い少女のつもりなんだけど……」
まだ鼻奥に痛みが残る所為で、目尻には涙を浮び、ぐすっと鼻を啜る。
まあ微かに記憶にあるバリーベルフォンの言葉から察するに、わたしも寝ながら彼の神経を逆なでするような行為をしてたっぽいので、わたしにも落ち度があるのかもしれないけど……それにしたってやり方というものがあると思う。
ほら、せっかくのモフモフなんだから、ふさふさの尻尾で優しく揺り起こしてくれるとか、舌でペロペロ舐めて起こしてくれるとか……ねえ?
「……とりあえず、湖畔に上がろ」
そう呟き、<身体強化>によって強化された両足をばたつかせたわたしだが――ふと、視線を感じ、湖の底へと視線を移した。
――…………?
太陽の光が届かないほど湖底は深く、暗い。その漆黒の中で何かが揺らめいた気がした。
わたしは首を傾げつつ、その何かを見つめていたが、やがて気配は霧散し、わたしの探知には何も引っかからなくなった。そもそもが気薄な存在だったので、もしかしたら気のせいかもしれないけど……。
「人魚?」
もしくは水の精、とか。
なんかそんな印象を受ける何かが湖底付近にいたような気がした。
まあでも、どうやらコルド地方に着いたみたいだし、バリーベルフォンがまだいたということは、此処は人間領ではなく八王獣領――ノルドラ大丘陵の一角なのだろう。つまり彼らの縄張り。亜人のルーツであり、人間にも化けられる彼らのことだ。人魚みたいな種族がいてもおかしくないだろう。
「またどこかで会えるかな?」
そもそも気のせいだったら恥ずかしい独り言になってしまうが、もし人魚的な存在がいるんだったら会ってみたいものだ。
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「あ~、酷い目にあった。ねぇ、バリーベルフォンさん」
水浸しになった服の裾から水滴を垂らしながら、わたしは頬を膨らませてバリーベルフォンに抗議を申す。
恨みがましくジト目で彼を見つめるも、バリーベルフォンは「ふん」と鼻を鳴らして顔を背けた。
『自業自得だな』
「仮にそうだとしても……いたいけな少女を湖に投げ捨てるとか、どんな鬼畜ですか貴方は」
『いたいけ? 貴様が? クハハハハハハッ、まだ寝ぼけておるのか、この小娘は! 身体は貧相でちんちくりんだが、その中に隠す凶悪性を考えれば、いたいけなんて言葉死んでも吐けぬわッ!』
ちょっと?
ちょっとちょっと、ちょっと!? この人、めっちゃ失礼なんですけど!
そりゃ今は多少は……子供体形かもしれないけど、わたし、知ってるんだからね! この後、100歳を超えるまでの成長過程を! いっつも20を超えた年齢で転生してたからうろ覚えだけど……確か13歳ぐらいから二次性徴が加速して、胸も結構でかくなるんだからね!?
くっそー、3年後には「貧相でちんちくりん」と言ったことを後悔させてやるわ!
しかし今は体形に関しては何も言い返せないので、とりあえず今は子供らしく肉体言語で分からせることにした。
<身体強化>で、可能な限り予備動作を消しつつバリーベルフォンの懐に潜り込む。ギョッとした彼はすぐさま離れようと脚に力を入れるが、それよりも早くわたしは彼の横腹に思いっきりパンチを叩きこんだ。
『ぎょふ!?』
変な声が頭上からこぼれたが、これから未来ある乙女を侮辱した罰として丁度いいと思うことにしよう。
『これ、お主ら。じゃれ合ってないで、さっさと移動するぞ』
「その前にセラ、アンタびしょ濡れで服が透けてるよ。代わりの服に着替えてきなよ」
「そうですわ! 水も滴る麗しいセラフィエル様も素敵で、そのままお持ち帰りしたい衝動に駆られますが、そのままではお身体を壊してしまいますわ! 早くお身体をお拭きになられないと!」
「というわけで、代わりの服をお持ちしました。ついでにここで全裸披露という見世物を開くのも一興だと思いますが、いかがいたします?」
ドグライオンの呆れた言葉に上乗せするように、女性陣三名が次々と言葉をかぶせてくる。……うん、後半になるにつれて内容がおかしくなるのは何でだろう。ちなみに順番は、ヒヨちゃん、クルル、メリアの順である。
最も真面目な言葉を投げかけてくれるであろうタクロウは、律義にも背中を向けてくれていた。いやぁ紳士ってのはこういう人のことを言うんだね! どっかの赤いだけの狼とは大違いだよ!
うんうん、と頷きながら、わたしはコートを脱ぐ。
別に魔法で乾かしてもいいのだけれど、所々湖の中に生息していた藻などが引っ付いているところを見るに、単純に乾かすよりも洗濯した方がいいかもしれない。
ゆっくり洗濯から乾燥まで行って、皆の足を止めているのも悪いので、ここはメリアの持ってきてくれた新しい服に着替えることにした。無論、ストリップショーなんてするわけがない。この歳で痴女願望とかヤバすぎでしょ!
わたしがメリアが持っている服を受け取ると、彼女は「あら」と意外そうな顔をした。大方「本気でこの場で脱ぐ気かしら」といった驚きなのだろうが、言うまでも無くわたしがそんなことをするわけがない。
たん、と軽く足先で地面を鳴らすと、わたしを取り囲むように土壁がせり上がってくる。
即席の脱衣場である。
これで誰の目に憚ることなく、着替えることができるわけだ。
「んぅ~」
肌に貼り付く上着とスカートを脱ぎ、同様に下着も脱ぎ捨てる。一糸まとわぬ姿になったところで魔法による温風で全身と髪を乾かした。
すぐ壁の向こう側に、男性含む大勢がいると思うと落ち着かないので、とっとと乾かそう。
ある程度、全身から水気が飛んだところで、魔法を止める。まだ髪の毛がやや濡れたままだが、そっちは自然乾燥を待つ形で問題ないだろう。
さて――と、メリアから貰った下着を履き、服を広げた。
「…………………………」
そこで思わず固まる。
なるほど……メリアが「あら」と声を漏らしたことには2つの理由があったようだ。一つはわたしがさっき思った通り、ストリップ云々のものと……残る一つは、これだ。
メイド服。
黒と白を基調とした、どこかで見たことのあるメイド服であった。というか、グラベルンの屋敷で何度も見かけた侍女服であった。
メリアの「あら、この服を着られるんですね」という幻聴が聞こえるようである。
くっ、どちらかというとストリップは罠で、こっちが本命だった……ということかしら。皆から姿を隠す方に意識がとらわれ過ぎて、やけに黒い基調のこの服が何なのか、確認するという考えすら湧かなかった。
「…………………………」
わたしにこんな服を着させて何が楽しいのか分からないけど、別に嫌いなデザインじゃないし、そのまま着ることにした。
土壁を解除して皆にメイド服をお披露目せざるを得なかったんだけど、反応はそれぞれだった。
元々人間の衣服にあまり頓着のない八王獣の皆は特に興味がないようで、ヒヨちゃん・クルル・マクラーズは「おお~」と分かりやすい反応をしてくれた。メリアは自分の計画が上手くいったことがご満悦なのか、目尻が少しだけ下がっていた。タクロウに至っては「ごほん」と一つ咳払いした後、何故か視線を逸らしてしまう。
似合ってたのか、似合ってないのか……総合的に良く分からない空気だけど、まあ別に自分が用意した服じゃないし、いっかと思うことにした。