01 白昼夢の続き
第四章開幕です!(*´▽`*)
久しぶりのセラフィエル視点~♪
ブックマーク、感想、誤字報告の数々、本当にありがとうございます!
お読み下さり、大感謝です~(*´꒳`*)
『お姉ちゃんはね、――――のことが心配なんだよっ』
――……んん、これは……夢?
誰かが……幼い女の子が必死に何かを訴えかけている。わたしの知らない子……だけど、初対面とは思えない朧げな面影も感じる子。この感覚……以前もどこかで……?
――ええと、どこだっけ……? うーん……。
そんなわたしの疑問を置き去りにして、私は彼女に言葉を返す。
『私は姉さんの方が心配だよ。ちゃんと一人でもやっていける?』
私がそう問いかけると、正面の子はふるふると首を振って、その目尻から涙を流した。
『やっていけないよ! だから……だから、行かないで――行っちゃダメ!』
少女は胸元に抱えている兎の人形をギュッと強く抱きしめ、私に懇願する。ああ……けれども、そんな彼女の想いに対して、私が首を振って否定の意を示したことがわたしにも分かった。
ポロポロと零れ落ちる涙の数だけ、彼女の悲しみが伝わってくる。
短い会話の中でも分かる、姉妹という彼女たちの間柄。
私の気持ちの奔流がわたしにも伝わってきて……私が決して眼前の姉を嫌っているわけではないことが分かった。むしろ……大好きで、幸せに生きて欲しいという気持ちが際限なく溢れ出ている。
『私の能力はね……あいつ等に渡しちゃいけないものだと思うの。お父様はもうおかしくなってしまって、私たちの言葉は届かない。家臣の皆もそう……この国はもう、崖を落下している最中なの。だから、せめてこれ以上アイツらの思い通りにならないよう、私はあの部隊に紛れて……隣国に行くわ。上手く戦火に紛れて逃げ切ってみせる。今なら……まだアイツら、私の能力を勘違いしているからね。戦争に巻き込まれて死んだってなれば、すぐに諦めると思うわ』
『だったら! 私も一緒に行くよ! いつだって二人で頑張ってきたじゃない! 今までも……これからだって、二人ならきっと上手く行くよっ!』
『ううん……姉さんは戦闘に特化した能力、じゃないでしょ? どんくさくて、優しい姉さんが戦地なんて言ったら気絶しちゃうのが見えてるよ』
『でも……でも、頑張るもん!』
クリーム色のウェーブのかかった髪を揺らしながら、少女は泣きはらし、必死に叫ぶ。
その言葉に私の胸が痛むが、その感情の揺れに蓋をするように、グッと堪えた。
『姉さんにはちゃんと別の逃走経路を準備したから。そこを使って隣国に逃げてきて。これは姉さんの能力でしかできないことなんだから……姉さんは姉さんで、気張って行くんだよ? 決してこっちのルートが安全ってわけでもないんだから……』
『ルージュの方が危険じゃない! まだ小さいルージュが戦地に行くなんて……そんなことを考えたら、お姉ちゃんは……無理だよぉ。ひっく……ルージュ、死んじゃうよぉ……』
『……大丈夫だって』
『大丈夫じゃないよ! だって……ルージュ、私よりも身体弱いじゃない! ちょっと走っただけでも息が切れちゃうのに!』
『……それは能力を使わなかった時、でしょ?』
『使っても……ぐす、……やっぱり無理。私も一緒に行く……』
ぐぐっと唇を噛む感触が広がる。
私――いや、ルージュも同じ気持ちなのだ。
できれば片時も離れず、この優しく甘い姉の元にいたい。健やかなる時も病める時も、苦楽を共にし、国が崩壊するこの日まで互いに励まし、支え合いながら生きてきた……最愛の姉。
だからこそ生き延びて欲しい。
『姉さん、もう時間がないの。私は奴らの目を欺くために……一度死んだことにしないといけない。姉さんはその能力で堂々と隠れ住むことができる。私たちが一度、アイツらから解放される手段はそれしかないわ。上手く行ったらまた合流して、別の場所で全てを忘れて暮らそうよ』
『ひっく……うぅ…‥』
計画が上手く行けば、隣国の王族にこの国の内情を伝えるつもりだ。そうすれば少なくとも奴らがこの最悪の展開を裏で手引いていることが表沙汰になる。それがどのような結果に繋がるかは予想できないけど、間違いなく裏でコソコソとしているアイツらにとっては嫌がることに違いないだろう。
そうすることが……この国の王族たる自分の、最後の役目だと思う。
姉さんはおそらくそこまで考えが回っていないだろう。物心ついた時から頭脳は私で、姉さんは癒しだって言われていたからね。ふふ、姉さんはそのことが不服で、頑張って勉強したりしていたけど、すぐに寝ちゃうんだもの。……でもそんな、ほんわかした姉さんが大好き。絶対に死なせたくない。
――これは、ルージュって子の……心の声?
わたしがルージュって子とリンクしている所為か、彼女の思考がわたしの頭の中にも響いてくる。
わたしが思考しているものなのか、ルージュが思考しているものなのか……二つの感情が混合する感覚に戸惑ってしまう。
――……?
不意に周囲が……というより、この記憶の景色が白んできたような気がする。濃霧が立ち込めてくるような感覚だ。
それに伴ってルージュって子とのリンクも薄まっていくのが分かる。
この姉妹の記憶は一体何なのか……あぁ、そうか。どこかで覚えがあると思ったら、そうだ。王都からコルド地方に出る際に見た白昼夢。あの時に見た女の子が……今、ルージュが「姉」と呼んでいた子だったのだ。
そして同時に……ルージュという子の声に、わたしは心当たりがあった。
白昼夢の時はどこか抑揚のない声で、聞き取りずらかったこともあって、すぐにピンと来なかったけれども……今度は思考がリンクすることで明確にその声や想いを認識することができた。
けれども……この現象って一体なんなんだろう。
……ていうか、これ夢?
今、わたしって何してるんだっけ?
『――――――、――――――!』
んん?
なんだろう、ルージュとの意識の繋がりが薄れると同時に、別の声が聞こえてきた。
厚い膜を隔てかのように聞こえづらいが、間違いなくルージュやその姉とは別の声だ。というか男性っぽい。
『――い……!、――――ろ!』
その言葉を正確に把握するため、わたしは意識の中で耳を澄ませる姿勢を取る。
わたしが意識を夢から離し、わたしという個の存在に戻った関係だろうか。徐々に意識はチャンネルを切り替えるかのように接続を変え、今は僅かに聞こえる怒号のような声の方へと近づいていった。
そして――、
『起きろと言っておるだろぉぉぉがぁーーーーッ! いつまで俺の背中で爆睡しておる!? 涎は垂らすわ、寝言は漏らすわ、俺の毛を毟ろうとするわ……貴様、自由すぎるだろォ!』
「はへ?」
ようやく明確に聞き届けることができた……バリーベルフォンの大声と同時に、わたしは自身が宙に舞っていることに気付いた。
どうやら目覚めと同時に、わたしは空へと放りだされてしまったらしい。
くるくる回る景色の中には、こちらに向かって牙を剥くバリーベルフォンや他の皆。そして眼下に迫りくる――湖面であった。
「ちょ――」
寝起きで頭の回転が始まったばかりのわたしは、魔法で対策を取る前に、湖の中へと音を立てて落ちるのであった。