119 移ろう情勢【視点:ドゥゾーラ=パラディン】
ブックマーク、感想、誤字報告ありがとうございます~(*´꒳`*)
今話で第三章は終わりとなります!
ケビン侯爵らのその後の展開などは、また別の話に盛り込んでいく形になるかと思いますので、宜しくお願い致します♪
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
「はぁ……はぁ……ッ、くそ!」
僕は感情のまま苛立ちを拳に乗せ、壁を叩く。
全身の骨や筋肉がない交ぜになり、別の身体になってしまったんじゃないかと心配になるほどの痛みが付き纏う。
「余計な音を立てるな。気が散る」
「………………セロ」
一瞬、痛みでここに何しに来たのか忘れそうになったが、セロの抑揚のない声を聞いて目的を思い出した。
一見、この組織の中で最も冷静沈着な男に見えがちだが、その内面で言えば、トップクラスにイカれている人物ともいえる。
「はぁ……く、ふぅ……!」
近くの長椅子に腰を落とし、僕は比較的自由の利く右手で左腕を強く握った。こうして身体のどこかに別の刺激を与えでもしていないと気が狂ってしまいそうだからだ。
セロは今日も実験をしているのだろう。
直視すれば吐きそうになるような肉塊を長机に並べ、手に持った名称も分からない器具でグチャグチャと弄っている。
奴の特徴である白衣の裾は赤黒く染まっており、彼がその手にかけた命の数を物語っていた。
「それで……どういった要件で、私の研究室に来たのだ? まさか素体に立候補したい、なんて話ではないのだろう?」
「当たり前、だね……誰があんな気味悪い存在になるかっての……はぁ、くっ、……っ」
「ふむ、だとしたら妥当なところとして痛み止めでも貰いに来た……といったところか」
「最初から……ふぅ、分かってる癖に、無駄に……話を伸ばさないで、くれるかなぁ……」
セロの研究室には、ブランが地上で仕入れてきた薬剤なども保管されている。半分は奴の研究に消費されるが、残りの半分はこうして僕みたいな負傷者のためにストックされているわけだ。
これだけ辛そうにしながら来たくもない研究室に訪れているんだから、当然僕が鎮痛剤を求めていることは明白である。だというのに、セロは両手を止めてこちらに向き直り、おどけるように肩をすくめた。
「分かってる? いいや、お前はそんな悠長なことを言っていられるほど、安全が保障されるような身分ではないと思うが。もう少し己の立場を弁えた方がいいのではないか?」
「な、なに……?」
「最上の御方は寛大な方だからな。その程度の痛めつけで許してくださったのだろうが……肆号を浪費したお前の罪は決して消えない。本来であればお前が肆号の代わりを担うべく、合成人の素体に使用されても文句は言えない……それほどの失態であると自覚した方がいいな」
「なっ……あ、あれは……何度も言ってるだろ!? あいつが勝手に暴走して……!」
「グラベルンへ向かう際にアイツらの監督役として命じられたのはお前だ。手綱を握られなかった――お前の責任だと思うが?」
「ぅ、ぐっ……!」
心のどこかではセロの言葉が正論だと理解しているがために、言葉に詰まってしまう。
「土棲之肆号は現時点の合成人の中でも最高傑作……対人戦においてあれほどの優位と殺傷能力を保有した個体は今までに存在しなかった。多少扱い辛い性格ではあるものの、理性というものも十分に備わっていたしな。最上の御方にとってもお気に入りの一体だったというのに、お前ときたら……」
「う、うるさいっ! い、いいから……ぐ、鎮痛剤を寄越せ!」
「理詰めで返せなくなったら癇癪を起こすのか? やれやれ、図体ばかり成長したガキは扱いづらいな」
「セロォ!」
頭が沸騰したように熱くなる。
己の失態をこうも目の前で並べられると、グラベルンでの悔しさが込み上げてきて、僕の感情を赤く染めるのだ。
――あのクソガキ……セラフィエルとかいうガキさえいなければ、こんなことにはならなかったんだ! くそっ、くそくそくそっ! せめて……戦闘記録だけでも持ち帰れば、話は違ったっていうのに……!
土棲之肆号の力を過信し、勝利を疑わなかった僕は、奴らの戦闘を監視するのではなく個人的な趣味に泥人形を使ってしまった。結局泥人形も破壊されたわけだが、それでもあの時は領主館で座して待っていれば、肆号がセラフィエルの首を持って帰ってくると思い込んでいたのだ。
結果は最悪な方向に転んでしまったわけだが。
肆号は敗北し、壱号すらも思わぬ伏兵に大怪我を負わされ、僕は泥人形による監視すらも怠ったという結果付きで敗走。つまり何も成し遂げなかった上に、情報すら持たず、損失だけ抱えてのうのうと戻ってきた愚か者、というレッテルを貼られたわけだ。
……壱号が引き際を弁えていたからまだ良かったものの、これでもし壱号すら失った結果になっていたら、僕は間違いなく素体行きになっていたことだろう。
だからこそ――全てを狂わせたセラフィエルという少女に憎悪が募る。
――あのクソガキ……絶対に捕まえて、死よりも恐ろしい経験に合わせてやるさ……! 合成人の素体ですら生温い……生きたまま指先から徐々に解体していって、絶望という絶望をじっくり味わわせてから殺してやる!
「憤慨するのは結構だがお前……伍号が遠征から戻ってきた時、どうするつもりなんだ?」
「――……」
その言葉一つで、僕の燃え上がった憎悪は冷や水をかけられ、一瞬で鎮火した。
土棲之伍号。
合成人における成功例の一体で、奴らの中では例外的に流暢な言葉を話すことができる個体だ。
やけに兄という存在に執着し、肆号を兄と慕っていたが…………もしその兄が僕の指示の元、死んだと知れば――――間違いなく弁明する時間すら与えられず、僕は殺されるだろう。
脂汗を浮かべる僕を他所に、セロは棚から薬品を幾つか取り出し、手身近なコップの中で調合を始める。
「別にお前が殴殺されようとどうでもいい話だが、少しはその後に伍号を宥めなくてはいけない私たちのことも考えろ」
いや、それは違うだろ。
殺される僕の心配をしろよ。というか僕が助かる道を一緒に模索しろよ。なんだよ、どうでもいいって。お前の中の僕って、どんだけ組織の底辺に属してるんだよ……。
くそ、あの肆号以上にイカれた伍号の姿を想像しただけで、寒気が止まらない。一度理性が吹っ飛んだら、手の付けようがない暴れ馬だからな。
あぁ最悪だ……いっそのこと国外に逃げ出したい気分だ。
……国外? はは、それこそ馬鹿な話だ。このヴァルファラン王国は最上の御方にとって、新たな誕生を祝う最期の国であるからこそ……生かされているだけだ。そしてその誕生を実現するために、ヴァルファラン王国の外――他国へと伍号たちを派遣しているのだ。国外に逃げたところで、己の死期を早めるだけの愚行に過ぎない。結局僕は……生き残るためにも……生まれ変わる最上の御方が平定する新たな世界へ存在することを許されるためにも――この樹状組織で立場を護らなくてはいけないのだ。
そのためにはやはり……伍号を何とかして宥める、もしくは怒りの矛先を変えるための段取りを用意しておかなくてはならないな。
「鎮痛剤だ、飲め。そして飲み終わったら、とっとと出ていけ。お前の所為で実験が5分も遅延した」
「……わかったよ」
配合が終わったのであろう粉末が入ったコップを受け取り、一気に喉に流し込む。
水ぐらい用意しろよ、気が利かないな。なんて愚痴をこぼしつつ、なんとか唾液を分泌して喉に張り付く粉末を喉奥へと押しやった。
「ああ、そういえば」
「……なにさ」
「ケビンが拘束されたそうだ。失敗作は排除され、牢獄にいた素体も王国側に回収されたらしい」
――ケビン……誰だっけ? ……あ、あぁ……確か王都の貴族、侯爵だか何だかの協力者、だったかな?
「ハイエロは貴重な能力者だっただけに、勿体ない結果になってしまったな」
「てか、それってヤバくないか……っ、あぁ~、くそっ、痛ぇ……ふぅ、王国側の手が……回り始めてるってことだろ?」
「別に問題はない。ケビンも含め、上の連中がここに辿り着くことは無いのだからな」
「そりゃ……そうかもしれないけど」
「それと、西の状況も動くようだから、お前はそっちに向かわされるかもな」
なんか嫌な予感がしてきた。
そもそも余計な口を叩かないセロという危険人物が、なぜ僕にこんなにも聞いてないことを話してくるのか、違和感があったのだ。
「に、西って……ヴァルファラン王国の?」
「その外だ」
やはり、ガルベスター王国か。
「4年ほど前から国王の頭がおかしくなり、素体の流通も滞ってしまったわけだが……それに応じて、ヴァルファランとの小競り合いも沈静化の一途を辿っている」
「……それぐらいは僕も知ってるよ。あのオッサンの頭が逝っちゃった所為で、3年ぐらい前は子供部隊なんて馬鹿げた部隊を編成して、この国にぶつけてたぐらいだしね」
「貴重な素体を戦争の道具に使うなど、愚の骨頂と言う他ない……あの男は私の実験材料として始末してやりたいぐらいだ」
そういえば、その問題があったからケビンって貴族と接触し、西以外の素体流通の経路を作ったんだっけ。ケビンと関係を持った当時と同時期に、幾つか西から素体が手に入ったという話は耳にしたけど、それ以降は音沙汰がない。完全に西とのパイプが切れた状態なんだろう。
「……で、お前は僕に何が言いたいんだよ。世間話をしたいってわけじゃないんだろ?」
「当たり前だ。だがそうだな……話がやや脱線したことは認めよう。端的に言えば――近々、ヴァルファラン王国の西への侵攻が始まる」
「ふーん……………………はあ?」
西への侵攻?
このヴァルファランの国王は無駄な闘争を嫌う性格だったはずだ。そんなお花畑がまさかの先手を切って攻め入るとか……そんなこと、あるんだろうか。
そんな疑問を察したセロは、先回りして答えを述べた。
「西との交渉および交戦の権限を持つ軍団長――ヴァルファラン王国最強の一角、氷魔の騎士……レイが戦線を西側へ上げると決断した」
「……嘘でしょ」
もちろん嘘でないことは分かっている。セロが断言した内容はおそらく、西戦線に潜ませた組織の手の者からの情報だろう。信憑性は高く、ほぼ間違いないと言える精度のはずだ。
しかしマズイ。
これは我々(ビリンガル)にとって、非常にマズイ方向へと事態が流れている。
ヴァルファランの視線を他国へと向けてはいけない。隣国――そしてその先の諸外国の状況を認識させてはならない。――これは樹状組織内における一つの決まり事である。
『ヴァルファランは井の中の蛙でなくてはならないのだよ』
あの御方の言葉が蘇る。「井の中の蛙」なんて聞いたことのない表現を耳にした所為か、やけに記憶に残った言葉だ。その言葉に秘められた真意はともかく、最上の御方がそう仰られるのであれば、それは史上命令と化す。
つまり――西に侵攻しようとするレイの軍を止める方向へと。
「おそらくお前はレイを止めるべく西へと派遣される面子に選ばれるだろう」
「ですよねぇー……」
「そこでだ。戦場ともなれば、素体の宝庫となる。お前には私の実験のための素体集めを依頼したい。可能ならばレイを送ってきてくれると助かるな」
「出来るわけないでしょうが! レイなんぞ真っ向から相手にしたら瞬殺されるわ!」
「真っ向から勝てない相手に正面から行ってどうする。毒薬の類は私が用意しておいてやる。是非、大物を釣り上げてこい」
――くっそ、やけに饒舌に話すと思えば……やっぱり裏があったか!
この研究中毒者の目的は、素体収集の依頼というわけだ。普段ならば最上の御方に進言し、その命令に上乗せする流れを狙うんだろうが、今回は話が別だ。きっと最上の御方は何がなんでも「西への侵攻」を止めることを最上位命令として出すだろう。そこにセロ個人の要望なんて乗る余裕があるはずがない。だからコイツは個人レベルで依頼を持ちかけてきたのだ。
「そんな命令違反になるようなこと、できるわけないだろ!?」
「何が違反になるというのだ。両方こなせばいいだろう」
侵攻防止と素体収集の両方をこなせ、と。馬鹿言ってんじゃないよ、この馬鹿!
「どの道……今回の失態でお前の首の皮は後一枚程度まで来ている。ただ言われたままのことをこなす程度では挽回できないぞ? レイぐらいの大物でも獲ってこない限りは、な」
「……~~~っ!」
痛いところを突かれ、思わず言葉にならない声が漏れた。
「で、でも……僕は今、大怪我をしている、ところだし?」
「安心しろ。レイも今すぐ動くわけではない。軍備を整え、具体的な戦略を立てるまで1~2年ほどかかるだろう。それまでにはお前も万全の状態になっている」
「………………ソウデスカ」
「生き残って新世界を謳歌したいのであれば、努力することだな」
「うるせー……」
がっくり肩を落とす僕を無視して、セロは実験へと戻っていった。あっそう、言いたいこと言って満足したわけね。僕のことなんて使い勝手のいい駒程度にしか見て無くて、笑えるよ。
いつの間にか効いてきた鎮痛剤のおかげで、普通に喋る分には痛みが引いてきたけど……こりゃここしばらくは別の悩みで頭痛に苛まれる日々が続きそうだ。
願わくば西防衛戦に選出されないことを祈ろう。
次回、第三章の登場人物紹介を投稿した後、第四章からセラフィエル視点に戻ります!




