118 クラッツェードの能力【視点:クアンタ】
ご評価、感想、誤字脱字ありがとうございます~(〃’∇’〃)ゝ
今回のお話はちょっとグロめなので、苦手な方はサクッと飛ばし見でお願いします(>_<)
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
可能な限り人目につかないルートを選択しながら、王都の街並みを進んでいく。
基本的にお行儀の良い貴族たちが住まう貴族街については問題ない。人が寄り付かない路地裏にたむろする輩もいないし、区画も綺麗に整備されているので、移動が非常に楽なのだ。
貴族街と平民街を隔てる第二内壁門も、我ら暗部専用の隠し通路を利用して、難なく誰の目に留まることもなく突破した。
問題は第二内壁門からの道のりだ。
平民街は人が多い上に、浮浪者もそれなりに潜んでいる。特に西地区の方は真面目に働くことを放棄し、空き家となった廃墟に不法滞在している連中が多い区画だ。その辺りは出来るだけ避けるとして、後は路地裏に集まる厄介な乞食に捕まらぬよう、移動に専念する。
――<音波落掌>。
周囲の音を両耳に集約させ、余計な雑音を脳内で取捨していく。捉えるべきは私の半径30メートル以内の生活音、そして不穏な動きをする音だけだ。有事の際にも対応が可能――と判断した範囲の音だけに神経をとがらせ、肩にしょっているハイエロ=デブタを抱え直した。
痩せ細った身体とはいえ、脱力している人間を抱えるのは中々に重労働だ。私はもっと身体を鍛えねば、と己を叱責しつつ、気を失ったハイエロに余分な振動が伝わらぬよう注意を払いながら、石畳の路地を進む。
目指すはフルーダ亭。
クラッツェード様が本日何処かに出かける、という話は無かったはずなので、おそらくこの時間ならばフルーダ亭におられるだろう。
「……」
雑多な喧騒を避けるように人気のない路地を選別し、慎重に足音を立てず――その上で出来る限りの速度で暗がりに沈む路地を駆け抜けていく。
こういう時に<身体強化>の能力でもあれば、壁を蹴って屋根に上り、ハイエロの体重すらも気にせずに進めるのだろうが……無いものねだりをしても仕方がないか。
――おっと。
路地に居を構えている浮浪者だろうか。自然な足取りでこちらの道との合流部に向かってきている足音が聞こえた。私はハイエロの身体をしっかりと抱えなおし、石造りの建造物の壁を蹴り上げる。ハイエロの体重分も計算に入れ、踵から大腿にかけて筋力を総動員し、私は壁蹴りから宙へと舞った。
勢いを殺さぬよう、空中でくるりと縦に一回転する。その途中で眼下を歩く浮浪者の姿を注視し、こちらに気付いていないことを確認する。そして落下時の衝撃に合わせるように膝を折って負荷を受け流し、無音で着地――そのまま再び路地を突き抜けた。
<身体強化>無しではこの程度の動きが限界か。やはり鍛錬の量を増やすべきかもしれないな。
今度、<身体強化>代表ともいえるディオネ様に訓練を手伝ってもらうのも良いかもしれない。
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「クラッツェード様!」
「んあ?」
レジストン様より予め預かっておいた鍵でフルーダ亭の裏口を開け、人の気配のする部屋へと足を踏み入れた。
どうやら風呂場の掃除中だったようで、水の入った大桶を足元に、木製ブラシで床を磨いている状態のクラッツェード様と目が合う状況となった。
彼は突然の来客に片方の眉を上げながら、こちらを呆れたように見ていた。勝手に挨拶もなく戸口をくぐった上に、ズカズカと上がり込んだ私の行為は相当に不躾な態度なのは否めないが、今は急を要する事態なので目を瞑ってもらえるとありがたい。
「なんだお前……って、クアンタか?」
「はい」
「ってこたァ、レジストン絡みか…………また、何とも厄介そうなことに首突っ込んでそうだな」
彼は私の背にいるハイエロへと一瞬視線を移動させ、大きくため息をつきながらブラシを壁に立てかけた。
「クアンタ、そいつをここに横たわらせろ」
「はい!」
さすがレジストン様の無二のご友人――クラッツェード様は私に事情を聞くよりも早く、私がここに来た理由を察し、何を最優先に動くべきかを判断された。
ハイエロは衰弱しきった上に、切断された右肩口の化膿も酷い。加えて可能な限り振動を抑えたとはいえ、私の移動に付き合わせた体力の消耗は否めないだろう。つまり――予断を許さない状況かもしれない、ということだ。
私は浴室の床にハイエロを仰向けにし、傷口を覆っていた布を取っ払った。
「…………ひでぇな、こりゃ」
思わずクラッツェード様が唸る。
それもそのはず。私も同じく息をのんでしまうほどの傷口だったからである。地下で確認した時は暗がりだったため、正確にその創傷の具合を測ることはできなかったが……今こうして天井のランタンに照らされた彼の惨状を目の当たりにすると、吐き気が込み上げてくる。
僅かに臭う腐臭。
無理やり焼かれた断層は一部が腐敗しており、白い蛆が蠢いているのが分かった。皮膚は爛れ、まるで蝋のように溶けている。
「プラムが外してる時で良かったぜ。んなもん見ちまったら一生、肉が食えなくなるわな」
現在フルーダ亭における人の気配は、クラッツェード様一人分のみ。もう一人の住人であるプラム様の気配は感じられなかった。
「プラム様はどちらに?」
「ディオネの奴と買い出し中。俺はその間に掃除っちゅう貧乏くじを引いたわけだが……やれやれ、こりゃ掃除も長引きそうだな」
ディオネ様とプラム様は仲が良いのだろうか。あまり接点がないように思えたが、そうでもないのかもしれない。
「とりあえず、だ」
クラッツェード様は一度立てかけた木製ブラシを再び手に取り、心底嫌そうに口から空気を吐き出した。
「傷口を一度綺麗にすんぞ」
「…………まさか」
嫌な予感を胸に聞き返すと、彼は「俺は医者じゃねーからな。傷を綺麗にする方法なんざ、これぐらいしか思いつかん」と言い切った。
そして、
「傷口を擦る係と、コイツを抑えつけつつ水で濯ぐ係――どっちがいい?」
と選択を迫られた私は、迷わず抑えつける方を選んだ。
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私の手は既に何人もの血で汚れている。
国の暗部に携わるのだから、国に害なす者たちを粛清する際にその命を奪うことは珍しくないことだった。
だから人の死には慣れている。同時に死に際というものも感覚で理解していたつもりだったのだが……どうやらまだまだ人間の底力……生命力というものを侮っていたらしい。
悲鳴が上がる。
その主は、先ほどまで瀕死と言っても過言ではない状態だった――ハイエロだ。
「おい、しっかり抑えてろッ!」
「は、はっ!」
「ああああああああああああぁぁぁぁああぁ、やめ、ぐああああああああッ!」
死んだように静かだった彼は今、私が反射的に<音波落掌>を切ってしまうほどの悲痛な叫び声を上げていた。大量の涙が溢れ、口脇からは涎が流れ出ている。想像以上の力でバネのように跳ね上がる全身を、全力で抑えつける。
そんな事態になるのも当然。
切断された肩口の断面を、固い木製ブラシで強引に磨かれてしまえば、誰だってそうなるだろう。
「ちッ、舌を噛むんじゃねーぞ! 今だけの辛抱だ!」
クラッツェード様は大桶の淵にかけてあったタオルを手に取り、強引にハイエロの口に突っ込んだ。かなり強引なやり方だが、彼が自害してしまわないための措置としては正しい。
くぐもった状態でもなお続く悲鳴を無視するかのように、クラッツェード様は作業に戻る。……いや、無視しているのではなく、きっと早く終わらせようとしているのだろう。
彼が傷口から滲み出る膿を削ぎ落し、私は頃合いを見て身体を抑えつけつつ傷口を桶の水で濯いだ。
風呂場には細かく削れた肉片が散らばっており、本当にこの場にプラム様がいなくて良かったと思える惨状と化していた。
「むぐぅーーーーッ、んぐ、ぐあぁぁぁーーーッ!」
首や額に血管を浮きだたせ、至るところから噴出する汗に塗れながら、ハイエロは叫び続ける。
私はクラッツェード様の能力を聞き及んではいたものの、実際に目の当たりにするのは初めてだ。その能力の効果から、てっきりハイエロをここに運び込みさえすれば、それで解決すると思い込んでいたのだが……まさかこんな前処置が必要になるとは。
やがて焼けた皮膚の奥から血液が漏れ始め、ふと断面に視線を移すと、真っ赤に充血した痛々しい傷口がそこには広がっていた。しかし――表層を埋め尽くしていた膿や蛆の類は綺麗に取っ払われているようだ。
「――よし、よく我慢した! すぐに楽にしてやる……!」
クラッツェード様はブラシを放り投げ、右手をハイエロの額に押し当てる。
そして――――その能力を発動させた。
<超速治癒>。
<超速再生>の同系統と呼べる、回復系の恩恵能力。おそらくヴァルファランでも彼以外に同じ能力者は存在しないであろう程の、稀有な能力の一つだ。
<超速再生>は能力者自身に対する絶対的な再生力をもたらすが、他者にその再生を与えることはできない。しかし<超速治癒>は自他共に能力の恩恵を与えることが可能な能力である。
それだけを聞くと圧倒的に<超速治癒>が上位に感じてしまうかもしれないが、身体の欠損部から腐敗まで何もかもを正常に再生する<超速再生>と比較して、<超速治癒>は回復の度合いが弱いのだ。
おそらくハイエロの右腕の欠損を修復することは不可能だろう。
それでも……回復不可能だと思われるほど衰弱していた彼の身体は、七色の光に包まれ、徐々にその肌に生命力を感じさせてきた。
痛みも引いてきたのだろうか、数秒前まで激痛に声を上げていたハイエロだが、光に包まれてからは徐々に静かになっていき、今では疲れ切ったかのように寝息を立てていた。
クラッツェード様は彼の口元からタオルを取り、大桶へと放り込む。
右肩口からの出血も収まり、驚いたことに周囲の皮膚が伸びていき、骨と肉が剥き出しになっていた断面を覆っていった。
「…………凄い」
素直な感想が思わず零れる。
欠損は確かに復元されないが……断面が皮膚で覆われることにより、今後は傷口が化膿し腐るということは無くなるだろう。
これが<超速治癒>。
是非、王室付調査室……いや国家のためにクラッツェード様のお力も加わって欲しいと思える、素晴らしい能力であった。しかし、レジストン様が彼に王城入りを無理強いしないのには何かしら理由があるのだろう。その理由が気になりはするものの、レジストン様が決めたことだと納得し、そこで思考を切った。
「ありがとうございます、クラッツェード様」
「礼はアイツから別に貰うから、気にすんな」
アイツ、とはレジストン様のことだろう。もしかしたら近日、また王城の倉庫から肉やら酒やらが減るかもしれないな、なんて想像が走った。まあ、王族の方々も分かって見過ごしているので、特に気にすることでもないだろう。
「しかし、ここまで綺麗に傷口が修復されるのでしたら、別にあそこまで断面を洗う必要は無かったのではありませんか?」
「今の見ただろ? どうにも俺の<超速治癒>で欠損部を治そうとすると、今みたいに周囲の皮膚が断面を覆い隠しちまう。となると、傷口に残った異物はどうなると思う?」
「ぁ……」
「そ、皮膚の下に潜りこんじまうってわけだ。一応<超速治癒>で浄化されるっぽいから、害はないだろうが……気持ちのいいもんじゃねーだろ」
「そうですね……」
思わず無意識に右肩をさすってしまった。
「んじゃ、コイツは……あー、すぐに使えるベッドは、アイツんとこぐらいだな。まあ神経図太いアイツのことだ。多少、見知らぬ男がベッドを使ったところで大して気にしねぇーだろ」
くっくっく、と悪戯っぽく笑う彼に、私は首を傾げてしまう。
クラッツェード様はそんな私のことは気にせず、仰向けになったハイエロの残った左腕を肩に担ぎ、そのまま力任せに起こした。本当に痛みが無いのだろう。強引に身体を起こされたハイエロは、苦悶を浮かべるわけでもなく、静かに寝息を立てていた。
っと、一方的に依頼したのは我々の方だ。
これからベッドに休ませるのだと思うが、それまでの力仕事は私が請け負うべきだろう。
「あ、クラッツェード様。私が彼を運びます」
「ん、あ、いや。クアンタには他にやってもらいたいことがある。そっちをお願いしていいか」
「他に……?」
そういってクラッツェード様は、我々の足元――風呂場のタイル床へと視線を向ける。
当然、私もそれを追うように視線を移すわけだが……――そこには、ハイエロの断面を濯いだ際に生じた、肉片やら蛆の破片やら血溜まりやらが至るところに散らばっていた。事情を知らない者が見たら、凄惨な殺害現場にしか見えない。
「………………」
「言わなくても分かると思うが、あえて言おう。掃除、頼んだ。プラムが帰る前に、一切の汚れも残さず、頼んだぞ。あ、換気もな。絶対に気取られないレベルで綺麗にしてくれよ? 万が一にでもプラムにバレたら、アイツ気絶しそうだし……セラフィエルにぶん殴られそうだ」
「りょ、了解しました……」
クラッツェード様は我らが主の大事な友人であり、同居人であるプラム様にもレジストン様は目をかけてらっしゃる。そしてセラフィエル様に関しては、逆にレジストン様が助けられている部分も多々あるほど、大切な御仁である。
この三名から不評を買うようなことがあってはいけない。
そう感じ取った私はプラム様が帰るまで、全力で風呂場の掃除に時間を費やすのであった。
※この直後、アリエーゼの特大打ち上げ花火が王都の空を染めます。
あと1話(長引かなければ……)ぐらいで第三章、完となりそうです!
年内に終わりそうで良かったぁ~(*´ェ`*)




