117 外道は堂々と忍び寄る 後編【視点:ケビン=リンウェッド】
ブックマーク、感想、誤字報告ありがとうございます~~(*´꒳`*)
そろそろ第三章も終わりが見えてきました!(やっとw)
もうちょっとでセラフィエル視点に戻りますので、あとほんのちょっとだけ王都側の事情にお付き合いください~(笑)
いつもお読みくださる皆様に感謝です!
ちょうど黒帽子と白衣が罪人の話を聞きつけて、我が屋敷へと来訪してきた。
私は嘆願書の件なども彼らに説明し、今回に限っては罪人の譲渡を見送ってもらおうと考えたが――彼らも今回の罪人の情報を聞いて引くつもりはなかったようだ。
「クフフ、それほど貴重な恩恵能力を持った者なら、見過ごすわけにはいきませんねぇ! 素体として持ち帰らせてただきますよォ」
「良い実験になりそうだな」
「ま、待ってくれ! せ、せめて兄の……ハイエロだけは見逃してくれないか!? 彼の能力があれば、あの子の心を呼び戻せるかもしれないんだッ!」
「あの子の……心?」
私の言葉に対し、黒帽子が首を傾げる。それから彼は白衣の方へと視線を向け、言葉を交わさずに視線だけで意図を汲んだようだった。
「クフ、フフフ……ンゥーフフフ! そうですかそうですか、<渇望を満たす聖書>で歪めた思考経路が、何とも面白おかしい方向へと迷走してしまっているようですねェ! ンフフフフ、実に滑稽でヨロシイ!」
「何を……?」
「アァいやいや、失敬! こっちの話ですよォ、こっちの……ね」
「そんなことより、その能力を使えばあの失敗作に感情を持たせることが可能なのか?」
話を戻すように白衣が言葉を挟んできたため、私はそちらに意識が切り替わり、話題を続けた。
「いや、それを試すのはこれからだ。あと失敗作などと言うな。あの子は……私の家族だ」
肩を竦める白衣の代わりに、今度は黒帽子が言葉を繋ぐ。
「ンーフフフ、涙ぐましい家族愛ですねぇ……年甲斐もなく、涙腺が緩んでしまいそうですよォ。クフッ……クフフ……!」
「お前のそれは嗤っているだけだろう」
「コラコラ、まるで私が外道のように聞こえるではありませんかァ……クフフフフ! さてそれはともかくとして、どうですかねぇセロ。兄の方は彼の元に残しましょうかァ?」
セロと呼ばれた白衣は「可能ならば持ち帰りたいが……」と呟いたが、最後には「一定期間預ける分には構わない」と結論付けた。
「ただし――貴重な素体であることに変わりはない。腕の一本だけでも戴いていこう。それが奴をここに置いておく条件だ」
腕一本か。彼は死を覚悟している様子だったし、そのぐらいは安いものに感じるだろう。そんな自分勝手な理論が頭の中で組み上がり、私は二つ返事で承諾した。本来であれば五体満足で辺境伯へと送り出さねばならない身だというのに、もうそのことは頭の隅からも消えていた。
しかし、もう少し渋られると思ったのだが、意外と話をすればすんなり話を通してくれる二人である。そのことを尋ねると、セロは彼にしては珍しく僅かに口元を喜色に歪めながら話してくれた。
「なに、小粒ではあるが素体が幾つか入ってな。まずはそっちをメインに実験を進める予定だ。ハイエロとやらの腕や妹も含めると、数年は実験に費やすことになるだろう。その間、お前にハイエロを預けておく……というわけだ」
「クフフ、目玉だった姉妹は逃してしまいましたがねぇ」
「"完全擬態"と"身体強化"の姉妹か……チッ、ありきたりな身体強化はともかく、擬態能力を持つ姉の方は確保しておきたかったのだがな。子供部隊に紛れて逃げたみたいだが、仮に生きていたとしたら、見つけ出して材料にしてやる」
どうやら私とは別の伝手から、素体を幾つも入手したようだ。逃した姉妹……というキーワードも気になると言えば気になるが、まあ私には関係の無い話だ。
「では――」
「クフフ、私の商会も形になるまで数年はかかるでしょうからねぇ。いいでしょう~、ハイエロはしばらく貴方に預けるとしましょう。ただし殺してはいけませんよォ? 今回の一件でも認識しましたがァ、死んでしまっては鮮度が著しく下がり、何の旨味も無いゴミになってしまうようですのでェ……必ず生かしておいてくださいねぇ、ンフッ」
「ああっ、もちろんだとも!」
「ンフフフ、それでは早速、妹と腕は先にいただいていきましょうかねェ~」
「あ、それは構わないのだが……一点だけ注意すべきことがあるのだ」
「ほぅ、なんでしょ?」
「ハイエロの話だと、<心香傀儡>は彼の体臭が届く範囲でしか作用しないらしいのだ。そして効果持続時間は長くて数日程度。催眠状態を持続させるためには、その間に作用を上書きする必要があるのだ。妹のゾーニャは人の血を啜って力にする能力を持っている……もし仮に<心香傀儡>の効果が切れたとしたら……その牙は貴方たちに向く可能性が高い。その点だけ注意を――――……な、なんだ?」
私が大真面目に話しているというのに、彼らは途中から肩を震わせて笑い始めた。
「クフ、クフフフフフ……! 大丈夫、大丈夫ですよォ」
「な、なにがだ……?」
「数日後には、抗う気も起きないだろうからな」
「え……?」
そう交互に喋る彼らの顔は――禍々しいほどの笑みを浮かべていた。
私はこの時、改めてとんでもない連中と接触しているのだと……本能で理解することとなったのだ。
****************************
右腕を失ったハイエロは、その激痛にもがき苦しんだ。
拷問技術も会得している私は、死なない程度に止血するため、焼き鏝で断面を焼き、素早く外気から遮断するために清潔な布できつく縛り上げた。
発狂しそうな叫び声を上げる彼の口に、捻じった布を噛まさせ、自害してしまわぬよう監視をつける。
数日、痛み止めを飲ませ続け、痛みに耐えられるほど精神が回復したあたりで、私は彼に「妹の命はお前にかかっている」と告げた。
彼が<心香傀儡>を使って、私の願いを叶える。その契約を果たすまでは、妹の命は私が預かっていると。彼が自害してしまわないための措置だが、元々彼は処刑を覚悟して来た身。これだけでは不十分であると考え、私はディラン辺境伯や国王陛下からの恩情も伝えた。
彼に希望を持たせたのだ。
罪は贖える――その未来を得るに最も大事なモノ、命を捨てさせないために。
結果は上々で、彼は涙を流しながらも生にしがみついた。
笑えない話だ。家族を喪った己が、その苦痛を理解できる己が――自分の欲望のために、他者に同じ苦しみをチラつかせて言うことを聞かせているのだから。当時の私はそんなことすら気づかずに、クズにも等しい所業を平然とこなしていた。
そしてハイエロに<心香傀儡>を使わせ、あの子の精神に呼びかける日々が始まったのだ。
その成果は微々たるものだったが、あの子が『パパァァァァ……アナタァァァ……』と、生前私のことを呼んでいた言葉が漏れた時は、うれし涙を零したものだ。
それから地下牢でハイエロとあの子を住まわせ、ハイエロには普通の食事を。あの子には一部の罪人を食わせていた。間近でその食事風景を見ざるを得なかったハイエロは、次第に抵抗する気力も無くなっていったのか、静かに牢の中で生活をするだけの存在へと落ちていった。
僅かな希望が見えた瞬間であった。
だというのに……相変わらず、世の中は思い通りに回らない。
あの子が私を認識し、甘えるように声を漏らし、言うことを聞いてくれるところまでは順調だった。しかしその後は変わらぬまま。いくら<心香傀儡>で思考を誘導しても、生前のような流暢な言葉、思考は見られなかったのだ。
食事中に罪人が暴れだし、それを<万能水域>という強力な力で無力化するという出来事から、あの子の特異な力の片鱗を確認することはできたが、それ以上の成果は得られなかった。
それからは繰り返しと摩耗の日々である。
あの子に語り掛け、スキンシップを図り――しかし結果はいつもと同じで終わる。そんな日々の連続だ。気分転換になることと言えば、罪人を黒帽子たちに受け渡す時ぐらいだというのだから、あまりの人生の堕落ぶりに笑えてくる。
疲れる。
いっそのこと全てを忘却の彼方へと置き去りにして、眠りにつきたいとさえ思う。
しかし、目の前にぶら下がった希望の糸はどうしても捨てがたい魅力を放っており……私は葛藤の末、やはり愚行を繰り返す毎日に戻っていくのであった。
徐々にすり減っていく心は、年月の多さに比例して摩損していく。
結局、明るい未来を信じて進んでいた軌跡の上には何も残っておらず、希望だと思っていたものが虚像であったと知った時には――既に2年の歳月が過ぎていた。
気付けば黒帽子や白衣が屋敷を訪れることも無くなっていた。理由は分からないが、まあ来ないのなら来ないで別に構わないので放っておくことにした。
この頃には私の中に「諦観」という念が生まれ、リーゼリアンとカイルを埋葬した時以上の無力感に襲われた。
一度そちらに傾くと、私の心はズルズルと緩やかな下り坂を転がるように、意欲というものが欠如していく。
皮肉なもので、そこまで心身が堕落してしまった時に、ようやく己の所業を振り返ることができた。
決して取り戻すことはできない過去。自身の狭い視野を頼りに進んできた道の跡には、この手で穢した悪行で染まっていた。そして目の前に残ったのは――白い肉塊と化した異形の妻と息子。地下牢に閉じ込めたままのハイエロ。それらを取り巻く罪過の山であった。
思考が上手く働かない私は、この足跡を眺めながら、選択した道が過ちだったのかすら考えが纏まらない。常識、人道、国法の観点からすれば、私の所業は悪以外の何物でもないだろう。だが……一人の父親として、愛する者を喪い……それでも彼女たちを渇望した私の望みは――紛い物だったのかどうか、ただそれだけが知りたいと感じてしまった。
取るに足らない紛い物ならば、直に悪行が知られた時に然るべき断罪が下されるだろう。
だがもし……今も世界を見守ってくださっているだろう神が、私の行動を固定観念に縛られずに「善」であると下したのであれば――きっと、私とあの子は新たな境地に行けるのではないか。運命がそう導いてくれるのであれば、私たちには別の希望が生じるのではないか。そう思い込んでしまった。
ならば委ねよう。
このヴァルファラン王国という巨大な礎に、我らは別の道を貫けるほどの存在なのか。もしその巨大な壁に穴を穿つほどの存在なのであれば――旅に出よう。この狭い世界の中で、定まった思考に囚われるのではなく、あの子と一緒に新たな知見を……新たな人生を得るために旅に出るのだ。
そうして私たちは澄んだ水面のような心境を取り戻し、つい数日前――王都からの使者である高位弾劾調査員の来訪を真っ向から受け入れたのであった。
****************************
歪んでいる。
弁明しようがないほどに歪な思考に絡めとられていたと――――全てが終わった今なら、理解できた。
場所を変えて、王城の調査室。窓の無い牢獄のような部屋で、机を挟んで向かい合うフォルト殿下、レジストン、グラム伯爵、そして幾名かの調査員を前に、私は心中に溜め込んだ全ての事実を漏らした。
私の話をジッと聞いていたレジストンたちは、重苦しい空気に眉をしかめながら、難しい顔をしていた。
フォルト殿下が「嘘は……無いみたいだね」と呟く。
こういう時、無駄に疑心暗鬼にならず、即座に虚偽を見破れるフォルト殿下がおられると、話が楽で助かるものだ。抵抗するつもりがないのに、無意味に拷問などをされても時間の無駄になってしまうからな。
これからどのような裁決が下されるのか。私であれば間違いなく、その首を落とすだろうし、間違いなくそうなるだろう。
彼らにとって有意義となる情報が、先の話に含まれていると良いのだが。
あぁ、死は怖くないが、後悔は残るものだ。
ハイエロ=デブタには謝罪や贖罪では補えないほどの傷を、心身共に与えてしまった。最後まで私に付き従ってくれた屋敷の者たちも、無為に殺してしまった。
罪人だからといって、謎の組織の連中に「素体」を流していたことも重い罪となるだろう。国王陛下は人命を重んじる御方なのだから……たとえ穢れた魂を持つ者であったとしても、正規の方法以外で裁くことは決してお認めになられないだろう。
あの時、僅かに聞こえた声。
あの声が私を見えない呪縛から解き放ってくれた。
待ち望んだ、妻と息子の声。残念ながら最後の言葉は、私が彼女たちと交わしたかった内容とは程遠いものだったが……それでもこの腐敗した心を取り巻く黒い靄のようなものを晴れさせるには十分の効果があった。
身勝手な話だが、私はそれで救われてしまった。
処刑を安寧の終末地であると思えるほど、今の私はこの命に何ら未練を感じていない。
あぁ……本当に勝手な男だ。多くの命を悪戯に奪い、弄んだというのに……私だけが満足してしまっている。
願わくばこの非道な男に、相応しい末路を。
私はそんなことを祈りながら、彼らの決定をゆっくりと待った。