115 外道は堂々と忍び寄る 前編【視点:ケビン=リンウェッド】
久しぶりに連日投稿!
ブックマーク、感想ありがとうございます!
おかげさまで総合2300Ptを突破することができました~(〃’∇’〃)ゝ
お読み下さる皆さんに感謝です!(*´ェ`*)
4年前。
私は最愛の妻と息子を喪うこととなる。
妻のリーゼリアンと息子のカイル。
死因は不明とのこと。何らかの病気であることは分かるのだが、過去に例を見ない病状らしい。金に糸目はつけず、高名な医師に何としてでも治すよう依頼したが――望むべき結果は得られなかった。
家族というものを想像だにしない形で全て喪い、視界が真っ暗になった気がした。
それでも国王より賜った刑吏の立場に立つ者として、職務は続けた。いや……おそらく何かしていないと、すぐに笑顔で私に手を振る家族の姿がちらつき、心が耐えきれなかったのだろう。職務を全うする――聞こえはいいが、その実、ただの現実逃避であったということだ。
しかしその職務ですら、処刑という行為が死を連想させる。処刑剣を振り下ろす度に、逝ってしまった家族の姿が脳裏に何度も蘇り、私は次第に剣の柄を握ることすら難しくなっていった。
本来ならば養子をすぐにでも立てる必要がある。
リンウェッド侯爵家の名は軽くなく、代々犯罪者の首を刎ねてきた役目は途絶えてはいけないのだから。
だが行動する気にならず、私は徐々に痩せ細り、このままいけば近いうちに妻と息子の元へと行けるかもしれない――と思ってしまうほど衰弱の一途を辿っていった。
日課であった日記も息子の死と同時にペンを置いた。
何もする気が起きない。脱力感・無気力感が常に体を蝕み、貴族の社交界からも距離をとり、私はいつまで経っても消えない妄想の中の家族と共に屋敷に引きこもりがちになっていった。
そんな時だった。
奴らが私の前に現れたのは。
****************************
「こォ~んばんは、ケビン=リンウェッド侯爵サマ」
「……」
黒い帽子を深くかぶり、背の高い鼻頭が特徴の男は、高位貴族に対して侮辱とも取れるふざけた態度で挨拶をしてきた。なんでも"医師"を名乗っての来訪らしいが、当然約束などしていないし、玄関口で追い返しても良い相手であった。
だが日々衰弱していく私の様子を心配した屋敷の者から「せめて一度、医師に診てもらって欲しい」と懇願され、こうして私の前に通したわけだ。
今にして思えば、医師にかかるにしても、何故こんな怪しげな実績もない男を通したのか――甚だ疑問である。
「クフフフ……随分と御身体が悪いようで。何か嫌なことでもあったのですかなァ?」
「……」
この無礼な男をすぐさま叩きだしたい気持ちが湧いたが、私はすぐに行動に移すことはなかった。
理由はおそらく……この男が腕に抱えている"赤い装丁の本"が視界に入ったからだ。それが理由になるとは到底思えないのだが、なぜか私はこの本から眼が離せないほど気になってしまい、男を追い返すよりも本を観察することを優先させてしまったのだ。
「クフ、フフフハハ……随分と心を消耗されたご様子。好都合ですねぇ……この本が気になりますか? 気になりますよねぇ? 愛する家族を失った貴方が求めているのは、心の隙間を埋めるための『希望』。クフフフ……そんな希望を与えに、私はやってきたのですよォ」
「……希望?」
「貴方の奥方と息子さん~、また会いたくないですかァ?」
「…………!」
まるで会うことが可能とでも言わんばかりの言葉。馬鹿馬鹿しい戯言だと分かっているのに、私は彼の言葉を拒絶できなかった。むしろ、その言葉を鵜呑みにして、どうすれば会えるのか前のめりになって問い詰めたのだ。
「慌てない、慌てなァ~い……クフッ、なぁに簡単なことですよォ。実は私……というより私たち、ですねぇ。とある実験に精を尽くしておりましてねェ? まだまだ成功には程遠いのですがァ、もし成功すれば貴方の大切な大切なぁ~ご家族の二人を生き返らせることが可能なんですよォ」
「なんだと!? それは本当か……! リーゼリアンに……カイルにまた会えるのか!?」
気付けば彼の両肩を掴み、私は食い掛るように問い詰めていた。
「私ィ、嘘はつきませんよォ? 証拠にホラ……貴方は私の言葉を信じているではありませんかァ。私のことが信用に値しないと感じているなら、既に私は屋敷から追い出されているはず。そうされていないのは……貴方が私を信じているに他ならない、でしょォ?」
「そ、れは……そうだな。何故かは分からぬが……私は貴方のことを、信用できると感じているようだ……」
「クフ、クフフ……流石は侯爵家を治める御方! そのご慧眼、恐れ入りますなァ~」
軽薄な言葉なはずなのに、まるで私は最大の賛辞でも受けたかのような気分になり、彼から手を離して「そこまで言われるほどではないよ……」と口元を緩めた。
何かがおかしい。
まるで傀儡にでもなったかのような違和感が常に心中に湧き上がるが、それを上回る――リーゼリアンとカイルへの渇望が僅かな疑問を塗りつぶす。
「クフフフ……人は脆いものですねぇ。隙だらけすぎて、この<渇望を満たす聖書>を前にすぐに恭順を示してしまう。西に続き、ヴァルファランも大したことは無いですねぇ」
「は、なに?」
「いいえ、なんでもォ……ンーフフフフゥ」
さて話を続けましょう、と促す男に、早く家族と会いたい私も頷き返す。
そこからは彼の説明を一方的に聞き入る時間であった。
死者の蘇生。
彼の仲間の一人が、その可能性を秘めた技法を持ち合わせているとのことだ。
伝説級の恩恵能力<超速再生>であっても一度死んだ者を復元することなど叶わない。それこそこの世に「生命」と「調和」を敷いた主神スクアーロでもない限り、不可能だと思う。
そんな疑問が脳裏に浮かぶというのに、彼の「可能性があるならば懸けるべきでは?」という言葉に、私は「確かに」とあっさり同意を示した。頭の中がちぐはぐになった気分だが、幸い――と言ってよいか分からないが、それを苦に感じることは無かった。
一通り説明を聞き終えるタイミングで、もう一人、男が室内へと足を踏み入れてきた。
一瞬、屋敷の者が来たのかと思ったが、その姿を見てすぐに違うと分かる。
もう一人の男は帽子を被った男とは対照的に白いコート……いや、白い研究服のような上着に身を包んでいた。痩せこけた身体をしていることが、浮いた頬骨から見て取れる。しかしその身長は190を超えているのだろうか――扉をくぐる際に背を屈めて入ってくる様はどこか威圧感のある光景でもあった。
「話は済んだかね」
短く尋ねる白衣の男に対し、帽子の男が人差し指と親指で丸の形を作り、「概ね」と答えた。
帽子の男の説明では、妻と息子を蘇らせるには、二人の遺体が必要とのこと。屋敷の庭に二人の墓があるため、それについては掘り起こせば問題ないだろう。
次にこの蘇生術の研究には莫大な素材と資金が必要とのこと。特に素材が重要で、彼らも独自の路線で集めてはいるものの、最近その量と質が悪くなってきたため、私に新鮮な素材を流して欲しいとのことだった。
素材、と言われても、別に私は商業に関わった事業を行っているわけではないので、特殊な物品などの流通で手助けできる部分が少ないと思われる。そのことを伝えると、彼らは揃って首を振り、むしろ私こそが最適な人物であると言った。
「クフフフ、実は我々もこの王都で自力で素材を集める手段を講じているところですが、それにはちょいと時間と手間がかかりましてねぇ~。その体制が出来上がるまでの期間、貴方の御力を借りたいわけなのですよォ~。ンフフフゥ、なに難しい話ではありませんよォ? 貴方が処刑を予定している罪人――それらを私らに流してくれれば良いのです」
「罪人……を?」
「どうせ首を落とされる末路を背負った者たちだ。死体の処理もこちらですると考えれば、悪い話ではないだろう?」
黒帽子と白衣より交互に言葉を投げかけられ、私は倫理や道徳による制限が一切思考にかからないまま、肯定の意を示すように頷いた。
「奥方や息子さんを助けるお代はそれで結構ですよ~、クフフフゥ! 貴方は処刑に捉われる時間が削減され、愛する妻と息子と平穏な充実した日々を! 我々はその代わりに新鮮な素材を手に入れられる! ン~フフゥ、実に素晴らしい相互利益の形! 我々は良い関係を築けそうですねぇ、侯爵サマァ?」
「あ、あぁ……」
一瞬、頭痛が走る。
思考の中に軋轢が生じるような痛みだ。だが理由が分からない。私は妻と息子を救うための有意義な話をしているというのに、そこに一体何の疑問を抱くというのだろうか。家族を救うことは正しいことだろう? 何も間違っちゃいない。そう、私が進むべき正義はここにあるのだ。
そう結論づけると、次第に頭痛が引いていくのが分かった。
「クフフフ……侯爵サマ、大分参ってる割に足掻きますねぇ。ンフフ、ほら、この本を読んでみてくださいよォ……きっと侯爵サマの悩みを解消してくれるはずですよォ」
「むぅ」
いまいち本を読むことで悩みが解決する意味が分からないが、信頼できる彼らのことだ。私は言われるがまま、その赤い装丁の本を受け取り、開いた。
手触りから高価な紙を使用しているのが分かるが、そこには何も書かれていない。捲れど捲れど、無地のままである。ああ……だがしかし、分かる。この本に触れ、この本を視界に収めるだけで、私の心にどこか言い知れぬ安堵感が齎されることが。
「ありがとう……落ち着くことができたよ」
「それは良かったァ~ッフッフフフゥ」
赤い本を彼に返し、その日は彼らと別れることとなった。
彼らは二人の遺体を布に包み、そのまま私たちの見送りを背に貴族街の中へと消えていった。
まさか妻と息子を喪った絶望の後に、このような幸運に恵まれるとは。神はやはりどこかで我々を見守っているのかもしれない。
罪人の血に染まった私には勿体ない、清廉潔白を絵に描いたようなリーゼリアン。そして私の跡を継ぎ、このリンウェッド侯爵家を盛り立てていくのだと息を巻くカイル。この二人の善性がきっと、天に住まう神々の食指を動かしたのだろう。
「リーゼリアン、カイル……今までは仕事に集中しすぎていた日々だったが、今後はお前たちとの時間も大切にしなくてはな。そうだ、馬車を出して偶にはグラベルンあたりまで足を伸ばし、のんびり休むのも良いかもしれないな」
今後は罪人たちの処刑も、彼らに身柄を渡すだけで済むのだ。処刑の手間が消える分、時間は出来るはずだ。
リーゼリアンには家のことで無理をさせてきたし、カイルにはあまり構ってやれなかった。そうだな、リーゼリアンが好きだった刺繍を一緒に嗜むのも面白いかもしれない。カイルには剣の稽古を私自らつけてやるか。よく私の馬に乗りたがっていたから、馬術を教えてやるのも良いかもしれない。
なんにせよ――あの笑顔が帰ってくるのだ。それに勝る幸福など、この世に存在しない。
「あなた」「パパ」と柔らかい笑みで私を迎えてくれる二人の幻影を抱えるように、私は両手を広げ、形のない多幸感を噛みしめる。
そんな未来予想図を頭に浮かべながら、私はリーゼリアンたちの帰りを待つことにした。
しかし、一月後。
今か今かと朗報を待ち続けた私の前に帰ってきたのは――――肥大し、生物とは到底思えぬほど醜悪に歪んでしまった肉塊であった。
1話で終わらせる予定でしたが、文字数が思ったより多くなってしまい(いつも通り)……前編後編に分けましたm( _ _ )m