113 神の焔光【視点:アリエーゼ】
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火の粉のような、光の粒子のような――不思議な力を纏いし羽衣を振るう。
線を引くように空を滑る羽衣に触れた<万能水域>の水は、音もなくその存在を無かったことにされた。
『グゥゥゥウウイイイイエエエエエ……!』
理性があるようには見えないけど、私が水の結界を打ち消していることは理解しているみたい。その奇声から怒りの色が滲み出ているのを感じる。
私の信仰能力――<豪焔之神>による力の底上げ、そして属性変化を帯びた<光姫羽衣>の前では<万能水域>の力など、ただの涙ほどにも脅威にならない。
文字通り、次元が違うのだ。
神が恩恵として人々に残した恩恵能力と、神の力そのものを指す信仰能力。双方は起源こそ同じだが、秘めたる力の差は絶望的なまでに開きがある。
けど――だからこそ代償も恩恵能力使用後の発動後待機時間とは比べ物にならないほど重い。
神の力なんてものは、人の身に余るもの。それを体内に宿して行使するのだから、その負担は相当なものとなる。私の場合、まだ未成熟な身体という点も手伝って、お兄様たちよりも短い時間しか制御することができないのだ。
限界を超えた瞬間、私は信仰能力の膨大な力場に飲み込まれ、下手をすれば絶命にまで至るかもしれない。それまでに片をつけて信仰能力を解除しなくてはいけない。お兄様が言っていた「10分」とはそういう意味である。
この戦い――瞬間的な戦力差で言えば圧倒的に私の方が上であっても、長引けば長引くほどその優位は逆転していくため、早々な決着が求められるわけだ。
――だからっ……情け容赦なく、速攻で! 本気で叩かせていただきますわっ!
化け物が生み出す<万能水域>による水槍の全てを、紅蓮と光に包まれた羽衣が消し去っていく。まるで布巾で水滴を拭っていくかのような呆気なさを前に、彼らの動きがややぎこちなくなる。
私は勢いをそのままに右方の羽衣を伸ばし、化け物とケビン侯爵の間へと撃ち込んだ。
「ぬお!?」
『グァ!?』
双方の声を覆うような蒸発音が響く。
私の羽衣は彼らの隙間に滑り込み、その軌道上にある壁や床もろともを蒸発させていった。
「……っ」
そのままケビン侯爵には階下に落ちてもらって、彼らを分断するつもりだったけど……そう上手くはいかなかった。
<豪焔之神>発動時の<光姫羽衣>の威力が強すぎるのだ。
頭の中では羽衣が床を打ち砕き、同時にケビン侯爵の足元も崩落させる予定だった。しかし現実ではそうはならず、床は破砕ではなく溶解という現象となり、崩れ落ちることは無かった。何の抵抗もなく<光姫羽衣>の羽衣が床を貫通する感覚に、思わず舌打ちをする。
――なんでも強ければ良い、というわけでもないのですね!
私自身、実戦で<豪焔之神>を用いるのはこれが初めてだ。細かい力加減は実際に試してみて測る他ない。時間制限付きの力だというのに、本当に厄介な話である。
予測と現実の誤差。
それが命取りにならないように立ち振る舞わなくてはならない。それがこの戦いにおける私の課題であり――成長への一歩になることだろう。
「ふっ!」
相手が強烈な熱気を放つ<光姫羽衣>に慄いているうちに、私は羽衣の先端を拳を作るかのように丸め、そのままケビン侯爵の足元へと叩きつけた。
今度は溶解よりも先に床の破壊に成功し、ケビン侯爵は叫びを上げながら階下へと落ちていった。
化け物がその後を追いかけようとするが、そうはさせない。
「アナタの相手は――私ですわよっ!」
今度は羽衣を開き、化け物に向かって薙ぎ払う。
『ゴァァ!』
学習能力があるのか、<万能水域>で壁を作るのではなく、その軟体を蠢動させ、巨体をうねらせながら羽衣の一撃を躱していった。
動きの素早い芋虫を相手にしているような気分だ。
しかもその図体をくねらせる度に、胴体の折り目から白い体液がそこら中に飛び散っていく様が、何とも忌避感を抱かせてくるものだから堪ったものではない。
――さっさと終わらせますわっ!
私は羽衣を大きく広げ、裁断するかのように幾重かに割かせ、八方から化け物を包み込むように被せていった。
『ギ、ギ、ギィ!』
白濁した唾液をまき散らしながら、化け物は歯を剥き出しにして全身を震わせた。
――逃げ道は塞いだッ……これで終わりのはず!
いかに身を窄め、掻い潜ろうとしても、これは躱せないはず。
「――……え?」
そう確信した一撃であったが……結果は真逆の期待を裏切るものとなった。
ぶるり、と化け物を取り囲む景色が歪んだかと思った次の瞬間――その巨体は爆発四散した。……いや、自らの身体を掌サイズほどの肉塊に分散し、僅かな<光姫羽衣>の隙間を抜けていったのだ。
無論、その大半は<光姫羽衣>に衝突し、一秒と持たずに消滅していったが、それでも3分の1ほどは逃げ延びたようだ。
「くっ……まさか、そこまで常識外れだとは思わ、な――っ……!」
部屋中に散開し細切れとなった白い肉塊が、後方で再び一か所に集まり出そうと蠢いている気配がする。すぐに背後へと振り返ろうとした私だが、その拍子に膝から力が抜けて、床に片膝をつく形になった。
「っ…………うっ……!」
どうやら大分、身体にガタが来ているようだ。
項垂れる私の前方で、肉塊たちが集約し、元の姿へ戻っていく様子を前髪越しに睨みつける。
消滅した分の体積はきちんと減るようで、元の大きさの半分以下になった化け物だが、それでも小柄な私を飲み込むには十分な体格を保持していた。
『アアァァアアアァァァ…………』
やがて一つに戻った化け物のぽっかり空いた口腔から、空洞音のような唸りが漏れ出す。
完全に私の方を見下ろしていることから、ケビン侯爵を追うのではなく、私を抹殺することを優先事項に置いたことが窺えた。
額に浮かぶ脂汗に吸い寄せられるように、髪の先が皮膚に張り付く。
息は荒く途切れ、全身から徐々に力が抜けていく感覚。
予想以上に消耗が速い――……。
ああ、でも。
――助かりましたわ。
そんなことを思い浮かべながら、気取られないように口角を僅かに上げる。
「…………」
私は<光姫羽衣>を蜘蛛の糸と大差ないほど微細に解いていった。
ゆらりと無数の糸となった<光姫羽衣>が宙に文様を描くように舞い、そのまま空気に溶け込むように幻想的な揺らめきの残滓を放ちつつ、徐々に消えていった。
『グィ、アアァァ…………オオオォォオオ……!』
ボタボタ、と視線の先の瓦礫に、白濁した液体が落ちる。
力無く項垂れる獲物を前にして、涎でも垂らしているのだろうか。
相手にしてみれば、千載一遇の好機。圧倒的な力量差を見せた私が、突如こうして膝をついて<光姫羽衣>すらも消したのだから、そう捉えてもおかしくないだろう。
これは撒き餌である。
念には念を、と考えた上での。
動きを止めた私が、さらに抗う力を失ったと思わせるための――誘い。
この化け物は完璧に私を標的として認め、今もなお敵意を込めて眼前にそびえ立っている。
助かった――と思ったのは、化け物が私を殺すことに頭が一杯になっているから。
現状もっとも取って欲しくない行動は、私を無視してケビン侯爵の元へ向かわれることであり、こうして真っ向から対峙してくれる分については逆にありがたい。
足が止まってしまった以上、追跡戦は厳しいだろう。柔らかい動きどころか、全身を分裂・結合が可能な敵となると、その移動経路は大幅に広がってしまうからだ。
<光姫羽衣>を足代わりに、床に叩きつけながら移動することは可能だと思うが、そんな体勢から繰り出す攻撃が、この化け物を捉えるほどの精度を生むとは到底思えない。大方、躱された上で逃げ切られるのがオチだろう。
ケビン侯爵の身柄を拘束したいため、屋敷ごと吹き飛ばす案も却下だ。
だから……化け物が私に視線を定めている現状は、実に願ったり叶ったりである。
加えて無抵抗を装ったためか、化け物は巨大な顎を開き、私を丸呑みして食べようとしているようだった。これで唐突に気変わりして、ケビン侯爵の元へ移動しようだなんて考えも浮かばないだろう。
『ギヒ、ィィ……』
短く漏れた奇声を合図に、化け物は私へと覆いかぶさってくる。丸く切り取られた空洞のような口が影となり、私の全身を暗く沈めた。
「馬鹿ですわね……」
小さく呟き、私は迫りくる化け物の粘膜を静かに見つめた。
既に犠牲となった屋敷の者も、最期はこんな光景を見ていたのかもしれない。普通であれば自身を圧砕しようとする壁が迫ってきているのだ。泣き叫んで許しを乞うぐらいの感情の揺れが生じてもおかしくはない。けれども――私の心は、澄んだ湖の水面のように、揺らぐことは無かった。
――――ジリッ。
私に触れるか触れないかの距離で、火花が散る。
限界まで解いた糸上の<光姫羽衣>。そしてそこに宿る<豪焔之神>の力が、接触を機に再び光を放ち始める。
私は別に<光姫羽衣>を解除したわけではない。
細く細く――僅かに太陽の光を反射する程度まで紐解いた<光姫羽衣>を、私の周囲に漂わせていただけに過ぎない。
仮に相手が知性ある人間ならば、私に策があっての行動というのは見抜けたことだろう。それだけ私の行為はあからさまだったと思うから。でも知性が著しく欠如しているこの化け物が相手ならば、この程度の演技でも十分であった。
「――分裂して逃げようだなんて隙は、もう与えませんわ。粉々に……吹き飛びなさいッ!」
繊細な糸状になった<光姫羽衣>だが、その内なるパワーは元の羽衣の時と何ら変わらない。
これだけの至近距離。しかも相手は私に覆いかぶさっているような位置だ。
この位置関係ならば、屋敷の上部ごと化け物を消し飛ばすことが可能。階下に落ちたケビン侯爵を巻き込むことも無いだろう。
口腔内が眩く照らされ、世界は白と赤に包まれる。
異変を感じ取ったのか、<万能水域>と思われる水流が喉奥から向かってきたが、そんなものは正に焼け石に水、である。
<光姫羽衣>から爆発的なエネルギーが放出され、それは即座に爆炎と化し、化け物を内部から焼却――否、消滅させていく。
一秒――――口腔が焼き払われ、私の視界に室内が戻ってくる。
一秒――――室内が焼き払われ、私の視界に空が広がる。
一秒――――大空に光と焔が織り交ざった爆炎が広がり、王都に上空にあった大雲に風穴を開ける。
計三秒。
屋敷の二階より上層ごと全てを吹き飛ばし、空を赤く染めるまでの時間であった。
『――――――ァ――ゥ……』
「…………」
爆風に乗って僅かに耳に届く声が聞こえた。
爆音に紛れて聞き取れるはずもない小さな声のはずなのに――何故だか鮮明に私の頭の中に響いた気がした。
――これは<万能水域>……?
瞬間消滅を免れた数滴の水。その姿が視界の端に移り――しかし、その残滓すらも周囲を染める豪炎の熱によって消えていった。
ありがとう。
確かに、<万能水域>に乗せられた声は、そう言っていた。
少年のような中性的な声と、お母様を思い出すような女性の声。
いったい何に対しての礼だったのか――それを問いかける間も無く、微かな二つの音は、爆風の上昇気流に巻き上げられ、天へと昇って行った。
私は消えていった何かの背中を見送るかのように、ただただ上空を見上げながら、ゆっくりと丸裸になった部屋の床に腰を落とした。