111 高位弾劾調査 その11【視点:レジストン】
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予想だにしない不毛な争いが勃発したが、フォルト殿下の制止などもあり、ようやく事態は収拾された。
……いや、部屋の隅で落ち込んでいるアリエーゼ殿下の姿を見れば、収拾という言葉で片づけるには些か傷痕が残っている……ということになるのか。
アリエーゼ殿下がなぜ乱心されたのか意味が分からないが、そこに深く立ち入ろうものなら今度こそ本気の<光姫羽衣>が襲い掛かってきそうなので、空気を読んで口にはしない。
敵地どころか戦地真っただ中だというのに、余計な疲労感を背負ったことに小さく溜息を吐きながら、俺は懸念を口にした。
「妙ですね」
俺の言葉にフォルト殿下たちが顔を向ける。同時に膝を抱えて顔を埋めているアリエーゼ殿下の肩がピクリと揺れたのを見て、効果はないと思うが、心の中で「別に話を蒸し返そうとしているわけじゃないですよ」と念を送った。
「これだけ時間を無為に空けたというのに……追いついてくる気配がありません。いや……それどころか、あのダンス部屋から移動した気配すらも」
「……確かに、そうだね。あれだけの巨体……グラム伯爵が空けた穴を辿って追いかけてくるなら、それなりに瓦礫を押しやる音とかが聞こえてきてもおかしくないからね」
「この静寂がまた不気味な空気を誘いますな」
部屋の扉に肩を寄せ、廊下側から何者かが近づいてくるか神経を尖らせたが――何も感じない。
無音だけが室外を埋め尽くしていた。
――5分。アリエーゼ殿下との悶着があってから消費した時間だ。人によっては論ずる必要もない短い時間に感じるかもしれないが、この屋敷――あの異形と対している現状を鑑みれば、何も起こらないのが不思議なぐらい十分な時間と言えよう。
「追う必要が無いのか……それとも追う気がないのか。いずれにせよ、私たちに対して余裕を見せていることには変わりありませんな」
グラム伯爵の言葉に頷く。
仮に俺たちが無事にこの屋敷から脱し、今度は数多の兵を引き連れて戻ってきたとしても、ケビン侯爵には対抗する術があるということなのか。それとも――そもそも屋敷を出させない自信、何かしらの罠が既に仕掛けられているのか。
俺は屋敷の地下でクアンタに話した内容を思い出す。
諦観。
それは屋敷に入ってケビン侯爵から感じ取った一抹の可能性だ。だが、先ほどのダンス部屋でアリエーゼ殿下と対峙した時は、打って変わって彼は前向きの姿勢にも見えた。
分からない……彼は一体何を考え、何を求め、何を成そうとしているのか。
「…………時間が出来るのであれば、それを有効活用しない手はありませんね。フォルト殿下、グラム伯爵。例の化け物を討つ手段を講じましょう」
「レジストン君、我々だけでアレと戦う――というのかい?」
「足止め役を屋敷に残し、残りの面子で援軍を呼ぶのも一手ですが……相手がケビン侯爵とあの化け物だけの場合、味方の数が逆に足枷になる場合もあります。加えて化け物の方はおそらく――対軍に長けた能力である可能性が高い。そうなれば逆境を招く悪手にもなりかねません。それにどうしても招集に時間もかかりますからね……それまでこの屋敷に彼らを縫い留められるか、その不安もあります」
俺の話を一通り聞いたグラム伯爵は「ふむ」と顎をさすりながら眉に皺を寄せた。
「もっともな話ですが……判断材料が少ないですな。状況は刻一刻と変化してきている……もう高位弾劾調査の体を貫く必要もありませんでしょう。であれば、アリエーゼ殿下、そしてフォルト殿下だけでも王城に避難していただき、我々だけで事の収拾を謀るというのは如何ですかな?」
「……そうですねぇ」
フォルト殿下たちの目論見――高位弾劾調査に参加した目的を考えれば、それは望まぬ展開だろう。しかし、グラム伯爵の言う通り、状況は既に高位弾劾調査の括りではなく、その外へと移行してしまっている。ケビン侯爵はアリエーゼ殿下を侮辱し、あまつさえ我々に対し、致死性の攻撃を仕掛けてきたのだから。高位弾劾調査云々以前に、その場で首を落とされても文句を言えぬ蛮行である。
ケビン侯爵の罪は固まった。
彼に対して刃を向ける名分は確立され、残る課題は彼からいかに有用な情報を引き出せるかどうかのみ。
そこに王族であるフォルト殿下やアリエーゼ殿下が同行する必要性は、はっきり言って皆無であり、逆に危険に晒すことを考慮すれば、王城へとお帰りいただくのが正解だろう。
「――その判断を決める前に、一つ、いいかな?」
手を挙げたフォルト殿下が俺の目を見ながら、会話の中に入る。
「……なんでしょうか、フォルト殿下」
「君の目から見て――あの存在はどんなものだったのかな、レジストン君」
「……………………」
フォルト殿下の言う「君の目」とは、俺個人の見解を聞いているのではなく、<模写解読>のことを指しているのは言うまでもないだろう。
ジッと視線を逸らさないフォルト殿下を見返しながら、俺は先ほどの戦闘の間に見透かした――あの化け物の情報を仕方なく口にした。
「……アレはおそらく人間です。いや、正確には……複数の人間を材料に生み出された――この世に存在してはならない化け物。生物の寿命を悪戯に弄り、強引に結合させた結果生まれた……生物の枠からはみ出した『膿』のようなものだと……感じました」
「感じた、というのは君にしては珍しく、歯切れの悪い言葉だね」
「私もあんなモノを視たのは初めてですからね……。人間種も精霊種も八王獣も……等しくその魂は一つだけ。だというのに、あの化け物には歪み、欠落し、ドロドロに入り混じった2つの魂が存在してました。直視するのも躊躇う――生命の冒涜を具現した姿が、アレなのでしょう」
「そうか……」
初めてあの化け物を廊下で見た時にも感じた、神への冒涜。
その直感は<模写解読>を通して視たことで、確信へと変わった。
そしてその結論は、直近で見た例の遺体にも繋がってくる。
フォルト殿下も同じ結論に至っていたようで、すぐに結びついた紐の先を尋ねてきた。
「タークがグラベルンから送ってきた例の遺体。それとの関係性はあると思うかい?」
「…………おそらくは」
タークがグラベルンから送ってきた贈り物。それはグラベルンの街並みの一部を崩壊させるほどの戦いの末、セラフィエルさんが打ち倒した――樹状組織の手先。法衣を身に纏った存在の遺体だった。
ボロボロになりながらも僅かに残った群青色の法衣を全て剥ぎ、その全身を視認した時の衝撃は今でも残っている。
幾つか棒状のものに穿たれた穴が痛々しく残っていたが、それよりも目を引いたのが、その全身のいたるところから彫像のように浮き出ていた部位だ。
5つの頭部を模したような塊が皮膚下から浮き出ており、どれも苦悶の表情を浮かべているように見えた。
身体にできた瘤――と捨てるにはあまりにもハッキリと輪郭が保たれており、その姿に慄きながらも我々はその遺体を切り取り、その内部を確認した。
共に立ち会った王城の医師が言うには、信じられない身体の構造だということだ。
まあそれもそうだろう。
誰だって一人の身体の中に、心臓が5つも存在するのを目の当たりにすれば、その異常性に目を剥くはずだ。
既に死を迎えた生物に対しては、俺の<模写解読>は何も映さない。
けれども――間違いなく、あの遺体が活動をしている時に視ていたのであれば……あの化け物を遥かに凌駕する歪な存在を俺は認識することになっていたことだろう。
「許せないね」
「……」
静かに言い放つフォルト殿下の言葉を耳にし、俺は内心で「やっぱり、そうなるかぁ」と声の無い独り言を漏らした。
樹状組織は禁忌を犯した。
ヴァルファランに反旗を翻す犯罪組織、というだけでなく――彼らはヴァルファランにおける主神スクアーロが生み出した「生命と調和」を嘲笑するかのような下法を生み出していたのだ。
恩恵能力と信仰能力が国家の根底にあるヴァルファラン王国において、その悪徳は王族への侮辱をも超える罪である。
「レジストン君、やはり私は最後までこの屋敷で何が起こっているのか……それを王族として――王位継承権1位を背負うフォルト=シェフィール=ヴァルファランの名にかけて、見届けたいと思うよ。この国で起こっている未曾有の危機を……国家を担う者として、この目で確認しなくてはならない」
「まあ……そうなりますよね」
頭を掻きながらグラム伯爵へ視線を向けると、彼も「仕方ない」といった表情で小さく頷いた。
フォルト殿下のお言葉は冷静なものだったが、その瞳には次期国王としての責務を宿した強い意志がこもっていた。
彼は命令を発しているわけではない。それでも……彼から感じ取れる意思は、ヴァルファラン全ての意思と言っても過言ではないほどの圧を感じ、それに背くことは国家に背を向けることと同意である――と受け取れるほどの強靭さがあった。
そんな状態で流石にまだ「いえ、それでも危険なので王城にお戻りください」とは言えず、グラム伯爵も渋々折れざるを得ない結果となった。
視野の広いフォルト殿下が前線に残ると言っているのだ。それはつまり、俺たちの戦力を信頼している裏返しでもあり、知らず知らずのうちに俺はその期待を裏切らないようにと拳を作っていた。
「アリエーゼ、君は先に――」
「――いいえ、お兄様。私も参りますわ」
強い意志を示したフォルト殿下だが、その決意は己だけで良いと判断したのだろう。妹であるアリエーゼ殿下に王城に戻るような発言を下そうとしたが――それを遮ってアリエーゼ殿下が言葉を被せてきた。
ふと視線を移せば、先ほどまで膝を抱えていた姿はなく、部屋の隅から立ち上がっていた。兄であるフォルト殿下を見上げる彼女の瞳は「あぁ兄妹なんだなぁ」と思わせるほど、彼と似ている強い光を帯びていた。
おそらく……フォルト殿下の言葉を聞いて、彼女の中の王族としての誇りに響くものがあったのだろう。
その強い意志を目の当たりにしたフォルト殿下は、まるで先ほどまでの俺たちの焼き増しを見ているかのように、困ったように眉を下げ、しかし強引に王城へ戻るようなことは言わず、静かに息を吐くのみであった。
「お兄様。お兄様が王族として、国に蔓延る闇を直視し、それに立ち向かうというのなら――私はその道を切り開く光となりますわ。そう……ならなくてはならないのです」
「アリエーゼ……」
「一度は膝をついた私ですが、今一度チャンスをくださいませ。今度は――私も余力を残そうだなんて甘い考えは捨てて、本気でアレを打倒いたします」
その言葉に俺たちは目を剥いた。
暴君姫の本気。それが意味するところを三人とも理解できるだけに、その判断に驚いてしまった。
「……使うつもり、なのかい?」
「はい、例えお兄様が反対されても。それに……仮に私が王城に戻ったとしたら、お兄様もお使いになられていたのでしょう?」
「……ふっ、はは……参ったね」
張り詰めた空気が和らぐような悪戯っぽい笑みを浮かべたアリエーゼ殿下に対し、フォルト殿下は思わず照れたように笑いを零していた。
――まったく、こっちは使わせないことを前提に想定を組むつもりでいたんですけどねぇ……。
でも確かに。
その策が最も安全で、最も勝率が高い――いや、勝利が確立された戦法なのも間違いない。
あとは、王妃を病で失って以来、努めて公平な王の皮を被りつつ裏側では子煩悩満載な……あの国王陛下にどう機嫌を直してもらうか……を考えないといけないね。はあ、ちょっと憂鬱な気分。
「アリエーゼ」
「はい、お兄様」
「一つだけ思い違いをしてはいけないよ?」
「?」
フォルト殿下は人差し指を立て、その先をアリエーゼ殿下の可愛らしい鼻頭に載せた。思わず寄り目になってしまう彼女に、悟りかけるようにフォルト殿下の言葉が続く。
「お前が私たちを強く想うように――私たちも末妹であるお前を強く想っていることを、ね」
「え?」
「まさか気付いていないとでも思ったのかい?」
「え、えっ?」
キョトンとした後、あわあわとフォルト殿下の言葉を考えるアリエーゼ殿下。いや、アレは考えるというより、心当たりがあった上で、それを当てられたことに対する慌てぶりだろうか。
「お前が私たちを支えようと背伸びをしていることは気づいていたよ。本心を明かさずに振る舞うものだから、暴君姫なんて渾名までついてしまったけど……産まれた時からお前のことを見てきた私たちの目は欺けないよ」
「お、お兄様っ」
優しく銀色の髪を撫でると、アリエーゼ殿下は頬を赤らめて照れたように首を振った。
「お前が生まれもった能力は強大なものだよ。それは確かに私たちには持ち得ぬものだし、それを武器に私たちを護ろうとするお前の気持ちは素直に嬉しいものさ。でも――それだけ私たちのことを心配し、力になろうと願ってくれているのと等しく――私たちもお前のことを心配し、幸せになって欲しいと願っているんだ」
「……っ」
真っ直ぐなフォルト殿下の言葉に反応して、彼女の目尻に涙が浮かび上がる。
「お前が力を持っているからといって、傷つきながらも己を顧みず、一人で道を切り拓いて欲しいなんて誰も思っていないよ。お前の犠牲の上で拓いた道なんて、私はのうのうと歩きたくないね。どんな困難な道だろうと、私たちは横に並んで共に協力しながら歩んでいこう……どうか、その願いだけは忘れず、胸の中に留めておいて欲しいかな」
ふるふると頬を揺らしながら、アリエーゼ殿下の目元から涙が流れていく。
そしてそのまま、キュッとフォルト殿下のローブを掴み、腰のあたりに顔を埋めた。
「おやおや」
余裕のある笑みのまま、彼は涙に肩を震わす小さな女の子の頭を撫で続けた。
「……」
「……」
思わず、俺とグラム伯爵は顔を見合わせる。
『気付いてましたか?』
『まさか。私は王城にそう出入りする身ではないからね。気付けるはずもないさ』
『ですよねぇ』
『そういう王城住まいの君はどうなんだい?』
『う……』
『気付かなかった?』
『お、お恥ずかしながら……』
という会話を視線だけで交わした後、俺は心の中で、それなりに他者の心情を読み取ることに長けていたつもりの自分自身を殴った。
つまり、だ。
アリエーゼ殿下は自由奔放で、自分の力を慢心し、大好きな戯作に感化されて、あのような火遊びにも近い振る舞いをされていたわけでなく――――全ては国を支えていくであろう上の兄弟たちのための力の証明・誇示、そして自分の役割・居場所を作るために……あのような義賊紛いの行動を起こしていた、と?
フォルト殿下もアリエーゼ殿下も深くは言葉を並べていないので、端々から読み取れる想定でしかないけど……今のアリエーゼ殿下を見ていると、その予想は間違いじゃないと実感できる。
おそらく周囲に見せないところで、大分堪えているモノがあったのだろう。
その積み重なった重みの分だけ、涙として流れ落ちている。
自分の力が王族の中でも特化して強いと幼いながらも理解した時、彼女は「弱み」を見せることを棄てたのではないかと思う。だから本音は漏らさない。何事にも負けないよう強がる。普段のじゃじゃ馬っぷりは、その隠れ蓑だった……というわけか。
「…………見事に騙された」
頭の中のアリエーゼ殿下への印象を修正しながら、口元を手で覆いながら俺は盛大に溜息をついた。
アリエーゼ=エンバッハ=ヴァルファラン。
俺が思っている以上に、彼女の心は強く、太い信念が通っているのだと認識を改める日にもなった。