110 高位弾劾調査 その10【視点:レジストン】
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グラム伯爵の恩恵能力――<超振崩潰>。
それはその手に触れたモノ全てを破壊する、グラム伯爵の温厚な性格とは裏腹な……破壊に特化した能力である。
掌で直接攻撃対象に触れる必要があるため、<光姫羽衣>よりも射程距離は圧倒的に短い。壁や床――そして俺が一時的に預かっていた時に使用した檻のような動かない無機物が相手なら、恩恵能力の中でも高位の攻撃力を持つ力だが、如何せん動く相手に対しては短所ばかりが目立つ能力である。
しかし――逆に言えば、触れてしまえさえすれば最期。
どんな相手だろうと、彼の前では塵屑同然である。
先ほどダンス部屋の床の一部を一気に崩壊させた場面を見て分かる通り、生物があの破砕力を直に受けて無事であるはずもない。彼の紳士的な性格を知っていてもなお、握手をするだけで緊張が走るほどの恐ろしい能力である。
グラム伯爵が言うには、肉眼では識別できないほどの振動から生じる波動のようなモノが破壊に関係しているのではないか、という所論を耳にしたことがあるが、正直未だにその力の原理は不明のままである。
先ほどケビン侯爵も言った通り、我々が持つ恩恵能力は自然界に生じる力とは別の方向性で動いている力もある。そう思ってしまうと、そもそも原理を解明しようとする行為自体が無駄なことなのかもしれない。
元々、この世界に堕ちた神と柱から齎された恩恵。人である身が、神の力を知ろうとするのは烏滸がましいと言うことなのだろうか。
「とっ」
思考が余計な方向に逸れた関係で、一瞬だけ瓦礫に足を取られそうになったが、すぐに態勢を立て直す。
土煙と崩落音に包まれながらも、先に階下の部屋を脱出したフォルト殿下たちの後を追い、アリエーゼ殿下を抱えながら足を動かす。
「…………」
さて、あれよあれよと急転を繰り返す現状だが、差し当たって気になるのはアリエーゼ殿下のご様子だ。
彼女の性格上、抱きかかえられたままなんて格好、絶対に嫌がると思っていたが……存外に大人しい。
まあ暴れられるより何倍もマシなわけだが…………いつもと異なる様子に若干不気味さも感じてしまう。
――嵐の前触れでなければ、いいんだけどねぇ。
思わず苦笑を浮かべながら、ダンス部屋直下の部屋を抜け、廊下を突っ切る。
背後の気配に注意するが、ケビン侯爵らが追いかけてくる様子はない。舐められているのか、それともすぐに追ってこれない理由があるのか。
なんにせよ好都合である。
「レジストン君!」
廊下の先でグラム伯爵が、とある部屋の前で手招きをしている。
どうやら一時的に潜伏するための部屋をそこに決めたようだ。
俺は頷き返し、素早く扉の隙間から部屋の中へと潜り込み、直後にグラム伯爵が扉を閉めた。
ケビン侯爵と異形から逃げるのであれば、この屋敷そのものから遠くへ逃げるべきだが、生憎あの危険な存在たちを見過ごすわけにはいかない。
奴らの動向を測りつつ、こちらの体勢を整えるための距離を取る。その一時目的を果たすには丁度いい部屋を見繕ってくれたグラム伯爵に心中で礼を言った。
室内には既にフォルト殿下が待機しており、俺と目が合うや否や口を開いた。
「レジストン、アリエーゼも無事で良かった」
「フォルト殿下、グラム伯爵も。咄嗟の判断を要する場面でしたが、最善の手を尽くしてくださり助かりました」
「ああ、そこはグラム伯爵の迅速な行動に感謝だね」
「勿体なきお言葉でございます」
丁寧に頭を下げるグラム伯爵に、フォルト殿下は「うん」と頷き、言葉を続けた。
「さて、追ってくるにせよ追ってこないにせよ、時間を空けるのは愚策だと思うけど……レジストン、どうかな?」
「仰られます通りですね。彼らとはこの屋敷内で決着をつける必要があります。可能であれば侯爵からは詳しい話を聞きたいところでしたが、<光姫羽衣>を凌ぐほどの力を持つというのならば、暢気に事を構えている場合ではありません。即時、彼らの命を絶つことを最優先に考えましょう」
「そうだね……」
フォルト殿下の歯切れが僅かに悪いのは、人の死に対する忌避感からか――。しかし人の上に立つ者は、時にその命すら天秤にかけなくてはいけない時もある。本音はここで彼の心労を和らげるような言葉の一つでも吐きたいところだが、それは彼の王族としての成長を妨げる結果にもなりうる。
俺はあえてフォルト殿下の様子に関する事柄については口を紡ぎ、本筋を進行させた。
「では今後の対策を手短に検討いたしましょう。アリエーゼ殿下、立てますか?」
アリエーゼ殿下を降ろそうとすると、彼女は小さく頷き返し、ゆっくりと俺の腕の中から足を降ろした。
……おかしい、あまりにも素直で静かすぎる。もしかすると<光姫羽衣>を完全に防いだ相手と初めて相まみえたことで、戦闘に対する恐怖が生まれたのだろうか。彼女の年齢を考えれば、当然ありうることだ。
どうしたものかと、若干俯きがちの彼女を窺う。
「…………ん?」
そして違和感に気付いた。
――右腕が若干……湿っている?
ちょうどアリエーゼ殿下の両足を抱えていた部分だ。
あの場面で水気が関係する事象と言えば、言うまでも無く異形の化け物による攻撃だ。待て、間一髪で躱したと思ったが、実は僅かに攻撃を掠めていたのだろうか? 彼女が纏うローブに破れた箇所はなかったし、血痕の類も確認できなかったので無意識にその可能性を棄てていたが、死角に痕跡があったり打撲などの痛みが生じていることだって考えられる。
その可能性を脳裏に浮かべた途端、点と点が繋がってくる。普段の明るい彼女の元気が無い理由――それは恐怖の類ではなく、敵の攻撃が関連しているのではないか。
――まさかっ!?
「アリエーゼ殿下!」
「ひゃい!?」
俺の大声に反応した彼女は、反射的に肩を震わせて顔を上げた。
驚かせてしまったことを詫びたい思いも生まれたが、それよりも事実確認が先だ。
「どこかお怪我はありませんか!? 痛みなどは!?」
「え、うぇっ?」
俺の言葉に鋭く反応し、フォルト殿下とグラム伯爵も近くに寄ってくる。
「それは本当かい、アリエーゼ。この場で隠し事は逆効果だよ」
「すぐにアリエーゼ殿下を安全な場所にお連れしましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください! いったい何のお話ですか!?」
ずずいと迫る三人に気圧されたように、アリエーゼ殿下はいつもの声色を上げた。
――ん? 思ったよりも元気そうな……感じにも見えるね。
俺たちに心配をかけまいと意地を張っていることも考慮したが、俺たちから一歩引く様子に不自然な動きは見られない。どうやら痛みを我慢しているわけでもなさそうだ。
「……ん、怪我をしているわけではないのかい?」
「え、えぇ……確かに危ない場面でしたが、それはレジストンが腕を引いてくれたおかげで回避できましたし……私、どこも怪我なんてしてませんわ」
「…………そうかぁ、ふぅー……」
肺に溜め込んだ空気を吐き出すフォルト殿下。
俺もグラム伯爵も、アリエーゼ殿下の壮健さにほっと胸を撫で下ろした。
「申し訳ございません、フォルト殿下、グラム伯爵。私の考えすぎだったようです」
「いや、いいさ。この状況下、警戒に警戒を重ねて損ということは無いだろうさ。けれど、レジストンがそう思ったということは、それなりに根拠があったんだろう?」
「はい……実は私の右腕――アリエーゼ殿下を抱えていた箇所が僅かに湿り気を帯びておりまして……敵が水を操る能力であったがために、何かしらの余波を受けたのではないかと考えてしまいました。どうやら床に突き刺さった際に跳ねた水が付着しただけのようですね……良か――――如何されましたか?」
フォルト殿下に促されるまま根拠を述べていくと、何故だか途中から妙な雰囲気に囲まれてしまった。
フォルト殿下とグラム伯爵は2、3歩後ろに下がり、形容しがたい微妙な表情を浮かべていた。その目はどこか心当たりでもあるかのように泳いでいる。声には出ているわけではないが、どこか「あっ……」という幻聴が聞こえてくるかのような仕草だ。
そして正面のアリエーゼ殿下は、綺麗な両目をさらに見開きながら、わなわなと口元を震わせていた。その頬は体調を心配するほどに真っ赤に紅潮しており、俺はその変化の理由に思い当たる記憶がなく、思わず面を喰らってしまった。
ただでさえお美しい容姿だ。その端正な顔立ちが高揚によって赤くなり目尻に涙が浮かぶ様は、不謹慎ながらも見惚れてしまうほど――可愛らしく、綺麗だった。
「そっ――……」
「そ?」
状況が分からない俺は、ひとまず彼女の言葉をオウム返しになぞった。
「その……右うっ、腕っ……、き、ききっ、切り落としましょう……!」
「…………………………………………………………はい?」
気付けば彼女は、目をぐるぐると回しながら引き攣った笑みを浮かべていた。
……明らかに普通の状態ではない。
本能的に一歩引くと、彼女は一歩踏み込んできた。
「ふ、ふふふ……ふへへ……も、もうやるしかない、ですわ……殺るしかッ!」
「アリエーゼ殿下!? どうされましたか!?」
「な、なんなら……なんならぁ! 煮沸消毒でも構いませんわぁーーーーッ! うわぁーーーーんっ!」
「ちょ、アリエーゼ殿下! <光姫羽衣>で消毒は無理です! というか間違いなく死ぬッ! 危ないッ!」
「もう……ッ、いやぁぁぁぁーーーーーーッ!」
幼い子供のような癇癪声と共に発現された<光姫羽衣>に焦りながら、俺は口調を取り繕うことも忘れ、正気に戻るよう彼女に必死に訴えかける。
結局、フォルト殿下たちの助力も得て、彼女の激情を鎮火することに成功したのは…………5分後のことだった。
【朗報】レジストンの頭の中では、ケビン侯爵の煽り文句とお漏らしが結びついてなかった!(*'ω'*)
まあ……暴君姫と呼ばれているアリエーゼが、まさかあの場面でお漏らししているなんて、彼女を知っている人間なら誰も想像できないですよね……(笑)
レジストンはケビン侯爵の言葉を額面通り受け取らず、ただの挑発の一つとして受け取っております( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )




