109 高位弾劾調査 その9【視点:アリエーゼ】
たくさんのご評価・ブックマーク・ご感想ありがとうございます!(*´ェ`*)
いつもお読みくださり、大感謝です!(* ˃ ᵕ ˂ )
未だかつて王族としても、<光姫羽衣>を纏う者としても――ここまで下に見られたことは無かったと思う。
ならず者を相手取る時に、侮辱に値する言葉を向けられることはあったけど、それは負け犬の遠吠えにしか聞こえず、私の耳には雑音に変換され、残響すら無かった。
けれども……今ここに、確かに――私の能力を前にしても、蔑視の姿勢を崩さない存在が立ちはだかっていた。
この場において、どちらが上でどちらが下か。
その戦力図を絶対的な自信の元に叩きつけられている感覚。
――斬新な感じだけど、ちょっと気に食わない。……いいえ、すっごく気に食わないですわ。
齢13になったとはいえ、私はまだまだお兄様やお姉様の足元にも及ばない。政治は勿論のこと、物事の考え方からして私のそれが幼稚なレベルであることは分かっている。人を言葉で動かす技量も無ければ、管理・統制面から不正や不備を見つける洞察力も足りない。皆は成人前だと甘やかしてくるけど、それでは嫌なのだ。
私が自分を肯定できる材料として在るのは、皆が褒めてくれる容姿と、この身に宿る能力のみ。
それが私の根底。
それが私の強みであり、誇りである。
ちょっとずつ振る舞い・言葉遣いや、貴族との応対法、国史を学んではいるものの、私が1つ覚えている間に10先を行く兄姉の背中を見ていると、焦燥感はどんどん助長してしまう。
大好きな兄姉に置いて行かれるような感覚……それが嫌で嫌で、私は唯一誇れる武力である<光姫羽衣>を使って、王都周辺の夜盗などを私刑で裁くような真似をした。何か行動したいという欲求と、同時に自分自身の浅い世界観を広げたいという好奇心が重なっての行動で、お父様にもこっ酷く怒られたりしたけど……おかげで私の中に根強い芯のようなものが生まれた気がする。
その芯から生まれ出たモノは、暴君姫という偶像を作り、正義とは少しズレた存在ではあるけれども……それでも私の、私だけの存在意義が生まれたことにホッとしたのも覚えている。
王城の外に出て力を誇示したために、私の能力は国民の皆にも知れ渡り、それ故に畏怖の対象にもなった。畏怖――それは裏返せば、王家への反抗勢力に対しての抑止力であり、王家の切り札にもなりうる武器になるということ。
その立ち位置を自らつかみ取り、確立したのだ。
もちろん……ちょっと型破りな真似をしていることは自覚しているけど、私が私で在るために必要なことだったのだ。
お兄様やお姉様は、正直、戦闘に向いた恩恵能力はお持ちになられていない。――状況を打開する術は持ちうるも、多用出来ない力なので、日々の防衛という面では向いていない。つまり……兄姉たちの中で唯一、絶大な武力を持つのが私なのだ。
私の能力は、槍だ。
ヴァルファランの前に立ち塞ぐ壁を打ち砕き、道を切り拓くための――王家の槍。
国王陛下であるお父様や次期国王であるフォルトお兄様をお守りし、フォルトお兄様を支えるであろうコーウェンお兄様、イザリアお姉様と共に道を創る。それが13年かけて見い出し、作りあげた、私だけの居場所。絶対にして普遍でなくてはいけない大切な場所だ。
故に私の武力は最強である必要がある。
仇なす蛮族がいるのであれば、王家の光の槍が貫くと――そう思わせなくてはいけない。
だから……安い挑発であると分かっていても、私はケビン侯爵の前で矛を収めてはいけないのだ。
大丈夫、頭は冷静だ。
――そりゃムッとはしておりますよ? よりにもよってレジストンの前でも私の末代までの恥を仄めかすような発言をしたのだから。こ、ここっ、この私が……お小水を漏らしただなんて……くぅ、思い返したら血が頭に上って来そうですわ!
沸騰しかける頭が「この殿方の金的を、思いっきり蹴り上げちゃってもいいのではないかしら」と甘い誘惑をしてくるが、同時に「油断するな」と冷静に状況を見極めようとする私が耳元で囁いてくる。
あれは決して虚勢ではない。確固たる自信という名の地盤があるからこそ、彼は悠々と地に足をつけて、私と対峙しているのだと。
彼の目的がどこにあるのか未だ不透明なままだけど、死を甘受しようとしているようには見えない。確かに何処か虚ろな印象を受ける彼の雰囲気は、死を受け入れているように錯覚してしまいそうになるけど――違う。
上手くは言えないけれど……彼は一歩引いた位置にいるような気がするのだ。私から見れば渦中も渦中。私の<光姫羽衣>が向かう先は、間違いなく彼が最初だというのに、そんな状況を他人事のように見ている。
牙を剥いて襲い掛かってくるわけでもなく、私に殺気を向けるわけでもない。いや――そもそも、その視線は私を見ているようで、見ていないような気がする。まるでこの現状を遥か上から俯瞰して見下ろしているような感覚。正直言って――不気味以外の言葉が思い当たらない。
王族と分かって侮辱した彼は、貴族という立ち位置も加味して、本来ならば重罪を犯した人間ということになる。大義名分はこちらにあるわけだ。だからケビン侯爵を<光姫羽衣>で焼き払ったところで、私に御咎めが降りないことは理解している。
同時に――代えがたいほどの重要な情報が、彼の中に秘められていることも。
――面倒ですけど、絶命に至らない程度に手加減を施す以外にありませんわね……。
<光姫羽衣>に指示を出すと、光輝く羽衣がふわりと浮く。
そして、畳まれていた羽衣はゆっくりとその全容を見せ始め、狙いを瞬時に済ませ、まさに高速の槍を彷彿とさせるかのように、ケビン侯爵――ではなく、背後の化け物めがけて突貫していった。
一見、柔らかい材質に見える<光姫羽衣>だが、その表層はまさに太陽のごとく、高熱を帯びている。触れるモノ、全てを融解し、その存在を世から滅する最強の光。弱点があるとすれば、攻撃範囲が羽衣の長さと同等という点だが、この距離に於いて後れを取る可能性は皆無である。
最強の矛であり、最強の盾。
そう自負していた<光姫羽衣>だったが――――その異変に気付くのは、すぐの出来事であった。
「…………っ!?」
伸びた羽衣の先端が…………まさに本物の羽衣を糸状に解くかのように、細かく枝分かれしていき、弱く分散した光の線は不規則に反射を繰り返しながら減衰していくのが目に映った。
ケビン侯爵の横を通り過ぎるよりも前に、不可視の境界が立ちふさがるかのように、<光姫羽衣>の光が遮られていく。
「これは……!?」
予想だにしない現象を目の当たりにして、私は思わず驚愕の声を漏らしてしまった。
「ふむ、やはりこうなりましたか……。予想はしておりましたが、こうも呆気ないと肩透かしにも程があるというものですな」
分散し空気に溶け込むように消えていく光の粒子を見送りながら、ケビン侯爵は変わらぬ口調で、顎を擦りながら言葉を口にした。
「っ……!」
慌てて羽衣を引き戻す。
綻びが生じた部分から再び光は力を取り戻し、繊維を結ぶように光が編み込まれていく。やがて数秒と経たずに<光姫羽衣>は元の姿へと戻っていった。
私は顔を上げ、<光姫羽衣>に異常が生じた境界に視線を凝らす。
僅かに……空間が水面のように揺らいでいるのが視認できた。薄い膜が宙に張られ、ケビン侯爵と私との間を浮遊している――ように見えた。私の「光」をあのように減衰しながら遮ることができる存在は、思いつくところ一つしかない。けれども……そうだとしても説明がつかない事象が幾つもあり、確定に至るまでの材料が足りない。
疑心と迷いに駆られながらも、私はその思いついた存在を口に出した。
「これは……まさか……水の膜、ですか……?」
「――これは驚きましたな。その御年にして、すぐに答えに辿り着かれましたか。それにその冷静さ。私の挑発に乗って、無様に届かぬ攻撃を繰り返すと思っていたのですが……若輩とはいえ、さすが王族といったところでしょうか」
ケビン侯爵は隠し通そうとせずに、あっけらかんと答えを口にした。
「誉め言葉として受け取っておきますわ。それに……私とて自身の能力を過度に慢心しているわけではありませんので。自身の能力が何に弱いかぐらいは書物で学び、実証から経験しておりますわ。ですが…………そうだとしたら、不可解なことが幾つもありますわ」
「ほぅ、それは?」
「確かに水は私の<光姫羽衣>を減衰させる効果がありますわ。けれども……それはあくまで威力を弱める程度のもの。完全に防ぐことは叶いません。それどころか接触した水の多くは水蒸気へと化す現象が生じるはずですわ。しかしその水の膜は――」
水蒸気すら出さずに、光を減衰させ、さらに細かく分散させながら完全にその効果を打ち消した。
しかも凝視せねばその存在を見落としてしまうほどの、薄い膜だというのに。
仮に水を生成・操る恩恵能力を持っていたとして水の壁を作ろうとも、<光姫羽衣>を弱めることは叶えど、その破壊の力の全てを止めることはできない。
間違いなく水の壁を貫いて、この光は相手に届くことだろう。
減衰と分散。
この2つをあの薄い水の膜で担えるとは、到底思えないのだ。
息を飲む私を他所に、ケビン侯爵はくつくつと肩を震わせながら笑い始める。
「貴女様の聡明さは実に素晴らしいものですが……一つ、前提を誤ってはおられませんかな?」
「前提……?」
ケビン侯爵は両手を広げ、静かに言い放った。
「貴女様が仰られている原理は、全て自然界のモノに対してなのですよ。今、貴女様が前にしているのは自然界の水に見えますかな? 本来制御できるはずもない光が貴女様の意思によって羽衣という形を取り、自由自在に操れるのと同様に――こちらの水も常識で測れぬ存在であるということを」
「っ」
気配が増す。
ケビン侯爵からではない。その背後の化け物から――明らかな敵対の意思が空気を伝って、私の肌を刺してくる。
「この<万能水域>は、全ての光と音を捻じ曲げ、遮断することができる能力。言ったでしょう……相性が悪い、と!」
『ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッーーーー!』
ケビン侯爵の言葉の終わりと同時に、今まで沈黙を守っていた化け物が咆哮を上げる。
先ほどまで空間の揺らぎ程度でしか確認できなかった水が徐々に型を成していき、幾つもの棘を生成していく。それらの棘は空気を割いて、私目掛けて飛来してくる。
――速いッ!
一瞬、<光姫羽衣>を広げて防御に回ろうとした私だが、その判断は間違いだとすぐに却下する。
あの水は光を遮断すると言った。
それは即ち、万物を消滅させる<光姫羽衣>の壁を唯一、突破してくる武器になるということ。
この場での最適解は、純粋な回避だ。しかし、私の身体能力は同年代の男性と同等程度。鋭く向かってくる無数の棘を回避するほどの筋力は持ち合わせていなかった。
「…………っ!」
焦燥感が負の連鎖を呼び起こしてしまう。
後退しようとした私の両足は交錯するように引っかかってしまい、私は大きく後ろへと体勢を崩してしまったのだ。このまま尻餅をつかないにしても、棘を躱す時間は残されていなさそうだ。
ヤバい、と思った時には既に遅く。
眼前まで迫った棘の尖端に目を見開いた瞬間――。
「アリエーゼ殿下ッ!」
レジストンの声が鼓膜を震わせ、同時に誰かが私の腕を引いてくれる。強く引かれた腕に痛みが走ったが、足元の床に突き刺さった水の棘の餌食になることを免れたと思えば、些細なことだろう。
「グラム伯爵!」
「既にッ!」
お兄様とグラム伯爵の声が響き、次の瞬間にはダンス部屋の床がひび割れていき、一気に崩落していった。
「レジストン……!」
「しっ、口を開けていては舌を噛んでしまいますよ」
「……っ」
私はレジストンに抱きかかえられる状態のまま、その胸元に顔を寄せ、言われた通りに口を噤んだ。
崩落したのは私たちの足場部分だけだったようで、グラム伯爵が私たちとケビン侯爵との距離を一度開くために床を崩壊させたのだと理解した。
「いったん距離を開けます」
レジストンの言葉に頭だけ動かして、了承を伝える。
瓦解した床岩に足を取られないように、かつ迅速に場を離れる動きを背中で感じながら――私はキュッと唇を噛んだ。
私は王家最強の槍である必要があるのに。いかなる相手が前に立ちふさがろうとも、その壁を貫いて敵を打ち滅ぼさなくてはいけないのに。
レジストンたちに判断させてしまった。
このまま戦えば<光姫羽衣>が不利であると。敗北の可能性があると――判断させてしまったのだ。
今の私は小さな子供のように、護られて、背を向けて、なんと情けないことか。
「……………………っ」
不甲斐ない自分自身から眼を逸らすように、私はレジストンの襟裾を強く握りしめ、強く目を閉じた。




