表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第一章 操血女王の奴隷生活
21/228

20 男爵家の闇 その3

 広い地下の通路――特にわたしの歩幅から顕著に広く感じた。


 わたしは自分たちに宛がわれた部屋の近くの燭台を一つ拝借し、それを片手に光源として探索を続ける。


 ペタペタと着替えと一緒に支給された簡素な靴を石畳の上に滑らし、一つ一つのドアを開けては確認し、閉める。


 地下に並んだ部屋の内装はどれも一緒で、同じ間取りの部屋のようだ。


 異なる点があるとすれば、生活感が感じられないことぐらいだろうか。

 わたしたちが入った部屋は掃除がされていたが、今のところ他の部屋は埃まみれもいいところ。

 陽の当たらない地下だから、空気も湿っていて今にもカビが生えそうで空気は澱んでいた。


 足音と扉を閉める音には十分に注意を払い、足を進めていくわけだが、いずれの部屋もしばらく使われていない様子が続き、わたしの中に一つの疑念が深まっていった。


 ――おかしい。


 館長の言葉を信じるなら、デブタ男爵はお得意様だ。


 奴隷館にも顔が利いているし、さっきの侍女だって奴隷の扱いに戸惑う素振りは無かった。

 

 つまり、この屋敷には定期的に奴隷が買われている可能性が高いのだ。

 だというのに、これだけ地下に部屋があるというのに、一向に使われた形跡がないのはなぜか。

 前に奴隷が買われてから時間が経っていると考えるのが妥当だけど、ではその奴隷は何処に行ったのか?


 ……この屋敷において、奴隷がどういう役割を担っているのか、デブタ男爵はどういう思惑を抱いているかが鍵になりそうだ。


 最初は彼の態度から夜伽の相手をされる可能性を考えていたけど、ここにきてどうも薄っすらと抱えていた違和感が形を変えてきた気がする。


 先ほどもどうということのない世間話をして終わったし、わたしたちを見る目は色欲に塗れている、というよりは……まるで「道具」でも見ているような印象を受けたのだ。


 道具を使うために作業――いや手順を踏んでいる、みたいな機械的な印象だ。


 会話をしていたはずなのに、それはまるで独り言のように。

 相手を見ているようで、その瞳には何も映っていない。

 ああ、小さい子が親に与えられた人形で、独りでごっこ遊びをしていると、あんな感じなのかもしれない。


 得体の知れない、全身の毛穴が開くような不快感をわたしは感じていた。


「……」


 長年の勘がささやいている。

 このまま悠長に構えていると、挽回しようのない事態に陥る、と。


 だからわたしはこの夜の間に可能なことは全てこなさなくてはならない。

 寝不足で体調不良になる可能性は高いが、それでも何も知らずに、何も出来ずに、何も抗えずに終焉を迎えることだけは避けたい。


 地下部屋のドアを開けて中を確認して閉じる。


 そんな作業を繰り返すこと10を数えた頃。

 目の前のドアを静かに閉めて、一つ息を吐いた。


 ようやく全体の半分程度といったところだが、その全てがやはり未使用の部屋であった。

 半分と判断できたのは、ロの字を描く廊下の二辺を通り過ぎ、その曲がり角に着いたからだ。


 次の部屋へと向かおうと角から顔を覗かせ、曲がろうとしたわたしの足はそこで急停止した。


「…………!」


 慌てて、遠目から不自然に蝋燭の灯りが廊下角から漏れないよう、わたしは燭台を角から少し離れた床に置き、改めてぼんやりとした蝋燭の光の向こうに見える存在に目を見張った。


 ――デブタ男爵……と、もう一人、誰かいる?


 就寝したのではなかったのか。


 いや、寝ていないこと自体は然程驚くことではない。

 わたしたちに「おやすみ」と挨拶した後に、寝ようが活動しようが、それは彼の自由だからだ。


 わたしが驚いたのは、彼が地下にいたという事実と――彼が今も向かい合って話し合っている人物についてだった。


 もう一人の人物はここからだと辛うじて、僅かな胴体と手が見える程度。

 デブタ男爵との比率を考えても、それなりに巨体に見える。十中八九、男だろう。


 そして何よりの問題は、その男が地下の並んでいる部屋から体を出しているのではなく、ロの字の地下通路の中心、何もないと思っていた空間から僅かに身を出していたのだ。


 つまり、隠し扉か何かがあって、そこに――この男爵家の秘密もあるのだろう。

 そしてそれは、わたしたちとは無関係と切り捨てるには、あまりにも怪しい。


「……」


 しばらく様子を窺っていると、男はやがて壁の中に消え、デブタ男爵はわたしとは逆方向へと歩き始めた。


 まずい。


 万が一、わたしたちが寝ているはずの部屋の様子を確かめられて、そこにプラムしかいないことを見られたりでもすれば、確実に探られるだろう。わたしが正気であることもバレる切っ掛けになってしまう。


 わたしは急いで床に置いていた燭台を手に取り、来た道を引き返した。


 どちらかと言うとプラムが寝ている部屋に、わたしより彼の方が近い。

 わたしの走る速度や歩幅を考えれば、デブタ男爵の歩行速度とトントンか、少し早いぐらい。

 おそらく無理に部屋に戻ろうとすれば、鉢合わせになるか、不自然に物音を立てて彼の不信感を煽る結果になるかもしれない。


 となれば、安全策は自室の近くの物陰に隠れて一階方面の階段を観察しつつ、万が一彼が部屋の中を確認しようものなら、トイレを探していたフリをして彼の声をかける。


 これしかない!

 よし、それでいこう!


 計画がまとまり、わたしの意は決した――のだが、わたしはすっかり忘れていた。


 転生後、全力疾走はこれでまだ、二回目、だということに。


「……、っ、……ひぅ……っ!?」


 屋敷を案内され、歩いていた時には気づかなかった、このわたしの脆弱性。


 息はすぐに上がり、眩暈に近い症状は酸欠だろうか、横腹もすぐに痛みが走る始末。

 目をぐるぐると回し、わたしは一辺の廊下を走ったところで断念した。


 このまま仮に自室までたどり着いても、間違いなくデブタ男爵に話しかける余裕はない。


 彼が普通に一階への階段を上っていくなら問題はないが、ぜぇぜぇと息を切らしているわたしの声に反応されたら、弁明が難しい。……いや、そもそも息が切れて喋れない。


 となれば、最後の廊下の一辺。


 その手前の曲がり角にわたしは背を預け、燭台を床に置いてずるずるとしゃがみ込んだ。


 曲がり角の向こうを覗けば、その奥が自室であり、さらに奥が一階への階段だ。

 わたしにとってはかなり遠い距離だが、ここからデブタ男爵の動向を監視する他ないだろう。


「ぜぇ……、ふぅ…………」


 この体、息が上がるの早すぎ!


 こればっかりは自分に悪態をつかざるを得ない。


 弱い弱い、と何度も嘆いていたが、本当に弱い。


 あの戦場での疾走で痛感していたはずなんだけど、アレはどこか命のやり取りをする場に身を置いている緊張感も手伝っているんじゃないかと思っていた。


 あとは転生直後、ということもあり、身体がついてきていないんじゃないかと。


 さすがにあの距離を走るだけで息は上がらないだろう、と心のどこかで甘く見積もっていたわけだが、実に甘々だということが証明されたわけだ。


 この身体は正真正銘、弱い。これはわたしの心に強く刻むべき事項となった。


 ふと気づけば、わたしそういえば鼻栓つけたままだった……と思い当たった。


 そりゃ息がしづらいわけだ。

 鼻を塞いだまま走るなどの苦行は、前世のわたしだって辛い。


 あれ? それじゃ鼻栓を外せばそれなりに走れる? とまた甘い思考が過ぎったが、多少走行距離が延びようともすぐに心臓が音を上げそうなので、わたしは首を振ってその考えを頭から追い出した。


 額の汗をぬぐいつつ、わたしは角の向こうを見る。


 不幸中の幸いだったのは、視力が弱くないことだろうか。

 いや、この蝋燭だけの灯りが続く廊下のぼんやりとした明るさの中、ハッキリと階段の様子を捉えられるのは、むしろ視力が良い部類なのだと思われる。


「………………」


 浅い呼吸の繰り返しで息を整える。


 デブタ男爵の姿は未だ見られない。


 彼が普通に歩けば、そろそろ姿が見えそうなはずだが……あ、来た!


 廊下の先で人影を確認し、わたしはそちらに集中する。

 階段を上がるか、それともプラムのいる部屋に向かおうとするのか――。


 ギギギギギギギ――。


 重厚感のある音がわたしの鼓膜に届く。

 まるで質量のある石膏でも床を引きずりながら移動させている音のような、摩擦音。


「……」


 わたしは肩をビクッと震わせながら、恐る恐る曲がり角から視線を外し、自分が走ってきた道の方へと視線を戻していった。


 扉が開いていた。

 ――いや、出入口と思われる昏い長方形の穴が壁に出来ていた、という表現が正しい。


 距離にしてわたしから部屋二つ分先。


「……っ!」


 わたしは慌てて床に置いた燭台を手に持ち、階段へ繋がる廊下側へと身をひそめた。

 行動する際に響く音を立てなかった自分を褒めてあげたい。


 息を飲んで、曲がり角の向こう側に意識を向けた。

 覗けば存在を悟られるかもしれない。ゆえにわたしは聴覚だけに神経を集中させ、足音がこちらに近づいてこないかだけに気を取られていた。


 ――後になって思ったのは、ここでわたしは他の部屋に身を潜めるべきだった、ということだ。


 一分ほど角の陰に身を丸くしていたわたしだが、特に角を曲がった先から足音は聞こえてこない。


 よし、いったん部屋に戻って時間を空けた後、再度調査を――と思ったところで、わたしは小さい体が何かに包まれる感触に本気で驚いた。


 ――――しまった、と。


 あまりに意識を一点に集中しすぎていたため、背後からの気配に気づくのが圧倒的に遅れてしまった。


 重厚な人の熱にわたしは捉えられ、耳元で囁かれる声に、その正体がデブタ男爵だということを理解した。



「おや、セラちゃん――こんなところで何をやっているのかな?」



 わたしは己の失態に舌打ちをしたくなるのを抑えて、この場を上手く乗り切るためにはどんな言葉が必要か、必死に頭を回転させた。




次回は「21 男爵家の闇 その4」となります(^-^)ノ


2019/2/23 追記:文体と一部の表現を変更しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[良い点] 良い展開ですね (`・ω・´)シ 素敵! 眉毛の表現がとても好きです。 [一言] 男爵はやっぱり悪者ブヒ? (;'∀')
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ