108 高位弾劾調査 その8【視点:レジストン】
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目的の部屋の前までたどり着き、両開きの扉を力任せに開く。
「ッ!」
数秒前にガラスなどを含めた破砕音が鳴り響いていることから、既にあの化け物がこの部屋に侵入していることは分かっている。
この部屋の戦力を鑑みれば、一瞬にして不利な戦況に転ぶことは無いと思うが、万が一劣勢に立たされている場合は真っ先に戦闘の前列に加わる心積もりで、俺は部屋の中へと飛び込んだ。
そこで足を止める。
目の前には砕け散ったテラスと異形を背にしたケビン侯爵と、対峙する小さな影――光り輝く羽衣を纏ったアリエーゼ=エンバッハ=ヴァルファラン王女殿下。
この構図を目にしたならば、俺の立場としては即座に間に入るべきなのだが――そうもいかない重圧感がこの大部屋を満たしていた。まさに一触即発。予断を許さない状況である。
――殺気に近い、強い感情が発せられているね。突拍子もない無茶はするし、そのじゃじゃ馬っぷりは目を覆いたくなるアリエーゼ殿下だけど……怒ることは滅多にない御仁だ。一体なにが……?
異形がこのダンス部屋に乱入してから、そう時間は経っていないはずだ。この短時間で一体何があったというのか。
俺は部屋を素早く見渡し、壁際に退避していたフォルト殿下とグラム伯爵を見つけ、その元へと近寄る。
「レジストン君」
「ご無事で何よりです」
フォルト殿下の顔色から察するに……王族を侮辱するような発言がケビン伯爵側から発せられた、というような展開では無さそうである。
「フォルト殿下、グラム伯爵。アリエーゼ殿下は何故あれほどまでに激昂されておられるのですか?」
この部屋で一部始終を見ていた者がいるのだから、これ以上、頭の中でごちゃごちゃ考えても仕方ない話だ。俺は端的に事情を尋ねた。
「う、む……そうですなぁ。何と申し上げるべきか……」
顔の皺を指先で撫でながら、苦笑するグラム伯爵。彼にしては珍しく歯切れの悪い答えに、俺は思わず眉を寄せてしまった。
「まあ何はともあれ、あの子を諫めるのが先かな。このままだと激情に任せて、全てを吹き飛ばしかねないからね」
「そうですね。ケビン侯爵が黒だということは確信を得られましたが、まだまだ彼には問い質したいことがございます。可能な限り情報を引き出させてから、公正な審判の元、裁くべきでしょう。…………して、あの状態になった王女殿下をどのように諫めるのでしょうか?」
俺がこの部屋に入ってきたことは、普段の彼女ならば容易に察することができるはずなのに、今の彼女は向こう見ず状態だ。間違いなく周りが見えていない。そうなってしまう程の何かが頭の中を埋めていることが分かる。
そんな彼女をどうやって諫めるのか。
近づいて肩を叩くにしても、彼女を取り巻く光の羽衣は触れるだけで万象を溶かす高熱の光だ。冷静さを欠如している今の彼女に暢気な面をして近づけるのは、王国随一の猛者か馬鹿かのどちらかだろう。
それが分かっているからこそ、フォルト殿下やグラム伯爵も壁際まで退避しているのだ。
しかし、俺の純粋な疑問を受けたフォルト殿下は、ふわりと余裕を含んだ微笑を浮かべた。
「いや、君が来てくれて助かったよ。確かに私たちの言葉だけでは届かない可能性があったけど、事情をまだ知らない君が来てくれたことで、彼女に冷水を被せられる材料ができたわけだね。なに、一言『一度落ち着かないと、レジストン君にさっきのことを話すよ』とでもかけてあげれば、カッカした頭も少しは冷えるだろうさ」
「は、はぁ……?」
何故、俺の存在が大きく場を左右する材料になるのか、イマイチ不明瞭だったが、フォルト殿下の自信ある表情を見て、無駄に時間を取らせるものでもないと判断し、それ以上尋ねることはしなかった。
代わりにグラム伯爵が「逆に……さらに羞恥が増して、暴走しなければ良いのですが……」と一抹の不安を口にしたが、フォルト殿下は「大丈夫大丈夫。どっちが自分にとって得か、判断できないほどあの子は馬鹿ではないよ」と答えた。
フォルト殿下がここまで言うのならば、もう口出しは不要だろう。
その恩恵能力ゆえに他人の感情の機微には敏感な御方だ。状況を把握しきれないことには多少のしこりを感じるが、それ以上に彼の人心掌握には信頼がある。
俺はフォルト殿下の声が通るように、彼より一歩後ろへと下がった。それに倣い、グラム伯爵も下がる。
しかし――ここで予想外の事態が起こった。
フォルト殿下が声を上げる前に、ケビン侯爵が先に口を開いたのだ。
アリエーゼ殿下の<光姫羽衣>と対峙して、戦慄を覚えない者はいない。誰しもが生命の危機を覚え、冷たい汗に包まれながら逃げるとこだけを考えるほど――彼女の能力は圧倒的なのだ。
だというのに――ケビン侯爵は淡々と、後ろ手の体勢のまま、静かにアリエーゼ殿下を見据えながら言葉を添えた。
「お止めになられた方が良いでしょう。貴女様の能力は聊か――この場においては相性が悪い」
ぴくり、とアリエーゼ殿下の肩が動く。
暴君姫、とまで比喩されるほどの破壊力を持つ彼女からしてみれば、さぞかし聞きなれない言葉だっただろう。
俺は思わずフォルト殿下の表情を伺う。
お願いするまでもなく<心色識別>を発動させていたフォルト殿下は、先ほどまでの余裕は失せ、代わりに静かに首を横に振った。
――ケビン侯爵の底知れぬ余裕は、本物――ということですか。
「――…………?」
じとり、と空気が重くなった気がした。
反射的に自分の頬に指を這わせると、そこには汗とは異なる水滴が僅かに指の腹を湿らせていた。
なんだ?
何か……この部屋はおかしい。
「……その言葉は、私に向かって発したものでしょうか、ケビン侯爵」
今まで感情に捉われていたアリエーゼ殿下だが、ここでようやく理性が灯った言葉が発せられた。おそらく、自身の能力が格上であるという前提の上で感情に身を任せていた中、ケビン侯爵の否定の言葉が強い歯止めの効果を生んだのだろう。
「無論。貴女様以外に諫めるべき対象がおられますでしょうか」
「…………」
「確かに貴女様やフォルト王子殿下が高位弾劾調査員を装い、この場にいらっしゃったことには少なからず驚きを覚えました。ですが、ただそれだけなのです。私の凝り固まった心を揺さぶるには、あまりにも僅かな衝撃。王族である貴女様たちが眼前にいるというのに、その事実は私の心に然程響かない。ふふふ……どうやら私自身が思っている以上に、自意識は摩耗し、覚悟という言葉すらも浮かばぬほど――一つの道を無心で歩いていたようですな」
「何を……仰っているのか、分かりませんわ」
「でしょうな。なに、ただの独り言でございます。さて――どうやら地下のアレもバレてしまったようですし、この子の存在も見られてしまった。となれば、円満に我が屋敷を去ってくれる――という未来は無くなってしまったわけですな」
「当たり前でしょう……そのような化け物を飼っておいて、放置するような真似できるはずがありませんわ。抵抗なさるつもりなら、どうぞ。私も遠慮なく、武力行使できる理由が立って楽ですわ」
そこで初めて、ケビン侯爵の感情が揺らぐのが分かった。
フォルト殿下の力に頼らずとも見えた。彼の眉間に険しい皺が寄せられ、憎悪にも近しい感情が表に出たのを。しかしそれは一瞬のことで、すぐに負の感情は姿を消し、代わりに彼はくつくつと笑い始めた。
「く、くく…………はっはっは……! そうか、そうですな。枯渇したと思っていた私の感情にも、まだこんなモノが残っておりましたとは……。化け物を……飼う、ですか。ふふふ……礼を言いますぞ、アリエーゼ殿下。決心はついておりましたが、今の発言で微かにあった迷いも消え失せました。やはり――私は家族と共に在るべきなのだと。地獄の果てまで、我が所業を抱いて――征くべきなのだと」
「……ちょっと何を言っているか、分かりませんわ」
「話を戻しますが――先ほど抵抗するならば武力行使、と仰りましたね」
アリエーゼ殿下や我々の混乱を他所に、淡々とケビン侯爵は話の筋を戻して話し始める。
迷いが無くなった、というのは事実なのだろう。明らかに先程までより饒舌になった彼は、つらつらと言葉を並べ続けた。
「こちらから仕掛けるような真似はしませんよ。ですが武力行使はどうぞご随意に。会話のテーブルにつくと言うならば話をしましょう。剣を抜くというのならば受けて立ちましょう。私はその過程に興味はありません。望むは――私の歪んだ愛の行きつく先に、どのような光景が広がるのか……それを見納めることにございます」
「余計な御託を並べるあたり、貴方はやはり根っからの貴族ですね。端的に言ってもらっても良いかしら?」
「貴族。なるほど……ふふふ、貴族ですか。身に染みついた癖というのは中々に離れないものですな。ではここは一つ、普段とは異なる言葉を興じてみるといたしましょう。そうですな……平民風に言葉を誂えるというのも面白いかもしれませんな」
嫌な予感がする。
俺はケビン侯爵が言葉を繋ぐ前に、アリエーゼ殿下を止める言葉を投げかけようとするが――――俺の声はまるで空気に溶け込むかのように鈍く反響し、アリエーゼ殿下まで届くことは無かった。
――なに!?
薄い膜に声が吸収され、そのまま霧散していくような感覚。
まるで水中で必死に声を出そうとしているかのような、抵抗感すら感じる。
そんな中、何故かケビン侯爵の声だけは明瞭に我々の耳にも届き――彼は静かにこう告げた。
「――能力に頼ることしか能がない小娘風情が。今度は恐怖に慄き、再び無様に小便をまき散らしたいと言うのならば、遠慮なくかかってこい」
同時に、ダンス部屋は眩く輝き、何重にも畳まれていた黄金の羽衣がふわりと広がっていった。
そして、黄金の殺意がその顎を開き、正面にいる男と異形を消し去らんと――襲い掛かっていった。




