107 高位弾劾調査 その7【視点:レジストン】
最近、サブタイトルを打っていてふと思ったことが………………第三章、長すぎィ!(´・ω・`)
もしかしたらコルド地方の一歩手前で一度、章を分けるかもです~(*∩ω∩)
そしてブクマ、ご評価、ご感想、本当にありがとうございます!!
視点はレジストンに戻りますが、時間軸的に、奇形の化け物がテラスをぶち破って侵入する少し前のお話となっております(*´▽`*)
「これは……」
クアンタが聞き取った謎の相手が向かった先、三階西へと向かう最中、俺は思わず足を止める。
三階廊下。窓辺から差し込む日差しが足元の絨毯を明るく温める、閑散とした廊下の様子に異変を感じたためだ。
ボタ……ボタタッと、重みのある液体が落下するような音に、俺はその出所を目で追う。
少し離れた場所に、絨毯を白く染める何かが垂れている。
まるで白い泥だ。そう思わせる液体が、天井から漏れ、床を汚していた。
「なんだ……!?」
思わず頬をつねりたくなる衝動に駆られるが、俺はしっかりと現実から目を逸らさず、その物体を凝視した。
カランカラン、と鉄製の何かが落下する音がした。そちらに視線を寄せ、音の正体を確認する。
四角い鉄格子だ。網目状のそれはこの屋敷内でも何度か目にしたものでもあった。
――通気口を塞いでいた、鉄格子。
そしてそれが落ちたということは、当然ながら内部から鉄格子を押し出した存在がいるという証明である。
膨張した肉質が狭い場所に押し詰めたような――ミチミチという不快な音と共に、通気口から臓物のような物体が溢れ出てくる。
表面上の血管は脈動を打ち、臓物の隙間から絶え間なく涎のような白い膿が垂れ落ちてくる。
グジュ、ジュル……グチュル――と水気を含んだ摩擦音と共に、やがてズルリと臓物の一部が完全に通気口から廊下側へと抜け出した。
だらん、と垂れ下がった臓物の塊は何度か小刻みに蠢くと、その表面を徐々に変化させていく。
小さな突起物が生えたかと思うと、その形状は俺にとっても馴染み深い――いや、人間種、精霊種、八王獣にとっても見覚えのある形へと変わっていった。
それは――耳であり、鼻であり、唇であり、目でもあった。
人間などの部位を模倣した部分から溢れ出た膿が、再び廊下の絨毯を白く汚していく。
ああ、俺は実に今――嫌悪感を抱いている。
それは相手が奇形であり、見たことのない化け物だから……ではない。この化け物のその造形から――間違いなく生物の命を弄んだ、神をも愚弄する冒涜者の意思が感じられるからだ。
俺はつい最近も、これと似た存在を目の当たりにしている。
ソレとは見た目も何もかもが異なるが、一致しているものが一つ――命というものを材料に、悍ましい玩具にしているという点だ。歪み澱んだ生命の末路。まさにそれを象徴した形状である。
『ンマァァ……ァァァ……』
身体の芯をも震わす、底冷えするかのような声が臓物から流れ出してくる。
同時にどうやって通気口に入り込んでいたのか理解できないほどの質量が、勢いよく廊下へと滑り出てきた。まるで通気口が嘔吐し、異物を吐き出したかのような光景だ。
『……ウジュ、グリョ…………アァァァァアア…………パァパァァァ……ドコォォォォ…………』
大量の臓物は蠢動を繰り返し、少しずつ全身の形を整えていく。その際に周囲に飛び散る膿を俺は慎重に躱していき、同時に剣を抜く。
「さて、3年前に報告にあった水生体のような化け物よりは刃も通りそうなものだけど……できれば近づかずに何とかしたいものだねぇ」
『ドォォォォォ……コォォォォ…………』
――しかし、こんな知性の欠如した存在がクアンタの耳を欺いて潜んでいたなんてね。何か力を隠し持っている可能性が高い……それも音に関する。念のため退路も確保しておくべき、かな。
俺はすぐ近くの部屋の扉を蹴破り、仮に相手がこの一本道の廊下を舞台に襲い掛かってきても、横に逃げられるよう道を作っておいた。
しかしその際に生じてしまった、扉が床と衝突する音がいけなかった。
『ケヒィ! ……カヒ、カカ……ィィィイイイ……!』
この化け物に聴覚が正常に働いているのかなんて分からないが、少なくとも扉の破壊音を捉え、しかも過敏に反応を示しているようだった。
臓物から腕のような部位が何本も伸びていき、海を走るさざ波よりも蠢く臓物は、わなわなと全身を震わせた。
『――ィィィィィイイイアアアアアアアア!』
「ぐっ!?」
そして、唐突の大音量。俺の鼓膜を破らんとする音の暴力を前に、俺は慌てて蹴破った部屋の中へと潜り込んだ。
壁を介すことで多少の防音作用はあったものの、それでも耳を塞いでいないと厳しいほどの絶叫である。クアンタを同行させなかったのは正解だったかもしれない。こんなモノを間近で聞いてしまえば、彼もタダでは済まなかったかもしれないからだ。
ハイエロを連れて屋敷を離れたクアンタの耳にも、この不協和音は届いたことだろう。妙に気を回して、屋敷に戻ってこないことを祈ろう。
ヤツの咆哮に呼応するかのように、屋敷全体が震える。
――くっ、まるで災害だな……!
不可視の振動が俺の肌を粟立たせ、皮膚だけが痙攣し始める。こんな状態では、まともに対峙して戦うことすらままならないだろう。
だが、この展開は何も悪いことばかりではない。相手がこんな馬鹿げた叫びを上げたおかげで、離れた位置にあるダンス部屋にもこの声が届いたはずだ。となれば、この化け物に奇襲をかけられることなく、彼らに異変を伝えることができたというわけだ。
――もっとも、この場で俺がヤツの足を止めるのが……もっとも望ましい展開なんだけど、ねぇ!
ダンス部屋の面々に危機を報せたところで、この化け物の脅威を向かわせて良い理由にはならない。
俺は化け物の注意を俺一点に向けるため、飛び込んだ室内の椅子の足を掴み、思いっきり廊下の向こうにいるヤツめがけて投げ飛ばした。
『ゴァ!?』
強烈なのは音だけで、どうやら障壁が発生しているわけではなさそうだ。投げた椅子は何かに遮られることなく、化け物の胴体に命中する。
同時に鼓膜を揺るがす騒音も止まった。
俺は好機と判断し、抜いたままの剣を持ち直しながら廊下へと躍り出る。勢い留めずに、まず人で言う首と思われる部分――目や鼻などが密集している臓物の付け根に狙いをつけ、五本の足指に体重をかけ……疾走を開始した。
「っ!」
しかしその攻勢は実らなかった。
ものの1、2秒で詰められる距離だというのに――俺の動きよりも早く化け物は動きを再開し、数本の触手のような腕をしならせ、屋敷の壁を破壊したのだ。
太い鞭を打ち込んだかのような衝撃に耐えきれなかった屋敷の壁は、破砕音をまき散らしながら崩れ去っていく。
『パァァァァァパァァァァァ…………アァァァアアアァナアァァタァァ…………!』
屋敷の外の壁を伝いながら進んでいく先は……おそらくダンス部屋!
俺は腰の鞘に剣を手早く仕舞い、舌打ちを残しながら、ヤツを追うようにしてダンス部屋へ――廊下を駆け抜けていった。