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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第三章 操血女王のクラウン生活【旅路編】
206/228

105 高位弾劾調査 その5【視点:レジストン】

更新が遅くなり、申し訳ありません~(-_-;)

そして、その間にもブクマ・ご評価、感想ありがとうございます!(*´꒳`*)

いつもお読み下さり、感謝です♪

 ハイエロ=デブタ……と思しき人物は、まるで俺の推測をと答えるかのように、覆いかぶさっていた布をゆっくりと床に降ろしていった。


 <模写解読システィダック>によって身体情報の読み取りをしているものの、やはり実際にその目で見る景色とは一線を画す。


 水分が抜け落ちた毛先は四方八方にはねており、汚れだろうか……ところどころ黒く変色している。


 皮膚は乾燥し、剥けた部分から膿が出ている。


 焼け爛れた右肩より先は無く、黒ずんだ血痕の後が痛々しい。


 余分な脂肪は全て削ぎ落ちていったのか、今の彼の手足は俺の手首よりも細く見えた。


 地下の暗い空間、小さな燭台の明かりだからこそ、まだマシに見えているが……明るい太陽の下でその姿を再認すれば、より惨い状態を視認することになりそうだ。


「……軽く頷くだけでいい。貴方はハイエロ=デブタ――元男爵で相違ないか」


「――――」


 皮脂で固まった髪が僅かに揺れる。


 僅かに縦に揺れた動きを認め、俺は方針を変えることにした。


 相手がどんな人間で、どのような立ち位置か分からない状態での解放は危険だと考えていたが、その相手がハイエロならば話は別だ。

 

 彼は確かにヴァルファラン王国において罪人の位置に堕ちた人間ではあるが、デュラン辺境伯の嘆願書、そして背景で起こっていた一連の出来事を鑑みて、辺境伯家での無償の奉仕を条件に釈放が認められている。


 つまり、貴族としての爵位は除名されているものの、平民として――国が護るべき対象に値するわけだ。


 加えて、明らかなケビン侯爵の虚偽報告の犠牲者でもあり、ケビン侯爵……そしてその背後にいる連中に繋がる大事な鍵でもある。


「クアンタ」


「はっ」


「これより彼を牢から解放する」


「かしこまりました。では地下牢の鍵を侯爵から――」


「いや、それには及ばないよ」


 俺は右手の手袋を締め直し、そのまま檻へと添える。


 そして()()()()()()を発動させた。


 そして――数秒と経たずに、乾いた鉄格子が幾つも石造りの床に叩きつけられる音が鳴り響く。


「それは――……」


 まるで強力な空間の捻じれによって引き裂かれたかのように、鉄格子は俺の触れた指先を中心に砕け散っていた。


 国王陛下の恩恵能力アビリティを介して、一時的に間借りしていた仮初の能力。一度きりの使用が限度だが、ケビン侯爵に仄暗い面が見えたことも鑑みて、この能力は()()()に返しておいたほうが良いだろう――という結論の元、使用した。


「レジストン様……その能力は貴方の身を守るためのものでもあります。安易に使われては……」


「構わないさ。どのみち、この屋敷において最も危険な人物があちらにいるんだ。戦力を集中させて損になることはないよ。それに……能力を彼に戻すことによって、それは俺たちからの合図にもなる」


「……地下で警戒すべき事態があったことを、ですか」


「そうだねぇ。さ……クアンタ。ここで道草を食っている場合ではなくなった。お前は彼を連れて、クラッツのところに向かうんだ」


「……ご命令の意図は理解いたしましたが、レジストン様。貴方はどうされるのですか?」


「それこそ言うまでもないだろう? ケビン侯爵の元へと向かうよ」


「しかし、それは危険です」


「クアンタ。護るべき主君の名を間違えてはいけないよ。少なくともあちらには、俺の命など秤に置くことすら烏滸がましい――国の命とも呼べる方々がおられるんだからね」


「っ……失言でした」


「ああ」


 クアンタが俺の身を案じてくれるのは嬉しいが、それが仕事において優先順位を揺るがすような考えに繋がってしまうのは困る。


 ――これで少しは周りにも目を向けてくれるといいんだけどねぇ。


 悪く言えば猛進とも呼べる彼の愚直さは、時と場合によって正しくも悪くもなる。俺たちの仕事はそんな人々が抱く善悪の括りを俯瞰的に調査し、国が傾かないように調整する役目なのだから、自身の感情に左右されるようでは困るわけだ。


 ――……もっとも、最近の俺も……人の事は言えない、かな?


 可能な範囲の裁量において……という線は超えないように意識しているが、どう考えても贔屓している自分が潜んでいることも自覚している。


 脳裏に思い浮かぶ銀髪の少女に苦笑し、俺はすぐに現実へと意識を戻した。


「それじゃ頼――」


「っ、レジストン様ッ!」


 クアンタにハイエロを運び出してもらう指示を改めてしようとした瞬間、急に声色を変えたクアンタの言葉が地下に響く。


 ただ事でないことは察したが、俺も慌てては収拾がつかなくなるため、いたって冷静を装いながら状況を尋ねる。


「どうしたんだい?」


「今、この地下からッ……! 突如、呼吸音がッ!」


「呼吸音……侵入者かい?」


「いえ、……これは、まるで人のモノとは思えない獣のような……!」


 獣……と言われて、すぐに頭に浮かぶのは八王獣という単語だが、こんな場所にいるはずもないので、すぐにその考えを打ち捨てる。


「ぁぁ……っ、ぃ、ああぁ……!」


 クアンタの言う存在を知っているのか、足元のハイエロは痩せ細った指先で耳を塞ぎ、言葉に鳴らない声を上げながら、ただでさえ小さくなった身体をさらに丸めた。


「クアンタ。場所は何処からだい?」


「……、凄まじい速度で移動していますッ! 天井……いえ、壁と壁の間を移動しているように聞こえます……! しかし……い、いったい何処から!? さっきまで何の音もしなかったというのに……!」


「……」


 音に関して、クアンタが言うのならば間違いはないだろう。壁と壁の間に隙間があるのだろうか。通気口が最も可能性の高い場所だが……人が素早く移動できるような幅広い通気口があるようには、屋敷の間取り的にも思えない。


「呼吸音と……徘徊する衣擦れ音が聞こえます……!」


 俺の疑問を感じ取ったのか、クアンタは今度は自身が感じ取った音の種類を教えてくれた。


「どこに向かっている?」


「今……一つ上の階に上がりました……! 屋敷の西側に――」


 そこまで言いかけて、クアンタも謎の這いずる人物が向かう先を察したのだろう。口を閉じる代わりに、こちらへと視線を向けてきた。


「嫌な予感がするねぇ。クアンタは予定通り、ハイエロを連れてここを出ろ」


「……相手はおそらく、私の能力を掻い潜れるほどの何かを持っております。いかに息を潜めようとも、この距離で私の耳が聞き逃す音は存在するはずがありませんので……気を付けてください」


 クアンタはそう言うと、蹲るハイエロの脇に肩を入れ、彼を担ぎ上げる。


 おそらく――通気口と思われる隙間に潜んでいた相手は、ずっと同じ場所にいたのだろう。もしかしたら何処からか俺たちの様子も見ていたのかもしれない。クアンタの<音波落掌クリスタ>から感じ取れた音は先ほどの彼の言動からも分かる通り「突如」とあった。つまり、俺が鉄格子を破壊した音に驚いたのか何かで、相手は思わず動き出し、そこで初めてその呼吸音を感知したというわけだ。


 ただ気配と異なり、彼の耳は言葉通り「息を潜めた程度」で隠れきれるものではない。その気になれば呼吸音だけでなく、鼓動音すらもこの屋敷内の距離ならば聞き取ることが可能かもしれない。そんな相手に気取られず、ずっとこの地下に潜んでいたということは……すなわち、音に対して何かしらの力を持っている可能性があるということ。


 クアンタの言いたいことは、そういうことなのだろう。


「……クアンタも細心の注意を払うように。相手の正体すら分からない状況だからねぇ……どういう出方をしてくるかも想像がつかない。けど、そのハイエロ=デブタは今回の件において重要な情報を握っている可能性が高い。必ずクラッツの元に送り届けること――それが最重要命令だよ」


「はっ……!」


「それじゃあ行こうか。ちなみにその徘徊者の音は――」


「現在は2階へ移動中です……おそらく3階のダンス部屋に辿り着くまで、あと数秒もかからないことでしょう」


「分かった、俺は急ぐとしようかね。クアンタも後はよろしく」


「ご無事で……!」


「お互いに、だねぇ」


 そう告げて、俺はハイエロを担ぐクアンタを残し、来た道を走って戻る。


 さて、想像以上にデカい闇がこの侯爵家には潜んでいたようだ。


 ハイエロ=デブタを辺境伯へと送り出したという偽の報告を出し、彼を地下に監禁して何を目論んでいた? ケビン侯爵は一体、何を考えている?


 この地下に入るまで、今のところ侯爵側の邪魔は入っていない。明らかに俺たちに見つかれば首を刎ねられてもおかしくないほどの秘密ハイエロを隠しておきながら、なぜ素直にダンス部屋へと引き下がった?


 俺は地下に入る際にクアンタに話した自分の話を思い出す。


 ――諦観。


 仮にそうだとしたら、彼は何を望み、何を諦めたのか。


 仮にそれが喪った家族に対して――だとしたら、ハイエロと一体どんな関連性が生まれると言うのか。


 欠けた符号ばかりが手元に転がるばかりで、分からないことだらけだ。


「やれやれ……本当に人の心ってのは厄介ごとばかりだねぇ……!」


 理に適っていないケビン侯爵の行動には疑問符ばかりが残る。はてさて、クアンタが聞き取った徘徊者の存在を目の当たりにすれば、その答えもハッキリするのだろうか。


 俺はそんなことを考えながら、地下への出入り口を駆け抜け、日の当たる屋敷の廊下へと躍り出た。




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