104 高位弾劾調査 その4【視点:レジストン】
色々と更新が遅くなってしまい、申し訳ございません~~l||li (つω<。)il||li
にも関わらず、感想・ブクマ・ご評価、本当にありがとうございます~!
いつもお読み下さり、ありがとうございます♪(*´▽`*)
「……あっちの方は大丈夫そうかい?」
「今の所……緊急を報せる音は発せられていないようです」
3階奥に集めさせた屋敷の面々。あちら側で何かしらの問題が生じた場合は、即座にクアンタに向けた『音の信号』を放つようにお願いしているところだが、現時点でそのような事態に陥っていないことに安堵の息を漏らす。
一応、我々の戦力の一位と二位を向こうに配置したため、武力的な争いになれば一方的に押されるようなことにはならないと思うが……それでも相手が相手なので心配だ。
「――引き続き、何かあればすぐに教えてくれ。場合によっては俺の指示を待たずに行動をすることを許可するよ」
「御意」
コン、コン……と踵で石階段を鳴らしながら、俺たちは執務室に備え付けてあった燭台を片手に、地下へと降りていく。
明らかに見取り図で見た地下一階部を通り越し、さらに地下深くへと階段が続いていることが分かる。
クアンタが能力によって聞き取った深層から響いた声。その位置通り、地下一階よりも深く設置された隠し部屋が下に存在しているようだ。やはり――あの屋敷の見取り図には意図的に消している部分があったようだ。
灯りで確認できる範囲ではあるが、この隠し通路に埃が溜まっていたり、蜘蛛の巣が張っている様子は見られない。空気も澱んではおらず、何度か換気が行われたかのように正常なものだ。定期的に掃除をするような通路には到底見えない……どちらかと言うとここ最近、この通路を出入りする人間がいたという推測の方が、しっくり来る。
「地下の奥から、呻き声が聞こえます」
「クアンタが前に聞き取ったものと同じかい?」
「確証はありませんが――おそらく」
「ふむ……用心して進むよ」
「はっ」
急ぎたくなる心を落ち着かせ、俺たちは周囲の気配に意識を向けながら、階段を降りる。やがて――下層までたどり着き、薄暗い地下通路が奥まで伸びていた。
俺は壁に設置された燭台の上に取り込野されたままの蝋燭を確認する。
「……蝋燭が新しい。やはり最近、誰かがここを出入りしているようだね」
「灯しましょうか?」
「敵の気配は?」
「根が張っている可能性は低そうです。蟲が這いずる音は無数にありますが、人の気配は他に感じられません。もっとも無音を可能とする恩恵能力があるとしたら分かりませんが……」
根が張る――とは、対樹状組織用の隠語である。もし連中の足跡や気配の可能性がある場合は「根が張っている」と表現するわけだ。
「……ま、見えない敵を警戒しすぎても身動きが取れないからね。クアンタが感知できる中で怪しい音源がいないのなら、ひとまずは安全ということにしておこう」
その言葉に彼は頷き、手に持つ燭台の炎を、壁の蝋燭に移させる。音もなく点いた炎は、暗闇をぼんやりと照らし始めた。
俺たちが歩いた痕跡を残すかのように蝋燭を灯しながら、地下通路を進んでいき、やがて壁の様子が変わり始めた場所へと出ることになる。
単調な石畳で構成された壁は、その姿を檻へと変え、無機質で冷たい牢獄の様相を俺たちの前に現した。
均等に並んだ鉄格子が、両端に綺麗に整列し、俺たちを出迎えてくれる。
汚物などの悪臭が然程ないことから、現在は誰かを収監するために使われている檻ではなさそうだ――例の声の主を除いて、になるが。
「罪人を投獄するための牢――ですか」
「いいや……正規の牢獄は別途、国が設けた施設があるからね。だから正確には罪人ではなく――リンウェッド侯爵家が隠し通したい人物を放り込むための私設牢獄といったところかな。ま、どちらにせよ気分が良い場所ではないね」
燭台を牢に近づけて見れば、ところどころに爪の引っ掻き跡や血痕が見受けられる。何度も檻を叩いたのか、鉄格子の側面には黒ずんだ皮膚のようなものが付着している。床下には干し草のような髪の毛が散らばっており、それらに紛れて剥がれた爪なども落ちていた。
ただ閉じ込めておくだけ――にしては、穏やかではない痕跡である。
「ケビン侯爵……ここで何をしていた? 何を……隠していた?」
ここしばらく投獄者がいないにしても……この痕跡の劣化具合から少なくとも半年以内までには、誰かが放り込まれていたことが分かる。
思わずこの牢獄の中に閉じ込められていた人間が、悲痛な叫びを上げながら檻を叩き、助けを求める姿を想像してしまい、俺は目尻に力を入れた。
「レジストン様……この奥です」
「ああ」
意識を牢の中から切り離し、クアンタ先導の元、さらに奥へと足先を向ける。
目標に近づいてきた所為か、俺にもこの地下の奥に何者かがいる気配を感じ取ることができた。
空気が小刻みに震え、嗚咽だろうか――僅かながらの不気味な音の反響がこちらまで届いてくる。
「ここから先は私が――」
「いや、一緒に行こう。純粋な剣技においては、まだ俺の方が強いからね」
どこまでも俺の身を優先に行動するクアンタを止め、彼と立ち並ぶ。
「……申し訳ありません」
「あぁー、別にクアンタの実力不足を指摘しているわけじゃないからね。単純な役割分担の話だよ。俺は常に臨戦態勢でいるから、クアンタは周囲の索敵に専念してもらいたいんだ」
「…………はっ!」
生真面目な彼のことだ。
俺の言葉を額面通りに受け取るのではなく、内心では「もっと強くならねば」なんて決意に燃えているんだろうけど、仮にクアンタが俺よりも戦う術を上回ったとしても、結局は今と同じ展開になることだろう。それだけ彼の<音波落掌>は集中力を必要とし、同時に視界不良なこの場における探知という重要な位置づけも担っているのだ。そこに戦闘も行えるよう適応しろというのは無理な話だろう。
――ま、それを彼に伝えたところで、返って躍起にさせてしまうだろうから言わないけどねぇ。
表向き納得した体のクアンタと横に並びながら、同じような牢獄の道を再び進んでいく。
「――――、ぉぅ、――――ぁぁ――――――――、っ、ぁ――――」
徐々に声がハッキリと俺の耳に届いてくる。
「クアンタ」
「敵の気配、無し」
「よし」
早く確認したい気持ちを諫め、ゆっくりと進む、進む、進む――――。
やがて……最奥の牢まで行きつき、俺たちはくぐもった嗚咽を漏らすソレと対面することになった。
「ぉぉぉぉ…………ぁぁぁ、っ、ぅぅうぁ…………」
所々赤黒く変色した薄汚い布を纏い、蹲る影が一つ。
俺は鉄格子の前で膝をつき、クアンタが俺の意図を汲むように燭台を足元に置いた。そして<模写解読>を発動させ、この者の状態を視認する。
――性別は男。大分衰弱し、全身が痩せ細っているが、すぐに命を失うほどでもない……か。右腕の欠損はあるが、止血は済んでいるようだ。傷口は無理やり焼かれているようだな……壊死はしていないようだが痛みは酷そうだ。恩恵能力持ち……どんな能力か分からないけど、細心の注意は払っておくべきだねぇ。ただこれだけ衰弱するまで牢にぶち込まれて脱走しないところを見ると……攻撃性の強い力ではないのだろう。余力があるなら少しだけ……話を聞いてみるか。素性が分からない状態で解放するには危険が多すぎるからねぇ。
鈍い灯りに照らされたことに驚いたのか、丸まった影が全身を痙攣させながら身じろぎをする。
――目は、見えているようだね。
「泣いているのかい?」
「……………………………………ッ」
俺の問いかけに嗚咽は止み、地下牢屋の中に静寂が流れた。
――耳も聞こえている、と。
「話をすることは可能かい?」
「………………、……」
なるべく恐怖心を増長しないよう、柔らかい口調で話しかけてみる。――が、反応は芳しくなく、僅かな呼吸音だけが漏れるだけであった。
――俺の言葉に反応し黙ったということは……彼の精神状態はまだ正常の範囲内、ということになるかな? となれば……先ほどまでの呻き声は、いったい何を指し示しているのか気になるね。出す必要のない声を出す理由は? 理性が保たれている状態で、何故彼はひっきりなしに嗚咽を零していたのか。
「名前を聞いても?」
「……、……っ…………」
僅かな動揺の気配。その要因はどこから来るものなのか――思考を巡らせる。名前から派生して考えうる事項を模索し、一つの可能性を口にしてみる。
「俺たちはリンウェッド侯爵家の者ではない。高位弾劾調査員としてこの場に来たものだ。敵ではない。貴方に国法に反する罪科が無ければ、その身の安全を保障しよう」
「……ッ」
俺の言動に対して息を飲む反応に、やはり……と確信する。
どうやら俺たちのことをリンウェッド侯爵家の人間だと思っていたのだろう。名を知っているはずなのに、名前を問う――その妙な齟齬に思わず目に見える反応を起こしてしまった、といったところか。
ならば話は早い。こちらは保護する意思がある旨を丁寧に伝えていけば、自ずと固く閉ざされた口も開いていくことだろう。
俺はなるべく接触を避けるために、しゃがみ込んだ位置から近づかないよう意識しながら、次の言葉を発しようとした――が、それよりも早く、予想外な言葉が相手から返ってきた。
「ぁ…………うぅ、だんがい……ちょ、うさ……ぃん……?」
「……?」
高位弾劾調査、などという言葉は歴史に造詣の深い貴族たちにとっても、ほぼ化石のようなものだ。つまり、貴族でもない平民たちにとっては無縁の言葉。復唱するほどの印象も残らないはずの単語だ。だというのに、どこか「信じられない」言葉を聞いたかのような反応を浮かべる彼の姿に、俺は素性のヒントを見た気がした。
高位弾劾調査という言葉に少なからず反応を示す可能性のある人間――それ即ち。
「貴方は……貴族、なのか?」
「ぐ、ぅぁ…………あぁ……、っ……」
答えにならない言葉が返ってくる。しかし意味の籠らない虚無ではなく、その呻きの端々からこちらに何かを伝えようとする意志を感じた。貴族、という点は肯定の意を示していると見ても良いかもしれない。
ここ最近、貴族が姿を消したという話なんて聞いていない。老衰で亡くなった貴族は数人いるが、事故や事件に巻き込まれて死んだ者はいなかったはず。無論、雲隠れしたような者も含めて、だ。
だとすれば彼は一体誰だ?
最後に…………貴族界から姿を消したのは――誰だ?
「…………――――!」
該当が……一つ、あった。
しかし……馬鹿な。
彼は西の紛争地を繋ぎとめる功績を持っているデュラン辺境伯の嘆願書により、恩情が下されて極刑の罪を免れ、今は西の辺境で贖罪のためにデュラン辺境伯の元で働いていた――はずだ。少なくとも目を通した報告書にはそう記述されていた。あの子も関わっていた案件だけに、その結末にほっと息を零した記憶があるのだから間違いない。
だが……よく思い出せ。
このヴァルファランにおいて、犯罪を犯した貴族は誰の采配で処遇が決定付けられる? あの報告書を国に提出したのは誰だ?
――――そう、あの報告書を提出したのは……刑吏を担当するケビン侯爵だ。
「なぜだ……」
「レジストン様?」
俺の呟きを訝しむように、クアンタが声をかけてくる。しかしそれに応える余裕はなく、俺の頭の中では3年前のとある男爵家の事件のことが巡っていた。答えは既に頭の中にあるというのに、それでも俺は口にせざるを得なかった。
「なぜ……ここにいる。――――ハイエロ=デブタ」
3年前。
西の辺境にあるデブタ男爵家の悲劇の渦中にいた男。
そして本来ならば、デュラン辺境伯の元で、罪の清算に励んでいたはずの男。
3年前のふくよかな体格は見る影もなく――無残に変わり果てた姿となったデブタ元男爵が、そこに居た。