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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第三章 操血女王のクラウン生活【旅路編】
204/228

103 高位弾劾調査 その3【視点:レジストン】

すみません、、、非常に更新が遅くなりました~(´;ω;`)

間が空く中、ブックマークやご評価、感想、誤字報告をしてくださった皆様、本当にありがとうございます~(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾


いつもお読みくださり、感謝です!(*´꒳`*)

 クアンタ。


 家名を失くし、今は王室付調査室の一員として責務を全うする――王国の影の一人である。


 彼の恩恵能力アビリティは<音波落掌クリスタ>と言い、通常の人間では感じ取れない音域まで受信することが可能となる能力である。


 一見便利な能力に見えるが、特定の音域だけを切り替えて聞き取れるわけではないので、能力発動時は雑多な音の波に襲われ、常人ならば頭がおかしくなるほどの情報量が飛び込んでくるという短所付きの能力でもあった。


 クアンタはその能力の特性ゆえに音に対して恐怖を覚えるようになり、幼少期より塞ぎがちな性格になってしまった。無理もないことだろう。能力を発動すれば、その鼓膜を破らんと音の津波に呑まれてしまうのだから。


 元々男爵家の次男であったクアンタは家名こそ継ぐことは無かったが、それでも貴族の一員として厳しい教育を受けていた。しかし気弱で排他的な性格へと偏ってしまったクアンタにとって、貴族教育の峻厳な教育は当然ながら肌が合わず、難航することとなってしまった。


 それでも恩恵能力アビリティによる価値が高ければ、目を瞑っていたのであろうが、彼の能力はまさにその性格を作り出す切っ掛けとなった元凶だ。


 彼の父親であるベリザ男爵家当主は<音波落掌クリスタ>の有効性を見出そうと試みたようだが、クアンタ自身が消極的であったことと、明確な打開策が思いつかなかったことにより、仕方なくクアンタを平民へと除名することを決めた。


 無論、恩恵能力アビリティに関する問題というだけで、通常は除名まではしない。恩恵能力アビリティ以外にも政務能力や武に長けているなど、何かしら長所があれば、それを武器に戦っていけるからだ。だがクアンタにはそういった自信へと変換できる才能は、残念ながら芽生えなかった。


 ベリザ男爵には見えていたのだろう。クアンタが成人し、その先――貴族社会へと足を踏み入れた時にどういった事態が起こり、巻き込まれるかを。


 貴族社会は控えめに言って、魑魅魍魎が蔓延る魔境のようなものだ。全てがそうではないが、少なくとも半数はそういう選民意識が強い者が占めていると言っても良いかもしれない。


 恩恵能力アビリティによる後ろ盾がないクアンタがそのまま貴族社会へ進出してしまえば、間違いなく精神を破壊されるほどの嫌がらせを受けることは自明の理であった。気弱なクアンタがそんな社会で生き残れるとも思えず、ベリザ男爵は「除名」という選択を選んだのだろう。


 それは父親のせめてもの優しさ――子を想う気持ちであったのだと思う。


 この貴族独特の風潮を国王陛下は嫌っており、なんとか是正を図ろうと考えてはおられるが、王政が中心とは言え、貴族あってのヴァルファラン王国でもあるので、そこは貴族側の納得が得られず、宙に浮いたままの議案でもある。


 何はともあれ、平民へと落とされたクアンタを4年前に拾い上げ、俺は彼を王室付調査室へと招き入れた。


 もちろん<音波落掌クリスタ>の有用性を何とか見いだせればという算段もあったが、もう一つの側面としてクアンタに独りで平民街を生き抜く術がないと判断したからだ。貴族出身で少なからず王国の在り様も理解しているし、雑用すらままならないほど人手が不足していたので、雑務担当という枠が空いていたことも判断材料の一つでもある。


 ベリザ男爵がクアンタを除名した後、その話をグラム伯爵に打ち明けていたことは僥倖だった。おかげで俺の耳にも彼のことが入り、こうして部下としてその安全を確保することができたのだから。そして今となっては彼の力は、代役が利かないほど――王室付調査室を支える大きなものへと化していた。



 ――しかし、人っていうのは変われば変わるもんだよね。



 隣に並ぶ影。そこには、かつてオドオドと周囲の様子を伺っていた頃の少年の面影はなかった。


 貴族社会という鎖に雁字搦めにされ、負い目から常に周囲に怯え、身体を縮こませていた姿は完全に消え失せ、今は自信に満ちた背中をしている。


 掬いあげてもらった恩義。


 それが彼を支える柱だという。


 一度平民という下層へと落ちた彼は、そこで今までの人生観をリセットする機会を得た。能力に怯え、何事にも消極的だった己が招いた末路。その果てをその目で見た時に、自身の歩んできた道がいかに愚かでいい加減だったのかを理解したのだという。結局、なんだかんだ「何とかなる」という甘えが、男爵家にいた時の彼の心の中に在ったのだろう。それが粉々に破壊された現実を見て、ようやくいかに自分が甘えた思考の持ち主だったのかを見つめ直したのだ。


 そして、底に辿り着いた彼を、俺はもう一度掬いあげた。


 王室付調査室へと入った彼は、それはもう貪欲であった。知識・技術・話術・隠密……そして<音波落掌クリスタ>を真の意味で使いこなすことに。


 <音波落掌クリスタ>を発動したと同時に流れ込んでくる不協和音。数多の音が複雑に絡み合って出来上がる雑音を、丁寧に慎重に紐解く技術を彼は会得しようと試みたのだ。つまり、雑多な音の集合体をそのまま受け止めるのではなく、無意識に音を分解し、それぞれがどういう要因で発せられる音なのかを判別しようとしたわけだ。


 俺は彼の苦しみを真の意味で理解することはできない。


 けれども、<音波落掌クリスタ>を発動させ、訓練を重ねるたびに何度も嘔吐と頭痛・眩暈などの諸症状を繰り返す彼の姿を見ていれば、どれほどの困難に立ち向かっているのか、想像をすることはできる。


 雑音の少ない地下室などで試してはどうか、と提案したこともあるが、どうやら人間では感じ取れない音は地下でも生じているようで、逆に密閉された空間である地下は音の反響が凄まじく、訓練の阻害になるとのこと。


 そう言われてしまっては、俺はそれ以上のアドバイスを送ることも出来なくなり、ただ彼が苦難を乗り越えることを心中で応援することしかできなかった。


 「止めろ」だの「諦めろ」だのという安い労いは贈らない。そんな薄っぺらい同情は彼にとって毒にしかなりえないからだ。だから俺も我慢した。自傷行為にしか見えない彼の前進を――覚悟を正面から見据え、生命の危機が生じるかどうか、その境界だけを見誤らないように注意しながら、彼の成長を見守った。


 やがて――クアンタは数カ月という歳月を経て、徐々に雑音に対する耐性を身に着け、少しずつ少しずつ……音の判別も可能な体質へと進化していった。


 今となっては過去の苦悶が嘘のように、<音波落掌クリスタ>を発動させても音に飲み込まれることはない。普通に俺と会話をすることもできるし、平行して遠くで行われている他人の会話を盗み聞きすることも可能だ。


 元々<音波落掌クリスタ>という能力を持っていたことが彼の体質に起因しているのかは分からないが、彼は「音」という分野において常人がいかに努力しても会得できない、高度な平行処理能力を取得したのだ。


 王都中に設置した特殊な鐘が放つ音の波長も、彼の耳ならば拾うことが可能だ。


 おかげで伝令を使わずとも、王都内の単調な指示であれば、鐘を鳴らす回数などで報告を受けることが可能になったため、時間の効率化も図ることができた。クアンタの努力なしではたどり着けなかった結果だけに、彼には頭が下がる思いだ。


「クアンタ、どうだい?」


「はっ、空気が不規則に流れる音が聞こえます。おそらくですが……密閉空間に繋がる風の通り道がどこかにあるのではないかと思います」


「そっか。声の主はその先にいると思うかい?」


「おそらくは」


 俺の耳には静寂という二文字にしか感じないけど、彼にはしっかりと届いているのだろう。王都を巡回していた際にクアンタが偶然聞き取った――悲鳴と嗚咽が入り混じった声へと繋がる道の音が。


 今まではヴァルファラン王国の維持のため、貴族側に対して大きく踏み込むような真似はしてこなかった。


 しかし現状は刻々と動き始め、ここ数年で樹状組織ビリンガルの動向も活発になってきている。何よりグラベルンから王都へ届いた「彼女からの贈り物」……あれが決定打となった。


 我々の想像以上に――――樹状組織ビリンガル下法げほうに手を染めている可能性。そして一部の貴族たちが、その手引きをしている可能性。いずれも可能性という範疇を抜けない話ではあるが、看過もできない問題だ。


 だからクアンタの今回の報告を聞き、俺はリンウェッド侯爵家の一件を、貴族界の闇を照らすための足掛かりにすることにした。


 実際にリンウェッド侯爵家が樹状組織ビリンガルと繋がっている確証はないが、見つかりもしない証拠探しに時間を潰している暇は既にないため、こうして陛下の許可の元、高位弾劾調査という手段を選択した。


 ――さて、この屋敷の底に潜むのは一体どんな闇か……しかと見届けさせてもらうよ。


「レジストン様」


「うん」


「こちらの部屋のようです」


 中庭が窓から見える廊下を移動し、やがて着いたのは両開きの豪奢な扉によって閉ざされた部屋。


「中に人は」


「おりません」


 クアンタに確認を取ってから、俺は扉を静かに開けていく。


 内装から判断するに、どうやらケビン侯爵の執務室のようだ。壁側には本棚が並んでおり、窓際を背にする形で執務机が鎮座していた。本棚には政務や刑吏に関する書物で埋められており、几帳面なケビン侯爵の性格を表しているかのように綺麗に整頓されていた。


 俺は閉められたカーテンを開き、執務室に太陽の光を招き入れる。


「……」


 ふと、執務机の端にある分厚い冊子に目を止め、手に取って中身を確認する。


 革の装丁で綴られた冊子はどうやら日記のようだ。俺は何かしら彼を知るヒントが残されていないか確認するため、最初のページから順にめくっていった。


 つらつらと書き綴られるのは、彼の人生の側面――刑吏と家族についてだった。


 罪人の首を刎ね、その遺体を焼却し、土に返す。数百年前より代々続く責務を果たす傍ら、愛妻と息子との団欒を慈しむ文字が並んでいる。血塗られた両手をそそぐのは、いつだって白い世界にいる家族であると――彼はそれを支えに処刑剣を握る勇気を得ていたのだと、その想いが日記から伝わってきた。


「………………」


 ――ケビン侯爵の奥方と息子は…………4年前に。


 死んだはずだ。


 記録では流行病だったと聞いている。


「………………」


 俺は記憶の中にある彼らの死亡時期を思い出し、日記をその時まで一気にめくっていった。


「これは……」


『9月20日 土の日 リーゼリアンが逝った。彼女は最期の最期まで微笑みを絶やさず、私に「先に行くわ」とだけ残し、その瞼を閉じてしまった。何度呼びかけても、再びあの琥珀色の瞳が私を捉える日は帰ってこない』


『9月21日 日の日 まるで半身が削げ落ちたような気分だ。心の中に大きな穴が開き、何かで埋めようとしても、その全てが際限無き虚無へと消えていく。今日はリーゼリアンが眠る棺を埋葬した。彼女の好きな花を添えたのだが、きちんと届いているだろうか。微かに香る花弁の匂いが、少しでも安らぎとなれば良いのだが……』


『9月24日 水の日 駄目だ……食事が喉を通らない。朝起きて、顔を洗い、食事を摂り、会話をすることすら億劫だ。だが……まだカイルがいる。カイルのためにも私は背筋を伸ばし、模範となるべき侯爵家当主でいなくてはならない。ああ……だが、どうしても心が理性が本能が……噛み合わないのだ』


『9月29日 月の日 今日はカイルの勉学を見てやった。リーゼリアンの死でカイルも塞ぎがちだったが、そこは流石私の子と言ったところか。侯爵家としての誇りを支えに、前を向こうとしている。息子が苦しみを乗り越えようと足掻いているのだ。私もそうならなくてはな』


『10月12日 日の日 ここ数カ月、刑吏としての仕事は転がり込んできていない。正直、今の私には他人の死を抱え込むほどの余裕はないので、非常に助かるところだ。カイルとの剣稽古は楽しかった。息子の目覚ましい成長は、私にとっていかなる宝石よりも価値が高い』


『10月23日 木の日 僅かにだが……私もカイルを見倣い、リーゼリアンの死を乗り越えようとしているのだろう。今日のスープはいつもよりも味を感じることができた気がした。未だに横の枕を見るたびに涙が勝手に流れ出ていくが、いつしか――その先へと踏み出せる日が来るのだろうか』


『11月4日 火の日 地下の管理を任せていた使用人が消えた。重労働を強いたつもりは無いのだが……環境が良くなかったのか? 今後は二人で交代制を敷いた方が良いかもしれない』


『11月10日 月の日 リーゼリアン……どうやら私の誇りは予想以上に弱くなっているのかもしれないな。今日は夜盗の首を三度刎ねたよ。救いようのない罪人の首だというのに、人の死という連想がお前を思い出させる。静かに眠ったお前の顔を思い出してしまうのだ。まさか職務の後に吐いてしまうとは思わなんだ。今の私にはこの刑吏剣は重たすぎるのかもしれないな』


『11月14日 金の日 カイルの様子がおかしい。話しかけても呆けていることが多くなり、朝も起きれなくなってきているようだ。あぁ……既視感を覚える。止めてくれ……それだけは止めてくれ』


『11月18日 火の日 カイルが倒れた。意味が分からない』


『11月19日 水の日 カイルの熱が収まらない。止めてくれ……止めてくれ……』


『11月20日 木の日 医師は疲労から来る熱だという。嘘はいらない。真実だと言うのならば、私の目を見て話せ。止めろ……』


 その後は何かを書きなぐった跡が見受けられたが、文字として認識することはできなかった。


「……いや」


 ぐちゃぐちゃに走った線の中に、唯一読める文字があった。


『終わった』


 その言葉だけで何があったのか、容易に想像ができる。


 俺は日記を閉じ、元の場所へと戻す。


 ――なるほど、彼から感じた諦観に近い空気は……もしかしたら家族に起因したものだったのかもしれないねぇ。愛妻家だとは聞いていたけど、俺の想像以上に家族に対しての愛情が深い人物だったのかもしれない。……とはいえ、いくらなんでも4年前の出来事なんだよねぇ。今もなお当時のことを引きずっている? いや…………そういう風には見えなかった。どちらかというと――――。


「レジストン様」


「ん、見つかったかい?」


「はっ、本棚の裏側に隠し扉がありました。音の反響の仕方からして、間違いなく地下への道かと思います」


「よし、それじゃ早速行ってみようかねぇ」


「はっ!」


 俺はケビン侯爵に対する思考をいったん閉じ、直面している現実へと向け直した。


 クアンタが本棚の奥にあるレバーを引くと、音を立てて棚がずれていき、やがて奥へと通じる扉が姿を見せた。仰々しい鉄製の扉だ。鍵はかかっていないようで、摩擦による重い抵抗はあるものの、開けることは可能なようだ。


 クアンタが扉を開けると、僅かに湿度を含んだ空気が足元を通り過ぎていったように感じた。


 俺たちは互いに頷き返し、扉の向こう――地下へと続く石階段を下っていった。



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