102 高位弾劾調査 その2【視点:レジストン】
すみません、所用が立て込んでまして、ちょっと間が空いてしまいました~(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾
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「どうです、お茶でも飲んで一度寛がれるというのは。最近良質な茶葉が入りましてなぁ……精霊種領で採れた――」
「結構」
余裕という文字を顔面に貼りつけたケビン侯爵が茶を勧めてきたが、言葉で突き放す。
「我々は遊びに来ているのではない」
「ほぅ、まあその衣装を見る限り、そうなのでしょうな。では如何なる事情で参られたのか聞いても?」
「それを教える義務はない」
木製の床に豪奢な絨毯が敷かれたエントランスへと進む。
俺が右手を上げて制すと、後ろの4人も足を止めた。
「この屋敷の見取り図は?」
「見取り図を持ってきなさい」
「はい……」
俺の言葉を聞いたケビン侯爵は、即座に近くに控えていた執事に見取り図を持ってくることを命じた。執事の背中を視線で追っていると、その隙間時間を埋めるように再びケビン侯爵が口を開く。
「しかし、噂の域を出ないと思っていた高位弾劾調査員なる存在に出会えるとは、人生何が起こるか分かったものではありませんな。太く長く生きてみるものだと実感したところですわ、はっはっは」
五指全てに宝玉が煌めく指輪を反射させながら、大仰に肩を竦めるケビン侯爵をフードの下から注視する。
「……」
はっきり言って、余計な装飾に塗れた言葉ばかりを吐き出すこの男の言葉を、真面目に吟味する意味はほぼない。こういった人種はどうでもいい言葉を並べて本質を隠そうとするからだ。
平常心を保っている今、彼に何を問うたところで論点をぼかした曖昧な答えしか返ってこないだろう。
高位弾劾調査は、無許可無承認で完全なる王命の元、法外な調査が許される。この調査を対象は拒むことは許されないわけだが、受け入れた上でこのように無用に言葉を投げかけること自体に制限はない。
ケビン侯爵も刑吏を担当する侯爵家として、そのあたりのことは良く理解しているのだろう。どこで邪魔をし、どこで身を引くか――自身が最大限にこの場で動ける領域というものを把握しているように見える。
となれば、調査を終えるまで彼の妨害は続くだろう。
それが言葉だけなら良いが、最悪――死人に口無し、を強行してくる危険性も考慮しておかなくてはならない。普通に考えれば王命によって出向いた使者を殺害するなど、あり得ない選択肢だが……追い詰められた獣が何をするかは正直読めない。
――ま、一応そういったことへの対策も準備はしているけどねぇ。
「しかし随分と小柄な調査員の方もいらしているようですな。役目が役目だけに、こういった事態に任命される者は屈強な体格が相場かと思っておりましたので、いささか驚きましたぞ」
「……」
ケビン侯爵の世間話の矛先を向けられた、小柄な同行者はそれを黙殺する。
その不遜ともとられる態度に気を悪くした様子もなく、彼は肩をすくめるのみであった。
やがて執事がエントランスへ戻り、手にしていた見取り図をケビン侯爵経由で手渡される。俺は4枚の見取り図を捲っていき、予め部下から報告のあった間取りと頭の中で照合していく。
見取り図は地下1階、1階、2階、3階の4階層が記されていた。
「地下は一階までか?」
「そうなりますな」
「そうか」
見取り図を丸めて隣に並び立つ同行者に渡し、俺は今後の方針を口にした。
「よし、それでは調査を開始する。ケビン=リンウェッド侯爵ら、この屋敷に与する者は全て――一時的に我々が取り決めた部屋に待機してもらうことになる」
俺の通告にエントランス内にいた連中がざわつく。
まあ当然の反応だろう。いくら国が定めた制度とはいえ、無断で入り込んできて、挙句の果てに全員軟禁状態にすると言っているのだ。しかも王家・公爵の次に権力を持つ侯爵家に対して、である。カビが生えていてもおかしくないほど施行されなかった高位弾劾調査ということも相まって、感じる理不尽の程度はかなり大きいだろう。
しかしそんな中でも、もっとも反感を覚えるべき人物であるケビン侯爵だけが冷静だった。
「なるほど、期限はいつ頃までになるのですかな? 確か……私の記憶が正しければ、高位弾劾調査は最大1日を限度と定められていたはずですが」
「分かっているなら話が早い。明日の3時。それが期限だ」
「かしこまりました、従いましょう。食事についてはどのような流れで?」
「今日の夜、明日の朝、明日の昼に用意する。料理人についてはこの屋敷に勤めている者を借りることにしよう」
「それは助かりますな。さすがに突然、素性の知れぬ者が作った料理を喰え……などと言われましては、さすがの私も喉を通らなかったでしょうからな」
「……お前たちの監視には、この者たちを配備する。決して愚かな考えはしないことだな」
俺の言葉を合図に、三人の高位弾劾調査員が前に出る。
「監視役……ですか」
ケビン侯爵のつぶやきは、おそらく監視役をつけられたこと自体に向けたものではないのだろう。その視線は三名のうちの一人――先ほど「小柄」と称した高位弾劾調査員に向けられていることから、荒事が生じる可能性が高いと普通考える監視役に、この小柄な高位弾劾調査員を配備した意味を考えていることが分かる。
「全員、油断せず監視に励むように」
と口で言いつつ実のところ、ケビン侯爵の考えとは別の意味で……心配だ。
個人的にはこの人物をこのような場所に連れてきたくはなかったのだが、このリンウェッド侯爵家から確固たる証拠をつかむことは、おそらく……かなり大きな前進となる。ゆえに失敗は許されず、可能な限り様々な有事に対応できる人物を用意する必要があった。
――とはいえ、この人選は、ねぇ……。
願わくば暴走してやりすぎませんように、と内心願いつつ、俺は左手を上げて「くれぐれも見張っていてください。二重の意味で」と他の二人に伝えた。
俺の仕草だけの言葉は正確に伝わり、二人は静かに頷き返し、残った小柄な要注意人物はちょっと不機嫌そうな態度をとった。
――ほら、そうやって態度に出ているところがもう心配なんですよ。
「監視付きの待機、謹んでお受けいたしましょう。それで、どちらに籠っていれば良いですかな?」
ケビン侯爵の言葉に僅かに顔を上げ、俺は屋敷の間取りを脳内に浮かべ、調査に邪魔にならない位置にある大部屋を指定することにした。
「屋敷3階の西奥、ダンス部屋があるな? そこで待機してもらおう」
「なるほど……確かに広さに不十分はございませんな。ところで日を跨ぐならば寝具などの運び入れも行いたいところなのですが、それは構いませんかな?」
「…………許可しよう。ただし、こちらが指定した使用人および侍女のみに運び入れの許可を出す。それ以外はダンス部屋で待機だ」
「ええ、それで問題ありませんよ」
「……では屋敷内の者全員をここに集めよ。集まり次第、指定した部屋に移動を開始してもらう」
「それでしたら時間を割いていただく必要はありませんな。このエントランスにいる者で全員でございます」
ケビン侯爵の言葉を受け、俺はエントランスに続々と集ってきていた屋敷の連中を見やる。
目算でざっと30名ほど。確かにこの規模の屋敷に勤める人数としては、おかしくない数である。こういう時にどの屋敷にどれだけの人数を雇い入れていいるのか記録があれば助かるのだが……今後の王政の中で、貴族の活動範囲における在勤記録などの提出を義務づけるような制度があっても良いのかもしれない。
――やれやれ、俺の<模写解読>に、透視の能力でもあれば助かったんだけどねぇ……。
「期限内に訪問予定のある者はいるか?」
「おりませんな」
「分かった、それではケビン侯爵らは移動を。こちらは邸内の調査に移行する」
その指示を皮切りに、エントランス内の人間が二手に分かれる。一つはケビン侯爵らを軟禁しておくために移動を。一つは俺ともう一人でこの広大な敷地内の調査へと出向く。
「レジストン、気を付けるんだよ」
すれ違いざま、監視側についた一人が俺に声をかけてくる。
「ええ、どうかそちらも……決して無理はなさらないでください」
「はは、こちらは大丈夫さ。なんせ心強い味方が二人もいるんだからね」
「そのうちの一人が若干心配なのですが……」
「こらこら、そんなことを言ってしまうと……ほら。また不機嫌になってしまうよ?」
立ち止まってこちらを向いている小柄な影を遠目に確認し、俺は小さく溜息をついてから意識を切り替えた。
「では――また後程」
「うん、宜しく頼むよ」
そのまま彼らの背を見送り、俺は俺でやるべきことに注力するため、踵を返す。
見取り図を抱えたもう一人の調査員――クアンタと共に、エントランスを後にした。
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「クアンタ、どうだった?」
「地下が1階まで……というのは嘘のようです。また、他の事柄については、特に焦りなどの感情の起伏は無かった模様です」
「そうか……ま、おおよそ地下については予想がついていたけど、何を考えているのか分かりづらい相手だねぇ」
もう少しぐらい揺さぶりをかけておくべきだったかな? いや……突っつきすぎて変に暴走されても厄介だ。今は向こう側にも余裕を持たせておいた方がいいだろう。
「ケビン侯爵の余裕の背景にあるものは何だと思う?」
「はっ、おそらく『絶対に見つからない自信』か……もしくは『私たちを帰さない自信』といったところでしょうか」
「ま、そんなところかねぇ。普通に考えれば前者なんだろうけど……後者に転がるんだとすれば、ケビン侯爵は王家――いや、ヴァルファランそのものに喧嘩を売ろうってことになるね」
「高位弾劾調査は王命ですからね」
「うん、そうだねぇ。あぁ、クアンタ。ところで人間がどんな状況に対しても動じず、心が澄んだ水面のように落ち着き払った心境になるって、どういう時があるか分かるかい?」
長い廊下を歩きながら尋ねると、彼は僅かに考えた後、素直な回答を返してきた。
「やはり、絶対的な自信……でしょうか。もしくは、鋼のように硬い信念を持っているか」
「あぁ、それも正解さ。だけどね……人間、何も前向きな時ばかりがそういう心境を引き起こすわけでもないんだよ」
「……それは」
「――諦観、さ。全てを諦めた人間は何よりも……動じないことがある。だって、どうでもいいんだからねぇ。何があったとしても諦めの境地の中では無意味。まるで他人事のように感じてしまうのさ。そういった人間は全てが惰性に感じてしまい、感情の波が起きなくなってしまう」
「……まさか、ケビン侯爵は」
「いいや、それは分からないよ。言っただろ? 分かりづらい相手だって。そうだねぇ……これはただの勘、かな? 短い時間ではあったけど、彼との会話には人間味を感じさせるモノがあった。けれども同時に人が物事に対して感じる、忌避感や嫌悪感などの壁も薄いように思えたんだ。それが何を意味するのか……この調査の果てに少しでも見れるといいんだけどねぇ」
「嘘はつく……しかし、そこに感情の揺さぶりはない」
クアンタの思案から零れる言葉に、俺は頷き返す。
ケビン侯爵は確かに、地下が一階までしかないという嘘をついた。それは間違いない自信が俺たちにはある。
嘘をつく人間は、隠し通したい何かがあるから嘘をつく。もちろん相手を気遣っての嘘も実在するが、この場においてそれは無いだろう。
しかしケビン侯爵に嘘をつく事情はあれど、それを隠し通そうとする気概のようなものは感じなかった。
この微妙な矛盾。
それが何なのかは分からないが、この調査の先にその答えがあるというのだろうか。
「レジストン様」
「うん?」
「もう一点だけ『音』について報告があります。ケビン侯爵の感情は一貫して動じないものでしたが……一つだけ僅かに揺らいだ時がありました」
「……それは、いつだい?」
「タイミング的には彼が『人生何が起こるか分からない』と口にした辺りだと思います。僅かに悲しみを帯びた感情があったと、情報が飛んできました」
「悲しみ、ねぇ」
人生、という言葉に何か感じ入るモノがあったということなのだろうか。
何かのヒントになるかもしれないので、頭の隅に留めておくこととしよう。
「よし、クアンタ。さっそく『音源』を探してもらうよ。事前にこの屋敷の地下から聞き取った――例の声の主を探し出すんだ」
「はっ!」
屋敷の住民を一か所――それも3階の奥へと移動させたおかげで、屋敷の一階部は静まり返っている。この状況ならば、より一層、彼の能力を生かすことができるだろう。
さて、いったい何が屋敷の下に眠っているのか。
願わくば王都の底に潜む闇を暴く手がかりにならんことを祈るばかりだ。