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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第三章 操血女王のクラウン生活【旅路編】
200/228

99 破滅進軍 その2【視点:イルファーニ=マラキア】

ブックマーク、感想ありがとうございます~(〃’∇’〃)ゝ

おかげさまで今回で200部に到達しました!応援してくださる皆々様、いつもありがとうございます!

前回に続き、多少の残酷描写がある回なので、苦手な方はごめんなさいm( _ _ )m


いつもお読みくださり、ありがとうございます~♪

 馬力のある重馬種2頭が引く大型の馬車に乗り込み、炎に包まれた国を背中に街道を走る。


 背中越しに民たち、国を護るために立ち向かった騎士たちの強い悲歎ひたんの思念が追いかけてきているように感じ、わたしはギュッと身体を丸め、目を閉じた。


「イル、少し休みなさい」


 断続的に揺れる馬車の音に紛れて、お父様の言葉が耳に届いた。


 反射的にわたしは顔を上げ、就寝時そのままの格好で角に座るお父様を見つめた。


「お前はこれからのマラキアを担っていく身。今は心身を休め、その時が来るまで力を温存していなさい」


「お父様……! これからって何ですか? ……その時って何なんですか!? もうっ、国は……国はっ!」


「イル! マラキアはまだ死んではおらぬ……我らがいる限り、マラキア王国は此処に在り続けるのだ」


「でも……、でもっ! お父様はいつも仰っていたじゃないですか! 民失くしての国など有り得ぬ、と! 民は……マラキアの民は先の災禍でッ!」


「……お前はマラキア国民が全て死に絶えたと――信じているのか?」


「あっ……」


 死に絶えた。その直接的な言葉がわたしの頭を強く叩く。


 マラキア王国、国王陛下ロゼフ=マラキアの娘にして、王女という立場にあるこのわたしにとって、その言葉は何よりも強烈で――痛かった。


 お父様はそんなわたしの心情も見通しているかのように、口調を変えずに話を続けた。


「私はそうだとは思っておらん。万を超える軍勢が我が国を囲い込み、逃げ場すら潰した上での侵略ならば絶望的ではあるが……今回は未知なる力こそ持てど、相手はおそらく少人数。その目を盗んで生き延びる者も少なくはないだろう」


「…………っ」


「それは我々がこうして崩壊する城から抜け出し、追手もいない状況でハルカラに向かっていることが何よりも証拠だろう」


 友好国である隣国ハルカラにわたしたちの乗る馬車は向かっている。それも大型の馬車が悠々と通れて、かつハルカラまで最短の距離を行ける広い街道を走って、だ。もし襲撃に来た者たちが人海戦術を行えるほどの多数で来たのであれば、とうに襲われてもおかしくない場所であることは、戦術にさほど明るくないわたしでも分かることだ。


「イル……今の私たちに出来ることは、なに?」


 すぐ横に控えていたお母様が優しく諭すように、問いかけてくる。


「国を……民たちを護り、導くために最善の手を……尽くすことです」


「そうね」


 わたしが無意識に膝の上で握りしめていた拳に手を重ねて、お母様は柔らかく微笑んだ。その笑みがわたしを安心させようと無理しているモノだと分かっていても、わたしの心は波が引いていくように落ち着きを取り戻していった。


「そう、最善だ。私たちは騎士でもなければ、対抗しうる武力を持っているわけでもない。民を護るために、一夜で国を沈めるほどの強者に立ち向かったところで、無残な死を迎えるだけだろう。それは結果的に民を護ったと言えるか?」


「……いいえ」


「そうだ。では今の窮地において、我々が取れる最善とは何だ?」


「…………隣国ハルカラに向かい、敵の情報共有、物資救援とマラキア国民たちの受け入れを依頼します。…………そして、わたしはハルカラ王国のベテス王子と婚約を結びます」


「……正解だ」


 婚約、という言葉にお父様は眉間の皺を増やす。


 ベテス王子。ハルカラ王国の王位継承権1位の第一王子だ。


 以前より婚約の話はあったものの、女好きという噂もあり、その真偽を確かめるまで婚約の話は保留とさせてもらっていた相手だ。お父様はわたしをいつも大事にしてくれているから……「友好国と言えど、そんな輩に娘はやれん!」っていつも怒っておりましたものね。


 でも今はそんなことを言っている場合ではない。


 わたしが彼と婚儀を交わすことで、マラキアの足跡が残り――両国間の友誼がより強固になれば……きっとマラキアの国土から逃れた民たちを救うための交渉も進めやすくなるだろう。


 ハルカラ王国は、まだマラキアに何が起こったのかは知り得ていない。


 マラキア王国が滅亡寸前だと知られれば、いくら友好国だとしても、手のひらを返して友誼を断ち、逆にわたしたちを匿う代わりに多くの条件を提示してくる可能性もあるわけだ。だから情報が届いていない――今が重要である。


 ハルカラ王国に着けば、交渉がすべての鍵となるだろう。


 いかにこちらの不利を見せずに、わたしとベテス王子の婚約を成立させるか。成立させる際に、国家間にどのような条約を結ばせるか。その壁さえ乗り越えられれば、ハルカラ王国もわたしたちを無碍に扱うことはできなくなり、か細くなったマラキアの残された道も少し広がるはずだ。


 それでも不安は残る。


 仮に婚約まで漕ぎつけたとしても、わたしたちの国力は底に近い。つまりハルカラ王国にとって、何ら得になるものが残っていないのだ。あるとすれば、まさしくわたしの存在ぐらいだろうか。


 だから武力行使による決断をハルカラ王国が取った場合、わたしとの婚約成立など紙屑のように扱われ、全ては無に帰す結果となる危険性もあるということだ。そうなればマラキアは事実上の滅亡となり、わたしは愛妾扱い、お父様たちはどんな待遇を受けるか分かったものではない。


 ――ハルカラ王国の人としての矜持に懸ける……しか、ないわ。


「…………」


 怖い。


 遠くはおろか、足元すらも真っ暗闇のこの道を、わたしは歩いていけるのだろうか。


 わたしたちに残された「最善」は、あまりにも綱渡りで……脆く崩れやすい道だ。でも進むしかない。わたしたちは騎士ではないけれども……この絶望的な状況を、覚悟と誇りという名の剣で切り拓くのが、王族としての務め。何としてでも成功させなければならない。仮にわたしたちの身にどんな末路が来ようとも、民たちの安全だけは確約させなくてはいけない……!


「イル……」


 気付けばわたしは震えていた。そんなわたしをお母様は優しく抱きかかえ、共に涙を流してくれる。


「交渉は私と宰相に任せろ。お前は……毅然と、マラキア王国の王女として前を向いていれば良い」


「はい……お父様」


「…………すまんな、私はお前に父として、結局何もしてやれんだったな……」


 厳しい表情の隙間に、父としての感情が垣間見える。国王として国の期待を一心に背負って歩み続けた、自慢のお父様。


 ――分かっております。お父様とお母様がいかにわたしを大事に育ててくれていたのかを。わたしがこうして今、不安に押し潰されそうになっても……それでも崩れ落ちないのは、お父様とお母様が決して折れてはいけない芯というものを教えてくださったから。だからわたしもお二人の子として、最後まで責務を全ういたします。


「いいえ。それぞれの最善を――全ういたしましょう」


 わたしがハッキリとそう告げると、お父様は少し驚いたように目を見開いた後、フッと自然な笑みを浮かべて「うむ、それでこそマラキアの王族である」と言ってくれた。


「ふふ、イルは私と貴方の誇りですわね」


「ああ」


 お母様とお父様の言葉に少し照れてしまったわたしは、今はお父様の言う通り、体力を温存すべきだと判断し、お母様の胸の中で目を閉じていった。


 ハルカラ王国に着いてからが本番だ。何があっても、背中を伸ばして堂々としなくては。そのためにも休息をきっちり取って万全の準備を。決意が固まると途端に眠気が襲ってくる。


 わたしはお母様の温かい手に頭を撫でられながら、ゆっくりとその瞼を閉じていった。



***********************************



 重馬の嘶きが響き、馬車が急停止した。


「きゃ!?」


 一気に眠りから覚醒し、わたしはお母様に体重を預ける形で悲鳴を上げた。


「何事だ!?」


 同乗しているジューク宰相の怒号が響いた。おそらく御者台に向かって言葉を投げたのだろう。


「た、大変です…………ハ、ハルカラ王国がッ!」


「なんだ、ハルカラ王国がどうした!? 報告は短く正確に伝えよ!」


「そ、それが……な、なんと言ったら良いか……!」


 御者を代行してくれていた騎士の歯切れの悪い物言いに、ジューク宰相が舌打ちをする。


「ジューク、外に出て確認しよう」


 お父様はこんな時にも冷静さを失わずに、提案した。


「ですが……」


「君、敵影などは?」


 渋るジューク宰相を目で制し、お父様は御者台へと確認を投げた。


「い、今のところはありません!」


「だそうだ。状況というものは時に己の目で見ねば理解できぬこともある。今はとにかく時間が惜しい。何が最も効率的かを優先して動くのだ。人伝に情報を吟味し整理するよりは、自身で確かめる方が圧倒的に早いであろう? 行くぞ、ジューク」


「はっ……お心のままに」


 お父様の言葉に馬車の中の誰もが同意する。


 わたしたちもお父様の背中を追うようにして馬車から足を降ろし、外へと身を乗り出していく。


 馬車が停止した場所は、ちょうど高台のようなところになっており、緩やかな崖の先を見下ろせるような場所になっていた。


 時刻はちょうど日の出の時間だったのだろう。


 視線の先――地平の境界から世界を照らす太陽の光が見え始めていた。


 いつもならば、新しい日を祝福する太陽の温かな光。わたしの大好きな世界の在り方の一つでもある。


 しかし今日。


 そんな太陽の光も、時には残酷な現実というものを照らしてしまうのだと――知ることになってしまった。


「そんな……馬鹿な。王都……が……!」


「あ、あり得ぬ……こんな、ふざけたことが起こっていいはずが……!」


 ジューク宰相とお父様が、呆然と声を震わせ、思いの丈を零していく。


 わたしは……ただただ言葉を失うだけだった。



 ハルカラ王国の王都ルーグチトスが――滅んだ。



 端的に状況を言い表すならば、その言葉が相応しいだろう。


 眼前に広がる光景。砂漠でもなんでもないハルカラの地には、幾つもの巨大な流砂が発生しており、その上にあったであろう建物が全て円形の渦の中へと沈んでいた。


 太陽の日差しが徐々にわたしたちの方へと伸びてきて、比例して変わり果てたハルカラの姿が、より鮮明に浮かび上がってくる。


 空へと舞い上がる粉塵。ルーグチトスで最も背の高かった王城すらも、幾重もの亀裂によって断裂し、辛うじて流砂から顔を出している状態である。マラキア王国と同じく、そこには破滅の爪痕がしっかりと刻みこまれていた。


 まるで跡地にでもなってしまったかのような、廃れた風景だ。


 一月前にハルカラ王国の王族主催の華やかなお茶会へ招待された記憶が呼び起こされる。街を通れば笑顔に溢れるハルカラ国民たちが出迎えてくれ、賑やかな商業区は活気にあふれ、和気あいあいとした生活区には治世に支えられた温もりがあった。王城には色とりどりの花が咲き乱れる素敵な庭園が広がり、荘厳な建築技法によって建てられた城の外観は、それはもう感嘆の息を吐くほどだった。


 平和だった。少なくとも一月前までこの場所は――平和だったのだ。我が国のように。


 しかしそれは一夜にして崩壊し、全ては色褪せた無機物のように変わり果ててしまった。


 ハルカラもマラキアも、国土は広くない。主要都市である王都に人口の9割が住んでおり、残りは元々は原住民であった部族たちが住まう集落がある程度だ。つまり、両国ともこうして王都が落とされたことで、国としての機能を完全に失ってしまったことになる。滅んだも同然なのだ。



「おや――合流には早いと思いましたが、これはまた予期せぬ来客のようですね」



 誰もが言葉を失う無音の世界に、聞きなれない声が響く。


 いち早く行動に映せたのは、御者を担ってくれていた騎士だった。


「何奴!?」


 ロングソードを抜き、わたしたちの背後側へと走っていく。それに合わせて、状況に頭が追い付かず、抜け殻のようだったわたしたちも何とか後ろへと振り返ることができた。


 そこには――わたしの二倍以上はあるだろう長身の者が佇んでいた。


 黄土色の装飾が走った礼装のような装いを着込み、頭部を覆い隠すようにフードを被り、その顔は薄い黒のベールに包まれていた。ベールには妙な文様が描かれており、その奥に潜む表情は窺い知れない。


「…………何者だね」


 さすがお父様だ。この僅かな時間で何とか平常心を取り戻し、冷静に言葉を口にしている。


「突然名乗れとは失敬ですね……ですがまぁ、構いません。私は礼節を重んじる代行者。最上の御方の名を貶めるような無礼は行いません。さて、名……でしたね。我が主より受け賜わりし符号は――土棲之伍号どせいのごごう。あなた方は?」


 ――どせいのごごう?


 呼称として聞きなれない響きに、わたしを含めた全員が眉を顰める雰囲気が生じた。


「……我らはマラキア王国より参った使者である」


 お父様はあえて王族という点を伏せ、使者を名乗った。さて、この異様な法衣を着込んだ者はどう出てくるのか……誰もが固唾を飲む中、どせいのごごうは「ふむ」と首を傾げた。


「入れ違い……いえ、時間的には逃げ延びてきた、と見るべきでしょうね。やれやれ、大雑把な仕事の仕方は彼の短所ですね」


「入れ……違い?」


 ジューク宰相の反芻に応えるように、どせいのごごうは長い腕を振るう。


「――――ぺ」


 空気が漏れる音と共に、パァンと前方を護っていた騎士の頭部が()()()()。頭部を護っていた甲冑も何もかもが飛沫と化して、首から上が飛び散っていった。飛沫が地面に染みを広げたと同時に、彼の首から大量の血液が空に舞い、わたしたちはそれを阿呆みたいに口を開けて見送っていた。


「結構。彼が取りこぼしたゴミは、私が掃除しておくとしましょうか」


 淡々と喋る長身の影を前に、わたしたちはようやく理解に至った。



 ――目の前にいる破滅の使者こそが…………ハルカラ王国を滅ぼし、そしてマラキアの最後の灯火を消す者なのだと。



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