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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第一章 操血女王の奴隷生活
20/228

19 男爵家の闇 その2

 あれこれ考えていた間に自分でも気づかないうちに、相応の時間が経過していたらしい。


 扉をノックする音にわたしは肩をはねさせ、プラムは期待を露わにした。


「入ってもいいかな?」


 その声はここ数時間で飽きるほど耳にした声であり、扉の向こうにいる人間がデブタ男爵であることの証明となった。


「は、はいっ」


 わたしが何か言う前にプラムが返事をしてしまう。


 仕方ないので、わたしは彼女の膝上から頭をどかし、上体を起こした。


 まだ色々と考えがまとまっていなかったけど、致し方ない。

 こうなったら、本人から何とかして情報を引き出させる方に集中しよう。


 違和感を抱かせない様に、わたしもプラムに倣って一緒にドアの前までついて行く。


 プラムがノブを回して開けた扉の向こうには、やはりデブタ男爵がいた。


 地下の廊下は暗い。


 侍女が案内した際も通路に設置された燭台の灯りがあったものの、物の陰や隅は暗闇に包まれていた印象だ。その暗がりからぬっと、デブタ男爵の顔が浮かび上がってくる様は、迂闊にも声を上げてしまいそうになる。


「でゅふ、ごめんねぇ。家族の団欒に華が咲いちゃってねぇ、遅くなってしまったよ」


「ふふ、男爵様のことですから、きっと素敵なご家族様なのでしょうね」


「そうだよ、おでも妹も家族思いだからねぇ。でゅふふ、ついいつも話が長くなってしまうんだぞ」


「……?」


 ――妹?


 こいつに妹がいるのか。

 この口ぶりだと、上で食事をしていたというのは妹ということになる。

 それ自体はなんらおかしいことではないけど、なんだろう……何かデブタ男爵の表情に引っかかるものを感じる。


「まあ、きっと愛らしい妹様なのですね。私にも妹はいたのですが……もう会えないかもしれないので……、少し羨ましいです」


 プラムお姉ちゃん……。


 その言葉にわたしは心が軋むのを感じた。


 馬車の中での彼女の態度に、わたしと同年代の近しい存在がいるんじゃないかと思っていたけど、やっぱり妹だったのか。


 彼女の口ぶりから決して良い結果になったとは思えないが、それでも「死」を連想する明確な言葉は出なかった。それは避けているのか、安否が分からないせいなのか。いずれにせよ、わたしという存在が彼女の傷に対して、仮初とはいえ緩衝材になっているのなら嬉しい。


「君の境遇は館長から聞いてるぞ。でゅふぅ……なに、おでに任せてくれれば、その苦しみから解放してあげるんだぞ」


「……ありがとうございます」


 気を遣ってくれたと思ったのか、プラムは恭しく頭を下げる。


 彼の言う「苦しみからの解放」とはあの匂いのことを指しているのだろうか。

 だとしたら、そんなもので人の心が救われるかと言われれば、大間違いだ。


 本人の意志に関係なく操作されて、それで過去の苦悩を忘れることができるというなら、それはもはや人ではなく、人形である。


 何を幸せに思うかは人の勝手だから、わたしがそれに口を出す権利がないことも分かっているが、少なくともプラムはそれを望むと口にはしていない。あくまでもデブタ男爵が独断で行った行為だ。


 ゆえにそれは看過できない。


 もっとも彼がプラムを救おうと「アビリティ」なる匂いを使ったかどうかについては、正直、違う思惑があるとしか思えない。人を救うなどと大儀を掲げる人間が、奴隷館なんぞに行くものか。


「ああ、そろそろ部屋に入れてもらえないだろうか?」


「あ、も、申し訳ありませんっ! 出入口付近で立ち話なんてさせてしまって……」


「でゅふふ、いいさいいさ。おでとの話に興味を持ってもらっている証拠だからねぇ、でゅふっ、嬉しいことだよ」


「あ、ありがとう……ございます」


「……」


 二人のやり取りを冷めた目で見届けつつ、わたしはデブタ男爵の視線が向いた時だけ笑顔を浮かべつつ、彼の動向を注意深く観察した。


 彼は何処からか木製の椅子を持ってきていたようで、それを部屋の片隅に置いて、ドシッと腰を下ろした。


「君たちもベッドに座りたまえ」


「はい」


「わかりました」


 指示通りベッドの端に腰を下ろし、わたしとプラムはデブタ男爵に視線を送る。


 ――さて、どう出てくるか!?


 そう思って、警戒心をマックスに身構えていたわたしだが、結果的にそれは不発に終わった。


 デブタ男爵が自分のことや男爵家の話をするだけの時間が過ぎていき、やがて頃合いを見計らって、彼は自室へと戻っていったからだ。


 去り際に「おやすみなんだな」と言っていたあたり、今日はもう足を運ばないつもりだろう。


 なんだか……拍子抜けだった。


 いや、別に期待の類は一切ないし、何事も無く終わって安心しているわけだが――おかげで彼の思惑が読めなくなり、わたしとしては聊か消化不良なものであった。


 チラリとプラムの横顔を覗き見ると、彼女は胸元に手を寄せて切なそうにデブタ男爵が出ていった扉を見つめていた。


 こ、こら……プラムお姉ちゃん!

 期待が外れた――みたいな顔をして悲しそうにしないで!


 そういう行動を積み重ねるごとに、正気に戻った時が辛いんだぞ。


 わたしは正気に戻った際に、良く吐かなかったと自分を褒めてあげたいぐらいだ。

 最近、魔力欠乏で吐き癖というか、吐くことに慣れてきそうな自分がいて、怖い。


 時刻は不明だが、おやすみ、と言われる時間帯ならば夜なのだろう。


 ……そういえば、わたしたちって夕飯、食べて無くない?


 意識し始めると現金なもので、わたしのお腹はきゅうと音を立ておった。

 は、恥ずかしい。


「セラちゃん、お腹空いたの? そういえば色々あって忘れてたけど、私たちって夜ご飯食べてなかったね……」


 プラムも腹部をさすっているあたり、気持ちは一緒らしい。


「お屋敷の人に何か余ってるものがないか、聞いてこようかな」


「だ、駄目だよ、プラムお姉ちゃん!」


 そこで世話好きスキルを発揮しなくてもいい。


 侍女も言っていた通り、デブタ男爵の同伴無しに勝手にうろつけば問答無用で斬り殺される危険がある。最初に会うのがデブタ男爵なら大丈夫かもしれないが、それ以外の人間に会ってしまえば、無事にことが済む可能性の方が低いと見積もっていいだろう。


「ほ、ほら……怖いお姉ちゃんも勝手に出歩くなって言ってたし……」


「う、うん……そうだね」


 素直に頷いて浮きかけた腰を戻したことにホッとした。


 わたしのために奴隷業者に啖呵を切ることだってある彼女は、誰かのために衝動的に行動しがちな性格なのかもしれない。


 見た目は大人しそうな外見だというのに。

 その気持ちは嬉しいのだが、守る対象として考えれば、その行動力は不安要素なのだ。


 これは早々に寝ちゃった方が安全かもしれない。


 寝てしまえば、彼女が何かに心を突き動かされることもない。

 わたしも自由に行動できる。一石二鳥だ。


「お姉ちゃん……わたし、眠くなってきちゃった。お姉ちゃんも寝よ?」


 わざとらしく目尻を擦りながら、ねだるようにプラムに言葉をかける。


 プラムは「そうだね」と一つ頷き、薄い掛布団を避けてわたしが布団の中に入れるようにしてくれた。


「セラちゃんは先に布団に入ってて。私は蝋燭の火を消したら、すぐに一緒に入るから」


「うん」


 言われるまま、わたしは布団の中に身を滑り込ませつつ、この後抜け出す際に布団が引っかかってプラムを起こさないように、掛布団の端を持ち上げて布団にたるみを持たせた。


 これなら布団をかぶった際に、多少どかしてもプラム側の布団が引っ張られることもないだろう。

 先に入ってしまったことで壁側になってしまったのは迂闊だったけど、体重の軽いわたしならプラムの体を踏んづけないかぎりは起こす心配は無いんじゃないかと高を括ることにした。


 わたしが布団に入ったのを確認して、プラムは出入口横の蝋燭の火をふっと息をかけて消し、室内は闇に包まれた。数秒後に探る様にしてベッドに体重がかかり、わたしの横にプラムが入ってきた。


「おやすみ、セラちゃん」


「うん、おやすみなさい、プラムお姉ちゃん」


 本当の姉妹のように就寝の挨拶を交わした。


 やがて30分程度ぐらい経ってから、横で静かな寝息が立ち始める。


 きっと彼女自身、自覚している疲労以上に、身体と精神に疲れが蓄積していたのだろう。

 寝息を立てるプラムは、多少揺らす程度じゃ起きないほどの熟睡に入っているように見える。


 ――よし。


 場合によっては、この夜の探索が鍵を握ることだってある。

 わたしは可能な限り情報を集め、二人にとって有利に状況を運べるよう気合を入れた。


 こっそり布団を外し、壁際に手をつけながら細心の注意を払ってわたしは立ち上がった。

 プラムがいるであろう位置を精一杯短い足を延ばして乗り越え、ベッドから静かに降り立つ。


 目標は地下の探索――逃げ道がないかを確認しつつ、あわよくば一階の状況も把握すること。


 この屋敷にいる護衛とやらが何人いて、どの程度の力量を持ち合わせているのかは分からないが、遠目から警備の姿勢を見るだけで、おおよそ彼らの警戒度は確認できることだろう。


 静かにノブを回し、廊下に出た。


 廊下の蝋燭は消されていないのか、背が低くはなっているものの、灯りはまだ持続していた。


「……」


 堅い石畳に片膝をつけ、わたしは廊下の気配を探る。


 ――誰もいない。


 少なくともわたしが感知できる範囲に、動く存在はいなさそうだ。


 もっともわたしを超える実力の持ち主が潜んでいれば、その感知もアテにはできないわけだけど……そんなことを言っていたら何もできないので、わたしは多少のリスクには目を瞑って、地下を歩いた。


 地下には幾つか部屋があるようだ。


 廊下を周囲に警戒しつつ歩き進めていったが、おそらく「ロ」の文字を描くように地下廊下があり、その外側に等間隔で部屋が設置する造りになっているようだ。一周してわたしはプラムが寝ている部屋まで戻ってきた。その近くには一階に上がる階段がある。


 ぐるっと回って、ここ以外に階段はなかった。


 もしかしたら室内に何かしらの非常用階段があるかもしれないが、今のところ地上への道はここだけと見るしかない。


「……」


 さて、このまま地下の各部屋を探索するか、一階に出て警戒状況の確認を確認するか。


 少し迷ったが、わたしは地下の探索をもう少ししていく方向に決め、もう一周――今度は各部屋の確認をするために移動を始めるのであった。





次回は「20 男爵家の闇 その3」となります(^-^)ノ


2019/2/23 追記:文体と一部の表現を変更しました。

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