01 転生
――――……むっ?
ふと、意識が浮かび上がるのを感じた。
これは……もしかすると上手く行ったんじゃないだろうか?
わたしはちょっとした高揚感と共に、目を開こうとする。
まずは視界の確保が重要だ。
視覚からの情報が人間にとって最も多い情報量だからね。
「…………、…………っ」
グッ、グッと瞼を見開くイメージで力を入れているつもりなのだが、依然、世界は真っ黒のまま。
あ、あれ、もしかして失明してるんじゃ……などと若干の絶望を抱いたが、諦めずにわたしは目を開こうと何度も脳に指令を送る。
「~~~~っ!」
ピクッ……ピクピクッ、と痙攣に近い感触があり、これはいける! とわたしは瞼を開く行為に全力を注ぐ。
やがて……瞼が僅かに開いたのか、うっすらと隙間から光が漏れ込んできたのを認め、心の中で思わずガッツポーズしてしまった。
そこでふと疑問に思う。
さっきから、わたしの心中の思考や所作が、やや子供っぽいような気がするのだ。
はて、わたしは嬉しいとガッツポーズするようなお年頃だっただろうか。そんなナンチャッテ陽気キャラだっただろうか。
ああ、でもこれには何となく予想がついた。
ちょっとだけげんなりした気分になったが、今はとにかく目を開けて現状を確認することが先決だ。
――頑張れ、わたし! もう少しだ! ああ、違う……わたしはそんなキャラじゃ……でも頑張れ!
「…………」
強烈な光が瞳孔を焼くように埋め尽くす。
すぐに光に慣れず、未だ周囲の光景は真っ白のままだが、何度か瞬きを繰り返すうちに少しずつ視界の輪郭がハッキリとしてきた。
どうやら失明ではなかったようだ。
絶対にその可能性が無い、とは言い切れなかったため、わたしはそっと心の中で安堵の息を漏らした。
「…………」
視界に映るのは、空だ。
……どうやら仰向けになっているらしい。
うん、実にいい天気だね。
しかし何故だろうか。空はいい天気だというのに、視界の端々では地平の至るところから不穏な土煙が舞い上がっている。はて、つい先刻まで――似たような地獄を見ていたような気がするんですけど……大丈夫ですかね、これ。
これは早急に自分が置かれた状況の確認が必要となりそうだ。
わたしは、ふんぬっ! と力を込めて起き上がろうとする。
因みに何故そんなに力を込めたかというと、さっきから全身が弛緩したように力が入らないからだ。
きっと、この体にまだわたしの血が馴染んでいないせいだろう。
瞼の筋肉が先に反応してくれたのは、真っ先に脳に血が通ったためなのかもしれない。こうして思考が正常に働いているのだから、脳も稼働していることが間違いない。
しかし思考はクリア、瞼もようやくわたしの支配下に下ったというのに、それ以外の部位が全くといっていいほど動かない。顔の向きも満足に変えられない。
…………参った。
予想以上にこの世界に流れ込んだ血が少なかった、と見るべきだろうか。
これは少し時間をおいて、待つしかないかなぁ。
わたしは早々に結論をつけて、諦めたように全身の力を抜き、呆けたように晴天の空を眺めた。
……また土煙の数が増えたような気がする。
心無しか悲鳴のようなものも聞こえるんだよねぇ……。
剣戟の音も聞こえる。
前世では耳にすっかり馴染んだ争いの協奏曲。そんなものに今更動揺するなんてことはないけれども、だからといって聞いていて嬉しいものでもない。
できればすぐにこの場を去りたいところだが、体内に血が巡り、支配が終わるまでわたしは動くことすら許されない。
仕方ないので、現状、分かる範囲で情報を整理することにした。
まず、転生は間違いなく上手く行ったと言えるだろう。
失敗していたら、あの化け物に押しつぶされたままジエンド。わたしの意識は蘇ることなく、転生できなかったことを悔やむことすらできないまま泡沫へと消えていたことだろう。
では次に、この体にたどり着いた「わたしの血」について、だ。
実を言うと、わたしはこれまでに二度――転生を繰り返している。
わたしのこの身に宿りし能力の名は――操血。
何となく自分でそう呼んでいるだけで、学術名や固有名詞として高名な誰かに名付けられたものではない。表す言葉がないと不便だから、自分の能力をそう呼んでいるだけだ。
この能力は先刻の戦いのように、血を操り、形を変え、強度も変え、自在に繰り出すことが可能となる。自分の血を他者の血に混ぜれば、他者の血すらも操ることが可能な……他人からは倦厭されても致し方が無い力である。
それらはあくまでも局所的な能力でしかなく、わたし的には自衛の最終手段的な使い道程度の価値しかない。
いや……もちろんアレですよ? 暗殺だとかそういう用途にはかなり向いているし、凝固させたわたしの血はかなりの硬度を誇る武器にもなる。だから便利なのは間違いない。けれどここで言う「局所的」というのは戦闘面についてであり、前世のように戦いに明け暮れた世紀末世界にでも居座っていない限り、日常生活ではほぼ不要とも言える能力なのだ。
しかし操血の真の価値はそこではなく、その特性にあるのだ。
わたしの血は――世界を通り抜けることが可能なのだ。ちょっと何を言っているのか分からないと思うけれど、言葉にすると実際にそういうことなので、他に例えようがない。
わたしの中に流れる血に「転生」という特異な力まで備わっていることに気付いたのは、初めて死と直面した時だった。元々現実離れした能力だという自覚はあったけど、まさかそこまでぶっ飛んでいるとはその時までわたしも思っていなかった。
……その時は、随分と派手な死に方をしたのを覚えている。
確か操血の能力に胡坐をかいて、ヒャッハーと調子に乗っていた時代だ。科学に特化した世界で、裏社会中を義賊ぶりながら調子こいて暗躍していたわたしは、悪い意味で目立ち過ぎた。暗躍していたはずなのに、目立つっておかしいよね。まあ主観と客観なんていつの時代もずれているもんだ、気にしないでおこう。
ともかく、当時はなんでもできると勘違いしていたのだ。今になって思えば凄まじい黒歴史な時代だったが、その時の「世界はわたしを中心に回っている」的な高揚感は今でも忘れられない。ま、目立ち過ぎて、他所の縄張りも好き勝手に暴れ回り、裏社会そのものを危うくしたわたしは、裏社会の総意を背負った仲介屋の口車に乗せられているとは知らず、指示された廃ビルで次の仕事をこなそうと意気揚々と乗り込み、そこで脳天に銃弾を数発ぶちかまされて死んだ。
うん、何とも情けない最期だった。
死に際に「あへっ?」と抜けた声を出した恥ずかしい記憶も残っている。
――それが最初の「死」。
命が散っていくその時に、わたしは自分の血が何処かに流れていくのを感じた。
アスファルトや地面に沁み込んでいくのではなく、もっと深い――――深淵の何処か。それが世界と世界の狭間であると知ったのは、次の世界で転生し、目を覚ました時だった。
一度、以前の体から血が全て抜け落ちたせいだろうか。人、という固定概念から外れたことにより、わたしの認識は人間のソレより柔軟なものへと変質した。
同時にわたしはその時に初めて、操血の真の特性を理解した。それは知識として、ではなく――本能として理解したのだ。
ルールブックがご丁寧に用意され、それに目を通したわけでもないのに……しかし正しく、その能力の真髄を理解したのだ。実に不可解かつ奇妙な体験であったと今でも思える。まるでわたしの血がわたしに能力のことを教えた――いや、わたしの知識に強制的に刷り込んだ。そんな印象を抱かせた不思議な体験であった。
世界の狭間を渡る血液、それを体内に秘めさせることができる人間――それが、わたし。
――――セラフィエル=バーゲンなのだ。
2019/2/22 追記:文体と多少の表現を変更しました。