97 ぷちセラの正体?
ブックマーク、誤字報告ありがとうございます!
また多くの感想をいただきまして、100件目を迎えました(*'ω'*)
それだけ多くのお言葉を頂けているという幸福に感謝いたします♪
いつもお読み下さり、ありがとうございます~(⁎˃ᴗ˂⁎)
「――で、この子は一体なんなの?」
「銀、平静を装っているところ申し訳ないのだけど、視線がぷちセラに固定されたままよ」
「ぐっ……!」
赤に「人差し指を向けると面白いわよ」と言われて、ついついその通りに行動してしまったわたしだが、今は後悔している。
わたしの視線の先には、人差し指に巻き付くような姿勢のぷちセラがくっついていた。何かに抱き着くような体勢が安心できるのか……ぷちセラはだらしない顔を浮かべながら、わたしの指の第二関節あたりを甘噛みしつつ、マッタリとリラックスしていた。
――く、駄目よ……耐えるの、わたし! こんなことで挫けたら赤の思うツボだよ!
「こら、チビ……もうそろそろ降りなさい」
思わずニマついてしまう感情を押さえつけ、チビに指から離れるよう言うが、チビは「むぅ~」と唸るだけで言うことを聞いてくれず、未だにわたしの指の周りでじゃれている。
結局、トマトスープでお腹を満たした後も、この子のことを「ぷちセラ」と呼ぶ勇気が湧かなかったわたしは、チビと呼ぶことにしている。
このまま可愛らしい姿を眺めていたい気持ちをぐっと堪え、わたしは逆の指でチビのプニプニほっぺを突っつく。暗に離れなさいという意図を込めているのだが、やはりチビは抵抗の意思を見せるように「はふー、んむー」と短く息を漏らしながらも指から離れようとしない。
指に絡まる手足がプルプルと震えていることから、もうちょっと押せば強制的に離せそうだ。けれども、強く押すと壊れてしまいそうな儚さを持つ華奢で小さい身体なので、それ以上力を入れるのも憚られ、わたしは諦観の息を吐いて、チビのことを放置することに決めた。
「こうして見ていると、身体の大きさを除けば本当に姉妹のようね」
「赤ぁ~……」
「ふふ、そうむくれないでよ。この世界に来てから3人以上で話す機会なんて初めてのことなんだから……もう少し楽しませてほしいわ」
「…………ズルい」
「分かってて言ってるんだから、痛くも痒くもない苦言ね」
赤は記憶を失い、気づけばわたしの中に居た。つまり、話し相手は今までわたし以外におらず、大人数での会話なんていう経験も無かった。この甘え上手のチビを話し相手にカウントするかどうかは微妙なところだけど、いるかいないかで考えれば、その存在は大きいところだろう。
だから――それを引き合いに出されると、わたしは何も言えなくなる。
結局は言い負けて、わたしは膨れっ面を浮かべつつも、話を続ける羽目になるのだ。
「はぁ……もういいわ。それで? 改めて聞くけど、この子は何者なのよ」
「さあ?」
「さあって……赤。この子と一体どんな出会い方をいたのよ……」
「空から降ってきた……としか言い表せないわね」
「空から……?」
空――と言っても、ここはわたしの中に存在する内包世界。実際の空とは異なる。
もしかして最近食べた食材の中に、変な寄生虫とかがいて、それが擬人化してわたしの中に入り込んだ……!? みたいな怖い想像もしてしまったけど、すぐにそんな馬鹿げた話はないかと冷静になる。
他に何か要因となることってあっただろうか。
「ねぇ、赤。それっていつぐらいのこと?」
「夜の回数から考えて3日前ね」
「3日前……んー、記憶にないわね」
首を捻って考えるが、特段チビが突然現れるようなことは無かったはずだ。3日前はドグライオンたちとも出会う前――普通に馬車で平野を移動していた期間で、特筆すべき出来事が起こった記憶はない。
それより前に起こった事象で大きいことと言えば、グラベルンでの死闘……そしてその後の血液還流ぐらいだろうか。
「………………ん?」
ふと、そこで何か引っかかるものがあった。
「どうしたの?」
「いえ……何か――」
忘れているような。
顎に指を這わせ、その辺りに何があったのか思い出す。
近い記憶から順に呼び起こす。赤と塔の中で別れたこと。天高く空へと伸びた塔――それが知識保管庫であったこと。王都を模した内包世界が顕現されたこと。――あの妙に明るく、妙に怖気を走らせる少女の声と邂逅したこと。
――いや、待って。
違う。一つ重要な記憶を飛ばしていた。
血液が環流したことやおねしょ事件などなど、色々と疲れたり予測外の出来事が多くて、うっかり記憶から零れがちだったけど、確かに重要な出来事がもう一つあった。
「6枚の翼……」
「そういえば本の表装や……知識保管庫の塔の扉に刻まれた女性像も、6枚の翼を携えていたわね」
「――――天使」
そうだ。赤が言う通り、わたしたちは何故だか6枚の翼を持つ天使を模した存在と縁がある。そして、グラベルンで視た――あの遺跡での夢。あの場でも天使像が幾つも並んでいた。偶然と片づけるには、あまりにも符号の一致が多すぎる。
「ねぇ、チビ」
「あぅ?」
クリっとした目がこちらを見上げてくる。
「貴女、此処に来る前にわたしと会ったこと…………ある?」
「うー……覚えてないのー」
「この子も私と同じで、記憶を失っているみたいなのよ」
「そ、そう……」
あの崩壊した遺跡に浮遊していた光、声。あの声は確かに「わたしの内包世界へ入る」と言っていた。そして「貴女の中には既に別の存在が取り込まれているようですね。まずはその者に接触を試みましょう」とも。
その別の存在が、もし……赤のことを指しているのだとしたら?
あの時の声は完璧に大人の女性といった感じの声だったけど……その辺りを度外視すれば、点と点は線で繋がる気がする。
「チビ…………何か、思い出せることはない?」
「うぅ? うー……」
ギュッとわたしの指を抱きしめ、眉間に皺を寄せて考え込むチビ。自由奔放に見えて、一応わたしの為に考えてくれているようだ。
「よく思い出せないのー。…………でも」
「でも?」
「大事なことのために……此処に来たような、気がするのー。おねーたんに用事があったような……うぅ、分かんないのー」
思い出せないことが叱られることだと思ったのか、チビは目尻に涙を浮かべてぐずりだした。
「そう……分かったわ。十分だから泣かないで」
「あぅー」
逆の指で彼女の涙を慎重に拭ってあげて、ひとまず感情の波を落ち着かせてあげる。
「何か思い当たる節でも?」
赤の問いに「まぁね」と答えた。
「赤と別れた後、実は――」
あの遺跡での出来事を簡単にまとめて彼女に伝えると、赤は「んー」と小さく首を捻った。
「血液が戻ったのね。でも……以前は大地震のような現象が起こったのに、今回は何も起こらなかったわね」
「そうなの?」
「えぇ……3年前は酷く揺れた記憶があるから。でも今回は平和そのものだったわよ」
「この、内包世界になってから……安定したってことなのかな?」
「さあ、それを聞かれても答える材料はないわね」
「だよねぇ……」
まあその辺りは考えても仕方がないか。検証しようがない現象だし、憶測だけで話したところで誰かが答えを教えてくれるわけでもない。考えるだけ徒労だろう。
赤も同じ思考だったのか、それ以上その話は広げずに、チビの話へと戻した。
「それじゃ、ぷちセラはその遺跡で出会った光の声と同じ人物――の可能性があるっていうことね」
「完璧に想像の話でしかないけどね。でも……それが一番しっくり来る、かも」
「その声に敵意はあったの?」
「ううん、焦りはあったけど……敵意は無かったと思うよ」
「そう……」
赤はそっと息をつく。自分じゃ気付いていないのかもしれないけど、その口元は柔らかく微笑んでおり、明らかな安堵を見せていた。
きっと、チビが敵対すべき存在でなかったことに胸を撫で下ろしているのだろう。
この閉鎖された世界で、せっかく出会えた住人だもんね。情も芽生えているっていうのに、そこで敵認定なんかされちゃ悲しいなんてレベルの話じゃないだろう。
「大丈夫だよ、赤。チビは敵なんかじゃない……この世界の主であるわたしが保証してあげる」
「っ…………迂闊だったわ」
「ふふん、たまにはやり返さないとね」
彼女がひっそり思っていることを言い当ててあげると、赤はやや頬を赤らめて視線を背けた。これでチビの名前や「おねーたん」案件に関する留飲も少しは下がるというものだ。
「そうだ、チビについてはもう一つ…………試したいことがあるんだけど、いいかな?」
「試したいこと?」
「うん。チビ……驚いて泣かないでね?」
「あう?」
よく分かっていない二人を置いておいて、わたしは魔法で発生させた風の刃で、チビが抱き着いている人差し指の腹を薄く切った。
ピリ、と僅かな痛みと共に、わたしの指の腹から血袋が出来始める。
「銀……何を――」
「おねーたん!?」
傷が大した範囲でないことから、赤は冷静さを失わずに理由を尋ねてきたが、チビはそういうわけにも行かなかったようだ。
慌てた様子で眼前の指の腹へと顔を近づけ、線が走ったような傷口にその唇を接触させる。そして祈るように涙が浮かぶ瞳を閉じた。
同時に――。
純白の翼は、淡いエメラルドグリーンの光を放ち始め、彼女の頭部にある光輪がゆっくりと周り始める。
「これは――」
わたしはある程度確証があったけど、赤にとっては驚くべき事象だろう。薄緑の光の粒子がわたしの傷口へと集約されていき、やがて光が傷を埋め尽くしたと思った次の瞬間には――まるで無かったかのように、わたしの指は元通りになっていた。
「そう……貴女が助けてくれたんだね」
操血や魔法ではどうにもならなかった、左手首の負傷。あれを修復してくれた力の根源がどこから来ていたのか……その大元を今、確認することができた。
同時に、ますます遺跡での光の声が、チビと同じ存在である確率を高めてくれたわけだ。
「おねーたん……痛くない?」
「うん、大丈夫。ありがとうね、チビ」
「うん……ふふんなのー」
二重の意味で礼を言うと、チビは嬉しそうに純白に戻った翼を動かして喜ぶ。さっきのわたしのドヤっている時の言葉を真似されるのは……ちょっと、いやかなり恥ずかしいんだけど、しょうがない。ここは黙って我慢するか。
わたしの魔法がそうであったように、この内包世界では自身が持つ能力を感覚のまま使うことができる。それはチビにとっても当てはまることで、彼女が咄嗟に使った治癒の能力は、間違いなく彼女自身が持つ能力なのだろう。
「そういえば……気づいたら当たり前のように左手を使っていたわね。私としたことが、そんな大事なことを見逃すだなんて失態だったわ……」
確かに今までの赤なら、わたしの左手が正常に戻っていることに真っ先に気付いていたと思う。というか料理なんて両手を使う作業をやらせることすらしなかっただろう。
それを失念してしまうほど、チビの存在や、自給自足という過程が大きく圧し掛かっていたのだ。彼女は彼女で、この世界で地に足をつけて生きることに必死だった、ということだね。それは決して悪いことじゃない、と思う。大変ではあるし、余裕も無くなるだろうけど、生きる実感を得るということは……無駄にはならないはずだ。
「色々と理解が早くて助かるね」
「ふぅ……私も予想以上に気を張っていたということなのね。大事な貴女のことで配慮が欠けるだなんて、自分で自分が情けないわ」
だからもう……サラッと「大事な」とか言うもんだから、こっちも言葉が詰まってしまう。巨大な重しを背負ったかのように沈み込む赤に、わたしは努めて明るく声をかけた。
「しょ、しょうがないよ……今までポンポン食べ物でも何でも生み出せていた環境から一変して、自分が動かないと生きていけない場所になっちゃったんだから」
「…………それはそうだけど、悔しいわ……貴女にずけずけと料理を任せた自分をぶん殴りたい……」
「もぅ、負けず嫌いだねー」
「おねーさまは負けず嫌いー?」
「そうそう、あの子は負けず嫌いだから、チビも気を付けるんだよ」
「気を付けるのー」
すっかり機嫌を戻したチビが会話に加わってきたので、本気で落ち込んでいる赤を茶化すために、あえてチビの言葉に乗っかることにした。
赤は「ぷちセラに変なことを吹き込まないでちょうだい……」と文句は言うものの、それ以上は言葉を並べなかった。
彼女が動揺や後悔などの強い感情を示すのは、いつだってわたし自身や、わたしとの思い出が籠ったモノに関することばかりだ。深い自省に悩まされる赤には申し訳ないけど、その気持ちはとても嬉しい。
今回の内包世界での時間は、まだ落ち込み気味の赤を慰めることに時間を費やしそうだなぁ、と苦笑してしまう。
チビ――ぷちセラの存在には驚かされたけど、おかげでモヤモヤしていたものが少し晴れた。新しい事実、新しい情報などが入っただけでも大きな進歩だ。本当はこの内包世界についてもう少し調査したかったところだけど、まずは赤たちの自炊生活という基盤を確立するのが先だということも分かった。
わたしは「身体を動かせば嫌なことも忘れる」理論で行こうと、赤の背中を押し、フルーダ亭での生活について、色々とレクチャーをしていくのであった。