95 ある日、舞い降りるは――六枚翼のプチ天使【視点:赤(アカ)】
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今回登場する新キャラについて、拙い出来ですが、活動報告でイラストを載せましたので、宜しければ遊びに来てみてください♪
その「出来事」は――銀と塔の大書架で別れてから、五度夜を超えた次の朝に起こった。
最初は見間違いかと思った。
しかし上空をそよぐようにして蛇行しながら落下してくる光は、幻覚や錯覚の類ではなく、確かにそこに存在していた。
光の球は弱々しく内包世界の中へと降り立ち、まるで止まり木を探し求めるかのように、フルーダ亭の玄関口で空を仰ぐ私の前へと近づいてきた。
反射的に両手で掬うようにして、その光を受け止める。
落とさないように、零さないように――。
「これは……」
光はやがて輝きを失っていき、一つの形へと収束していく。確かな質量を持った存在へと変化したそれは、私の両掌の中でゆっくりと姿を見せた。
それが私とこの子の――最初の出会いだった。
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王都という場所を模したこの世界が確立されてからというものの、私の生活は多大な変化を余儀なくされた。
一番大きいのは、時間と言う概念が生まれたことだろう。
……いや、元々あったのかもしれないが、より視覚化されたことにより、改めて認識することができた――というべきだろうか。
つまり、この世界に朝、昼、夜という目に見えて移り変わる「変化」が生まれたのだ。
加えて天候までも日によって変動するようになった。
あの漆黒の空間で好き勝手に暮らしていた時とは異なる――まさに世界観そのものを塗り替えるほどの変化と言っても過言ではない。
窓から温かく流れ込んでくる日差しを見ながら、私は「今日は過ごしやすい天気だね」なんて――今まで考えもしなかったことを自然と思い浮かべる自分がいることに、思わずふっと笑いを漏らした。
そして世界が変わったことによって訪れる変化は、私自身にも影響を与えた。
以前の虚無空間では、食事や睡眠はどちらかと言うと娯楽の類で、別にわざわざ摂る必要は無かったのだ。それが今はどうだ。夜が来れば眠くなるし、一日に3度は腹の虫が鳴る。
まあ別に外敵が街中を闊歩しているわけじゃないので、寝るのは別に構わない。読書の時間が減ることは嫌だけど、睡魔によって極端に集中力が減った時に無理をしても頭に入ってこないので、そこは涙を呑もう。
食事だってお腹が空けば食べればいい。ただそれだけのこと――なんて思っていたのは初日の数分だけの話で、真の困りごとはすぐに訪れた。
――物を、創造できなくなったのだ。
世界が姿を定着してしまった関係だろうか。この世界に住まう私も、その規律に則ることを強制されてしまう。そう――――現実の世界と全く同じ、人生という名の獣道を歩かざるを得なくなってしまったのだ。
これは辛い。
何が辛いって、今までの堕落生活が一切通用しない、厳しい現実が圧し掛かってきたことがだ。
瞬間移動もできない。食事も勝手に出てこない。服も洗濯しないと臭ってくるし、きちんと畳まないと皺になる。…………全て自分でやらねばならないのだ。突然の自炊生活。いや、私にとってはサバイバル生活と言っても良い。
加えて、私のパラメーターに「体力」なるものが追加され、何かするにしても体力を消費するという……とんでもない足枷をつけられてしまった。知識保管庫のある塔まで歩くだけなら大した苦労もないのだが、本を持って帰るとなると、突然苦行へと移行してしまう。本当は本を持ち帰ってフルーダ亭に貯蓄したかったが、体力・腕力的にそれは諦め、読書は基本的に塔の中で行うこととした。
――という経緯があって。
私はまずは取り急ぎ、命に直接関わるであろう「食事」について、何とかすることにした。
幸いフルーダ亭の厨房には干し肉が置いてあり、それを食べることで飢えを凌ぐことができたが、今まで娯楽品として口にしていたカレーや牛丼、ラーメン、すき焼き、焼き魚、ステーキなどに比べると……比べるのも烏滸がましいレベルの不味さであった。
しかもすぐに飽きる……。
もっと何かないかと建物内を探索すると、中庭に菜園があるのを発見。そういえば、あの子、菜園で野菜を育ててるみたいなことを言ってたっけ? なんて思いながら勝手に物色し、瑞々しいトマトやジャガイモの収穫に成功した。
現実にいる銀に「早く菜園を拡張して」と強く念じながらも、私は菜園野菜と干し肉と塩を使った料理で、最低限満足できる味を作ることに成功した。
料理一つとっても、井戸から重い水を汲んで運んだり、しけった着火石で竈に火をつけるのに苦労したりと……色々しんどかった思い出ばかりだけどね。
そんな人並みの生活に汗を流す日々。戸惑いや苦労も多かったけど、何とか炊事・洗濯・掃除だけは回せる程度に慣れてきた。
もう少し日常生活を安定して回せるようになったら、中々足を運べていなかった知識保管庫のある塔に向かおう。そんなことを考えながら、今日も布団を畳むところから始める。
「きゅう……お腹空いたのー」
「はいはい、今から用意するから。貴女も手伝ってちょうだい」
「あうー」
枕元でもぞもぞと動く小さな影が一つ。
この子の存在も、この世界での変化の一つ――最も印象深い変化の象徴でもあった。
「ほら、寝そべってないで起きるのよ」
「あうー、あうー」
パタパタと3対6枚の翼を可愛らしく動かしては、子供のような抗議を漏らす――三頭身の不思議な生物。
銀色の髪に、空を映しだすかのようなブルースカイの瞳は、まさしく銀に瓜二つ。顔立ちも整っており、くりっとした目尻は銀よりも垂れているが、きっと銀の幼少期もこんな感じだったんだろうと思えるほど雰囲気が似ていた。
異なる点と言えば、頭頂部から少し斜めにズレたところに輪っかのような装飾が浮いていることと、やはり綺麗に生えそろった純白の翼だろう。
全長……およそ10センチほど。
小動物のような妖精、もしくは知識保管庫で読んだことのある天使というものに近いだろうか。この子が数日前、私の元へと突然降り立った――新たな住居人の正体であった。
構って欲しそうに、こちらにチラチラと視線を送りながらも、敷布団の上で転がるプチ天使。
しょうがない、と私は小さくため息を吐きながら、人差し指を彼女の目の前に差し出す。
すると嬉しそうに破顔した彼女は、せっせと私の指に掴まり、木の棒に掴まる猿のような恰好を取り始める。何が楽しいのか分からないけど、彼女にとって落ち着く体勢なのかもしれない。それぞれの足を指と指の間に引っ掛け、落ちないように体を固定しながら、彼女は私の指を甘噛みし始めた。
どうもこの「甘噛み」も彼女の癖なのか、たいてい指を差し出すと反射に近い動きでカプカプと噛んでくるのだ。
全く痛みはなく、その姿も可愛らしいので、私も注意などはせずに彼女のさせるがままにしている。
「落ちないようにね、ぷちセラ」
「大丈夫なのー」
――ぷちセラ。
それが私が名付けた彼女の名前。
どうも彼女も私と同様で、記憶の大部分が欠落してしまっているようで、出会ったときは名前すら思い出せない状態だった。
便宜上、呼び名があった方がいいと思い、色々と考えてみた。銀をデフォルメしたような姿なので、彼女の名前を織り交ぜて考えるも……どうもしっくり来ず。
それではと、銀の本名である「セラフィエル」の頭二文字を借り、ミニサイズという意味も込めて「ぷちセラ」と呼ぶことにしたのだ。候補としては「ちびセラ」「ミニセラ」もあったけど、何となく「ぷち」という語感が気に入って、その文字を使うことにした。
名前のセンスなんて期待しないでほしい。
どうせ呼ぶのは私だけしかいないんだから。……あ、もう一人、この子のお姉ちゃん的存在にピッタリなのがいたわね。ふふ、対面した時、どんな顔をするのか楽しみだわ。
ぷちセラを指に掴ませたまま、私は階下へと降りて行って、厨房へと向かう。
厨房の中に足を踏み入れると、ぷちセラは小さな翼を動かして、指から離れて飛んでいく。お腹が空いたと言っていたので、食欲が勝ったのだろう。今は竈の上を回転するように飛び回って、私に料理の催促をしてくる。
さて、井戸から水を汲んでこないと――と水洗い場に横にしてある桶を手にした時だった。
ざわり、と空気が震えた気がした。
「あら、噂をすれば何とやら、ってね」
王都の世界が広がって彼女がこちらに来るのは初めてになるけど、それでも分かる。この感覚は――あの子が眠りに入り、内包世界へと顕現しようとしている感覚だと。
その予想は的中し、ぐにゃりと厨房横の廊下の壁が捻じ曲がったかと思うと、次の瞬間には――美しい銀色の髪を靡かせた、この世界の支配主が姿を現していた。
共働きで親は不在。いっつも自宅で留守番している大人びた少女。そんな彼女がある日、掌サイズのハムスターを飼うことになり……寂しさを埋めるその存在に愛しさを覚える…………そんな感情――が、赤の中にも芽生えているのかもしれません( *´艸`)