93 コルド地方へショートカット
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さて――拗れに拗れた場の雰囲気だったが、解決への糸口はあっさりと見つかった。
答えは簡単。
ジャガイモへ異様な執着を持ってしまったガラジャリオスに、一言お願いするだけである。
『ジャガイモ5つあげるから、あの赤い狼さんを説得してもらえる?』
ジャガイモという魔法の言葉は、予想通り褐色幼女に抜群の効果を発揮し、彼女は「頑張るのじゃ!」と目を輝かせて赤狼の説得へと歩み出た。
しかし一度刃を抜いた男が、説得されて身を引くなど恥だと思ったのか、ガラジャリオスの言葉を受けるものの赤狼は喉を鳴らせながら『だが、こ奴らの非礼は許されぬ愚行だ』と引き下がらない。
ジャガイモ欲しさに必死に説得するガラジャリオスと、プライド欲しさに暴れようとする赤狼。
いつの間にか会話の中心は二人に移動し、蚊帳の外となったタクロウたちも頭が冷えたのか、少し距離を取ってわたしの傍へと寄ってきた。
平行線をたどる二人の口論。
ドグライオンは肩を竦めて「やれやれ」と重い息を吐いた。その様子からして、二人のやり取りは珍しいことではないのかもしれない。
実直なガラジャリオスと捻くれた赤狼。
直線と曲線は交わることなく絡み合い、解けることのない結び目を紡いでいく。
やがてドグライオンが「そろそろじゃな」と呟いたかと思うと、視野が狭くなってきた二人の横を通り過ぎて、わたしたちの元へと移動してきた。
「お主ら、もうちょい後ろに下がった方がよいぞ」
「え?」
「ガラに説得を任せる判断は悪くないが、この二人の会話は拗れることが多い上に、静かに終わった試しがないのでのぅ。そろそろガラの方が限界じゃろうから、あやつの背後側におるのが無難だというわけじゃ」
――パリッ。
不意に乾いた空気に何かが走る音がする。
ジジジジ……と、帯電する音が大きくなっていくのを耳で掴み、わたしはガラジャリオスの背中を注視した。
わたしが被せたコートの裾がふわりと浮き上がり、その隙間から見える素足――その側面に残っていた鱗がミシミシと逆立ち、その間から放電が始まっているのが見えた。
「ちょ――せめて、わたしのコートを脱いでからッ――――……」
「バリーの………………ヴァーーーーーーーーーーッカ!」
そんな子供じみた癇癪と共に、彼女の口から眩い光が溢れだす。
そして――可愛らしい声とは真逆の、可愛らしくない威力の電撃が口腔内から放たれ、世界を白く眩ませた。
今日の昼間に受けたレーザーのような電撃のミニチュア版、といったところだろうか。さすがに大地を削り、通り道に存在する全てを焼き払うほどの威力はないけど、馬鹿正直に喰らえば軽い怪我では済まない威力でもある。
『ぬおおおおおおおおババババババババババッ!?』
彼女の正面、すなわちバリーと呼ばれている赤狼は、電撃をモロに喰らい、全身の痙攣と共に悲鳴を撒き散らす。
「だ、大丈夫なんですか、アレ!?」
敵対関係になりつつあったものの、さすがに今の赤狼の様子を間近にして、心配するなと言う方が無理だった。
しかしそんな心配を唾棄するかのように、ドグライオンは変わらぬ口調だった。
「いつものことじゃよ。何度も同じ目に合っている癖に繰り返すのじゃから、あやつもガラの電撃に打たれるのがクセになっているんじゃないかのぅ」
――なんというドM気質!?
アレだろうか。普段の攻撃的な態度は、実は相手を怒らせて痛めつけてもらうための誘い、だったとか? ……見かけに寄らないと言うべきか、せっかく格好いい狼然とした風貌なのに勿体ない……。
残念なものを見るような目で、始終を見送るわたしたち。
やがて、ガラは補充したばかりのエネルギーを出し切ったのか、徐々に電撃は散らばり始め、落ち着きを取り戻していった。
「んむぅー…………」
また休眠状態になるのかと見守っていたのだが、フラフラと目を回しながらガラジャリオスはわたしの方へと千鳥足で歩いてきて、そのままもたれかかるように体重を預けてきた。
「お腹空いたのじゃ~……ジャガイモ、食べたいのじゃ~……」
さりげなくコートの安否を確認し、若干裾が焦げている結果に内心で涙を流しながらも、わたしは木箱からジャガイモを一つ取り出し、彼女に報酬を差し出す。
「シャクシャクシャクシャクシャクシャク……」
唇付近までジャガイモを寄せると、数秒で彼女の口の中へと吸い込まれていく。
「んまいのじゃ~…………」
どうでもいいのだけれど……わたしに圧し掛かったまま咀嚼するものだから、ポロポロと破片が胸元に零れている。しかし幸せそうにはにかむ外見子供を叱る気にはならず、わたしは小さくため息をついて、彼女におかわりのジャガイモを与えるのであった。
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「先ほどは行き過ぎた言葉を向けてしまいました、誠に申し訳ございません」
『……フン、ガラに免じて此度の件は見過ごしてやろう』
人間側を代表してタクロウが頭を下げ、バリー……正式名称をバリーベルフォンと言うらしいけど、彼は大きく鼻息を漏らしながら顔を背け、その謝罪を受け取った。
まあ冷静になれば、相手は八王獣。多少、不遜な態度を取られても敵対関係になって得になることはない。そのことが一度冷や水を浴びせられたことで冷静になったタクロウにも分かっているのだろう。特に異論は口にせず、そのまま場を治めた。
しかし赤毛のパーマ状態になったバリーベルフォンは中々見物であった。炎のごとく揺らめく美しい毛並みはガラジャリオスの電撃によってチリチリになっており、そんな姿で凄まれても笑いをもたらすだけの姿になっていた。
笑わずに堪えたことを誰か褒めてほしいぐらいだ。
そんなこんなで、ようやく荒れた空気が霧散し、話が前に進むと思った矢先――一難去ってまた一難とはこのことを言うのだろう。
わたしたちは新たな問題を前に困っていた。
「ブラウン、無理はしないで横になっていて」
わたしの問いかけにブラウンは「ブルゥ」と鳴き、前足に力を入れて立ち上がろうとする。
骨折――ではなさそうだけど、間違いなく捻挫は抱えていそうだ。
度重なる近場での戦闘行為。それに伴う短距離での避難を行った挙句、ガラジャリオスたちによる地響きによって、ブラウンは左後ろ脚に怪我を負ってしまったのだ。
怪我を押して、平然を装おうとしていたブラウンだが、異変を察知したドグライオンによってその症状が明るみになったところだった。
「これでは馬車を引くことは難しいですね……」
ブラウンの患部を診ていたメリアが淡々と状況を言葉にする。
「完治するには安静にしている必要がありますね。おそらく……2週間はかかる見込みかと」
「分かるんですか?」
メリアに並んでブラウンの後ろ脚を触診していたクルルに疑問を投げると、彼女は静かに立ち上がり、頷いた。
「馬は私たちと共に在りますから。ある程度の傷痍については知識を持っておりますわ」
――そういえば、馬は精霊種領に囲われているんだっけ?
「しかし、此処から安静にできる場所までとなりますと――やはり、グラベルンという街に戻るのが最も安全となりますでしょうか。……そうなると、旅路に大きな遅れを生じさせてしまいますが」
「構いません。わたしの魔力が戻りましたら、魔法でこの子をグラベルンまで連れていきます」
「セラフィエル様……」
心配げにこちらを見るクルルに、微笑んで「大丈夫ですよ」と返す。
「わたし一人なら、少量の魔力だけでもブラウンを運んで街に戻り、ここに帰ってくるのもそう時間はかかりません」
「――じゃが、この荷馬車を運ぶとなると、そうも行かんのじゃあるまいか?」
「…………」
――う、あえて触れなかった部分だってのに……。
話に加わってきたドグライオンの言葉を聞き、ブラウンは興奮したように鼻息を漏らし、何度も立ち上がろうとし始める。
「ああっ、もうこの子は……!」
わたしたちの足を引っ張っているとでも思いこんでいるのか、ブラウンは抗議を示すように、その体を抑えようとするわたしの腕に頬を擦り付けてきた。
意地でも馬車を引いてみせる――そんな気概が伝わってくるが、わたしたちはそんな無茶は望んでやしない。
今度はブラウンを説得しないといけないわけだけど、どう言ったものか……そう悩んでいると、ドグライオンが「何を迷っておる?」と口を挟んできた。
「ワシらは成り行きからじゃが、協定を結んだ仲なのじゃろ? 目的地は同じで、互いに欲するモノは明確じゃ」
何を言いたいのか分からず、わたしは彼の顔を見返した。
「じゃったら、ワシらにも頼らんかい。この地でワシらが受けた恩は決して小さいものではない……若干の非礼も含めてのぅ。その恩義をたかが東への移動で賄えるのならば、安いもんじゃろうて」
「え、それは……どういう」
「なんじゃ、もうガラの獣王時の姿を忘れたのかの?」
獣王時。それはつまり――あの大蛇、蛇龍の姿のことを指しているのだろうか。
「ここからワシらの地まで、ガラなら2日程度で着くことができる。無論……そこな荷馬車や馬、お主らも乗せて、のぅ?」
その考えはなかったため、本心から驚いてしまった。
ガラジャリオスへと視線を向けると、彼女はジャガイモをくれると勘違いしたのか、とても良い笑顔でこちらに向かってくる。
おかしい、バリーベルフォンよりも犬要素が強い気がする……この子。
そしてそれを可愛く見えてしまうわたしは、誘惑に勝てずに再びジャガイモをあげてしまうわけだ。
しかし……ドグライオンは2日と言った。それが真ならば、相当な時間短縮となるだろう。現在のように道中で他事に時間を取られていたことを加えてなお、お釣りが出るほどに。
このままここで手をこまねいていても、ブラウンは納得しないし、時間も惜しい。最善の手は言うまでもないだろう。……不安点があるとしたら、その移動手段、というか……わたしたちの搬送方法だけど。さすがにガラジャリオスの頭上に乗るとかは、振り落とされそうで怖い。わたしが落ちること、というよりわたし以外が振り落とされそうで怖い。
――まあ、そこは彼らと安全な運搬法をきちんと話し合ってから決めれば……問題ない、かな?
一つ頷いて、わたしは食欲旺盛なガラジャリオスの頬を指で突っつきながら、ドグライオンに「それじゃ……お言葉に甘えます」と答えた。
王都からコルド地方へ。
ただ馬車で進むだけのはずだった行程は、予想をはるかに超えて難航を示したわけだけど、結果的には思いの他早く、彼の地へとたどり着くことができそうであった。