89 跳んで弾んでガラジャリオス
はわっ、べるふぇるさんへの前回感想にガラジャリオスの性格が「同行者のとある女性に近しい性質」と書いちゃいましたが、よくよく考えてみると誰とも似ていなかったかも……と思い直しました(;ノωノ)
べるふぇるさん、すみません~~(>_<)
そして、お読みくださる皆様のおかげで、今話で100万文字突破しました!
いつも拙作を読んでくださり、感謝感激でございます~~( *´艸`)
ブクマやご評価・感想・誤字報告・レビューなどなど……本当にありがとうございます!
これからもまだまだ続きますが、気ままにお付き合いくださっていただけますと嬉しいです♪
その巨体故にわたしの中でうっかり景色と同化していたガラジャリオス。気相爆発による衝撃と熱に充てられ、叫びをあげる彼女の声のおかげで、その失念に気付いたわけだけど……時既に遅し。
身体を焼く熱を払うためか――巨大な質量がぐねっとしなり、尾を大地に叩きつけた反動を以って、宙へと勢いよく飛んでしまう。空間を占めていた質量が空へと舞った所為で、周囲の空気までもが巻き取られるようにして上空へと昇る。
舞い上がる土煙と土砂。
併せて生じる軽い浮遊感を抱きつつ、わたしは太陽を遮って高く飛んだ物体を唖然と見送った。
「ちょ――」
『あちゃちゃちゃちゃっ!? ウチの背中がァ!?』
『凄まじい音がしたが、勝負はついたのかっ? それに……今の大声はまさかガラかッ!? 休眠状態じゃったのに意識が戻ったの――――む?』
タイミング良く……いや、最悪のタイミングで穴からひょこっとドグライオンが顔を出した。いつの間に土竜モードになったのか、長い鼻をひくつかせながらニョキッと出てくる様は、いつぞやの時代のもぐら叩きを彷彿させる。手にハンマーを握っていたら、間違いなく本能的に叩いていたと思う。おそらく地中を掘る上で、土竜の姿になる必要があったのだろう。
ドグライオンが顔を出すものだから、タクロウたちも次々と穴の中に流れてきた柔らかい土を押しのけて、地上へと出てくる。
そして全員が日陰の中、頭上をゆっくりと見上げ…………血の気が引いていった。
『身の危険じゃッ!』
「あ、ちょ、コイツ! 我先にと逃げやがった!」
ヒュンと穴の中に素早く潜り込んだドグライオンに対し、ヒヨちゃんが悪態をつく。
ドグライオンは自らの特化した両手で地中を再度掘ることが可能だが、爆発によって生まれた柔らかい土が、穴の余白を新たに埋めているこの状況では、タクロウたちが再び穴深くに隠れることは難しいだろう。
――もうっ、魔力も大分使っちゃってギリギリだって言うのにっ!
わたしは残量に赤ランプのついた魔力を手繰り、上昇気流を作り上げてガラジャリオスを離れた場所まで吹き飛ばそうとする。
『なんじゃなんじゃ、なんなんじゃーーっ!? 熱いわ、飛ばされるわ、意味が分からんぞーーーいッ!』
推定50メートルの長い胴体を混乱のまま、グネグネと空中で動かすガラジャリオス。狙ってか偶然か、彼女の不規則かつ力の入った動きによって、その巨体が気流のラインから逸れ始め、吹き飛ばすはずだった上空の影が僅かな滞空時間の後に落下してきた。
「やば……っ!」
なけなしの魔力を使った気流は不発という結果となり、地上にいるわたしたちに気付いていないガラジャリオスはそのまま押し潰さんと迫ってくる。
――魔力残量は残り僅か……本気でヤバいかも……!
無形の風ではなく、有形である土などを駆使すべきだったかと数秒前の判断を後悔する。
「セラフィエル様っ、私の風で何とかしますわっ!」
「クルルさん!」
――そうだ! クルルさんの魔導具も風を操る系統のモノ……最大でどれほどの威力を見出せるかは知らないけど、もう一度同じぐらいの気流をぶつければ、ガラジャリオスさんの軌道を変えられるかもしれないっ!
クルルは右手の手甲を空へ掲げ、「はっ!」と気合を込めた声を上げる。
しかし――何も起こらない。
キョトンとした顔をしたクルルは、すぐに「あっ」と何かに気付いたかのような声を上げ、律義にわたしに報告をしてくれた。
「セラフィエル様、大変ですわ! 先日の戦闘で魔導具の魔力を使い切ったことを、すっかり忘れてましたの!」
「うおぉーーーーっい!」
――テヘペロなんて可愛らしい顔している場合じゃないよ! そういうことはグラベルンを出る前に教えてよぉ! 結構時間あったよね!? 一週間も時間あったのに、なぜに黙ってたのーーーっ!?
「わぁーーッ、死ぬぅぅぅぅ!」
涙目になりながら叫ぶヒヨちゃん。ちゃっかり亜人能力を発動させ、来たる衝撃に備えて蠍の尾で身体を覆い、元は穴だった窪みの中にすっぽり収まるように丸くなっている。
「…………」
地中から抜け出し、スッと長剣を構えて、決意を秘めた表情を浮かべるタクロウ。心なしか殺気をも感じる気迫が肩口から漏れていた。その様子にわたしはギョッと目を剥いてしまう。
――……も、もしかしてガラジャリオスさんに対して<対価還元>を使うつもり!? 確かに落下衝撃を変換して攻撃に転じれば、強力な攻撃が可能だと思うけど……その変換された一撃が斬撃だとしたら、ガラジャリオスさんを押し返すというより、致命傷を負わせちゃうんじゃ……!
落下してくるガラジャリオスに悪意は感じられない。純粋に驚いて跳ね上がっただけなのは明白だ。その原因を作ってしまったわたしとしては、可能な限り穏便に両者が無傷で終わる策を取りたいところである。
仕方がない。
先の気流よりも強い気流を作り出すか、ガラジャリオスの身体を押しのける土壁や傾斜を作り出すか――いずれにせよ、懐かしの魔力欠乏による嘔吐症状が襲ってきそうだけど、今は手段を選んでいる場合ではない。覚悟を決めることとしよう。
そう思って両手を間近まで迫るガラジャリオスに向けた瞬間――わたしたちの足元の大地が突然変質した。
「えっ!?」
ガラジャリオスが暴れたり、ドグライオンが掘ったりと、大分表層が解されて柔らかくなっていた足元の地層。
その地層が急激に粘土状に柔らかくなったのだ。
液状化に近い粘土質と化した層は、蟻地獄のように上にいるわたしたちを飲み込むように沈下していき、一瞬でわたしたちの身長よりも高い場所へと地上が離れていく。
直後――――ガラジャリオスが真上へと落下し、視界は真っ暗に。大きな振動と土煙が襲い掛かってきたため、思わず両腕で顔を覆った。
小規模なクレーターのような窪みの中に納まったわたしたちは……どうやら、魔力を使い切ることも<対価還元>を使うこともなく、危機を脱することができたようだ。
「これは……」
わたしは太腿のあたりまで沈んだ我が身を見下ろしながら、近くの粘土を右手で掬いとる。何度か握り直し、水分をあまり含んでいなかったはずの土壌が、完全に粘土化していることが確認できた。
元々ある土の形を変えたり、密度を操作して硬度を変えることは魔法でも容易いことだ。しかし土に粘性を持たせるには、水を織り交ぜた融合魔法が必要となり、それなりに魔力も消費する魔法となる。それを魔法を使わずに難なくやってのけられる可能性がいるとしたら……該当は一人しかいないだろう。
『ふむ、どうやら間に合ったようじゃのぅ……危なかったわぃ』
「ドグライオンさん」
暗闇の中でやれやれといった口調を響かせたのは、想像通りの人物――ドグライオンであった。
「これは……ドグライオン様が?」
『なんじゃ、まさかどこぞの娘のようにワシが単身で逃げるような臆病者にでも見えたのかのぅ?』
すみません、思っちゃいました。
タクロウへの返事に反応して、口笛で誤魔化す音が流れるが、まあヒヨちゃんじゃなくても「身の危険じゃッ!」なんて言葉を残して地中に消えたら、普通に疑っちゃうよね。
『ようやくこの辺りの土壌の波長を掴むことができたからのぅ。この程度、ワシにかかれば朝飯前じゃ。それより――』
ズズズ……と天井――ガラジャリオスが再び動き出す。というより……身体を地面にこすりつけているのか、今度は跳ねたりせずに、左右に揺すっている。
多分だけど、爆発で焦げた部分を地面にこすりつけて、熱気を払っているのかもしれない。そう考えると、彼女のことを念頭に置かずに爆発させてしまったことに猶更申し訳ない気持ちが上がってくる。
『とりあえず、状況がよく分かっていなさそうなガラを冷静にさせる必要がありそうじゃの』
「そ、そうですね。でもどうやってここから出ましょう……」
『なんじゃ、お主の奇想天外な力で何とかならんのか?』
「それがー……もう少しでガス欠状態でして……」
『がすけつ? なんじゃ、尻でも痒うて集中できんとか、そんな話かの?』
「お、お尻の話じゃありませんっ! あの能力を使うための力が不足している状態なんです……色々と使いすぎちゃったので」
迂闊に出てしまったヴァルファランでは通用しない言葉が、話を有らぬ方向へ持って行きそうな気配が出てきたので、わたしは慌てて軌道修正した。
『なるほどのぅ……彼の強大な力にも制限というものは存在しておるということか』
『……~…………っ…………、……!』
ドグライオンの声に被さるようにして、天井が何やら声を上げながら、身を捩りだす。周辺の土壌が粘質化しているため、彼女の動きで削れた土がわたしたちのいる空間を埋めるようなことは無いが、それでも気分は落ち着かない。
彼女の図体で密閉空間になったこの場所まで、ガラジャリオスが何を言っているかは届かない。
思わず、わたしたちは彼女が何を口にしているのかを知るため、会話を中断して耳を澄ませてしまう。
やがて――、
『あぁぁぁ~、もうっ! 背中がムズムズするのじゃ! 面倒なのじゃっ! 気持ち悪いのじゃっっ!』
と、唐突にハッキリとした彼女の声が響き渡ったと同時に、世界が明るくなる。
何事!? と、目を細めて降り注ぐ太陽光に耐えていると、黒い点が空から降ってきた。点はすぐに大きくなり、わたしに向かって落下してきた。
「「わっ!?」」
二人の声が重なる。
片や落下してきたソレを受け取る際に発し、片や下に誰かがいるなんて思っていなかったがために驚きの声として上がった。
<身体強化>が無かったら軽く腰をヤッちゃう程の衝撃と共に、わたしの真上に落下して姿を見せたのは――――素っ裸の黄金の瞳をした、同い年ぐらいの女の子だった。