88 雲散霧消
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それに気付けたのは、本当に偶然だった。
近づくわたしたちの姿に気付いた三人が、こちらに視線を向けてくる。
クルルが笑顔で手を振る様子を見て、彼女たちにはまだ魔の手が届いていないことを確信し――ほんの数秒、僅かにだが周囲への警戒心が薄れてしまっていた。
そこに生じた一瞬の隙。
おそらくその偶然が無ければ、その隙を突かれ、わたしたちは手痛いダメージを負うことになっていたかもしれない。
ふと――冷たい風が頬を撫でた。
燦燦と照り付ける太陽の下、まるで浜風でも流れ込んできたかのような微かな冷風。しかしそこに潮の匂いなどは当然なかった。
ほぼ反射的に、わたしは風の吹く方向へと視線を流す。
タクロウを挟んで、すぐ向こう側――ガラジャリオスの巨大な鱗が綺麗に並ぶ壁が視界に納まる。警戒心が残っていなければ、きっとそのまま視線を前に戻していただろうけど――この時のわたしは、捨て置けない何かを感じ取って、足を止めた。
――直後。
視界の中にあるガラジャリオスの鱗が、鮮やかな色彩を放つ。
否――……それは太陽光が反射し、鱗の本来持つ黄金色がより光彩を放っていたのだ。光沢が張られたかのように、キラキラと煌めきを周囲に浮かべていた。
綺麗に輝く鱗の姿に、多くの者は見惚れることだろう。しかしわたしにとっては、凶兆の光にしか見えなかった。
「…………ッ!」
確かにガラジャリオスの黄金の鱗は華麗な代物と言えるが、それでも太陽光をあんな風に反射するほどでは無かったはずだ。綺麗に汚れを濯いでいる状況であれば、そんなことも無いのだろうけど、彼女は地中を潜行しながらこの地までたどり着き、加えてわたしとの戦闘で土埃に塗れている。
つまり、人で言えば泥塗れのような状態ということ。
そんな状態で何故、突然……このような光の反射作用が発生したのか――答えは一つだ。
いわゆる水面のように――拡散反射を発生させる液体が汚れを押しのけて、そこにあるからだ。
「タクロウさんッ!」
「ッ!?」
わたしは声を張り上げ、その一声でタクロウは状況を察した。
鱗の隙間から液状の何かが湧き水のように噴き出し、一気に量を増したソレは、タクロウに覆いかぶさるように範囲を広げた。まるで半透明上のクラゲが口を広げて捕食してくるような光景だ。
タクロウは素早く剣を抜き、逆の手でわたしの肩を押してきた。
便宜上、この液状の敵を「スライムモドキ」と呼ぶとして――……このスライムモドキとタクロウは残念ながら相性が悪い。
相対できるのは、わたしか魔導具を持つクルルぐらい。ドグライオンの実力は未知数だけど、魔法は精霊種の専売特許っぽいので、おそらくは物理専門なんじゃないかと思う。
だからここは率先してわたしが前に出るつもりだったけど、タクロウとしてはまず自分が囮になり、その隙にわたしにトドメを刺す手段を選んだのだろう。彼には魔法と言っているけど、わたしの操血であれば、あのスライムモドキの毒を除去することが可能だ。そういった部分も計算に入れての行動だろう。
この決断は、彼にもう一度嫌な幻覚を見せることになってしまうので、個人的には取りたくない策だけど、気配を一切感知させないスライムモドキを確実に倒すためには合理的な方法とも言えた。
――すぐ、治してあげるから……ッ!
既に背中を向け、迫るスライムモドキと対峙する彼にそう心中で声をかけ、わたしは敵を攻撃する方向へと思考を切り替えた。
「セラっ!」
――と、ヒヨちゃんの声が唐突に響く。
「後ろです、セラフィエル様ぁッ!」
次にクルルの悲痛な叫び声が。
嫌な予感がして、わたしは肩越しに背後を確認する。
そこには――大地の割れ目から重力に反して湧き出る水の壁が。太陽光を遮り、半透明の液体が高波のように降り注ごうとしていた。
同時に――――前方のスライムモドキも空中で生物のようにうねりを上げ、タクロウを飛び越えてわたしへと標的を変えてくる。
――コイツらっ、最初っから狙いは……わたし!?
まさか、例の幻覚毒を解除したのを既に学習し、真っ先に潰す相手を決めてきたというのだろうか。
もしそうであれば、このスライムモドキは確実に……知性を持った存在ということになり、同時に厄介すぎる敵というレッテルが貼られることになる。
「ふっ!」
タクロウが上段構えから直剣を振り下ろすが、液体であるスライムモドキは綺麗に裂かれるだけで、その勢いは止まらない。さらには斬撃によって上がった飛沫の一つ一つまでもが、宙で変形し、細い針状のものへと化して、わたしに狙いをつけてきた。
魔法の風でここら一帯を吹き飛ばそうかとも思ったが、それだと間近にいる4人にも被害が及んでしまう。
どうしたものかと考える時間も残されていない。
少し複雑な指向性を持たせる魔法になるけど、二つの風の層を作成して、片方はタクロウたちを遠くへ運ぶための。もう一方はこのスライムモドキを吹き飛ばすための風を作ろう――と判断した時だった。
視界からタクロウたちの姿が消える。
「えっ!?」
思わず驚きの声を上げるわたしだが、同時に『安心せぃ!』とドグライオンのくぐもった声が届いた。
『連中は全員、地中へと引き寄せた! ワシの力は攻撃に向かんでのぅ……後のことは任せたぞ!』
足元へ視線を向ければ、いつの間にかタクロウたちが居た場所に人一人分の穴がぽっかりと。状況がつかめたわたしは、ニッと笑みを浮かべ、体内の魔力を両手に集中させる。
地上からはタクロウたちの姿が消え、宙には肉薄するスライムモドキ。周囲に気を使わなくていいこの状況ならば、風で吹き飛ばすよりも、一網打尽にした方が今後の憂いも消えて丁度いい。
髪が舞い上がり、全身から紅蓮の火の粉が舞い上がっていく。
滲み出る魔力が体外に出ると同時に炎へと顕現し、大気を熱く燃焼していく。同時に生じる熱風による気流も操り、接近していたスライムモドキを上空へと浮き上がらせる。
上空へと気流に巻き込まれて上昇していくスライムモドキを見送り――わたしは、思いっきり魔力を体外へと開放させた。
「――吹っ飛べッ!」
瞬間。
放たれた魔力は一気に外気を燃焼させ、魔法として顕現された熱は、室外であるにも関わらず、定められた空間内の中だけで上昇していき、その範囲に存在する気体の体積が一気に膨張していく。その先に起こる事象は――爆発だ。
3年前のヘドロ法衣を相手にしたときは魔力の関係もあり、単純な炎球による攻撃が限界であったが、今度は取り逃がすなんてヘマはしない。
炎球による熱量にも耐えうる可能性があるのであれば、今度はさらに爆発によって細切れにした上で、蒸発させてやる。
――一片残さず……爆散させてやるわっ!
急速に巻き起こる気相爆発を前に、スライムモドキは細かく分散した後、高熱に耐えきれず蒸発していく。
断続的に発生する上空での爆音。
同時に風の防護壁を全身に張り巡らせたわたしは、身をかがめて頭上の爆風が止むのを待った。威力は抑え目にしているものの、スライムモドキを消滅させるつもりで放った火力なので、それなりに影響範囲は大きい。
ドグライオンが掘ったであろう穴が、爆風で呷られた土で埋まらないよう、穴を覆うようにして別の気流を発生させ、爆風の向きを調整していく。熱波も気流によって流されていくため、地中が極度に熱くなるということも無いだろう。
みんなが地中という一段下の場所に移動したことで、わたしも短い時間の中で威力の高い魔法を使う、という判断をすることができた。全員が地上にいた場合だと、今みたいに単純に気流を操作するだけの話に留まらなかったので、ドグライオンの判断に感謝である。
やがて爆風は散っていき、残るのは静寂かと思いきや――――、
『あっちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!』
耳を劈くような声が周囲に反響し、同時に目の前の巨体が土煙を上げながら、飛び跳ねるかのように起き上がるのであった。