87 気配無き難敵
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「…………!」
「――ふぅ、お体の調子はどうですか、タクロウさん」
「こ、これはっ……失礼をいたしました、セラフィエル様!」
操血により、血中に彷徨っていた異物を一点に集め、わたしの血と共に体外へと追い出してやると、みるみるうちに目の前のタクロウの顔色が正常なものへと戻っていった。
昏く濁っていた瞳には光が宿り、熱を持っていた頬は元の肌色へと変化していく。
その様子に安堵を覚えつつ、血中に含まれていた異物――黄土色の液体を魔法で蒸発させた。
正気に戻ったタクロウは、狼狽を隠す余裕もなく、不格好にわたしの上から起き上がり、数歩下がったところで止まった。
――……相当嫌なモノでも見せられていたのかな?
わたしの中のメンタル・タフランキング(当社比)上位を席捲している彼が、あれほどまでに理性を失うほどの姿を見せたのだ。おそらく身の毛もよだつ最悪な光景を見せられたのかもしれない。
何はともあれ、2つの症例を得られたことで大まかなアタリはついた。例の液状体は人体の血管に侵入し、脳まで体内循環したタイミングで――おそらく幻覚作用を発揮すると思われる。その幻覚も様々で、わたしのように死をイメージさせるものもあれば、タクロウのように詳細は分からないけど理性を失わせるものもあるのだろう。
「タクロウさん、傷が……」
「傷、ですか?」
「ええ、左手の指のところですね」
そう指摘すると、彼もわたしの視線を追うように患部を発見した。
彼の左手薬指の側面には小さな傷痕があり、痛みを伴わない程度のものだったのだろう。タクロウも実際に目にして、その傷の存在を認識したようだ。
体内の不純物を操血によって掻き集める際に、循環中に見つけた傷口だったが、おそらくそこが例の液体の侵入口となったのではないかと予測する。
「……これは、どうやらガラジャリオス様の体部を調査していた際に、つけてしまっていたようですね」
ガラジャリオスの体表にはよく見ると、巨大で鋭い牙や鱗以外にも細かい突起状の棘のようなものが見られる。調査の最中にその棘か何かに指を引っかけてしまったのかもしれない。傷口が鋭い分、痛覚も見逃してしまったのだろう。
「多分ですけど、そこから敵の攻撃を受けた可能性があります」
「……! 敵、ですか。やはり先ほどの幻覚は――」
「はい。わたしも攻撃を受けましたが、そうけ――あ~……えっと、魔法の力で脱することができました」
「なるほど、魔法で……セラフィエル様の御力には何度も助けられてますね。心より感謝申し上げます」
危うく操血って口走りそうになったけど、慌てて魔法という便利ワードに切り替えた。うーん、こうやって嘘を上塗りしていって、本当のことを切り出すタイミングを失っていくんだろうなぁ……なんて思ってしまうけど、謎の敵と遭遇してしまったこの場で不用意に新たな情報をわざわざ出すことも無いだろうと決め込んで、思考から流すことにした。
恭しく頭を下げる彼に、気にしないでと手を振る。
現状が落ち着いて話をできる環境でないことは十分に伝わっているようで、タクロウもすぐに頭を切り替えて、鋭い視線を周囲に向けた。
「となりますと、他の者たちも――」
「ええ……タクロウさんも実感されたかと思いますが、この敵に――気配の類は感じられません。おそらく液状体という特性がそうさせているのでしょう」
仮にこの場が草の生い茂る草原であれば、また少しは話が変わったかもしれない。……いや、元々は草原の一部だったんだけどね。先の攻防で草原は剥げてしまい、荒れ果てた土くれだけの大地となってしまっているのだ。
土と水の親和性は高く、仮に早い動きをされても、音などから気配を察知するのは難しくなってくる。草などの障害物があれば、摩擦音などから相手の場所を特定することも可能なのだけれども……ここで嘆いても解決のしようがない話だ。
「まずは他の皆さんと合流しましょう。相手の出方が分かった今、全員で固まって動く方が対処しやすいです」
「承知いたしました」
頷き合い、わたしたちは足並みを揃えて、大きく視界を遮るガラジャリオスの巨体に沿って、他の面々の姿を探した。
迂闊にもこの場所における最大の脅威はガラジャリオスだという認識が強かったため、単独行動による異変調査を許してしまったのが誤算だった。
「しかし……液状の敵、ですか。単なる偶然とは思えませんね」
わたしも同じことを数分前に考えていたため、彼が何を言わんとしているかすぐに察した。
「……あっ、タクロウさんも3年前の出来事を知ってるんですもんね」
「ええ、それに私自身も奴の姿を視認しておりますので……話に聞く以上に理解しているつもりです。あのような化け物がヴァルファランの地に蔓延っているという事実も含めて」
「はい……」
3年前のヘドロ法衣みたく、物理攻撃が利かないとはいえ、真っ向から向かってくるような相手だったら、まだ楽だった。でも……どうやら今回の敵は慎重なのか……それとも力が弱いのか、狡猾な戦法だけを選択し、姿を見せて襲ってくることがない。
一応、融合魔法によるソナー探知に近いことも出来るけど、地上ならまだしも地中に沁みこんだ液体となると、どこまで信憑性が得られるか不明な部分もある。魔力が万全なら試すのもアリだけど、ガラジャリオスとの一戦で魔力の大部分を持って行かれた状態なので、できれば魔力は節約しておきたい。
――ちょっと面倒な敵ね。ヘドロみたいに短絡的に襲ってくるわけでもなさそうだし、場合によっては長期戦になるかも……。長引けば長引くほど不利になるのはわたしたち……本来なら引くのも手だけど――。
見つけたからには退治しておきたいのも本音。
特に精神感応を得意とする敵なんて、放置するには危険すぎる。
デブタ男爵――ハイエロ=デブタの時もそうだったが、ああいった手合いは時に一国すらも滅ぼす爆弾にもなりうるのだ。
と言っても、手段は分からないけど、そういった化け物を着実に生み出している樹状組織が根幹から滅びない限り、その脅威は延々と生まれ続けることになる。ここで仮に液状体の敵を倒したところで、根本的な解決にはならないのだ。
このヴァルファラン王国に絡みつく鎖を断ち切るには――化け物を生み出す仕組みを破壊するか、樹状組織を根絶やしにするしか方法はない。それまでは現在のように、即時対応のその場しのぎが関の山である。
それにしても、と思う。
――やけに、遭遇率が高い気がするのよね……。
わたしは別に樹状組織と事を構える方向で、積極的に動いているわけではない。それでも、王都やグラベルンを始め、こうして遭遇する機会が多いと思える。
全てを偶然の一言に抑え込むほど、能天気になったつもりはない。
何かしらの理由を持ってわたし個人を狙ってのものか、もしくは影すら踏ませなかった樹状組織という犯罪組織が表舞台に進出し始めているのか……どちらにせよ、何か得体の知れない大きなモノが地中より這いずり出てきているような――――形容しがたい不快感のようなものを感じた。
「セラフィエル様」
「あっ」
タクロウの声に、わたしの意識が思考の渦から抜き出る。
曲がりくねったガラジャリオスの図体の麓に、見覚えのある影が3つ。
ヒヨちゃん、クルル、ドグライオンだ。
遠目には正気を失っているようにも暴れているようにも見えない。けれども異常なしと断言することもできないので、わたしたちは目を合わせつつ、警戒心を強めて彼らの元へと近づくことにした。