86 桃色幻覚は突然に
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曲がりくねった状態で倒れ臥せたガラジャリオスの巨体に沿って、軽快に大地を蹴って、わたしは頭部の辺りまで移動した。
ガラジャリオスは依然として大きな顎を開いたまま、横倒しの状態だ。
そのすぐ手前に、片膝をついているタクロウの背中が見えた。何かしらの攻撃を受けてしまったのかと、思わずわたしは声を大きくして、その名を呼んだ。
「タクロウさんっ!」
「セラフィエル様?」
わたしの呼びかけに答え、タクロウは立ち上がってこちらへと向き直る。怪訝そうな表情を浮かべる彼の様子を確認して、わたしはホッと安堵の息を吐いた。
――良かった、無事だったみたい……!
ガラジャリオスの自重によって抉れている周囲の地面に、先ほどの妙な液体が無いか確認しつつ、わたしはタクロウのすぐ目の前までたどり着いた。
「タクロウさん、何ともありませんか?」
「私、ですか? いえ……何か、あったのでしょうか」
「はい、それが――…………え?」
先ほどの出来事を説明しようとするわたしの両肩に、彼の大きな手がかかり、そのまま覆いかぶさるようにしてわたしを押し倒してきた。
「わわっ!?」
背中が固い土に押し付けられ、反射的に起き上がろうとするも、両肩を抑え込まれる形になっているため、動きが封じられた状態になってしまった。
突然落ちる大きな影に、わたしはたじろぎながらも意図を問いただす。
「え、えーっと……タ、タクロウさん……?」
「…………っ」
荒い吐息が耳朶をくすぐり、ぞわぞわと背筋を走る感覚に思わず体を固くした。
タクロウは肘の力を抜き、わたしの方を固定したまま、もたれかかってくる。わたしの小さな体は言わずもがな、距離を近くする成人男性の影にすっぽり収まってしまった。
「…………ちょ、ちょ?」
流れるように事態が思考を置いてけぼりにして動くものだから、わたしの対応もその分、遅延が発生してしまう。
額に汗を浮かべつつ、わたしはタクロウの分厚い胸板に両手を当てて、過度な密着を防いだ。
「タ、タタ、タクロウさん!? ひ、ひとまず冷静に話をですね――」
「セラ……フィエル様」
聞きなれない熱っぽい声色に、鼓膜がむず痒く振動する。
――いいいぃい!? いったい全体、何がどうなってんの!? うううぅ……め、目が回る。変な汗は出るし……、のぼせたみたいに顔が暑い~ッ!
経験にない異性との接し方に、気が動転し、思考が空回りをし始める。今生の身体の悪い癖だ。冷静に対処しようと思っても、突発的な感情が邪魔をし、肉体年齢相応の精神が浮き出てしまう。
おかしい。<身体強化>を使っているはずなのに、ちっともタクロウを押し返すことができない。まるで神経を抜かれたかのように力は入らず、プルプルと彼の胸板の上で痙攣してしまう。
――れ、冷静に! 冷静に考えるのよ、セラフィエル=バーゲン! ど、どう考えても……タクロウさんがこんな真似を急にしだすのはおかしい……! 原因があるとすれば、間違いなくさっきの――――。
「ひゃ!?」
え、今のって誰の声? と思ってしまうほど高い声が出てしまった。
再び耳に吹きかかる吐息に、反射的に声が出てしまったのだと気づくまでに数秒かかった。
「……セラフィエル様…………」
「ううぅぅ……」
しっとりとした肌はきっと恥ずかしいぐらいに紅潮していることだろう。200年もの間、経験がないからと言って、まさかここまで初心な反応を身体が示すとは思っていなかった。経験は無くとも免疫はある、なんて根拠もなく思っていたけど、その自己評価は破棄しておくべきなのかもしれない。
そんなわたしの状態とは真逆に、タクロウの口からは苦悶の声が漏れていた。
「っ…………、く、お、お逃げ……ください」
「――え?」
途切れ途切れに聞こえる言葉は、彼の紛れもない理性から生まれたものだった。
「……ふぅ、…………ど、どうやら…………知らず知らずの、うちに……何かしら、の攻撃を……、受けてしまった、ようです……」
「っ」
その言葉でわたしの頭の中が少しだけクリアになる。
そうだ、何をやっているんだ、わたしは。空気や雰囲気に流されて、思考が乱れるのは悪い癖だと、ついさっきも自覚していたはずなのに。
「……タクロウさん、今、貴方の身に何が起きているんですか?」
僅かに冷静さを取り戻したおかげか、わたしの舌は流暢に動いて言葉を紡いでくれた。
「…………そ、れは」
事態は窮しているというのに、珍しく言いよどむ彼を訝しむが、それに構わず言葉を続けた。
「何か……妙な液体に襲われたり、しませんでしたか?」
「えき、たい? い、いえ……そんなもの、は…………くっ、ふぅ……」
かなり辛そうだ。
一瞬の出来事だったので確信とまでは行かないが、わたしがあの謎の液体に攻撃らしきものを受けた時は、自身の身体が崩壊する幻覚を見せられた。周囲のものが全て置き換わり、気が触れるような光景だった。
でも、タクロウが見ているものは、どうもわたしの見た景色とは別のもののような気がする。
彼の場合、混乱や発狂というより、自らから発せられる感情の発露を抑え込もうとしているように見えるのだ。わたしをわたしとして認識しているようだし、周囲の存在全てを攻撃するような錯乱も見られない。彼はあくまでも彼自身の理性の上で戦っているように窺えた。
それはわたしとは別の幻覚を見せられている所為なのか、それとも別の力による作用なのか。
それを把握したいがために、操血による早期対応を我慢して、タクロウに質問を投げかけてはみたものの……ここが限界か、と決断する。
「おそらく……タクロウさんは幻覚のようなものを見せられているのではないかと思います。わたしに考えがありますので、そのままの体勢でいてください」
「幻……覚? なるほ、ど……道理で、成人となった姿が見えるわけ、ですね……」
「成人?」
「っ……い、いえ…………なんでもありません……。それに、どうやら……この幻覚には、某のっ……感覚を狂わす、作用も……あるよう、です」
「感覚……?」
それは幻覚的な意味ではなく? いや……幻覚の中でわたしの腕が腐り落ちた時も、その際に生じる悍ましい感覚が在った。痛みというより、身体の一部が欠損する不快さ、と言うべきか。同様に今、タクロウが見ている幻覚に合わせた何かしらの催眠効果が発動しているのかもしれない。
彼は決して精神が弱い人間ではないはずだ。
だと言うのに、わたしに伸し掛かるほど、彼は自分の身体の自制が利かなくなっている。相当に強い効果が出ているのだと理解できた。
――……というか、わたしを抑えつけて密着するような幻覚って、なに?
そんな疑問が生じたが、今は不要な考えだ。
わたしは右手だけ彼の胸元から外す。すると、つっかえ棒が抜けたかのように、タクロウがわたしの半身に密着してしまった。
「!? も、申し訳……ございませんっ……!」
「大丈夫ですよ。すぐに開放してあげますので」
彼の死角となる位置を意識しながら、右手の人差し指から操血による赤い管を飛び出させる。
管は先端が徐々に穿っていき、注射針のような型へと変化し次第、タクロウの腕の血管へと突き刺さる。今の彼は幻覚の所為で何をされているのか、気づくこともないだろう。
――さてと、大口叩いたものの、コイツが血液を媒介にして攻撃を仕掛けてきているかどうか……まだ確証はないんだよね……。
わたしの場合は即座に操血で体内から追い出した。だから敵が侵入した経路は血管だけにとどまった。けれども……仮に侵入経路は同じくして血管だと仮定して、そのまま時間が過ぎた場合。血管から細胞へと敵が浸潤するようなケースに陥った時、わたしの操血でも対処が難しいことになる。
そうならないことを祈りつつ、わたしの血はタクロウの血管へとたどり着き、彼の血と融合した操血による指示のまま――血中に漂う異物の排除を開始した。
さて、タクロウが見た幻覚と、陥った催眠効果とは……!(`・ω・´)
おそらく酷い拷問にかけられても彼は絶対に口にしないでしょう……(笑)




