82 八王獣領の現状
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「話の続きじゃな」
話の続き――というのは、無論、八王獣領で生じている謎の化け物について、だろう。
元々ガラジャリオスについての事情を聞いている際に出た話だ。おそらくガラジャリオスの一件を「事故」と称するに値する事情がこの話の先に待っているのだと予測される。
「人の形を模した化け物についてじゃが、厳戒態勢を敷き、我らが捜していることから分かる通り、奴らがどこから現れて、どこへ来ていくのか……まったく足取りがつかめておらぬ状況じゃ」
「その化け物の姿は視認できたのでしょうか」
メリアの言葉にドグライオンはしっかりと頷く。
「姿を捉えておるからこそ、人ではなく化け物であると断言できるのじゃ。まるで影のような……目も鼻も耳も口もなく、人の形だけを切り抜いたような人形に近い存在じゃった。幾度か姿を補足し、足の速い者が追いかけたのじゃが、木々の影に隠れた瞬間、その姿を見失っておる。なんとも奇怪な連中よ……」
「あの、時折複数系で話してますけど、もしかして一体だけじゃないんでしょうか?」
「うむ、同時期に別々の場所で目撃しておるから、少なくとも2体以上はおると踏んでいる」
まさか全身タイツを着込んだ変態がいるはずもないだろうし、そもそも人では隠し切れない体臭まで無いのであれば、間違いなく人外の類に入るのではないかと思う。
しかし数年間、そのような連中に脅かされている状態が続いている――というのは相当なストレスになっているんじゃないだろうか。捕まえようとしても雲をつかむように逃げられ、普段の生活を送ろうとするとそれを邪魔するかのように出現する。人と八王獣とでは時間の感覚が異なるのかもしれないが、人間であれば間違いなく恐慌に近いパニックは起こるんじゃないかと思う。
目の前のドグライオンこそ、冷静に話を交わせる相手ではあるが、気の短い者であればイライラが極限にまで膨れ上がっているんじゃないだろうか。ちょっと彼らの領土に足を踏み入れるのが躊躇われる状況な気がする。
それにしても、人外か……そのワードで頭に浮かぶのは、法衣を纏った連中のことだ。
「しかしその連中が貴方がたの領土に侵入し、騒動を起こしていることと、ガラジャリオス様が暴れていた状況がどう繋がるのでしょうか?」
「うむ、まさにそれがワシらの悩みの種の一つでもある」
ふぅ、と一つ息を吐いてから、ドグライオンはガラジャリオスの様子について話し始めた。
「例の化け物が神出鬼没ではあったが、今まではワシらが住まう場所の外側……領土の端ばかりに姿を見せていたのじゃ。それがつい先日――ついにワシらの寝床前にも足を踏み込んできおってな。最初はキーインフォンク……キーフォのところじゃった」
キーインフォンク。これは聞いたことのない名前だ。しかしその名を関する者が八王獣の一角であることは間違いないだろう。
「就寝中に襲われたようだが、たまたま近くを通りかかっていたガラがその存在に気付いてな。そこで応戦になったようなのじゃ」
「それで、勝ったの?」
今のガラジャリオスの様子を見ていれば、とてもじゃないが勝利を収めたような未来があると思えないが、それでも明確な結果を知りたかったのか、ヒヨちゃんがそう尋ねた。
しかしドグライオンの答えは予想外のものだった。
「うむ、勝ったぞ」
「え?」
「なんじゃ、八王獣が二体もおる状況でワシらが敗北するとでも思ったのか?」
「い、いえ……でも」
ガラジャリオスが勝利を手にしているのであれば、今こうして交渉なんて場は開かれていないのではないかと思う。
それはドグライオンも同じようで「まあ、言いたいことは分かっておる……」と小さくつぶやいた。
「ワシはその場におらんだったからのぅ。ガラとキーフォから聞いた話を繰り返すことしかできぬが……その化け物をガラが飲み込んだらしいのじゃ」
「飲み込んだ……?」
「うむ、ガラは悪食でも有名でな。体内で強力な酸を分泌しているおかげで、その辺の岩などでも腹を壊さずに消化できるほどの強靭な胃袋をしておる。それはガラ自身も自覚しておることじゃからな……ゆえに目を離せば見逃してしまう連中を喰らったんじゃろう。体内でゆっくりと殺すためにのぅ」
それで「勝った」とガラジャリオスたちは宣言したのだろう。確かに状況だけを振り返れば、勝ったと思っても不思議ではない状況だけど……どうしても休眠中のガラジャリオスを思い浮かべれば、そう上手く事が運んだとは思えなかった。
「…………でも、そうはならなかった?」
「……分からぬ。確かにそれから数十日経ってもガラに異変は無かった。だから間違いなくあの化け物はガラの中で死滅したと思っておった。じゃが――つい昨日のことじゃ。ガラは急に錯乱し始め、周囲に向かって攻撃を仕掛けたり、暴れまわったりし始めたのじゃ……」
そして今に至る、と。
「ガラジャリオスさんを追いかけてきたのは、ドグライオンさんだけなんですか?」
「まさか。総出でガラを捕まえに動いておる。……が、厄介なことに地中を移動されては、地上を走る者にとってちと追尾がキツくてのぅ。それで土中を最も早く移動できるワシが先行して追いかけてきたわけじゃな」
そこまで聞いて、ようやく八王獣領の大まかな現況が掴めてきた。
「なるほど、それで事故……ねぇ」
ガシガシと髪をかき上げながら、マクラーズは苦笑しながら「どうしたもんかね」と呟く。
「とんでもない食中毒ですわね……」
クルルが大真面目にそう言葉を漏らすが、まず間違いなく――食中毒なんて生易しい話で収まる範疇を超えている気がする。
八王獣領に突如、出没する謎の人形たち。
そしてそのうちの一体を喰らったガラジャリオスの異変。
わたしは頭の中で、クルルが口にした魔力を喰らう謎の植物も付け加えた。
何かがおかしい。このヴァルファラン王国で、700年の史実には無かった前例無き未曾有の出来事が次々と起こっている気がしてならない。
とりあえず今の話だけで、先にドグライオンが挙げた要望のうち2つは実情が知れた。話を進めていけば当然、他にも色々な細かい問題点などが浮き出てくるだろうが、ひとまずは概要が分かれば良い。
わたしたちが知り得たい情報も多くその中に含まれているだろうから、このまま深堀りしていきたい欲求が湧き上がるが、それでは交渉の体を成さなくなってしまうので、わたしは残る要望について聞いてみることにした。
「……ガラジャリオスさんが正気でないこと。そしてその原因は謎の人形にあり、八王獣として故意に行った行動ではないことは分かりました。……そして、残る種族間協議というのは何なのでしょうか?」
「うむ、それじゃが……先ほど、お主ら人間種がワシらの領土に土足で踏み込んでおることは話したな?」
全員が頷くのを見て、ドグライオンは話を続ける。
「実はそういった問題が積み重なった結果、ワシらの中でも二つの派閥が生まれつつあるのじゃ」
「派閥?」
「そう――盟約を破棄し、領土の線引きを破壊すべきと提案する『強硬派』と、ワシを筆頭とする様子見を重視した『保守派』の2つじゃ。人間どもには恩恵能力という力が備わっておるじゃろ? 領土に侵入してくる者の中には、そいつを使ってワシらの仲間を追い返そうとする連中もおってな。そういった積み重ねが若いモンどもに火をつけることになり……最初は燻り程度じゃったが、最近では収まりが利かんほどに熱くなっておる」
「……」
――そりゃそうだよね。人間の英雄と呼ばれる人たちが、精霊種と八王獣の争いに割って入って、話し合いの末に導き出した妥協点が「三権相互扶助条約」だってのに、それを持ちかけた人間側から破っていちゃ世話ないよね……。
「若い奴らは当時のことなんぞ深く考えようとせんからのぅ……ただ現状の不満だけが重なり、今にも爆発しそうな状態じゃ。それに加え――今回の事態が拍車をかけよった」
「え?」
わたしの疑問の声に、代わりにメリアが答えてくれた。
「その人形の仕業も人間の手管の一つなのでは、という疑いを持ったということでしょうか」
「うむ。まあ……もっともアヤツらにとっては口実が欲しいだけで、人形の一件が誰の仕業だろうとどうでもいいのかもしれぬがな。それゆえに説得を試みても話は平行線の一途を辿るばかり……しかも最悪なことにワシと同じく保守派であったガラまでもが、人形を喰らった後にこのザマじゃ。アヤツらを抑えられるのもあと数日が限界かもしれぬな」
「……!」
とんでもない爆弾が落っこちてきた。八王獣の一部とはいえ、強硬派たちが攻め入ってきたときの損害規模は甚大なものになりうる。迫りくるであろう最悪な未来に、タクロウも顔色を悪くしていた。
「……ドグライオンさんは」
「む?」
「ドグライオンさんは人を見限らないのですか?」
話を聞いてみれば、一方的に悪いのは人間種側のように思える。当然、一方からの証言だけでは正確な判断とは言えないので、断言はできないけれど……少なくともドグライオン自身も人間種側に不満を抱き、わたしたちに文句をまき散らしてもおかしくない状況のはずだ。
でも彼は保守派として、冷静にわたしたちと交渉の場を設け、話し合っている。
彼を含め、保守派の者たちは何故、人を見限ろうとしないのか――そんな純粋な疑問がわたしの口をついて出てしまったのだ。
「……言っておくが、不満が無いわけじゃないからのぅ。ただワシらは――精霊どもと争っていた時に現れた人の子らのことを忘れたことは無い。そこで得られたものをきちんと覚えておる。じゃからこそ……簡単には捨てられぬのじゃよ」
「……大事な、ものなんですね」
「カッカッカ、まあのぅ。そんな状況じゃからか、ワシら保守派はみな歳を食った老人ばかりじゃ。まったく勢い任せの若いモンを抑えるにも骨が折れるわい」
思うところはある。けれどもそれよりも優先すべき大切なものがある――700年もの歳月を経て、未だ風化せぬ大切なものとは何なのだろうか。少なくとも今を生きる人間種は、700年前にその絆を残していった英雄たちに今まで以上に感謝をしておくべきなのかもしれない。
「つまり……種族間協議とは――」
「あぁ、アヤツらが感情に任せて暴走する前に……人間種と八王獣の両種族間による話し合いの場を設けたい。お主らにはその一助を願いたいというわけじゃ。それがどういう結果に繋がるかはワシにも分からぬ。じゃが何もせずとも……衝突の日は近い。ならば、双方の主張の折り合いをつける場があった方が……まだ回避できる可能性があると踏んでおる」
予想以上に緊迫した事態を前に、シィンと馬車の中が静まり返る。
「――私たちの一存では難しいお話ですね。種を代表するならば、王族が席に座る必要があります」
数拍置いて、タクロウがそう答えるが、ドグライオンは肩を竦めて「それはいつになる?」と聞いた。
「確認を取ってみないと何とも言えませんが……最低でも一月は必要かと」
歯切れが悪いタクロウの言葉に、ドグライオンは頬杖をついて呆れ顔になる。
「それじゃ間に合わないと、分かってて言っておるのじゃろ?」
「……ええ、ですが」
「よいか、それも含めての交渉じゃ。ガラが正気を失ったのは昨日。それを受けて若ぇモンが今か今かと牙を研いでおる。人間側の王族に取り次ぐ暇がないのは当然のことで、むしろ今こうしてワシらが出会えた奇跡を喜ぶべき状況じゃ。これがワシらの中だけの話が発端ならお主らが拒むのも筋が通るが、全ての発端は……盟約を破った一部の人間にあることを忘れるでないのぅ」
「……」
「お主の口ぶりや気配からして、そう王族や国の中枢から遠い位置にいる人間ではないのだろう? であれば、今この場で判断すべきじゃ。ここにいる者たちだけで動くしかない……もう選択の余地がないほど時間が無いのじゃよ」
確かに……自分の目で見たわけじゃないからイマイチ実感が薄いけれど、仮に壊れかけの檻に入った猛獣が涎を垂らしながら外へとその身を出そうとしているならば……このタイミングでわたしたちが動くしか最善の道はない。
八王獣はその長い寿命から、長い期間に積りに積もった苛立ちを牙に乗せて襲い掛かってくる。
人は当然、当事者以外は根耳に水なので、八王獣が一方的に盟約を破って襲い掛かってきたと思い、応戦に出ることだろう。
そうなれば、後は多くの血を流し切り、両者が疲弊するまで戦いは続く――戦争の始まりだ。
「別に、発言力を増すために、お主らが王族を騙っても良いのじゃぞ。地位だの格だの見栄だのに確執するのは、お主ら人間種や精霊種どもの狭い考え方であって、ワシらには適用されん。そんなことを気にする奴はほんの少数よ」
「し、しかし……!」
タクロウはレジストンの忠実な部下だ。そしてそのレジストンは王族と信頼を交わし合う存在である。勝手な判断で、それも種族同士の大きな問題に介入することが、レジストンにどんなデメリットをもたらすか読み切れないのだろう。
上手く行けば事後報告でも許されるのかもしれないが……仮に強硬派の火に油を注ぐような結果になってしまったら――最悪、レジストン自身も首を落とされる可能性だってあるのかもしれない。
タクロウはおそらくこの交渉に応えることはできないだろう。
彼を縛る鎖は強固であり、絶対だ。彼の忠誠心が揺るがない限り、命令の範疇を超えるような勝手な真似は取らないだろう。
「ドグライオンさん」
「ん、なんじゃ」
抜け道を模索するように口元を強く結ぶタクロウの横で、わたしはコートの襟につけていた記章を見せながら、ドグライオンを見据えた。
「――この交渉、依頼と報酬、という形でお願いできませんか?」
だったら、わたしがクラウンとして動こう――そう決めた。




