78 微妙な空気
ブックマーク+ご評価! ありがとうございます!!
そして感想もお贈りくださり、ありがとうございました~( *´艸`)
おかげさまで一周年を迎えることができました♪
まだまだ完結まで遠い道のりですが、これからも気長にお付き合いくださると嬉しいです(*´▽`*)
※今話はちょっと下世話なワードが出ます。苦手な方はごめんなさいm( _ _ )m
「グァーーーッ!」
『いたっ、コラ! な、なにをするかッ、こやつ!』
馬車に戻るやいなや、わたしが抱えている土竜の頭を、餌をついばむ鳩のように突っつきだすハクア。戻ってわたしの顔を見た時はそれなりに嬉しそうな雰囲気を出していたのに、ドグライオンを見た瞬間、この有り様である。アレか。古くからの精霊種と八王獣の確執でも潜在意識に残っているんだろうか。
「こら、ハクア! 止めなさい」
「グァッ、グァゥ……」
わたしが少し強めに諫めると、ハクアは不機嫌を隠さずに唸り、プイッとそっぽを向く。そしてそのまま尻尾で文句を言うかのようにブンブンと左右に振りながら、馬車の奥の木箱の上に丸まってしまった。ふて寝である。
反抗期のような態度に小さく肩を竦め、後でご機嫌取りに頭でも撫でてあげるかと嘆息する。
『まったく、なんじゃあの精霊は……いきなりワシの頭を突っつきおって……』
「す、すみません」
『ふん、所詮は窮屈な生活を好む精霊種の考えることじゃ。何を考えているのか分からん奴らのことなど、気にするだけ無駄じゃな』
そう言って、ドグライオンはわたしの膝の上に座り直した。……いや、わたしの膝は椅子じゃないんだけどね? うーん、剛毛のせいで膝がチクチクする。
今、わたしたちは馬車の中で円を作るかのように座っている。
そしてその円の一角にいたクルルがドグライオンの言葉を受け、ガタッと勢いよく立ち上がった。
いたく憤慨されたご様子だというのに、精霊上位種である彼女の顔立ちは相変わらず美しい。怒りの表情すらも、その艶やかさを引き立てる要素の一つでしかないようだ。羨ましいだなんて思ってないよ? ちょっとズルいなぁって思っただけ。
「聞き捨てなりませんわ! 獣風情が精霊種を馬鹿にするなど、言語道断もいいところですわ!」
――ああっ……話がややこしくなりそうな予感……。
『決まりだの何だのと自らに縛りを設け、安住だの定住だのと騒ぎ立て、すまし顔ばかり上手くなった隠居者の何を理解せよというのかのぅ?』
「その日そのままを生きる野蛮で短絡的な原始動物に、我々の文化をとやかく言われる筋合いはありませんことよっ!」
『なんじゃとぉ! ワシらのどこが短絡的かァ!』
「ほら、そうやってすぐにがなり立てるところがですわっ!」
『それを言うならお主もそうじゃろう!』
「一緒にしないでもらえますっ!? 私は貴方のように頭に血が上って声を荒げているわけじゃありませんわっ! 種を代表して愚かな物言いを正しているだけですわっ!」
『言い方を変えただけのことじゃろうが! 根底にあるものは単なる短気を起こしているだけじゃろう!』
「ぐぬぬ……この黙って聞いていれば、次々と頭の悪いことを……!」
『微塵も黙っておらんじゃろ! フンッ、その文化とやらに縛られ過ぎて、ついには正常な思考すらできおおふぅううあ!?』
とりあえずタクロウの時と同様、話がこじれにこじれそうだったので、わたしは手身近なドグライオンを電撃で痺れさせた。まったく……さっき結構魔力を消費したというのに、これ以上浪費させないでほしい。
「クルルさんも。少し落ち着いてください」
「はい、分かりましたわ、セラフィエル様!」
――軽っ!? あんだけ憤慨していたのに、まさかのわたしの一言で敬礼でもしかねないほどの姿勢の良さで了承しちゃった!? え、種族を馬鹿にされて怒ってたんじゃないの? そんなんで矛を収めて大丈夫なの!?
唖然としているわたしを他所に、クルルは静かに座り直し――突然、クワッと目を見開いた。そのまま静かなクルルに戻るのかと油断していただけに、わたしはびくりと肩を震わせてしまった。
「セラフィエル様っ!」
「な、なんですか!?」
「その獣を早く膝の上から退かしてくださいませ!」
――ドグライオンに関する話はまだ続いてたんかい! 座り直したのはフェイント!? 見事に騙されたわっ!
思いっきりジト目で見返したが、クルルには通用せず。
わたしはため息を吐いて、クルルを諫めることにした。
「あのですね、クルルさん。今はそれどころじゃなくて、ドグライオン……さんにお話を伺うのが先決だと――」
「駄目ですわ、セラフィエル様! その野蛮な獣に孕まされてしまいますわっ!」
「――ブッ!」
あまりにも直情的な物言いに、思わず噴いてしまった。
――ほんと、何言っちゃってんの、この人!?
一気に馬車の中に微妙な空気が流れていく。いや……元々、クルルとドグライオンの言い合いの時点で流れていたのだけれど……さらに氷河期なみの冷気が漂ってくるほどに空気が冷めていく気がする。
ヒヨちゃんは口を挟もうか挟むまいか悩んでいるのか、口をパクパクしている。でもクルルの爆弾が投下された瞬間、苦手分野なのか彼女は目を僅かに逸らして口を閉ざした。
メリアは……うん、メリアはいつも通りだ。いつも通り、観察モードに入って静観しておられる。面倒ごとが嫌なのもあるんだろうけど、それに加えて一歩引いたところでネタ集めもしている気がする。ふとわたしと視線が合うと、作り笑顔でニコリと微笑み――その裏側で「どうぞ、色々と勢いに飲まれて暴露してください」と言っている気がする。いやいや……別にわたし、そっち方面で何か隠していることなんて、ありませんからね!?
タクロウは冷静に……あれ? ちょっと様子がおかしい。え、殺気? もしかして馬車を埋め尽くす冷気の出所って、ここ? なんだか冷静に話ができそうに無いので、無理に話を振って助け舟を求めることもできなくなった。なに、この四面楚歌は……。
マクラーズに至っては、避難を決め込んだようで、窓際族になっていた。あんた、一番の年長者でしょうに……この空気をなんとかしてよ!
「…………ごほん」
仕方が無いので、ここはわたしが道を切り拓くことにした。
もしかしたらクルルに他意はなかったのかもしれない。よく聞く話だ。そういった生々しい話は教えられずに育ってしまったがゆえに、斜めに曲がり切ってしまった知識を持つことを。彼女にとって「孕ませられる」という表現は「危ないから離れてください」という意味と同義なのかもしれない。うん、そう思う事にしよう。
「クルルさん、えっとですね……もしかしたら貴女は温室育ちのお嬢様で、生物の営みについて疎いのかもしれませんので、一応言っておきますと……。んんっ、いいですか? 男性と女性との間に子を授かるには、えー……ちょっと特殊な行為が必要でして、それは、うん。膝に乗っけることではなく――」
「あ、はい! 私、知ってますわ! 男性器とじょ――」
「ええい、もう黙りなさいッ!」
元気よく手を上げて答えようとするクルルに向けて、痺れる程度の電撃を放出。彼女は「ぴきゃああっ!?」と悲鳴を上げながら、静電気で髪の毛を逆立てていった。いつからわたしの魔法はツッコミ専用となってしまったのか……。
上半身を伏せて涙目になるクルルに対して、わたしは冷ややかに「まったくどういうつもりですか?」と問いただす。
「あぅぅ……わ、私はセラフィエル様のことを想って……」
「で、ですから……その、膝の上に乗っけているだけで子供は生まれませんので……」
「そんなことは分かっておりますわ……。ですが八王獣は強き伴侶を本能的に求める、獣ですもの。ですから折り合いの付かない精霊種を別として、人間種との間にも子を残したりしているのですわ……。そいつらは気高くお強い女性を見ると、盛りのついた恐ろしい存在になるのですっ! セラフィエル様なんて、まさに格好の獲物ですわ!」
「ええぇ?」
いくらなんでもそれは……と言いかけたが、確かに初めて出会ったばかりだというのに、わたしに抱っこして連れていくように言ったりと、ちょっと不自然な様子があったのも事実。いやでも、今のわたしは10歳の子供の身体だ。いくらガラジャリオスとの攻防を目の前で見せたからといって、こんなお爺ちゃん口調の土竜がそんなことをするものだろうか……。
「なるほど……私が危機感を抱いた理由がそれだったのですね」
納得顔で頷くタクロウ。そうなの? そういうのって肌感や勘で分かるもんなの? 腑に落ちないまま言葉を探していると、膝元がもぞもぞと動き出し、痺れが解けたドグライオンが再び声を発した。
『ふん、優良物件に唾をつけておいて何が悪いのじゃ! このような女子、千年待っても現れぬ逸材ぞ! 今のうちに良好な関係を築いてじゃな――――』
「……」
わたしは<身体強化>を最大出力まで上げ、全力で拳骨を土竜の脳天に振り下ろした後、大きな瘤をこさえた彼をマクラーズの膝の上に載せた。
不満を漏らそうとするマクラーズを、鋭く一瞥して黙らせ、わたしは元の場所へと戻って座り直す。
「さっ、与太話もこれまでにして、さっさと本題に移りましょうか。ねっ、ドグライオンさん?」
殺気を込めながら笑顔でそう告げると、ドグライオンは前足をパタパタと動かして『う、うむ……わ、わかったのじゃ』と漸く真面目に話を開始してくれる気になったようだ。
クルル、タクロウは彼が離れたことに満足したようで、浮きかけた腰を落ち着けてくれた。他の面々もそれ以上、この会話を続けるつもりはないようで、無言でうなずいてくれた。
何故、話を聞くだけでこうも脱線し、労力を割かねばならないのか……。わたしはこめかみに溜まる疲労を押し出すように溜息を吐き、ドグライオンに対して「お願いします」と催促した。