76 力比べと根比べ
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逆立った鱗の隙間から視覚で捉えられるほどの火花が散っていく。
巨大な顎がゆっくりと開き、喉奥から二又の細長い舌が覗かせていた。
ジッ、ジジッ……と周囲の草が黒く焦げていき、やがて燃えカスとして風に舞っていく。
死の予兆を彷彿とさせるガラジャリオスの殺気。それは電撃となって具現し、まさにわたしたちの頭上から舞い降りようとしていた。
『小娘、小僧ッ! 急げッ!』
土竜はそう言い残して、地中へと潜り始める。なるほど、地中深くまで潜れば、絶縁体とまで行かずとも電撃は拡散し、ダメージもかなり軽減できるはずだ。おそらく土竜はそうやってガラジャリオスの攻撃を凌ぐつもりなのだろう。
急げ、と言うからにはおそらく自分が掘った穴に続け、という意味だと伺える。彼一人が通るにしては大きい穴を掘っているのは、タクロウも通れるだけの隙間を確保するためだろう。
しかしもう間に合わない。
土竜だけならまだしも、人であるわたしたちは穴に潜るなんて習慣はない。間違いなく手間取る。そして悠長に穴の中でもぞもぞとしている間に、ガラジャリオスの電撃は無防備なわたしたちを綺麗に焼き払うだろう。仮に上手いこと電撃が地表に逸れたところで、相手もあの鋭い形状の頭部から地中へと潜れる術を持っているのだ。
間違いなく地中で圧砕される未来が待っている。
タクロウは<対価還元>を使うつもりなのか、新しく仕入れた剣を抜き、数秒後に襲い掛かるであろう電撃に備えて構えを取っていた。
しかし彼の表情は芳しくない。
多分……だけど、彼の<対価還元>が力へと変換するために吸収するエネルギー。それはある程度纏まったものである必要があるんじゃないかと思う。つまりガラジャリオスが放つ電撃が断続的かつ散発となる力だった場合、彼が変換する力も、その散発されたうちの一つ……ということになるんじゃないだろうか。
それがどういう結果に繋がるかと言うと、せっかく<対価還元>を使っても得られるエネルギーは微々たるもので、しかも断続的に放たれる電撃を防ぐ手立てが無い――という最悪の展開である。
それが分かっているからこそ、タクロウも強張った顔色をしているのだ。でも彼は間違いなく引かないだろう。彼の背負っている任務には、わたしを護ることも含まれているのだから。
「……」
――別に土壁を用いて防御に回ってもいいのだけれども。
バチッ、と静電気が走ったかのようにわたしの髪の毛が浮き立つ。銀髪は青白く発光し、全身から放出する魔力は、魔法へと昇華し、やがて現象として世界にその具現化し始める。
「セラフィエル様……!?」
『こ、小娘……貴様、何を!?』
ガラジャリオスの琥珀色の電撃と異なり、わたしの周囲には青白い電撃が走り始めた。
『――――』
ほんの一瞬だけど、ガラジャリオスの赤い目が細められ、その瞳に正気が過ったような気がした。でもそれは気のせいと切り捨てても構わないほどの刹那の出来事で、ガラジャリオスは再び尻尾を激しく鳴らし、体内の電磁波を一気に放出した。
「せっかく力が戻ってきたんだから……ちょっとぐらい力比べをしたって構わないよね?」
無差別に周囲を焼き切るガラジャリオスの電撃に比べ、わたしの電撃には指向性を持たせている。力比べと言うからには、わたしも全方位に向かって電撃を放出してもいいのだけれど、それだとタクロウや土竜がタダじゃ済まないことになってしまう。
だからここは技量も含めた力比べと行こう――と、わたしはニッと笑い、体内に新たに貯蔵された魔力を放出した。
「そのお粗末にもだらしない電撃、すぐに押し返してあげるわ――」
蒼白の電撃が、琥珀の電撃が飛び跳ねる先へと向かう。やがて真昼間の明るさすらも飲み込む光が視界を埋め尽くし、激しい轟音が鳴り響く。
黄金は呑まれ、白銀が世界を覆う。
明滅を繰り返し、宙を走るプラズマが踊るようにのたうち回る。
やがて――わたしが放った魔法による電撃はガラジャリオスの電撃を全て喰らい、丈夫な鱗を抉りながら強いダメージを与えていった。
『――――、――ッ』
鱗に護られているはずの肉体が焼き裂かれていく感覚に、ガラジャリオスは顎を大きく開けて暴れまわった。
その辺の丘陵程度なら軽く粉砕してしまいそうな太い尾が鞭のように接近してきたので、わたしは電撃を霧散させ、代わりに強風を発生させる。数トンはありそうなガラジャリオスの巨体を尾ごと浮き上がらせ、いくら暴れてもわたしたちに届かない位置まで派手に吹き飛ばした。
ズドン、ズドンと大地を揺らしながら、ガラジャリオスは何度か体を跳ねさせていく。そして最後はベタンと長い尾を力無く大地に落とし、そのまま沈黙していった。
「…………」
『…………』
唖然とするタクロウと土竜の気配を感じる。
――ふふん、魔力さえ戻ればこんなもんなのよ。あの群青法衣みたいに変則的で反則的な能力が相手でも無い限り、力で圧倒されるなんて無様な真似……もうさせないわっ!
気付いたら胸を張って得意気にしていたことにハッと気付き、わたしは一つ咳払いをして、緩み切った表情筋に喝を入れ直した。
「えっと……まあ、こんな感じでしょうか」
誤魔化すように、あははと笑いながらタクロウたちに声をかけると、彼らもようやく反応を返してくれた。
「…………セラフィエル様、貴女の魔法を拝見することは数度ありましたが――まさか、ここまでだとは思いませんでした」
『というか、なんじゃぁこの小娘は!? この力はまるで……精霊種のッ!? い、いや……じゃが、匂いは人間と変わらぬ……はずなんじゃが。一体どうなっておるんじゃ!?』
ふんふん、と足元で匂いを嗅ぎまわす土竜を抱っこしてみる。うーん、抱き心地はあまり良くない。久しぶりの動物なので、猫みたいな肌触りを期待したのだが、どちらかというとゴワゴワしていて毛先が痛い。というか想像以上に重い。
『なんじゃ小娘……ワシは怪我などしとらんぞ?』
「あぁ、うん……」
怪我を心配して抱き上げられたのかと勘違いした土竜はそんな的外れな言葉を発したが、対するわたしもなんと答えたものかと返答に窮したため、曖昧な返事をして彼を地面へと降ろした。
『なんじゃ、そのガッカリしたような目は……なんぞ失礼なことを考えておったのではなかろうな?』
「あ、あはは、気のせいですよ」
違和感を口にする土竜を躱しつつ、わたしは体内の魔力を推し量った。
――うん、魔力燃費の悪い電撃を使っても、魔力の5分の1程度の消費ぐらいで済んでいる。選択肢の幅が広がった……これはわたしにとって大きな収穫だね。
「さて、それじゃ土竜のお爺さん……でいいのかな? 話を聞いてもいいでしょうか?」
器用に二本足立ちする土竜と目線を合わせるようにして、わたしはしゃがみ込む。早々に平常心を取り戻したタクロウも音も無くわたしの横へと並んだ。
『……ワシの名は土竜のお爺さんじゃなく、ドグライオンじゃ。それより小娘。ガラは――ガラジャリオスは死んではおらんじゃろうな?』
「わたしは小娘じゃなくて、セラフィエルって言います。こっちはタクロウさん。ガラジャリオスは多分大丈夫だと思います。それなりに加減はしましたので……」
『あれで加減、じゃと? クッフッフ……長いこと生きておるが、こんな規格外と出会うことなんぞ久しぶりのことよのう』
「久しぶり?」
『今は昔話に時間を割いている場合ではなかろうて。それよりガラジャリオスを――』
そこでドグライオンは言葉を切り、わたしの背後の何かを見て硬直した。同時にピリピリと殺気の波が押し寄せる感覚を受け、わたしとタクロウも「まさか」と背後を振り返る。
『――――』
いつの間にか上体を起こしていたガラジャリオスがこちらを見据えており、大きく口を開いていた。
巨大な口腔から漏れだす黄金色の光。真逆にしてガラジャリオスの外皮や鱗からは輝きが消えているように見えた。
『ま、まずいッ……ガラの奴め! 全エネルギーをこちらに向けて放出するつもりじゃ!』
「え、ちょっ……!」
わたしは慌てて遠くに避難している馬車の場所を目視で確認した。場所こそ離れているものの、ガラジャリオス、わたしたち、馬車とほぼ一直線に近い位置関係に、嫌な予感が降り積もる。
再びガラジャリオスへと視線を戻せば、この距離でもジジジジッと高熱が収束する音が聞こえるほどのエネルギーが溜まっているのが分かる。
――避けてる暇は、無いよねッ!
わたしは大地に手をつき、急ぎ魔力を注ぎ込む。
ガラジャリオスとわたしたちの間に数十の分厚い土壁がドミノ倒しのように聳え立ち、同時にガラジャリオスの口腔から膨大なエネルギーが放たれた。
太いレーザーのような高熱のプラズマが、直線上に存在するもの全てを焼き払わんと光速で向かってくる。土壁はコンマ一秒すら時間稼ぎもせずに砕け散っていき、わたしは反射的にタクロウ達の前に躍り出て、両手を前に突き出した。
「ふんぬーーーーーッ!」
淑女あるまじき根性の籠った気合を吐き出し、わたしは大量の魔力を消費して強大な電磁場を発生させ、ガラジャリオスの放ったレーザーを分散させていく。
力比べはやっぱ無しで! と叫びたいほどの衝撃が両手から伝わり、屈折させたレーザーの残滓が枝分かれして周辺の大地を消滅させていく。電磁場の調整を少しでも誤れば、蒸発し兼ねないほどの熱量だ。
加えて後方にいる馬車の方へとレーザーが流れていかないよう、電磁場の力の受け流し方向も調整しつつなので、とんでもなく集中力を要した。脳みそが攣っているような感覚に、わたしは思わず片目を細める。
現存の魔力ではこの電磁場を維持することが精一杯である。ゆえに細かいコントロールが必要となる。せっかく魔力の貯蔵量が増えたというのに、まさか早速、こんな窮地に陥るとは思ってもいなかった。裏を返せば、グラベルンで血が戻っていなかったらどうなっていたことか……考えるだけで恐ろしい。
ゴリゴリと消費されていく魔力。
魔力が尽きてこちらが消し炭になるのが先か、それともガラジャリオスが体内に内包するエネルギーが尽きて攻撃が止むのが先か。
余力を残しての力比べのはずが、まさかの生死を懸けた根比べになるとは思いもしなかった。
「うぎぎぎぎぎッ!」
電磁場の隙間から入り込む熱量に当てられ、わたしの指先の皮膚が爛れていくのが分かる。けれどもほぼ同時に淡いエメラルドグリーンの光が傷口から発せられ、火傷のような傷痕が修復されていく。
白蛇の如く、うねり暴れまわる力の奔流を押さえながら、わたしは心中で「はよ終われ!」とガラジャリオスに必死に訴えかけた。
――ああああああぁッ、こんなことになるなら、さっさとガラジャリオスの意識を刈り取っておくんだったぁ! 余裕ぶっこいてる場合じゃなかったよ! こんな奥の手があるなら先に言ってよぉーッ!
とても口には出せない弱音を盛大に心の中で吐き出しながら、わたしはひたすらに電磁場の維持に全力を注いだ。
そして無限に感じるほどのたった数秒の時間が過ぎ――勝敗は決した。
口元から灰煙を吐き出しながら、ようやく活動を停止したガラジャリオスの姿があり、わたしは激しく抉られた大地の惨状の中心で、ぺたんと尻餅をつくことになった。
いつも調子に乗った時のリバウンドが大きいセラフィエルさんです(笑)
※第三章のタイトルの後ろに【コルド地方編】を追加させていただきました。どうにも長くなりそうな気配が濃厚でしたので……クラウン編は二つに分ける形になりそうです(/ω\)