74 地中より這い出るモノ
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グラベルンを後にして一週間経ち――わたしたちは、おおむね順調に東への旅程を消化していった。
一週間も経てば、メリアの余計な策略に落ち込んでいたわたしの心も幾ばくか回復し、なんとか気持ちを前向きにできるようになってきた。
メリアには、おねしょの件は誤解であることを説明し、誤解でも事実でもそういうことを吹聴してもらっては困るとお願いした。彼女は口では「かしこまりました」と言っていたけど、どうにもその目の奥で「弱みは握っておくもの」という色がちらついているような気がするので、今後も注意が必要かもしれない。うん……なんというか、本当に油断ならない人である。
樹状組織が一体なにを目的に、姿を現してまでわたしたちを襲ったのか……その理由は定かではないけど、わたしたちが狙われたという事実は変わらない。そのため寝泊まりは野宿がメインとなり、食料が不足してくれば近場の街で買い出しを行う、というスタンスで進むことになった。
もちろん買い出し中に襲撃されることも考慮し、買いに向かうのは隠密に長けたタクロウが。周囲の警戒は身軽なわたしが担当することになった。他の面子は、街の厩舎ではなく外に馬車を停めざるを得ないため、夜盗などに馬車を奪われないよう警備にあたる――という役割分担になった。
ちなみに腐りやすいトマトや大根は早々に食べきることになり、今は長持ちするジャガイモや穀物、干し肉などがメインの食糧となっていた。野菜類を調子に乗って多めに持ってきてしまったのは失敗だった。美味しいものを食べたい・食べさせたいという思いが強く出てしまい、保存状態や鮮度を考慮し忘れていたことは次回への反省点である。
そして、菜園の野菜を持ってきたことによる弊害はもう一つあった。
あの味に慣れていた一向は、ヴァルファラン王国で言う普通の野菜――今まで彼らが普通に食してきた食材に満足できなくなってしまったのだ。こればっかりはタクロウですら眉をしかめるほどの問題で、人間一度贅沢を味わうと中々戻れないんだなぁ、と遠い目をしてしまう。
当分はジャガイモがあるので、こちらを使った料理で凌げると思うけど、舌が肥えれば飽きも早い。毎日ジャガイモ料理というのも、それはそれで辛いものなのだ。そろそろ何かしら別の食材、もしくは別の工夫した料理が必要になってくるかもしれない。……といってもアテは何も無いんだけどね。
「ふわぁ」
大きな欠伸をしながら御者台の上で風を感じていると、背後から声をかけられた。
「お疲れのようでしたら、交替いたします」
「ええっ? あ、いや、大丈夫です。風が気持ちよくて、思わず欠伸が出ちゃっただけですので……。というかタクロウさんの方が休んでくださいっ。さっき交替したばかりじゃないですか……」
「私のことはお気になさらず。セラフィエル様こそ、病み上がりのようなものなのですから、無理をされては――」
「だ、だから大丈夫ですってばっ」
「……そうですか」
貴方はわたしのお母さんですか、と言いたくなるほどの過保護っぷりを見せるタクロウ。旅が始まる時も過保護ではあったけど、どこかグラベルンの出立を境に少し雰囲気が変わったような気もする。
少し前まではわたしというより、その先にある命令に焦点を合わせている印象だったけど、今は実直にわたしそのものを見ているような気がする。
気配を悟らせないタクロウだからこそ、強く感じる違和感だ。いまいち、その違和感の根底が何なのか分からないけど、過保護が過ぎると子供扱いされているような気がしてくるので、程々に納めてくれると嬉しいところだ……。
ふと、流し目でこちらを見ていたメリアが、ほぉ、と珍しく小さな驚きを示すような動きをする。それからスッと視線を滑らせて、何かを考え込むように顎に手を当てている。いらんことを考えていなければいいんだけれど……。
わたしは手綱を何度か握り直し、左手の感触を確認した。
――うん、手首の調子は大分良くなっている。
使えるものは使ってやると決めたものの、この回復能力は一体なんなのか。疑問が残るのも確かだ。
ここ一週間は睡眠時に内包世界に足を踏み入れることも無かったので、わたしの中に起こっている変化について、新しい情報や発見は無いままだ。
――ていうか、アレがわたしの生み出した世界だって言うんなら、本体であるわたしがランダムでしか行き来できないっておかしな話じゃない? ……今日、強く赤の元に行きたいって願いながら寝てみようかな。
「…………!」
そこでわたしは意識を視界の先へと戻した。
一瞬、遠くに曇り空が広がっているのかと思ったが――違う。
――あれは……火事?
雲のように見えたのは煙のようだ。森の奥から上空へ煙が上がっている。遠目から確認できるほどの煙ということは、それなりに規模の大きい火災であると判断できた。
御者台横に備え付けている丸めた地図を膝の上で広げ、前回の休憩場所を表す丸印から、指で現在地と思われる場所までをなぞっていく。
「…………」
地図上では、国が管理している街や集落は、この辺りに存在しない。
となると、山火事の類か、それとも地図に乗っていない集落で何かが起こったのか。野生の動物よりも野生の盗賊の方が多く蔓延る国だ。何者かが良からぬことをしている可能性も否定できない。
一応、樹状組織の存在も念頭に置いておこう。
「タクロウさん」
「ええ、私も今、確認しました」
わたしが地図を突然見始めたことで察したのだろう。タクロウもわたしの背中越しに、遠くに広がる森へと視線を向け、短く答えを返してくれた。
「なんかあったの~?」
「問題事でしょうか?」
単調な旅路に飽きてきたのか、わたしたちの反応に素早くヒヨちゃんとクルルが首を突っ込んでくる。ヒヨちゃんに関しては完全に興味本位な顔をしている。
「火事……だと思うんですけど、この辺りに人が住んでいる場所は確認されてないんです」
「地図が古いんじゃないの?」
「――ヒヨヒヨ。まさかそのような手落ちを私がしていると、本気で思っているのか?」
ジロリ、とタクロウに睨まれたヒヨちゃんは「き、聞いてみただけだって!」と慌てて両手を振った。
さすがタクロウ。仕事の話になると軽口や冗談が通じない。実はわたしも同じことを尋ねようと考えていたところだったので、本当に危なかった。ヒヨちゃん、グッジョブである。
「タクロウさん、どうします?」
グラベルンでの災難はあったものの、以降の旅程は円滑に進んでいる。ブラウンが短い休みでも頑張ってくれているおかげで、予定よりも1日程度早くコルド地方へ向かっている状況だ。
完全な寄り道になるだろうが、影とはいえ国に身を置く者として、タクロウとしても気になるのでは、と思ってそう尋ねてみた。
「…………様子見だけ、宜しいでしょうか?」
「分かりました」
僅かに逡巡した後にそう言ったタクロウに、わたしは快く承諾し、ブラウンの手綱を軽く引いて、遠くの煙舞い上がる場所へと舵を取る。
――その瞬間だった。
縦揺れの地震が馬車を襲ってきた。
「っ!?」
車輪が浮き、慌ててわたしたちは馬車のどこかを掴み、ブラウンは驚いて嘶きを上げる。
何事かと前方を見たわたしは、思わず目を剥いた。
森の手前、薄っすらと背丈の低い草が生えている大地が突然隆起し、ひび割れた地盤の隙間から激しい粉塵が舞い上がる。分厚い地盤の破片が青空を舞い、矮小なわたしたちを嘲笑うかのように影を落としてきた。
「まずっ……!」
馬車数台分はあるであろう――膨大な質量が押し潰さんと迫ってくる。わたしは魔法を展開し、大気中の風を操って上空の土塊を押しのけさせていく。重力の乗った質量を跳ね返すには、膨大なエネルギーが必要となるため、魔力を多く消費して馬車回りに蜷局を巻くような竜巻を発生させた。
竜巻は土塊を削って、その残骸を遠くへと飛ばしていく。
次々と舞い降りてくる土塊を凌ぎつつ、暴風の奥――粉塵の発生源へと目を細めた。
どうやら……遠くに見えた森の中の煙。あれは火事ではなく、土煙だったようだ。そして煙の奥に見えるのは――巨大な影。蠢く線状の何かは、地中からズルズルと這い上がっていき、やがてその全容をわたしたちの前に見せることになる。
「――――っ!」
「これはっ……!」
全員が遥か天上を見上げ、息を飲む。
わたしは右手を横に払い、渦巻く暴風を勢いの落ちた土塊共々、遠くへと押しやる。そしてクリアになった視界の先にいるモノを見つめ、驚きに目を見開いた。
一言でいうなれば――巨大。
蛇のようだと言えば、確かにそうだろう。だけど、わたしにはどちらかと言うと、龍に近いと思った。
黄金色に輝く鱗が日光を反射し、燦然と輝いている。地中から這い出てきたその全長は、軽く50メートルを超えているように見えた。
縦に割れた瞳孔がギョロリと地上の存在を睥睨し、忙しなく蛇行する図体に潰されるようにして周囲の草木が消えていった。
――この姿形、どこかで……?
どこで見聞きしたか、正確に思い出せないが、わたしはこの存在を示唆する何かに目を通したような覚えがある。
「馬鹿なっ……なぜ、こんな場所に!?」
タクロウは何か知っているのか、声を荒げて蛇龍を見上げていた。
後ろからヒヨちゃんたちの戸惑った声が聞こえる。ブラウンも全身を震わせて息を荒くしている。本当であれば前足を上げてすぐにでも逃げ出したいだろうに、わたしたちのことを気にかけて必死に恐怖を押さえつけているように見えた。わたしはブラウンの鬣を優しく撫でてから、コートを翻して御者台から降り立った。
「セラフィエル様!?」
「タクロウさん……アレは、敵ですか?」
あの存在を知っていそうなタクロウに、敵かどうか確認をする。彼は眉間に皺を寄せながらも、きちんと答えてくれた。
「いいえ……敵、ではないはずです。ですが、様子がおかしい……そもそも彼らの領地はもっと先のはずなのです……! こんな場所に姿を現すだなんて……!」
「……」
タクロウの回答に眉を顰めた。彼らの領地――その単語で、蛇龍について思い当たる情報が引き出されていく。
――もしかして、この龍は。
でも、仮にそうだとしても――確かに、おかしい。
目の前に姿を現した蛇龍は、わたしたちを見ているようで見ていない。否、景色など目に入っていないのだろう。無差別に目標も定まらずに、殺気だけをまき散らしている様子は――言い方は悪いが、狂っているようにしか思えない。
とても理知的な生物には見えないのだ。
不規則な蛇行を繰り返し、周囲のものをなぎ倒しながら、蛇龍は再び地面に尖った頭部を突き立て、地中へと潜り込もうとする。
もしかしたら、このまま黙って見過ごせば、何事もなくやり過ごせるかもしれない。
けれども――先ほどの地上へと姿を現した際の被害が、王都で起こったとしたら? グラベルンで起こったとしたら? どれだけの被害に及ぶだろうか。
わたしはきゅっと手を握りしめ、体内の魔力を放出した。