73 グラベルン出立は黒歴史を添えて
すみません、ちょいちょい間が空いてしまいました(>_<)
たくさんのブクマ、そして幾つかのご評価ありがとうございました! おかげさまで1700ポイント越えという奇跡を体験させていただきました(*''▽'')
そしていつも感想をくださり、感謝です♪
これからもどうぞ操血女王を楽しんでいただけますと嬉しいです!(*´▽`*)
グラベルンを出立する際に、領主別荘から馬車で移動できたのは本当に良かった。
なぜ良かったかというと――当初危惧していた通り、外の喧騒が謎の活気に満ち溢れていたからだ。いや、想像以上と言っても良いかもしれない。
小窓のカーテンを手の甲で少しずらし、外の様子を恐る恐る覗きこむ。
「っ」
普段は通ることのない馬車の進行経路を確保するため、等間隔に衛兵たちが配備された大通り。その路側に立ち並ぶのは、祭りでもあるのかと言いたくなるほどの領民たちの姿だった。
わたしが顔を覗かせた瞬間、先頭にいた子供と目が合い、子供が必死に指をさしながら、すぐ後ろの親の袖を引っ張って何かを笑顔で訴えている。その様子を聞いていた周囲の領民たちも次第に子供が指をさす方向――つまり、わたしへと視線を向けてくる。
少し肩をビクリとさせつつも、わたしが作り笑顔で手を振ると、ドッと歓声に近いざわめきが広がっていった。最初に目があった子供なんて、ピョンピョンと跳ねながら喜びを露わにしている。
「…………」
――これ、なんてパレード?
引き攣った笑みのまま、そっとカーテンを閉じて、わたしは浮かしていた腰を落とした。
おかしい。色々とおかしい。確かにタクロウは今回の領主と樹状組織が絡んだ事件を片付けるために、わたしの名を演説で使った。その話を聞いて、確かにわたしもこの世界の領民なら情報に流されるんじゃないかと思った。
――それにしてもだよ? この盛り上がりはおかしいでしょ……! 国の要人でも招待するようなイベントでも開催してるの!?
前世の女王時代、国を出る時も戻る時も、周囲は殺気染みた雄たけびを上げる戦士ばかりに囲まれていた。民たちは疲弊しながらも、時代の風潮を受け入れており、戦いに赴くわたしたちを鼓舞するかのように足を踏み鳴らしていたぐらいだ。時には「鮮血の女王ォォーーッ! 敵を皆殺しにしてくれェーーッ!」なんて物騒な応援も飛び交う世界――もう血沸き肉躍る、という表現がピッタリな世紀末的世界だったね。
それに比べて今はどうか。
――なに、この黄色い声援、温かい空気は? あまりにもくすぐったすぎて、頬が熱くなってくる……。駄目……こういうのは本当に慣れない!
タクロウの演説内容は概要だけ並べられただけなので、その時の人々の熱を測ることはできなかったけど、ちょっとこれは及び腰になるレベルの騒ぎである。
というか、この騒ぎの中、平然と御者台に座るタクロウの精神の太さは凄まじい。手を振るでもなく、淡々と大通りの先を見つめてブラウンの手綱を引く様子は、とても頼もしい。
「思った以上に盛り上がってますね」
「セラフィエル様がお乗りなのですから、当然ですわ!」
「いやぁ~、さすがにここまでくると、ちと怖ぇわー」
「まあ、たまにはいいんじゃないの? 実際、街の危機を救ったことにゃ変わりねぇんだし」
メリア、クルル、ヒヨちゃん、マクラーズの順で思い思い口にする。完璧に他人事だと思っているのか、彼らは窓から顔を覗かせることもしないし、リラックスしたように各々が姿勢を崩していた。クルルあたりは本気でこの騒ぎがわたしの功績だと思っていそうで怖い。どっかで訂正する機会を設けないと……あぁ、でも既にクルルに関しては手遅れ感も否めない……。出会ってまだ数日なのに、何でこうなった……。
ハクアに至ってはジャガイモの入った木箱の上で身体を丸めて眠っている。よくこんな騒がしい中、熟睡できるなぁ、とその神経の図太さが今は羨ましい。
「はあ……」
領民の全員が全員、というわけじゃないだろうけど、ここまでの人数がまさかタクロウの演説で扇動されるとは思わなんだ。
情弱な文化とはいえ、いくらなんでも猜疑心が薄すぎない? もう少し疑おうよ、とヴァルファラン王国の行く末がちょっと心配になってくるけど、領主の裏切りや悪行が発端で暴動の火種にならなかったことを考えると……まあ、遥かにマシなのだから文句は言えない。
なるべく身を縮こませながら「早くグラベルンを出ないかなぁ~」なんて思っていると、メリアが馬車の後方口から何かを外へとばら撒いている姿が視界の端に映り、わたしはそちらへと視線を向けた。
「…………えっと、メリアさん。それは?」
「お気になさらないでください。ちょっと数が余ったので在庫処分代わりに民衆に配っているだけですので」
「……」
嫌な予感がして、わたしはさりげなく<身体強化>をマックスまで出力し、狭い馬車の中を素早く移動して、彼女がばら撒いている手紙サイズの紙の1枚を宙でつかみ取った。メリアが「あ」と小さく呟くも、すぐに思考を切り替えたかのように彼女は腕に抱えていた紙束の残りを、一気に幌の隙間から外へと飛ばしていった。
わたしはというと、それどころではなく、手に掴んだ紙片を見て、わなわなと手を震わせた。
「メ、メリアさん……こ、これは?」
「バレてしまっては仕方ありませんね。先日のタクロウの演説だけでは民衆への浸透が弱いと思いまして、セラフィエル様のことをもっと知っていただこうと宣伝を兼ねた紙を配っていたのです」
開き直ったかのように淡々と喋るメリア。その言葉を耳にしながら、わたしは薄い植物紙に記述された言葉に目を通しながら、肩を震わせていった。
『ちっちゃくても強いよ、セラフィエル様!』
『最年少クラウン! 優雅にグラベルンを襲う敵を粉砕!』
『華麗に舞う銀髪は王族の証!? あの暴君姫と姉妹との噂も!』
『ふんわり笑うご尊顔は、貴族のお嬢様? いえっ、お姫様!? 勝気な表情に隠された愛らしさとは!』
『ぷにぷにお手ては、強さの証! 侍女が語る! ぷにサラの秘密!』
――宣伝っていうか……ただのゴシップじゃない! しかもやけにタイムリーな話も多いね!? 後半、誰が筆を執ったか丸わかりだよね! 端々のワードに聞き覚えがあるよっ!
「さすがに私一人では書き切ることができませんでしたので、有志で手伝ってくれる方がいたのは助かりましたね」
聞いてもいないのに、どこか満足げに話すメリア。ええ、もう予想はついてますとも……あの別荘で働いてくれていた侍女や使用人の皆さんですよね!?
少し拙いヴァルファランの言語で書かれた文字だけど、しっかりと意味は伝わってくる。ヴァルファラン王国は識字率が高い文明国だということは分かっていたけど、まさにその証明を目の前で行われたって感じだ。
「メリアさん……これって、いつから……」
「もちろんタクロウの演説後、すぐに作成に取り掛かりました。セラフィエル様が手にお持ちのものは三度目の改訂を行ったものとなります」
――つまり、第三版!? 演説の後に三度もこのこっぱずかしいゴシックチラシがばら撒かれたってこと!?
何となく……領民の多くがこの馬車の見送りのために大通りまで出てきた理由が分かった気がする。要はみんな、こういった娯楽的要素が新鮮で面白く感じているのだろう。
新聞やテレビニュースなんて存在しないこの世界。植物紙や羊皮紙も全て他種族からの輸入品で高価な品。手段も設備も文明も未熟な中では、ビラやチラシなどといった文化も発達していなかった。だからこそ、今回メリアが行ったチラシ配りは斬新であり、領民たちの興味を深く引く結果になったのだ。
メリアがどこまで意図してやったか分からないけど、これはある意味、文明の進化の一種に思えた。今後、植物紙の大量生産が可能となれば、自ずとこういった広報活動も広まっていくのかもしれない。いわば、彼女は文明の先駆けとも言えるアイデアを自ら生み出したのだ。
なるほど、領主に関する暗いニュースを塗りつぶすには、今取れる手段の中で最適ともいえるものかもしれない。加えてこの内容を客観的に見れば、わたしに対する印象が、どちらかというと「民に近い」ものに受け取られ、親しみも沸きやすいという作用も生まれているのだろう。そのおかげか、領民への浸透も早く、現状のように気軽な気持ちで見送りに出れるという余裕も出てくるわけだ。
これは称賛に値するアイデアだと思える。思えるのだけれども――。
――その紙面に、わたしが関わってなければ、なお良かったんだけどね!
「メリアさん……この紙ってこんな使い方をしていいほど安価な物じゃなかったと思うんですけど……」
「ご安心ください。それらの紙は全て領主館に余分に蓄えられていた備品です。書斎に隠された書物の量からも分かる通り、かなりの紙を街の維持費から買い占めて保管していたようですね。どの道、罪人の所有物として一度、国が預かる物資です。有効活用する場があるのなら、こうして使用した方が建設的でしょう。タクロウの許可も得ておりますので、ご心配には及びませんよ」
「そう、ですか……」
がくりと肩を落とし、わたしは再び紙面へと視線を戻す。
――あぁ、グラベルンの領民たちがわたしをどう思って見ているのか、恐ろしくて考えたくもないわ……。うぅ、さっさとこの地を抜け出したい……! ………………んん?
虚ろな目で紙面を眺めていると、嫌な字面が目に留まった。他の文字と異なり、やけに綺麗に纏まった文字で書かれた文章だ。
額に脂汗が流れ、目尻をピクピクと痙攣させながら、わたしはその一文を黙読した。
『意外な一面!? セラフィエル様におねしょ疑惑! どんなに強くても、まだまだお子様? みんなで微笑ましく彼女を支えていきましょう!』
引き攣り顔で、紙面とメリアを交互に見る。
対するメリアは明らかに作り顔だと分かる笑顔をニコリと浮かべた。その美しい笑顔は、今のわたしには悪魔の嘲笑に見えてしまった。
「何か、ございましたか?」
「え、あぅ……あ、こ、こここ、これ、はっ……」
「あら、セラフィエル様。汗が酷いようですが、何かございましたか?」
わざとらしい演技を交えつつ、メリアはポケットから手巾を取り出し、わたしの額を拭う。
そしてその際にポツリと小声で言葉を投げかけられる。
「大丈夫ですよ。後ほど別荘にいた侍女たちが、この情報については冗談であったという紙面を配る手筈となっております。次にグラベルンに足を運ぶ時には、既に風化した噂となっているでしょう。ですが、この一文により領民たちのセラフィエル様に対する心の壁は完全に外れ、貴女は親しみを持たれる存在になるはず。ふふ、もう一手を欲していた時に、素敵な贈り物を残してくださり、とても助かりました」
「……、…………っ…………っ」
パクパクと口を開閉することしか出来なくなったわたしは、改めてこのメリアという女性の抜け目の無さに戦慄を覚えるのであった。
――領民の心の壁は外れるのかもしれないけどっ、わたしの心の壁は別の意味で粉微塵に破壊された気分だよっ!
さめざめと心中で涙を流しながら、わたしは少なくとも数十年はグラベルンに足を踏み込むまい、と誓うのであった。