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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第三章 操血女王のクラウン生活【旅路編】
172/228

71 隠蔽から誤解が生まれ不名誉を授かる――そんな朝

ブックマーク、ありがとうございます!(*´▽`*)

そしてたくさんの感想、本当にいつもありがとうございます!(≧▽≦)

おねしょや操血による隠蔽を想定していた皆さま、本当に流石でございます(笑) まさに今回書こうとしていた話にドンピシャな部分もあり、軽く驚いたと同時に、本作を読み込んでくださっていることに嬉しく思いました♪


いつもお読みいただき、感謝しております~♪

 さて予期せずして訪れたこの凄惨な現場の隠蔽だけど……幸いにして、汚れは全て自分の体内から排出された血液だけだ。


 わたしは右手を血痕の上に差し出し、その親指の腹――その内部の血管から、操血そうけつによって硬化された細い血の棘を作り出す。棘は皮膚から外へと出ると、わたしの指示通りに再び液状へと戻り、数滴血痕の上へと落ちていった。


 わたしの操血そうけつに触れた血液は、たとえ自分のものでなくとも、ある程度操ることが可能だ。


 無論、前世の最期で見たような化け物のように、存在としての格の次元を異なる者に対しては有効とならないが、以前デブタ男爵家でゾーニャと戦った時のように、微量であっても体内から相手を御することができるというわけだ。もちろん操血そうけつで遠隔コントロールすることができる距離にも限界があるので、それなりの至近距離でそれをする必要はあるんだけどね。


 そして今も、わたしは数滴落とした血液に命じ、大量の血痕と徐々に同調させていく。


 月明かりしかない室内ではわかりにくいが、ゆっくりと血痕が布団の繊維から剥がれていき、宙へと浮いていくのが分かる。


 網目状の固まった血液はやがて細かく分解されていき、布団の真上に赤黒い球体を作り出していく。


「ふぅ、まったくどんだけの血を吐いたんだか……」


 すぐ終わると思った作業は思いのほか長引き、布団やシーツの端に飛び散った血を全て回収しきるまでに十数分の時間を要してしまった。


 暗くて良く見えないが、とりあえず一通りの血液はこの球体へと回収できたはずだ。


 ふよふよと布団の上に浮く球体は、一滴のわたしの血によって維持されている。


 ――さて、この処理をどうするかだけど。


 このまま外へ放り投げれば、別荘外で大量の血だまりと飛沫を作ることになるので論外だ。血液を凝固させ、球体のままだったり他のオブジェに変えて置いておいてもいいけど、それはそれで誰かに見つかった時に説明が難しいし、何より……一滴といえど、わたしの血はすべからく体内に戻しておきたい。


「…………ふあ」


 一仕事終えたと思うと、子供の身体は睡眠を要求してきたようで、驚くほどの眠気が襲ってきた。


 欠伸を一つして、わたしは涙が滲む目尻を指でこすって、さっさとこの余分な血を処理してこようと決める。


「しょうがない、一階の水洗い場に流してこよっか」


 この領主の別荘も下水施設は通っているようで、排水溝の付いた水洗い場があったことは、手洗いなどをする際に確認済である。


 わたしは気配を絶ち、靴を履きなおして一階の水洗い場へと足を向けた。


 ……………………。

 ………………。

 …………。


 道中で誰かに会ったらどうしよう、なんてことを考えていたけど、別荘の中は寝静まっており、わたしも摺り足に加えて気配を消して移動していたので、誰かと出くわすことなく、血の処理も終え、無事自室へと戻ることができた。


「ふあ~……やけに眠いわね」


 思い返せば、こんな真夜中に起きることなんて今まで無かったかもしれない。


 フルーダ亭に住み着いてからは、規則正しい時間帯の生活をしていたこともあってか、このお子ちゃまボディにはまだまだ睡眠が必要なのだと身体が訴えかけているのだろう。


 わたしはフラフラとベッドの脇まで移動し、テキトーに靴を脱ぎ棄て、ぼすんと布団の中へと潜り込んでいった。


「…………ん、湿っぽい」


 わたしの血によって、付着した血液を剥がすことはできたものの、掛布団に幾分かの水分が残っていたようで、しっとりとした感触に思わず眉をひそめた。


 でも……代わりの掛布団を探す気力もなかったので、わたしは「そのうち渇くよね」と心の中で納得させ、そのまま瞼を閉じていった。



***********************



 翌朝。


 わたしはちょっとした後悔に明け暮れていた。


 雲一つない晴天の朝。本来であれば気分よく目を覚まし、太陽の暖かさに背筋を伸ばすはずだったのだが……ベッドから降りたわたしは愕然と布団の状態を見下ろす羽目になっていた。


「………………まさか、こんなシミになっていたなんて」


 確かに昨日、掛布団が湿っているとは思っていたけど、まさか朝になっても乾かないほど濡れたままだとは思わなかった。通気性の悪い材質ということもあるのだろうが、こんなことなら炎で室内を照らしてでも確認しておくべきだったと後悔する。


 窓から差し込む太陽の光によって、比較的外側は乾ききっており、多少手触りが堅くなってはいるが、特段違和感を感じることはない。


 問題は中心に近い部分だ。


 おそらく、わたしが大量の血を吐いた時に多くの血液がそこに溜まっていたのだろう。


 血の色素こそ完璧に抜け切れているものの、まるで水差しをこぼしたかのように湿った跡がくっきりと残っていた。


「……」


 布団の端を掴んで、なるべく太陽の日差しが当たる場所へとずらす。


 念のため掛布団の内側も見てみると、やはり昨日感じた通り、裏側も湿っていた。これは自然に乾くのを待つには時間がかかりそうだ。それに……湿った布団の中で寝ていたせいか、わたしの寝間着自体もどこか水気を含んだような状態になっている。


 ――後悔の理由はここだ。


 掛布団や寝間着が湿っている事実が問題なのではない。この湿った状態が何を連想させるかが問題なのである。


「いやでも、敷布団が別に濡れているわけじゃないし……」


 布団をめくって、敷布団の上を手で撫でる。うん……ちょっと湿ってる、かな。何故だ……寝汗でもかいたというのだろうか。


 別にこの状況を誰かに見せるというわけでもないので、公然とした羞恥に繋がることはない。けれども……なんというか、形容しがたい感情が生まれてしまうのだ。まるでわたしが「おねしょ」したかのような、この光景に身を置くことに。


「……はあ、まあいいや。さっさと魔法を使って乾かし――」


 コンコン。


「あ、はい」


 ――って、しまったぁ! ドアをノックする音に、反射的に声を返してしまった!


「あ、ちょっと待っ――」


「あら、セラフィエル様。もう起きていらっしゃるのですね。失礼いたします」


 わたしの返事を肯定を受け止めた侍女が扉を開け、深々と一礼をした後に「おはようございます」とにこやかに挨拶をしてくる。


「お、おはようございます……」


「あ、あら? セラフィエル様……どうなさったんですか?」


「ど、どうって……何が、でしょうか?」


「その……なぜベッドに飛び込んだような姿勢でおられるのでしょうか?」


 首を傾げる侍女に、わたしは苦笑で返すことしかできない。


 制止を呼びかける前に部屋へと足を踏み入れた侍女を前に、わたしが咄嗟に起こした行動は――ベッドにダイブし、掛布団の濡れそぼった個所を全身で覆い隠す――まさに愚行中の愚行であった。


 なぜそのような行動をしてしまったのか、数秒前の己に問いただしたい。


「あ、あはは……どうぞ深くはお気になさらないでください」


「は、はぁ」


「……」


「……」


 しばし同じ姿勢のまま視線を交わすわたしたち。


 その沈黙に耐え切れず、わたしは頑張って笑みを浮かべながら「それでどうしたのですか?」と聞いた。暗に「用が無ければ部屋を出て行ってほしいのですが」という意味を込めて。


「も、申し訳ありませんっ。その、日差しに反射して輝く銀色の髪がお美しくて……恥ずかしながら、見惚れておりました」


 頬に手を当てて、恥ずかしそうに微笑む侍女。うむ、そんな顔を急にされても、どう返事をして良いか全く分かりません。


「そ、それは……良かったですね? えっと、それで用が無ければ――」


「あっ!」


「え、な、なにっ!?」


 突然何かに気付いたかのように侍女が声を上げるものだから、わたしも思わず上擦った声を出してしまった。


「そういえば、タクロウ様が先に馬車の用意をしてくるとの申し伝えがございまして、本日の朝食はご一緒できないとのお話がございました。セラフィエル様にお伝えいただきたいとのことでした」


「そ、そう。はい、分かりました」


「あと、朝食の準備ができておりますので、ご都合が宜しければ、一階の食堂まで来ていただければと思います。ふふ、昨日はメリア様が腕を振るっておられましたが、今日の朝食は私たち侍女や使用人も手伝わせていただきました。セラフィエル様のお口に会えば良いのですが……」


「う、うわぁ~、それは楽しみですね! で、では服を着替えてから向かいますと他の皆さんにお伝えしてもらってもいいでしょうか?」


「はい、かしこまりました」


 にこりと笑う侍女に、わたしもホッと息を吐いて微笑をこぼした。


「あ、それと――」


「はい?」



「今の時間でしたら誰にも悟られずに洗濯場へ布団を持ち運べますわ。どうか、その大役――私にお任せいただけますでしょうか」



「……」


「……」


「…………はい?」


 一瞬、侍女の言葉の意味を理解しかねたわたしは、表情を固まらせたまま聞き返す。


「え、ですから洗濯についてですよ。セラフィエル様……おねしょをされたのでは?」


「し、してないよっ!」


 ガバッと起き上がって、ハッとする。


 起き上がったことでわたしが隠していた布団の状態が、しかと侍女の視界に映り込み、その様子を見たわたしの額に汗がにじみ出る。


「大丈夫ですわ、セラフィエル様。私の弟もおねしょをしたとき、似たような反応をされてましたわ。ふふっ、昔はいつもお父さんお母さんの目を盗んで、布団を洗ってあげてたなぁ」


「ち、違うからっ!」


「あら、否定の仕方まで弟そっくりだわ。あの頃を思い出してしまって、ふふ……なんだか嬉しい気持ちになります」


 ――わたしの気持ちは絶望一色だよ!


「だ、だからっ……これは違くてっ……!」


「セラフィエル様、お客様の布団類はあとでまとめて洗濯することになってますの。そして今日の洗濯当番は噂好きのテーリ。彼女が布団を回収に回る際に……セラフィエル様のを見てしまった日には、それはもう、一瞬にして噂が広まってしまいますわ」


「う、噂が……」


 上手く言葉を繋げられないわたしの傍まで来た侍女は、膝を曲げてわたしと視線の高さを合わせ、ふんわりと微笑んだ。


「今でしたら、私が彼女の代わりに布団を回収し、上手く誤魔化しておけますわ。おねしょが恥ずかしい気持ちは誰だって一緒ですもの。でもそういう失敗を乗り越えて人は成長していくものだと思いますの。ふふ、私はそのお手伝いをしたいだけですわ」


 ――なんかイイこと言ってる雰囲気だけど、余計なお世話だから! 別にそんなことしてもらわなくても、魔法でどうとでもなるから! あぁ……でも、魔法のことは門外不出の情報だし、他に言い訳が思いつかないっ……!


「まぁ、顔を真っ赤にされて……。街をお救いになった英雄様に、こんなにも可愛らしい面があると知って、私、とても嬉しく思いますわ」


「違うって言ってるのにぃ……」


「はいはい」


 ――子供の言い訳を聞き流すお姉さんのように振る舞われた!?


 本当に弟の相手で手馴れているのだろう。愕然としているわたしをベッドの上でコロコロと転がし、気付けば掛布団は回収され、わたしがまだベッド上にいるにも関わらず、素早い手際で敷布団すらも回収されてしまった。


 まさに早業。


 わたしはむき出しになったベッドの上で呆然と座り込むことしかできず、丸めた布団を両手で抱えた侍女は器用にお辞儀をし「それでは着替えが終わりましたら、食堂にお越しくださいね」と告げて部屋を出ていった。


 数秒後。


「違うのにーーーーッ!」


 どうしてこうなった、という思いを込めた叫びは誰に拾われることもなく消えていった。



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