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自由気ままな操血女王の転生記  作者: シンG
第三章 操血女王のクラウン生活【旅路編】
169/228

68 午餐報告 その4

ブックマーク、ありがとうございます(*´▽`*)

そして温かな感想にいつも励まされてます♪ ありがとうございます!


文字数を抑えて投稿を早く……なんて数日前に言ってましたが、何故か文字数が膨らんでいく一方w

ちょっと長めになってしまい、申し訳ございませんm( _ _ )m

いつもお読みくださり、ありがとうございます♪

「そう身構えずとも大丈夫ですよ。英雄というのは多少の誇張がありますが、要はこの街を救った『立役者』としてセラフィエル様のお名前を借りたのです」


「街を救った……立役者……?」


 昨晩は突然の襲来に対して、無我夢中で応戦した記憶しかない。むしろ戦闘中に倒壊した家屋などのことを考慮すれば、街に迷惑をかけた存在にしか思えない。そりゃ可能な限り人的被害が出ないよう立ち回ったって経緯はあるけど、そんなことをわたしのことを知らない街の住民が、都合いいように解釈してくれるわけもない。


 そんなわたしが……なぜ英雄?


「まず順序立ててお話しましょうか。このグラベルンの領主――キケラ子爵が樹状組織ビリンガルと繋がっている……というお話は先ほどしましたね?」


「はい」


「監視の者の報告から、キケラ子爵は私が深手を負わせた法衣の仲間と思しき男に殺されたことが分かってます。また彼の書斎には隠し通路が見つかり、そこから地下へ降りた部屋には悪事に染まった証拠品が幾つか発見することができました」


「っ! それじゃ樹状組織ビリンガルに繋がる有益な情報が――」


 樹状組織ビリンガルと繋がりを持つキケラ子爵が隠していた情報と聞いて、わたしは思わず食い気味に口を挟んだが、タクロウは「残念ですが」と首を横に振った。


「書斎地下から出てきたのは領主としての悪事ばかりで――樹状組織ビリンガルに関する情報は見つかりませんでした。まだ全館を調べきるほどの時間はありませんでしたので、今のところ、ではありますが」


「そう、ですか……」


「ですが有用な情報、と言う点においては変わりありません。一つの大都市を任される身でありながら、領土税の横領、奴隷売買の斡旋、傭兵の無断招聘などなど……現在、関係者各位を洗い出している最中ですが、これだけのことを周囲に悟らせずに淡々とこなしていた――大した悪党でしたね、キケラ子爵は」


「うわぁ……」


「また、領主館に働く使用人や侍女の中で『婚姻のため』や『遠い実家の事情のため辞めた』などの理由で、突如いなくなる者も多くいたそうですが、実のところ人身売買をしていたという記録もあります。そういった経緯もあり、真面目に職務を全うしていた彼らは全員が大きなショックを受けておりました」


「……」


 思わず顔を顰める。


 真面目に……ということは、本当にこのグラベルンのために、領主のために誠心誠意、尽くしていた人たちなのだろう。そんな彼らからすれば、すぐ身近に人を人と思わない所業を繰り返していた極悪人がいて、それが信じるべき領主だったとすれば、その衝撃は計り知れないものだろう。


「領主・キケラ子爵についての悪行は早朝、すぐに公的な場で領民へと通達いたしました。ちょうど領主が演説するための広間がありますので、そこで昨晩の騒ぎについて説明をするとお触れを出し、多くの領民に集まってもらいましたので、今ぐらいには広間に来れなかった者にも口伝で情報が行き渡っていることでしょう」


 わたしが眠っている間も、タクロウたちはずっと走り回っていてくれたようだ。


 簡単に領民たちに「お触れを出す」なんて言っているけど、夜から朝までの数時間でこなすためには夜通し走り回らないと無理な話だろう。もしかしたら、わたしが起きる直前までずっと動きっぱなしだったのかもしれない。ちょうどお腹が膨れたせいか、眠気に誘われて「くぁ」と大きな欠伸をするヒヨちゃんの姿が視界の端に映った。


 思わず皆の目尻にクマが出来ていないか見て回すと、その視線の動きに気付いたタクロウが肩を竦めて「職務なのでお気になさらず」と付け加えてくれた。


 ――……う、うーん、そうは言うけど、ちょっと気まずい。わたしだけ十分な睡眠を取って元気一杯というのは気が引けるというものだ。


 後で十分に休息をとってもらおうと心に決めつつ、わたしは気になることを質問した。


「あの、その演説……というか事情の説明って誰がされたんですか?」


「私ですね」


 タクロウが即答する。


「タクロウさんって、その、王室付調査室に所属していて、普段は王都に在中してますよね? 失礼な物言いかもしれませんが、タクロウさんはグラベルンの住民たちとは面識がほぼ無い状態だと思ってます……。そんな状態で良く住民たちが話を聞いてくれたなぁ……と思って」


 立場、というものは、人間社会において重要な要素の一つだ。信頼が高ければ高いほど、立場は強固になり、その発言力・影響力も比例して高くなっていく。


 キケラ子爵がどの程度、グラベルンで支持を受けていたのかは知らないが、昨日今日就任したばかりの人じゃないのだから、少なくともぽっと出のタクロウよりもキケラ子爵の方が領民たちの心象が傾きがちなのでは、と思ってしまったのだ。


 わたしの疑問に彼は小さく頷く。


「仰る通りですね。確かに私はグラベルンにおいて無名に近い存在です」


 ですが、と続けたタクロウは上着の懐から一枚の羊皮紙を取り出した。手紙程度の小さな羊皮紙を食卓の上に置き、わたしにその内容を見せてくれた。


 羊皮紙には中央に王家の紋章が刺繍されており、その下に赤い文字で国王のサインと国璽が成されていた。


「――これは」


「云わば、緊急時にのみ使用することを許された――王家代行証です。王家、そして王室付調査室・室長であるレジストン様より、信を置くに足るとされた者にのみ渡される証書となります」


「代行、証……」


 しかも王家の。


 わたしがしかめっ面で代行証を見ていると、深読みしたタクロウが弁明の言葉を並べた。


「私が不正に使う心配はございません。この代行証で行えることは限られておりますし、越権行為が認められれば首を飛ばされてしまいます。そして何より――私を推したレジストン様の顔に泥を塗ることになる。ですから、定められたこと以上の真似はいたしません。もっとも本人がいくら言ったところで、どうとでも言えますので、これに関しては信じていただく他ございませんが……」


「い、いえ……そこはちゃんと信頼してますので、逆に安心してください」


 別に彼が不正に使用するだなんて欠片も思っていないので、思わず苦笑してしまうと、彼も余計なことを言ったと少しだけ眉を下げた。


 改めてヴァルファラン王国……というよりレジストンへの忠誠の厚さは再認識させてもらったけど。本当に心酔してるんだなぁ、と感じ入る。重い過去が絡んでないようであれば、彼らがどう出会い、今のような関係になったのかを、折を見て聞いてみるのもいいかもしれない。


「では代行証コレを使って、領民の納得を得られたんですか?」


「正確には――代行証は領民ではなく、領主館で働いている執事に対して施行させていただきました」


「執事、ですか?」


「ええ、彼はキケラ子爵の元で12年間職務を全うしてきた男で、過去にグラベルン領内の生活環境を改善する取り組みの中で、積極的に計画の立案から予算の整備などを行い、表立って指揮を執っていた経緯から、領民たちにとっても信頼を置かれている人物なのです。また街内に新しい問題が生じてないか小まめに見回りをしては領民たちの悩みを聞いたりと、自分の足を動かして精力的に街の改善に取り組んでいることからも、とても領民たちからは人気があるのです」


「でも……キケラ子爵の部下、だった人なんですよね? それも身近な……」


 本人が死んでしまったために真相は分からず仕舞いだが、少なくとも樹状組織ビリンガルの人間と会っていた時点で、今回の騒動の引き金を引いた中心の一人であることは間違いないだろう。そんな人のすぐ傍にいた執事が信用に足るかと問われれば、少々首を捻ざるを得ない。


「そうですね。あくまで信頼をしているのは領民たちであり、私自身は疑いを持っております。なので、此度の事件が落ち着き次第、彼には一度、王都に来てもらう必要があるでしょう」


「?」


 今の口ぶりだと、疑いを晴らすために王都に来てもらうような意味合いに聞こえたけど、いったいどういう意味なのだろうか。首を傾げてみるも、タクロウはその疑問を拾わずに次の説明へと移ってしまった。


「ただ今日この日に必要なのは、まず領民や衛兵たちの混乱を治めることです。ですので私は代行証を執事であるバラッドに見せ、こちらの指示に従ってもらったわけですね。広場に集めた領民を彼の声で諫めてもらい、その上で彼の紹介を受けた私が説明を敢行した――という流れになります」


 執事の名はバラッドというらしい。


 なるほど、バラッドが領民たちと顔なじみであり、信頼も深い人物なのであれば、彼の一声で領民たちの意識をまとめ上げることも可能ということか。大方、タクロウのことは「王都からの視察団」みたいな紹介をしたのかもしれない。


 しかしいかにバラッドが領民たちの支持を得ているとはいえ、その説明内容に不服があれば、領民たちの心は一気にバラバラになってしまうことだろう。


「キケラ子爵って少なくとも12年間はこのグラベルンを治めていたんですよね?」


「はい、正確には21年間の政務を担っておりました」


 ……思ったよりも長い期間、このグラベルンを統治していた人だったようだ。


「そんな人が『この騒動の元凶』だって言って、よく領民の皆さんは受け入れてくれましたね……普通ですと、もうちょっと抵抗があってもおかしくないと思うのですけど」


「仰る通りです。通常であれば何を馬鹿なと鼻で笑うか、逆に私を疑う者も出てくることでしょう。ですが……いかに長年の統治による信があろうとも、それが一気に瓦解してしまうほどの情報がこの世にはあるのですよ」


「情報?」


「キケラ子爵はよほど慎重で几帳面な性格だったのでしょう。このグラベルンの領民全てに対し、ふるいをかけていた痕跡の資料が見つかったのです」


ふるい……」


 ()()()()()()ふるいをかける、という表現に嫌な予感を抱く。


「選別、と言い換えてもいいでしょう。彼は領民一人一人に対して、金銭で従うか否かを基準に、有事の際は切り捨てるかどうかを事細かに帳簿に記述していたのです」


 タクロウの言葉に、今まで黙って聞いていたヒヨちゃんが、チッと舌打ちをした。言葉を挟まないあたり、この辺の話は事前にタクロウから聞いていたか、広間で一緒に耳にしていたのかもしれない。


「彼にとって、領民は盤上の駒。利用価値があるかないかだけが指標であり、それ以外の価値を見出していません。そんな証拠を叩きつけられてなお――彼を信じようとする酔狂な者はいなかった、ということですね。あぁ、因みに執事であるバラッドも切り捨てる対象に含まれていたみたいです。私が一時的とはいえ、彼の手を借りる決め手となったのは、この情報のおかげですね」


「自分の執事まで……。はぁ……随分とあくどいことを平然とやる人だったんですね、キケラ子爵は」


「だから言ったでしょう――大した悪党、だと」


「確かに」


 一連の話を聞いて、わたしが眠っている間、領主であるキケラ子爵に何が起こり、どう領民たちを鎮めたのかは理解できた。


「――さて」


 少し語感を変えたタクロウの声に、俯きがちだった顔を慌てて起こす。


「先ほどのキケラ子爵の悪行を叩きつけるだけですと、グラベルンの領民たちの混乱を治めることはできても、彼らの心に影を落としてしまうことは免れないでしょう」


「まぁ、そうなります……よね」


 街のトップがそのような悪行を起こしていたのだ。意気消沈して暗い空気を街に落とすか、暴動の類が起こっても仕方のないケースだ。しかもキケラ子爵が遺した選別の資料……これって見方を変えれば、今まで仲良かった隣人が、金で裏切るような人間なのかどうかが分かってしまう情報ということになる。今は心が波立っているため、そこに気付く者も少ないのかもしれないが、沈んだ気持ちのまま時間が経てば、その情報を中心に新たな諍いが勃発しかねない。


 そうなる前に領民たちには新しい光、希望の類を分かりやすく見せないといけない。前向きになったところで、キケラ子爵の情報は個人の価値観・先入観に塗れた情報で、全く役に立たないものであることを公表することで、徐々に負の意識を削いでいく必要があると思う。


 ――ん、新しい光?

 

 自分の中の言葉に引っかかるものを感じて、腕を組みながら唸るわたしだけど、そんなわたしを他所にタクロウは言葉を続けた。


「沈んだ心が集まれば、やがて別の問題へと発展する危険性があります。そこで私は彼らに別の希望を見せることで、過去の惨事から目を逸らさせ、バラッドを軸とした新たな領地体勢へ前向きな感情を抱かせるようにしたのです」


 いわゆる大衆操作、というものだ。


 まず全員に共通するバッドニュースを見せることで大衆の心理をダウンさせる。良し悪しに限らず、全員が同じ方向へ視線を向けている状態なので、大衆の意識を制御するには絶好のタイミングと言える。そこで一気に巻き返しのグッドニュースを見せることで、同じく下を向いていた大衆は連動しているかのように、同じ方向を見る。グッドニュースの方向へ。


 するとどうだろうか。バラついていた心は、バッドニュースによって一方を向き、グッドニュースによってその心象が反転し、全員の気持ちが同じ方角へと上昇していくことになる。最後に信頼が残っているバラッドを今後の指針に立てれば、上向きになっている大衆心理は素直にそれを受け入れる可能性が高いだろう。最終的には暴動などを未然に防ぐ手立てにもなり、万々歳な結果になるというわけだ。


 ――そのグッドニュースが何かによるけれども。


 大衆操作は言うほど簡単なものではないが、この世界では情報というものは人伝によるものか、紙などを媒体にした資料の2つしか存在しない。恩恵能力アビリティを活用した情報統制もあるかもしれないが、それはあまりにも属人的な仕組みなので、汎用性は皆無だろう。そんな世の中だからこそ、大衆が情報に踊らされやすい傾向にあるのも仕方がないのかもしれない。


「…………」


 ジト目でタクロウを睨むと、彼はそれを躱すかのように微笑を浮かべ、変わらぬ様子で口を開いた。


「今回の事件は全てキケラ子爵が発端ということにしております。樹状組織ビリンガルについては全面的に伏せ、一部の領民に目撃されている法衣たちについては、キケラ子爵が雇った盗賊たちということにしております。常軌を逸した破壊活動に関しては、恩恵能力アビリティを持っていたため、だとしております」


「……」


「また、子爵の死についても公表し、彼は情報を掴んで潜入捜査していた我々と交戦状態になり、その末に死亡したと伝えてます。あぁ、我々の立ち位置は『王都からの視察官』としており、バラッドら、キケラ子爵の悪行に関与していなかった領主館の者と協力関係を結んでいた――という設定にしております」


「……」


「子爵の目的は不明。しかし先の領民選別の資料から考えるに――自分に付かない領民を虐殺し、金で従う者だけを集めた組織を作り、さらなる大罪に身を染めようとしていた可能性があるとも伝えております」


 ――うわ、なんておっかない話を盛り込んでるのよ……。そんな話を聞いたら、領民の心はどん底まっしぐらもいいところだ。


「――でも、そこで立ち上がったのが……なんと! 王都でも噂が持ち切り――初の未成年クラウンであり、夜空を舞う美しくも可憐な銀髪の少女、ってね」


「へ?」


 唐突にヒヨちゃんが言葉を挟んできたため、思わず間抜けな声を返してしまった。というか、今……とんでもなく恥ずかしいこと言ってなかった!?


「キケラ子爵の罪を立件し、捕らえることに精一杯だった我々は、彼が雇った盗賊のことまで手が回りませんでした。盗賊の存在を知り、領民の危機を悟った我々は、奴らに対抗する戦力を求めました。そこで力を貸してくれたのが――セラフィエル様。()()グラベルンまで同じ馬車で同行していた彼女に、助力を求めたところ……彼女は快く受けてくださいました」


「え、ちょ」


 まさかのメリアすらもノリノリで乗っかってきて、淡々と出まかせに近い言葉を並べていく。え、もしかして今の内容をグラベルンの領民に言っちゃったってこと!?


「私はセラフィエル様のお姉さま的存在らしいのですわよ! クラウンではありませんけど、セラフィエル様と共に、盗賊を叩きのめす手伝いをしたのです!」


 キャーと両腕をワキワキさせてテンションを上げるクルルだが、ごめん……全く意味が分かりません。お姉さま? え、どういうこと? つまり、クルルはタクロウ側ではなくわたし側の人物として説明する上での立ち位置が「お姉さま」ってこと?


「おー、そういや、門のとこにいた窓口のオネーチャンもその話に加勢してくれたから、広間に集まった奴らに浸透するのも早かったぜ~」


「結構顔が広い人だったみたいだねー。あの人が『あっ、あの窓口に来てた可愛いクラウンの子だ!』って騒ぎだしてからは、タクロウの説明もとんとん拍子で受け入れられちゃって。そっから色んな奴らが口々にセラのことを見た、奇妙な敵と戦ってた、って声が上がってね。面白かったよな~、アハハ」


 ――アハハ、じゃないよ、ヒヨちゃん!


 マクラーズとヒヨちゃんが、酒でも飲んでいるかのようなノリで、わたしの話を始める。


「――とまあ、貴女の容姿が目立つことも相まってか、目撃証言が相次ぎまして。私の説明すらも置いてけぼりにして、広間の話題を掻っ攫っていったわけですね。セラフィエル=バーゲンという一人の未成年クラウンが幼い身を粉にして、領民を襲おうとしていた法衣――もとい雇われ盗賊を倒し、街を救った……という一つの英雄譚が生まれたわけなのです」


「いやいやいや……」


 なんだか綺麗に終わらせようとした気配を感じ取ったわたしは、慌てて手を振ってタクロウに待ったをかける。


「べ、別にわたし一人を立てずとも、他にやり様はあったと思うんですけど……」


「勝手に話を進めてしまったことはお詫びいたします。ですが、クラウンという立場を持つ貴女が最も最適なのです。我々が表舞台に立ちすぎることは、自らの首を絞めることと同義なので」


「あ……」


 タクロウたちはレジストンの下で動いている。それは即ち、王室付調査室としての活動であり、王室付調査室は世間一般には知られていない、国の裏を担う組織である。身分を明かさずとも、その顔が広く知れ渡ることは望ましくないことなのは、自明の理であった。


 広間での説明は避けられないことであっても、それ以上の関与は避けたかったのだろう。


 逆に正式なクラウンという資格を持つわたしに、その制限はない。というかレジストンもそういう側面に期待を込めているのも事実だろう。彼らの手が届かないところを、わたしが担う。それが3年前、レジストンから助力を求められたことの本質なのだから。


「本当はこの館も誰一人立ち入らせないつもりだったのですが、貴女のお話を耳にした領民や、元々領主館で働いていた使用人や侍女たちが、どうしても滞在中のお世話をさせて欲しいと懇願されましてね。無碍に断って心象を悪くするのも宜しくないと判断し、最低限の人数だけ身の回りの世話をお願いしている状態となっています」


「は、はは……」


 どうやら眠っている間に、わたしを取り巻く状況というのは、目まぐるしく変化をしてしまったようだ。


 大勢の敵意や悪意を受けることは前世までに数多く経験しており、他者の視線が自分に集中すること自体には耐性があるのだが、ここまでプラス方面で受けたことはないので、正直、どう対応したら良いのか判断に困るところだ。


「事後処理は既に別の者に任せております。細かいことはそちらに任せ、我々は我々の成すべきことに専念いたしましょう。セラフィエル様は無理に衆目の前に姿を現す必要はありませんよ。貴女の体調が万全になり次第、すぐにこの街を出立しましょう」


「は、はぃ」


 タクロウの言葉に少しだけ胸を撫で下ろす。


 いったいどこまでこの与太話が浸透しているのか分からないけど、少なくとも屋敷の中だけでも尊敬や羨望に近い視線が集まるのを感じた。あれが街レベルの数になると思うと……無碍に扱えない分、嬉しい反面、気疲れも多そうだ。


 椅子の背もたれに体重を預け、わたしは盛大にため息をついた。



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