67 午餐報告 その3
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タクロウやメリアが主導となって、わたしが群青法衣と戦っていた最中に同時並行で起こっていた出来事を話してくれる。
途中で聞こえた崩落音などから、わたしサイドの事象と関連付けし、時系列を踏まえて分かりやすく説明してくれるため、いつ・どこで・誰に・何が起こっていたか、がすんなり頭の中に入ってくる。
さすが仕事できる感がバリバリの二人である。話の道筋を整理し、順序立てて相手に物事を伝える技術が上手で、ノンストレスで裏の状況を把握することができた。
「――槍の担い手。地下でわたしが接触した法衣と同一人物、ということなんでしょうか……」
「おそらくは」
3年前に数度だけ交えた赤と黒を基調とした法衣に身を纏う存在。
ヘドロ法衣と違って、全身を液状化するような能力は無さそうだったけど、あの自在に間合いを変化させる槍の伸縮はかなりやりにくい相手だと言える。
メリアたち3人を相手取っている時は「遊び」のような行動も織り交ぜて動いていたらしいけど、その後はタクロウ一人で対峙し、真っ向から深手を負わせたというのだから驚いた。
<対価還元>。
明かすには丁度いい機会だと知らされたのは、そんな名を冠する恩恵能力だった。
聞いた感じだとエネルギー変換を可能とする力のようで、別のエネルギーを武器に上乗せし、強大な一撃を繰り出すものらしい。
戦闘において超便利な能力に思えたが、使えるのは一度きりで、使用後は発動後待機時間が数時間入るため、連発は不可。まさに一撃必殺の能力であった。仮に弓矢などに力を変換することが可能ならば、遠距離からの一度限りの暗殺などにも使えるかもしれない。
「因みに深手を負わせたとありましたが、どの程度の傷を与えたんですか?」
ヘドロ法衣は、少なくとも鉄を融解するほどの熱量を誇った大火球をぶつけても、しぶとく生きていた末に暴君姫によってトドメをさされた。
群青法衣も、5本の氷杭を急所に突き刺してもまだ活動を続け、黒血刀・草光による一撃でようやくその引導を渡すことができた。
過去2人と戦って分かる通り――法衣と称する連中は人智を超えた強靭さを誇っている。
今後、樹状組織とどう自分たちの運命が絡まっていくのか定かではないけど、もし再び別の法衣と対峙することがあるのであれば、どのラインが致命傷なのかを確認しておきたい。
そういった意図による質問は、正確にタクロウに伝わったようで、彼も短く頷いて答えてくれた。
「左肩から鳩尾にかけて――完全に私の刃は彼奴の胴体を断っておりました。加えて、我が<対価還元>による付随効果が発動し、その傷口から大量の炎を放出する一撃となりました。人間に限らず、生物ならば即死を免れない一撃でしょう……ですが、それでも奴は死ななかったのです」
「……」
斬撃による傷だけに限らず、転換した炎のエネルギーの追い打ち。二段構えの一撃を喰らっても、赤黒法衣を仕留めることは叶わなかったと。
なるほど、まさに馬鹿げている。
本格的に生物とは次元を隔した存在であると決定づけるに足る話であった。
詳しい戦闘結果までは聞いてなかったのか、ヒヨちゃんやマクラーズも若干顔を顰めていた。現に武器を交わした相手が、予想の範疇を遥かに超えた化け物だという事実に辟易しているのだろう。
「付け加えますと、その後、奴は足元の土を操り、無理やり傷口を塞いだのです。そして私への殺意を剥き出しにしていたにも関わらず、別の何かに意識を向けたと思えば、そのまま逃走の一手を選択しました」
「別の……何か?」
「それが何だったのかは測りかねますが、時期を思い返すと、セラフィエル様が群青法衣とやらを倒した時間と一致するかもしれません」
「もしかして、群青法衣が倒されたことを察知して、撤退を選んだってことですか?」
「分かりません。ですが……あの状況で、奴が逃げる要因があるとすれば――おそらく奴以上の戦力ともいえる、鏡を使う群青法衣の『死』以外にあり得ないと思うのです。おそらく、あのまま戦闘を続けていれば、押し敗けていたのは私の方でしょうから。目下に転がる勝機を捨ててまで撤退するほどの理由、それは奴らにとっても想定外の事態が生じた時以外、無いと思われます」
「なるほど――奴らの間で互いに互いの状態を確認できる、何かしらの術を持っているのかもしれませんね」
「憶測の域を出ませんが、それが最も濃厚かと思います」
焼いたベーコンの切れ端と共に固いパンを口にしながら、わたしは樹状組織という組織が想像以上に厄介な戦力を抱えたものだと再認識した。
――これは早々に、わたしの血も戻ってきてもらわないと……あの群青法衣以上の奴が出てきたら、どうにもならなくなる可能性もありそうだね……。
別にすべての血を取り戻し、いつ死んでも転生できるように準備をするわけではない。早いところ全力を引きだせる身体を手にし、護るべき人たちを誰一人欠けさせない力を用意する必要があるのだ。
「その後にハクアの案内があって、わたしのところまで来てくれたんですね」
「ええ、残念ながら私が最後の合流となりましたが」
「クルルが最初なのですよ!」
苦笑するタクロウに被せるように、クルルが空気を読まずにアピールしてきた。でも空気が少し重くなったところだったので、彼女の純粋な快活さは良い意味で換気の役目を担ってくれるので、ありがたい。暴走しなければ、とてもいい子なのだ。暴走しなければ、ね。
さて、あの場に全員が集まったとなれば気になる点は一つだけだ。
「タクロウさん、例の群青法衣の亡骸はどうなったのでしょうか?」
「はい、セラフィエル様が仕留めてくださった法衣は、王都に運び入れることとなります。その手配も既にこの街の衛兵に命じており、正午――ちょうど今しがたの時間には、馬車を走らせているかと思います」
「王都に……」
「ええ、遺体とはいえ、情報の塊のようなものですからね。何かしら情報を引き出せないか、爪の先まで王城の専門の者が調査する流れになるかと思います」
専門の者。この世界に病理解剖などの知識が無いことは、既に王立図書館の医療関係の本を読み漁っているので、察しはついている。エルヴィたちの母親に対しても、薬の経口治療しか方法がないのも、おそらくこの世界の医療技術には内科的治療しか確立されていない所為だろう。外科治療や手術は身体にメスを入れる行為だからね……そりゃ科学が発達し、人体について理解が深まらないと、そういった技術も発展していかないものだ。仮に外科の発想を持つ医師がいたとしても、その安全性を証明しない限りは闇医者として忌避されるのがオチだ。
とはいえ、この世界は恩恵能力という独自の法則が存在する世界。もしかしたら怪我や病気を治したり、解剖からの情報集積などの能力を身に宿す人間もいるのかもしれない。本当に未知の可能性ばかりが転がる、不思議な世界だと実感する。
「一つ、その法衣についてですが、お耳に挟んでおきたい事がございます」
「え?」
「奴の身体には5つの穿った穴と、胴体を二分にする斬撃痕がありました。先ほどお話を伺った限り、セラフィエル様が刻んだ傷痕だと思います」
「はい、そうですね」
わたしが首を傾げながら返すと、タクロウはふぅと小さく息を吐き、言葉を繋いだ。
「実に……気味の悪い話でありますが、その傷痕には妙な痣――いえ、瘤のようなものがあったのです」
「瘤?」
皮下腫瘤のようなものだろうか。なんとなく大きな瘤が身体の各所に出来ている姿を想像するが、次にタクロウが口にしたものは、その想像の斜め上をいくものだった。
「その瘤は……人の顔の形を模していたのです」
「…………ひ、人の顔?」
人面瘡という、都市伝説や怪談話に出てくるような話は聞いたことがあるが、そんなモノが法衣の身体にあったということなのだろうか。
「その顔のような瘤は全部で4つ。セラフィエル様が穿ち貫いた氷杭の5本のうち、3本がその瘤の一部を削っておりました。そして……最後の斬撃――両断された痕には、最後の4つ目の瘤が見事に両断されていたのです」
「…………」
「槍の使い手だった法衣については、戦闘中だったこともあり、破けた法衣の下にそのような瘤があるかどうかを確認する余裕はありませんでしたが……私はこの瘤がどうも、ただの瘤ではない気がするのです。そう思えるほど……この瘤が浮かび上がらせる人相は『幼く』『もがき苦しんでいる』ように見えました。――まるで断末魔を上げているかのように」
「――タクロウさん」
「また、断たれた胴体の切断面を確認したところ……奴らには人で言う血液や臓物といった要素が欠如しているように見受けられました」
ブッ、とちょうど口に含んでいたスープを噴きそうになるマクラーズやヒヨちゃんを無視して、タクロウは話を続ける。クルルも口元を少しだけ歪めて視線を泳がせていた。表情が一切変わらないメリアは流石というべきか。
「まるで全てが筋肉で編みこまれたような身体……いえ、もしかしたら、臓物や血管なども何もかもが筋のように編まれた結果があのような怪物の形相――に繋がっているのかもしれません」
――確かに、いくらか攻撃を打ち込んだ時に、法衣の身体から血液が噴き出したことは無かった。草光を使った時も、堅く弾力性のある何かを斬り抜いたような感覚があった気がする。
「……食事中に申し訳ございません。ですが、どのような情報が命運を左右するか分からない以上は、些細な情報も共有すべきと思いましたので」
「いえ……タクロウさんの判断は正しいと思います。けど……あまりにも妄誕のようなお話に現実味がついてこないといいますか……あ、べ、別にタクロウさんの考えを否定しているわけじゃないですよっ」
「分かっております。こうして喋っている私自身、俄かに信じがたいことを口にしている自覚がありますので」
暗に「貴方のお話は出鱈目が過ぎる」と取れるような言い回しをしてしまったわたしだが、静かに笑って流してくれたタクロウに、ほっと胸を撫で下ろした。
――法衣。
樹状組織の幹部と称され、荘厳な法衣服を身に纏う謎に包まれた存在。
深く知れば知るほど、不可解すぎる点ばかりが出てきて、目が回りそうだ。
「さて、法衣について私見ではありますが、分かっていることは以上ですね」
「ありがとう、ございます」
深い霧にぼんやりと影を浮かべる敵影に、どことなくズッシリと肩が重くなるようだった。淡々といつも通りに言葉を並べるタクロウの胆力を見倣わないといけないな、と思わず自嘲してしまう。
「では次に、貴女がグラベルンで英雄視されていることについて、お話せねばなりませんね」
「…………へ?」
――え、なに? えーゆーし?
「そ、そうですわ! 暗い話の後には、爽やかで尊く、朝日のように温かく輝かしい話題をするべきですわ!」
ガタっと立ち上がり、握りこぶしをつくりながら急に眼を輝き始めるクルル。
「そうそう、陰気くさい法衣なんて放っておいてさ、その話をしよう」
ヒヨちゃんもニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、わたしの顔を覗きこんでくる。
――な、なんなの? そういえば……食堂に来るまでにも似たようなことをクルルが言っていたような。
「まあ、大したお話ではありませんよ。なるようになった、というだけのお話です」
――いや、それ……他人事だから大した話に思えないだけで、当事者からすると結構重い話だったりしませんかねぇ、メリアさんや。なるようになった、とか嫌な予感しか感じない言い回しなんですけど……!
「お前ら、無駄に茶化してはセラフィエル様が困るだろう。彼女は国を転覆させるほどの能力を持つ敵を一つ潰したのだ。過程がどうであれ、正当な評価が納まるところに納まった――という結果に何も間違いはないと俺は思う。レジストン様には事後報告という結果になったが、取り消すようなことはなされないだろう」
――いえ、その……そうやって真面目な口調で言われるのが一番のプレッシャーになるんですけど……!
タクロウの上役であるレジストンの名前まで出てくる事態――英雄って何!?
混乱するわたしの思考が落ち着くよりも先に、口を開くタクロウを前に、わたしはただ彼の話に耳を傾ける他、術を持たないのであった。
次で「午餐報告」は終了となります。