64 光差す現実
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パチリ、と目を開ければ――見覚えのない天井が出迎えてくれた。
どうやらベッドに寝かされているようで、綺麗に肩までかけられた布団が心地よい温もりを与えてくれる。
「ん……」
窓辺から差し込む日差しを鑑みるに、今の時刻は昼近くだろうか。随分と高い位置に太陽が昇り、燦燦と温かな光を地上に送り込んでいるようだ。
「んん~…………」
ぽかぽかとした陽気のせいか、布団から出る気力が湧かない。
「んっ………………」
わたしは布団の中を探検するかのように、もぞもぞと身体を丸めて潜り込み、そのまま小さく欠伸をして、再び両目を閉じた。
鼓膜を劈くような声が響いたのは――そんな時だった。
「あああああああああああぁぁッ!」
「!?」
ビクッと肩が勝手に震える。
それもそうだ。せっかく微睡みに身を委ね、日向の匂いを子守唄に、夢の世界へと舞い戻ろうとしたわたしの意識を強制的に刈り取ったのだから、そりゃビックリもする。
「セラァァァァァァッ! 起きたんだねッ!」
「うぎゅ!?」
布団ごと何かに抱きしめられる感覚に、わたしは情けない声を喉奥から吐き出した。
布団の中で全身を丸めていた体勢だったため、視界は布団の内側だけで外の様子は確認できない。ただ細い腕で抱きしめられる感覚から、わたしは今、女性の誰かに鯖折りのごとく締め付けられている状況だということは理解できた。
くぐもって聞こえにくかったが、おそらく声質とわたしのことを「セラ」と呼んだことから、相手はヒヨちゃんだろう。
まあそんなことはさておき、こうしている間にもわたしの身体は脆い飴細工のように軋みを上げていた。
――ぐぇっ、アタタタタタッ!? な、内臓が口からコンニチハぁ!?
洒落にならない圧迫感に、わたしはいつの間にか<身体強化>が解除されていたことに気付く。どうやらいつも無意識に常時発動していた<身体強化>が切れてしまうほど、わたしの疲労と眠りは深かったのだろう。
加えてヒヨちゃんの馬鹿力も手伝い、本気で骨が折れるかと思うほどの圧力だ。
慌てて<身体強化>を発動させ、徐々に緩和されていくダメージに内心で安堵しつつも、わたしは口を開いて布団の外にいる人工万力に訴えかけた。
「あ、あのっ……ヒヨちゃん、もう大丈夫なので……手を離してくれませんかっ?」
「…………うっさい」
「ええぇぇ……」
もぞもぞ手足を動かして「離してください」アピールをするも、ヒヨちゃんはその両腕の力を緩めてくれなかった。
「……ったく、心配かけさせやがってさ。借りも返せずにサヨナラだなんて、たまったもんじゃないよ……」
そう吐き捨てるように呟くと、彼女はようやく力を弱め、布団をめくってわたしの頭だけを外に出してくれた。ぷはっ、と口から空気を出すと同時に、ヒヨちゃんはわたしの頭をグシャグシャに撫で混ぜ、「このこのぉ~!」と目尻に涙を浮かべながら笑った。
――どうやら、わたしの中で想定している以上に、ヒヨちゃんはわたしのことを大事に思ってくれているようだった。そんなに接点は多くなかった仲なのに、ここまで心配してくれる彼女の心に感謝の念が浮かび上がる。
「すみません……ご心配かけました」
「ふんっ……ま、無事ならどうだっていいよ」
最後にクシャッと髪を撫でられ、わたしはようやくハグから解放される。
照れたようにそっぽを向くヒヨちゃんはとても可愛く、思わずわたしはニマニマと頬を緩ませてしまう。目聡くその感情に気付いた彼女は、ジト目で「なによぉ」とわたしの両頬を引っ張ってくるも、不思議と痛みは感じなかった。
「セラフィエル様ッ!? お目が覚めたのですか!?」
そんなこんなでじゃれ合っていると、破壊せんとばかりに部屋の扉が開き、クルルが悲痛な面持ちで雪崩れ込んできた。
……あ、扉、壊れたな。
壁に跳ね返って閉まろうとする扉は、クルルの背後でギィギィと音を立てて中途半端な半開きの状態で止まる。きっと蝶番がイカれたて立て付けが悪くなってしまったのだろう。
しかしそんな犠牲は彼女にとっては取るに足らないことらしく、ガバッと両手を開いて、彼女はわたしに向かって全力疾走してきた。
大事なことなのでもう一度、言う。全力疾走してきた。この扉前からベッドまでの短い距離を。
「ちょ――」
ヒヨちゃんの時と違って、今のわたしはきちんと意識が覚醒している。真正面から突進してくる暴走馬を真っ向から受け止める気は一切ないので、右手で布団を払いのけて中座の姿勢になり、衝突間際に跳躍し、クルルの頭に右手を乗せて、ふわりと彼女を飛び越えるような形で回避した。
同時にこのまま行くと、クルルがベッドの向こう側の壁に顔面強打する未来が見えているので、右手に力を加えて、彼女をベッド上に押し付けた。
「むぎゅ!」
うつ伏せの状態のまま、大の字でベッドにめり込んだ美女の姿は何とも滑稽なものだったが、彼女にそんな面子は存在しないのか、すぐにガバッと起き上がり「セラフィエル様ぁ~……」と情けない声で両手を伸ばしてきた。
――この人は会えば会うほど、残念な人に退化していくように見えてくるわ。なんて悪い意味で不思議な人なんだろう……。
今のちょっとした運動で軋むように痛む左手を僅かに庇いながら、フラフラとベッド上から近づいてくるクルルを、仕方ないのでそのまま抱き返しあげた。多少残念に見えても、彼女の心が清らかで、芯からわたしを心配しての突発的な行動だったことは分かっている。だからわたしはその心に感謝の意を示すように、背中を右手でポンポンと叩いた。
「ご、ご無事で~……ぐすっ、良かったですぅ……!」
「クルルさんも無事で良かったです。あの後、敵の襲撃などはありませんでしたか?」
「うぅ……変態泥人形みたいなのは襲ってきましたけど……ずず、返り討ちにいたしましたわぁ……」
「それって……もしかして、あの店主の――」
「襲ってきたときは子供でしたけど……ぐす、タクロウのお話ですと……本物の宿の店主は裏庭で寝かされていたみたい、なので……おそらく仲間の一味だったのだと、思いますぅ……」
見たところ無傷な様子だったので、てっきり襲撃の類は無かったのではないかと期待したが、そんなことはなく、しっかりと魔の手は伸びていたらしい。
わたしたちの一人を階下に呼んだあの店主は、襲撃の間際に何処か異質さを感じていたが、やはり敵の一人で間違いなかったようだ。
何はともあれ――あの場に残してきたクルルが無事でよかった。
「グァッ、グァ!」
ベッド脇でつまらなさそうに腕を組んでいるヒヨちゃんの影から、覚えのある鳴き声を流しながら、大きな影が飛びかかってきた。
「わぷっ、ちょっとハクア……?」
クルルと抱き合っていた状態だったので躱すことができず、わたしはモロに顔面にへばりついてきたハクアの腹部に視界を埋められてしまった。
その勢いのまま、クルル共々ベッドに倒れ込む姿勢になってしまった。そのままわたしの顔をペロペロと舐めては「グアァー、グァー」と鳴くハクア。クルルは抱き着いたままだし、もう何がなんだかな状態だ。
「なんだよぉー……二人して。私だって抱き着き足りないぞー……」
拗ねたようなヒヨちゃんの声が辛うじて聞こえたが、これ以上の圧迫はノーセンキューでお願いしたい。
いや、嬉しいんだけどね? こう……戦闘後から眠り続けていたであろうわたしを心配し、無事を喜んでくれていることは丸わかりなので、本心は嬉しい。ちょっとどころか、かなり。でも皆の感情がド直球すぎて、わたしも素直に「心配してくれて、ありがとう」と言いにくいのだ。要するに照れる。だからそろそろ皆には平常心というものを取り戻してもらいたい、切に。
「あ、あのぅ……わぷっ、こらハクア。今、喋っている時にっ……はわ、もう~……!」
わたしは喋ろうが喋るまいが関係なく、顔を涎まみれに仕立てようとするハクアをどう宥めたものか。
思考を巡らせていると、わたしの頭頂部に顎を乗せたクルルが静かに言った。
「今はハクア様の想いを受け止めてあげてください、セラフィエル様。ハクア様は昨晩、貴女が倒れられた場所を私に報せに飛び回ったり、寝ている貴女の上で常に目が覚めるのを待っていたのです。先ほどはたまたまトマトを食べに離れておりましたが、それ以外はずっと貴女の傍を離れようとしませんでしたのよ」
唐突に冷静モードのクルルの口調になったものだから、軽くビビッてしまったが、その言葉の内容を噛みしめて、わたしは頬を摺り寄せてくるハクアに「ありがとね」と軽く口付けをした。ハクアは思いのほか、その行為に喜色を示し、目を細めて何度も頬を寄せてきた。
「セラフィエル様、僭越ながら私も貴女のことを真に心配し、一時も離れまいという思いは誰よりも強かったのですわ」
「え、えぇ……あ、ありがとう、ございます」
「いえ、当然のことですわ」
そういって、クルルは目を閉じて頬をわたしの方へと少し突き出す。
「……」
「……」
そのまま無言の数秒を過ごすと、クルルは薄っすらと目を開け、わたしに行動の意思がないことを確認すると、困ったように眉を顰めて口を開いた。
「セラフィエル様、私も大層心配したのですわ」
「え~っと……クルルさん? ちょっと圧力が凄いのですけれど、い、一体何をお望みなんでしょうか……?」
何となく察しつつも、いやまさかそんな……という思いがあり、わたしはそう聞き返す他なかった。
「嫌ですわ、セラフィエル様……。それを私の口から言わせるだなんて……」
「誤解を招くような言い回しはしないでくださいっ! いやいや……まさか、ほっぺにチュッとしろってことですか!?」
「まぁ、ほっぺにチュ、だなんて可愛らしい言い方ですね、セラフィエル様」
「咄嗟にそういう言葉しか思いつかなかったんですっ」
――くぅ、こうして指摘されると、より一層恥ずかしさが増してくるわ!
「ほらっ、セラフィエル様! 早く早く、ハクア様にするかのように!」
「ちょ、なんでそんな鼻息荒いんですか!? 貴女、そんなキャラでしたか!?」
「『きゃら』とは何か分かりませんが、私は私ですわ!」
再び冷静モードから発揚モードに移行したクルルは、やたらと鼻から空気を漏らしつつ、わたしへと迫ってくる。超絶美人の癖して、その魅力を全て台無しにするこの行動力――恐るべし!
「――いい加減にしろって!」
「クエッ!?」
クルルの口から首を絞められた鳥のような鳴き声がしたかと思ったら、実際にクルルの首には蠍蜥蜴化したヒヨちゃんの尻尾の先が巻き付いており、そのまま彼女を後方へと引きはがしていった。
凄まじい圧から逃れたわたしは、ほっと息をついてヒヨちゃんに「ありがとうございます」と御礼を言う。ヒヨちゃんは「別にー」と頬を膨らませながら、少し離れた位置にクルルを転がし、すぐに起き上がったクルルと言い合いの喧嘩を始めだした。
ようやく区切りがついたところで、ベッドの上で足を横にして座り、ハクアを膝の上で寝かしつける。ハクアも落ち着きを徐々に取り戻してきたのか、特に抵抗することなく、太腿の上で身体を丸めていった。
「……本当に、ありがと」
二人+一匹の勢いが凄すぎて、感謝の気持ちを置き去りにしたドタバタ劇が起こってしまったが、まあこれも一つの触れ合いなのかな、と思わず笑いを零してしまう。
やがて、立て付けの悪くなった扉を強引に開き、タクロウ・メリア・マクラーズの3人が部屋に入ってきた。
彼らと目が合ったわたしは苦笑し、喧嘩中のクルルたちを横目に、呆れたようにため息をつくお三方。
「ご無事で何よりです、セラフィエル様」
「目が覚めたんですね。下に簡単ではありますが、昼食を用意しておりますので、如何ですか?」
「おぉ~、腹ぁ減ってたんだよなぁー。ほれ、嬢ちゃんも寝っぱなしでお腹空いただろ。食いに行こうぜ」
タクロウ・メリア・マクラーズが順に何事も無かったかのような会話を渡してくれる。変に気遣って空気を重くするよりも日常を意識しての配慮だ。そんな大人の対応と、心情を露わにするクルルたちがあまりにも正反対すぎて、わたしは思わず指を口元に当てて笑ってしまった。
「そうですね、もうお腹ペコペコなので何か口に入れたいです」
ハクアを太腿から肩の上へと移動させ、わたしは――戻るべき場所へと帰ってきたことを実感しながら、ゆっくりとベッドから足を降ろした。
昨晩の死と隣り合わせの寒空とは異なる、温かい日差しを窓から受けつつ、わたしは心から破顔して微笑んだ。
目覚めの数分間のお話です。
クルルがどんどん変態化している気がするのは、気のせいだろうか……(・ω・)
次回は戦後の後始末的なお話になるかと思います。