63 セラフィエルの内包世界 その6
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僅かに目を細め、薄暗い回廊を抜けた先には――中心に大きな吹き抜けが天地に抜ける、螺旋回廊が姿を見せた。円状の壁に沿って、白銀の巨大な蛇が天高くまで蜷局を巻くように伸びる回廊の光景は、まさに荘厳であり絶景と言えるものだった。
螺旋回廊はパッと見た感じ、階段部は見当たらず、スロープのようになだらかな坂道が続いているようだ。ボールを転がせば、慣性のままどこまでも下へと転がっていきそうな道だ。
「うわ、すご……」
思わずそう呟いてしまう。
吹き抜けには四本の柱が伸びており、それが光源の役目を担っているのか……この広大な螺旋回廊を余すことなく照らし続けていた。
「……ん?」
ふと螺旋回廊の壁側、その外周に視線を移すと、いくつもの扉と戸棚が確認できた。同じ造りの繰り返しなのか、規則正しく一定の距離で扉と戸棚が交互に配置されているようだ。
歩みを進め、わたしはすぐ間近の戸棚へと近づいていく。戸を横に引くと、中には本がギッシリ詰っており、わたしはその一冊を指に引っ掛けて取り出し、パラパラとページを捲っていった。
まるで新品のごとく艶やかなページに綴られた文字の羅列。図解やイラストが載っているページもあり、しかし文脈はバラバラで、内容は一つのジャンルに偏ってはいるものの、まるで雑誌の切り抜きを集めたかのようなチグハグさを感じるものだった。
「これ……」
本の内容に覚えがなくとも、この構成には見覚えがある。
思わず赤の方を見ると、彼女は彼女で棚を指先で触れ、驚きを隠せない様子でいた。
「……赤」
「えぇ……、ここは私たちが知識保管庫、と呼んでいた大書架……だと思うわ」
やや歯切れが悪い言い方が気になるが、やっぱり此処が――行きたくても行けなかった「知識保管庫」のようだ。
本を閉じ、元あった棚の中に仕舞う。
そして、延々と続く螺旋回廊の吹き抜け部へと足を近づけ、わたしはその底を覗き込もうとした。
「……下、深そうだね」
「上も大概だけどね」
下を覗き込むわたし、上を仰ぎ見る赤。どちらも似たような感想が交差した。
この広大な広間を照らす光柱があるというのに、上と違って下層は異様に暗い。もう少し様子を見れないかと身を乗り出すと、わたしは目に見えない何かに押し返され、その場で尻餅をついてしまった。
「あ、その手すりから飛び降りるとかは駄目みたいよ。私も試してみたけど、不可視の力で押し戻されるみたい」
「……飛び降り事故防止、なんて可愛い理由ならいいんだけど……きっと、そういうものじゃないんだよね」
赤に差し出された手を受け取り、わたしはお尻を払って立ち上がった。
「しかし、なるほどね。ここが赤が何度も足を運んだ知識保管庫なんだ」
「……雰囲気は少し変わっているみたいだけどね。3年前のあの日、世界間を彷徨う血の一部が貴方に戻ってからは活動範囲も広がったのだけれど――」
そう言って、赤は遥か頭上の彼方にあるステンドグラスが並べられた天井部を見上げる。
「まだまだ行けない場所の方が多い状況ね」
「それって、こんな感じで行けないの?」
わたしは吹き抜けの宙に手を伸ばす。予想通り、一定以上手を伸ばしていくと、押し返す力が働き、わたしの腕が逆方向へと弾かれていく。
「通路に関しては近い感じかな。後はこういった扉が開かなかったり」
赤が直近にある扉の表面に手を差し向けると、触れるか触れないかの距離でスッと扉が開く。まるでセンサー式自動扉のようだ。
「ここは入れる部屋のようだけど、先に進めば幾つか入れない部屋が点在するわ」
「はぁ……なんだか幻想的なのか近代的なのか、よく分からない場所ね……」
「――それなんだけど、本当はもっと武骨な造りだったのよ」
「え?」
赤はぐるりと知識保管庫を見渡し、少し緊張した面持ちで口を開いた。
「さっき雰囲気が違うって言ったでしょ? 私が知っている知識保管庫にも確かにあの光柱はあったし、似たような構造の場所だったわ。でも……道のほとんどが階段状――螺旋階段だったの」
「階段?」
この空間を取り巻く「道」は全て滑らかな傾斜であり、階段のような形状は見られない。
「そしてこの部屋も……周囲の壁も、こんな真っ白な材質ではなかったわ」
コンコン、と叩く純白の石材で構成された壁。近しいものを上げるとすれば、大理石のような材質だ。
「鉄製の壁、螺旋階段……どれも人工的、という表現が近い場所だったのに――今は貴女が言う通り、幻想的、という表現が似合う空間になっているわね」
「……」
さっき歯切れが悪かったのは、そういった違和感を抱いていたからか。でもつまり……結局のところ、どういうこと?
「えっと……つまり、ここは赤の知っている知識保管庫とは似て非なる場所ってこと?」
「……いいえ」
彼女は近くの棚から本を取り出しては、パラパラと捲って元に戻す。それを数冊繰り返したところで、ピタリとその手を止め、彼女はその一冊をわたしに向けて差し出してきた。読んでみて、という意図だろう。わたしは本を受け取り、表紙をめくって思わず瞑目した。
「これ……って」
既視感に誘われるがまま、次のページを開く。
そこには芋を使った料理のレシピが並んでおり、わたしが目を通した記憶のあるページ構成ばかりであった。――というか、そのまんまであった。
「どうやら、私の家に貯蔵していた本たちは自動的にここに帰ってきたみたいね。そして、その本たちがあるということは……間違いなく、ここは私の知っている知識保管庫だと思うわ。変わった――いえ……本来の姿に戻ったんじゃないかな」
「本来の姿?」
「だって外の王都だって、貴女の内在的なイメージに基づいたものだったでしょ? 私が知識保管庫に出向いていた時は、まだ世界が暗闇に覆われていた時――それが変わった今、この知識保管庫も引っ張られて、貴女の中にある本来の姿に戻った――って思うのが自然かな、と思ったのよ」
「まぁ、確かに……そうだね。でもさ、わたしの中にこんな摩訶不思議な建造物のイメージなんて、一切無いんだけど。いったいどうしてこんなものが生まれたのかな」
「さあ?」
「さあって……あぁ、うん。そうとしか言えないのは分かってるんだけど――分かってるんだけどね? ……あぁもう! わたしの身体の中に一体何が起こってるのよっ!」
わたしの体内――という前提さえなければ、多少の不可思議な現象も冷静に分析できるというのに、この意味不明な状況は残念ながら、わたしの内包世界とやらで起きている現実だ。だからこそ、常に気色悪い空気が纏わりついているようで、思考が落ち着かない。
わたしは髪の毛を両手でぐしゃぐしゃと混ぜながら、癇癪に近い声を上げて、宛てもなく愚痴を零した。
「そう躍起にならないでよ。一つだけ確実に分かってることがあるわ」
「へ?」
ボサボサになった髪のまま、わたしは呆けた返事をしてしまう。
赤は手に持った本を口元に掲げ、キラリと光る瞳をこちらに向けてきた。
「私の遊び場は健在だってことよ。ふふふ、あの赤い奔流も消え、二度とこの地に戻れないと絶望も抱いたけど、こうしてまた巡り合えたわ。私の読書生活は今後も継続できるってわけね」
あっけらかんと、そんなことを嬉しそうに言い放つ赤に、わたしは肩を落として大きくため息をついた。あーあー、今にもそこら辺の部屋だの本棚だの漁りたいって気持ちが見え透いた顔しちゃって……よくこんな意味分からない状況で趣味に走れるよ。
「まったく……この本の虫は。はぁ~……」
「ま、本を読みがてら、この世界のことも見て回ってみるよ」
「え、わたしも一緒に回るよ。一人じゃ危ないかもしれないし」
「そうもいかないみたいね。どうやら時間切れみたい」
赤が指をさす先――わたしの右手に視線を落とすと、透けて向こう側が見える状態になっていた。右手だけじゃない。よくよく見渡すと、わたしの身体の至る所が色が抜け落ち、存在感が気薄になっているのが分かった。
「え、ちょっ!?」
「目覚めるときの演出も変わったみたいね」
「演出って……」
以前までは目覚める瞬間は、周囲の漆黒の空間がひび割れる現象が起こっていたけど、どうやらこの王都を模した内包世界では、わたしの存在の方が消えていくらしい。
――不安だ。このまま消滅したりとかしないよね……ね?
「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫でしょ。ここは貴女の世界なんだから、貴女に悪いようには働かないでしょう」
「んなこと言っても、不安なものは不安なんだよ。だいたい、この内包世界だって漠然と『そうだ』って感覚があるだけで、確証はないし……変な奴だって夢のまた夢の中に出てきたばっかだし」
「……そうね、ま、何か異変が見つかれば、次の時にでもちゃんと情報を共有するよ」
「……赤、勝手にいなくなったりとかしたら、許さないんだからね……」
「大丈夫よ、そこまで無茶なことはしないわ。でも心配だったら、願ってて。貴女の中にあるこの世界で、私が無事に過ごせることを――。それだけで何かしらの加護を貰えそうだわ」
「そんなんでいいなら、いくらでもするよ。だから――」
「大丈夫だって」
何度も念を押すわたしに対して、彼女は困ったように笑い出す。
ついに足や手といった末端は光の粒子へと化して散っていき、わたしの存在がぼやけていく。
意識が別の場所へ浮上していく感覚――これは間違いなく、以前も感じていた「目が覚める」時の感覚だ。
「銀」
「……うん」
「確かにこの世界は私たちの知らない法則の元で変わってしまったけど、私と貴女の関係はいつまでも不変のものよ」
「赤?」
「貴女が私との絆を感じてくれている以上は……きっと、私は大丈夫。だから貴女は貴女で、現実世界でやれることを全力でやってきなさい」
「…………ん、分かった」
その返事に満足したかのように、わたしの髪を撫でてくる赤。身長はわたしの方が高くなったというのに、この扱い。心身名実ともに年上になったはずのわたしの立場は? なんて思いも過ったけど、結局は為すがまま撫でられた感触を残し――――わたしの意識は内包世界の外側へと押し上げられていった。
遠い場所に感じる赤の気配を胸元に包み込むように身体を丸くし、わたしは彼女に災厄が降りかからないよう、その無事を祈った。
意識が夢から現実へと切り替わる瞬間――、
『ふふ、ふふふ……』
聞き覚えのある明るい少女の笑い声が、聞こえたような気がした。