62 セラフィエルの内包世界 その5
ブックマーク、感想ありがとうございます!( *´艸`)
そして誤字報告、本当に助かります!(まだまだ残っていたとは……本当に強敵です;;)
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます~♪
「へぇ、ここが貴女の現実での住まいなのね」
赤は後ろ手にフルーダ亭の客席と客席の間を進んでいき、微かに笑みを浮かべながら興味深そうに視線を滑らせていった。
彼女の記憶喪失がどこまでのものかは知らないけど、仮にこういった建造物に関する記憶すらも無いのであれば、こうして物珍しそうにフルーダ亭を見て回るのも頷ける。だって……彼女が知っている建物は、全て内包世界の中で、本から得た知識を基に、自身の想像だけで建てたものばかりなのだから。
温かい日差しに当てられた時に香る、木目の匂いに強張っていた体が少しだけ安らぐ気がした。
――うん、クラッツェードさんやプラムお姉ちゃんたちがいなくても、ここはここ。今生で帰るべき場所だと実感できる。
「いいわね、なんだか温かい場所……」
「あっ、赤もそう感じる?」
「なぁに、その共感してくれて嬉しいって顔は」
「へ、そんな顔……してた?」
「してた。だらしなく頬が緩んでたわ」
「うぅ……」
右頬を慌てて抑えるも、既に遅し。赤はすっかり調子を戻したようで、落ち着き払った態度で小さく笑った。
「安心したわ。ここが貴女の経験を基に構築された場所だというのなら――貴女はきっと、ここの人たちに愛されているのね。そして貴女自身も……大事だと思っている。そんな慈愛に満ちた雰囲気がそこら中から滲みでているわ」
「は、恥ずかしいから……そういうこと、言わないでよ」
「ふふ、ここには私たち二人しかいないんだから、いいじゃない」
「だーかーらっ、赤相手でも恥ずかしいものは恥ずかしいんだよっ」
わたしの抗議は話半分で聞き流され、赤は「ねぇ、銀の寝床はどこかしら。こっちかな~?」と好き勝手に探索を始めてしまう。
「もう、わたしの目が覚めたら貴女一人だけが取り残されちゃうんだから、今のうちにやれることをやるべきでしょ!」
ここで言う「やれること」とは言うまでも無く、謎の塔についてだ。
「む、それは確かに正論ね。それじゃ、部屋の場所だけ教えてちょうだい」
「……階段上って左奥がわたしの部屋だよ」
「階段上って左奥ね、分かったわ。ふふふ、今日からお揃いのベッドね」
「…………」
分かってて人の羞恥を誘ってくる赤は放っておいて、わたしはさっさとフルーダ亭の外へと出ていった。肩を竦めながら静かについてくる赤の気配を感じつつ、わたしは名残惜しくもフルーダ亭に背を向けた。
――はあ、なんだか出発してまだ1日経ったかどうかって時間しか過ぎていないのに、フルーダ亭が懐かしく感じてきちゃった。これがホームシックってやつなのかな? おかしいの……ここ暫く――帰る場所なんて考えたことも無かったのに。
こんな感覚を抱くのは、本当にいつぶりだろうか。
グラベルンでの激闘にやや疲弊した心も、フルーダ亭の空気を吸っただけで回復したような気がした。
「さ、行こう」
「そうだね」
わたしたちは公益所――があった場所に聳え立つ巨大な塔に向かって、歩みを速めていった。
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近くまで来て、わたしたちは首が痛くなるほど頭上を見上げていた。
「大きいね……」
「そうね、一体なにをするための場所なのかしらね。銀は本当に心当たり、ないの?」
「んー……無いね。類似した建造物を見た記憶も……残念ながら覚えている限りでは無いわ」
「そ、まあ中に入ってみれば分かることよね」
「そういうこと。わたしが先頭を進むから、赤は念のため背後を警戒してついてきてね」
「了解」
塔の周囲には何本もの円柱が等間隔で並んでおり、一つ一つに豪奢な彫刻が彫られていた。
そして正面には銀色の巨大な両開きの扉が腰を据えて待ち構えており、来るものを拒むように頑なに扉は閉まっていた。
「ねぇ、赤……これ、開けられると思う?」
「私の二の腕を見てから聞いて。この柔らかボディにそんな雄々しいこと、できるわけないじゃない。そんな時こそ、貴女の<身体強化>の出番じゃなくて?」
「いやー……流石にこれは無理なんじゃないかなぁ……」
わたしの背丈を10倍にしたような高さの扉を、さすがに<身体強化>一つで開けられるとは思えない。
「そもそも、ここは貴女の世界なんだから。開いてって念じれば、力を入れなくても開くんじゃないの?」
「……や、やってみる」
わたしは深呼吸を一つ、右手を扉に当て、目を閉じて念じた。
――すると不思議なことに、わたしの中の血が呼応するかのように脈動するのを感じる。
「…………、操血」
まさかと思い、わたしは親指の腹を噛み切り、そこから溢れだす血液を操作して扉に触れさせた。
血と扉が触れるや否や、扉の表面に複雑に走っている紋様――その線に沿って赤い光が走っていく。やがて光は紋様をなぞるように動いていき、銀一色だった時は線が無造作にのたくっているようにしか見えなかった紋様の輪郭が浮き彫りになっていった。
「――――天使?」
思わずそう呟いてしまった。
わたしと赤は扉の全容が見える距離まで後ろに下がり、その紋様――羽の生えた女性を見上げた。
6枚羽を背にした美しい女性。流れるような長い髪を携え、その横顔は少し儚げに見えた。ちょうど彼女を囲うように赤い光が走っているため、その様子はまるで赤い光に囚われているかのような姿に見えた。
気圧されるようにその姿を見上げていると、地面と扉が擦れる重低音が鳴り響き、ゆっくりと扉が開いていった。
「…………銀」
「行こう」
わたしの血に反応したということは、間違いなくわたしに起因した建造物のはずだ。
消化不良は嫌いだ。ここまで来たのだから、目が覚める前にこの塔が何なのか、その正体だけでも突き止めてやる。
塔の内部へと足を踏み入れると、ワックスで磨いたかのように反射する大理石の回廊が広がっていた。道は広いけど、どうやら迷路のような構造ではなく、中心部へ一直線につながっているようだ。左右に伸びている通路はおそらく、塔の外周に沿って伸びている環状線といったところだろう。
冷えた回廊は音を反響しやすいらしく、一歩一歩進むたびに踵を踏み鳴らす音が鳴り響く。
無言でいると、凍えてしまいそうな静けさだ。
「ねえ、赤」
「うん」
「そういえば、話が流れに流れすぎて有耶無耶になってたんだけど、わたしが最初に話そうとしてたこと。このまま無言で歩くのもなんだから、ついでに話しながら歩いてもいい?」
「………………………………あぁ、うん。いいよ」
今の間……絶対に当初の相談の話、忘れてたな、こやつ。まあ、わたしも何か話題ないかなぁ~って考えてて、漸く思い出したわけだから文句は言えないけど。
「わたしね、夢の中で眠るなんてことになっていたわけだけど。その夢の中で謎の声と会話をしていたの」
「謎の声?」
「うん、わたしと同年代かやや上ぐらいの……明るい女の子の声だった」
「聞き覚えは?」
「無い……と言いたいところだけど、ぶっちゃけ他人の声なんて腐るほど聞く機会があったからね、わたしには。正直、覚えてないって言う方が正しいかもね」
「まぁ200年も生きてりゃーねぇ。で、その声はなんて?」
「どうもその声が言うには、わたしは能力を使いこなしてないんだって」
「能力…………それは魔法? 操血? それとも……恩恵能力?」
「そこまでは教えてくれなかった。でも可能性があるなら、恩恵能力かなと思ってる」
「今回の転生で初めて手に入れた能力だから?」
「そう……この内包世界も、あの夢の声も、すべてが今回の転生を経て初めて経験したことばかり。だったら一番怪しいのは<身体強化>になるでしょ?」
「……そうね、それが妥当かもしれない」
「うん。なんでも……その能力の真価を発揮したことで、その声の……なんて言ってたかな、えっと……そうそう、最奥に影響を及ぼして目覚めたとか言っていたかな。あとはわたしが生まれた時から、ずっと一緒にいる……とか、背筋が凍るようなことも言ってたわね」
「最奥ねぇ……それはよく分からないけど、生まれてからずっと一緒にいたってことは、貴女と少なからず面識があったんじゃないの?」
「だから今回の転生で初めての出来事だって言ってるでしょ? それに今までは眠っていた……みたいなことも言ってたし」
「なんだかハッキリしない存在ね。もしかしてテキトーなことを並べて貴女をおちょくっているんじゃないの?」
「――いえ、それはないわ」
思わず、わたしは歩く足を止め、あの声の言葉を思い出す。
「あの声は……わたしの名前を知っていた。セラフィエルと名乗る前の……一番最初の名を。三度転生し、異なる四つ目の世界にいるわたしの出生を知っている人間なんて居るはずがない。だから……わたしと共にいたという点に関しては……残念だけど真実だと思う」
「……不気味な話ね。相談に時間がかかるかもと言ったことに納得だわ。謎が多すぎるもの……。というか、その声の主……この内包世界とやらに居るんじゃないのかしら」
「だとしたら、叩き起こして知っていること、全て洗いざらい話してもらうわ」
「――ふふ、強気ね。ま、そこで尻込みするような子じゃないことは分かっていたけどね」
少し張り詰めた空気が綻び、わたしたちは僅かに微笑みながら、再び暗い回廊を進み始めた。
「銀」
「うん」
「確かにその声が言った『能力』が差すものは恩恵能力のことかなと思う。けれども……全ての事象の中心にあるのは――やっぱり貴女の操血だと思うわ」
「……」
塔の扉もそうだし、漆黒の世界だったころも赤い奔流という形で操血が関わっていた。おそらくこの内包世界もその一端なのだろう。赤が言っているのは、そういった部分のことなのだろう。
「銀、前に話してくれてたよね。<身体強化>は身体機能は勿論のこと、魔力も操血さえも強化してくれるって」
「ええ……――って、もしかして……操血が強化された影響、と言いたいの?」
「可能性としては考えられない? その声の主もこの世界も、貴女の操血が今までにない強化のされ方をしてしまったからこそ、生れ出たんじゃなかなって。今までの話を聞いてて感じたわ」
「……」
本当に赤は頼りになる。とても見た目通りの小さな子とは思えないほど、頭の回転が速い。バラバラのピースを一つの絵へと組み立てる発想力が素晴らしいのだ。
操血が<身体強化>によって強化され、その結果、わたしの内部で異変が生じている。いや、元々眠っていた――未だわたしが知りえなかった操血の力の一部を今、覗いているのかもしれない。
なるほど、とストンと落ちる理屈だ。
仮説として、わたしが先の戦闘で偶発的に<身体強化>の真価なる力を発揮した。その影響で謎の声が目を覚まし、操血にも何かしらの変化が生じた。そしてわたしが夢の世界を内包世界だと認識した瞬間、この世界は姿を変えた――と。
要因に関しては謎ばかりだけど、話の繋がり的には悪くない。
「銀、どうやら出口みたいよ」
考え込んでいたせいか、視線が俯きがちだったわたしは、赤の声でふと顔を上げた。
暗い回廊の先――そこには眩いほどの光を放つ、半円型の出口があった。
どこに繋がっているのか見当もつかないが、ここで引き返す選択肢は存在しない。
わたしたちは互いに頷きあい、口元を引き締めて、光の中へと足を踏み入れていった。
次話でセラフィエルの内包世界は終わりです。
1日の話が長すぎて、すみません~(>_<)