61 セラフィエルの内包世界 その4
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視界を白く染める光に思わず腕で目を隠した。
しかし、ただの光のように光源があるわけではなく、この世界全てが光に包まれているので、下を見ようが上を見ようが、どこかしこも網膜を焼き切らんとするかのように眩しい。
わたしは耐え切れずに両目を閉じ、瞼越しに流れ込んでくる光が収まるのをジッと待つ他なかった。
やがて、どの程度の時間が経っただろうか。
徐々に目を焼くような光は収まりを見せ、わたしはゆっくりと腕を降ろし、恐々と瞼を開けていった。
「――――え?」
強烈な光を帯びた後だったので、目を開けてもしばらくは視界が馴染むまで時間がかかると思ったが、予想とは反し、すぐに周囲の世界を認識することができた。そしてその世界は……わたしの想像を遥かに超えた姿で出迎えてくれたようだ。
隣を見れば、あの赤ですら、口を半開きにして周囲をキョロキョロと見渡している。
これは……何が起こったの?
この夢の世界――ううん、内包世界においては不可解な事象はもうお腹いっぱいなほど食べた気分だったけど、まだ上があるだなんて思いもしなかった。
わたしたちが何かを生み出さねば、それ以外は虚無の如く黒一色だった世界。
しかし、もうその黒はどこにも存在せず、世界は無数の色どりを発しながら、堂々とその姿をわたしたちの眼前に広げていた。
「うそ……」
ここは――王都だ。
ヴァルファラン王国の王都であり、わたしが今生を生き抜く世界の中心点。フルーダ亭がある西地区の一角、その大通りのど真ん中にわたしたちはいた。
まるで現実かと見間違えるほど、全ての建物が存在感を放っており、遠くには確かに王城が佇んでいた。
試しに大通りから近くの建物へ移動し、右手で触れてみる。
「……」
生物のように脈動があるわけではないが、確かに……これは本物だと実感できた。
馬鹿げている。
なんなの、この現象は……とてもではないが、わたしの中の常識の範疇を軽々と逸脱している。
「ああっ!?」
と、唐突に赤が素っ頓狂な叫びをあげたため、慌てて彼女の方を振り向いた。
赤はとある建物の一角を見上げており、肩を震わせていた。何か見つけたのだろうかと彼女の元へと駆け足で戻り、その横顔を窺った。
「どうしたの、赤」
念のため、周囲へ注意を払いながらそう声をかけると、彼女は震える声で「そんな……」と呟いた。
「ぎ、銀! 私の……私の家が無いっ!」
「え?」
一瞬、何のことを言っているのか頭がついてこなかったが、よくよく思い返せば……赤が見ている先には、ログハウス兼図書館という馬鹿でかい建物があったはずだ。
それが今はどうだ。
王都の街並みに塗り替えられるようにして、その存在は跡形も無かったかのように消え去っていた。
雲散霧消とはまさにこのことか。破壊でも上書きでもなく、存在そのものが無い。
「っ」
「赤ッ!」
急に駆け出した彼女を、慌てて追いかける。
彼女はログハウスがあった場所に新たに出現した家屋の中に入っていった。きっとログハウスの名残が内部に残っていないか確認しに行ったのだろう。
鍵は開いているのだろうかと思ったが、彼女が引いた玄関扉は抵抗なく開き、彼女を中に招き入れていた。
後に続き、わたしも建物の中へと足を踏み入れる。
――そして、異様な光景に言葉を失った。
「……これは」
建物の様相を出していたのは外観だけで……内部はまさに空洞。家具も調理場はおろか、間取りすら無い。まさにすっからかんの状態だった。ハリボテもいいところだ。映画のセットがあるとしたら、中身はこういうものなのかもしれない、なんてどうでもいいことを考えてしまうほど奇妙な空間であった。
内包世界。
そうか、何となくだけど理解できた。
――ここは、わたしの中にあるもう一つの王都。わたしが見て経験して、把握したものだけが再現されているんじゃないだろうか。
だとしたら、おそらくわたしが足繁く通っている場所は、より精巧に創られているんじゃないだろうか。
「赤」
呆然と立ち尽くす背中に声をかける。
彼女はあのログハウスで3年間。多くの知識を得て、充実した生活を過ごし、様々な経験を手にしていた。そして、唯一の話し相手であるわたしと共に過ごした実家でもある。
かなりの愛着と思い出が詰まった場所だったのだ。彼女が家を増築していく中で、リビングだけは同じ形を保ち続けたことからも、その深さは理解できる。
彼女が大事に蒐集し、ジャンル分けして整頓していた本たちも同時に消えてしまったのだ。
普段冷静な彼女であっても、心を抉るものは大きいはず。
わたしは3年前から成長していない彼女の少し小さい体を後ろから抱きしめ、紅蓮の癖毛を手で撫でた。慰めになるか分からないけど、少なくともわたしはこうされると気持ちが落ち着く。だから彼女にも同じようになって欲しいと願いながら、優しく撫で続けた。
「…………ん」
「落ち着いた?」
「別に……取り乱してなんかいないわ」
「嘘ばっか」
「……役目が逆よ。こういうのは私がしてあげるの」
「たまにはいいじゃない」
「……そう、うん。たまには、か。そうだね……たまには、こういうことがあったような――気がする」
「赤?」
たまにはいいかも、とは別のニュアンスを含んだ言葉にわたしは首を傾げるも、彼女は答えなかった。
無理に会話を続ける必要もないか、と思い、わたしは静かな時間の中、彼女が「もう大丈夫」と言うまでその頭を撫で続けた。
やがて、くすぐったそうに頭を捩り、前を向いていた赤は僅かにわたしの方へと向き直り、困ったように眉を下げながらも照れたように頬を赤くした仏頂面を見せた。
「もう、大丈夫だから」
「ほんとに? 顔が赤いけど、もしかして熱があるんじゃないのかな?」
「! これは一生の不覚ね……末代までの恥だわ」
「末代って……貴女、ここで子供を授かるつもり?」
「単なる比喩に真面目に返されても、こちらも言葉に困るわ」
「ふふ、全くだね」
話していくうちに、いつもの冷静な彼女の様子に戻ってきたので、わたしはパッと身体を離した。僅かに離れるわたしを追いかけるように彼女の手が伸びてきたが、赤はハッとした表情を見せると、すぐにその手を引っ込めた。
――普段、クールな子ほど素直な面を見ると可愛いわね。ふふふ、これからは赤に対して、もっとスキンシップ過多で攻めようかな。
邪念を嗅ぎ付けたのか、眼を座らせて睨んできたので、わたしは誤魔化すように「さ、もう外に出よう」と話題を逸らしつつ、この奇妙な家の外へと出た。
いったん落ち着くと人間、視野が広がるものだ。
家屋から出たわたしは、ふと王都の街並みを眺めるようにして視界に収め――ある一点だけ、現実の王都と異なる点を見つけた。
見つけた――というか、なんで初っ端で気付かなかったんだろうと思ってしまうほどの、高い塔が立っていたのだ。
あの位置は……おそらく公益所の辺りだろう。
外観はゴシック様式に近い造りに見えるが、大聖堂のようなものがあるわけでなく、ただ天を貫くようにして聳え立つ円柱のような塔だけがあった。
塔を見上げれば、天には空があり、雲が流動的に動いていることに驚いてしまう。
あの漆黒の世界に、わたしたちが思い描いた物を仮置きしているのとは訳が違う。これは――この内包世界はまさに、もう一つの世界を顕現しているようであった。
わたしがこの世界を夢ではなく、自身に内包した世界であると自覚した瞬間――世界のすべてが置き換わったようだ。スイッチの役目を担ったのはわたしの認識なのだろうけど、なぜ認識した途端、世界にこのような変化が起こったのかは分からない。
「銀、この街に覚えがあるの?」
「うん、間違いなく……ここは王都。わたしが現実で暮らしている大都市だよ」
「……王都?」
言われて彼女は興味深く街並みを見渡し、ほぅと息を吐いた。
「ここが……貴女の住む街、なのね」
「そうだね。理屈は分からないけど、うん……どうやら、ここはわたしの中の独立した世界みたい。わたしが見聞きしたものは全て反映されているみたいだけど、さっきの家の内装みたく、入ったことのない場所は抜け殻のような感じになるみたいだね」
「なるほど……。でもなぜ貴女は無意識にこうなることを避けていたのかしらね」
「へ?」
「へ、じゃないわよ。貴女にはさっき『依存』を恐れているんじゃないかって言ったけど……もしかしたら、こうして世界を再構築する力を恐れてたんじゃないかって思い始めてるわ。傷の修復如何については少し疑問が残るけど……家や街を創り出す――なんて行為は、こうして世界を創り出せる思想に紐づく可能性がありそうだものね」
「……それは突飛しすぎな気もするけど」
「でも、少なくとも……今日の私たちのやり取りから貴女は世界の在り方を認識し、その認識に沿ってこの世界が生まれたわ。関連性はゼロではないんじゃなくて?」
「……うぅ、我ながら謎が多すぎる身体だわ」
「ふふ、何をいまさら」
「全くそうだね……はぁ」
「で、これからどうするの? 私としてはまず落ち着いて過ごせる場所を見つけたいんだけど」
「新しく家でも作る?」
「……せっかく作っても、また目の前で消えるのは御免だわ。ね、銀。貴女、この街で暮らしているのよね? 良ければ、貴女が住んでいる場所で私も暮らしたいわ」
「そう? それじゃフルーダ亭に先に向かってみようかな」
「フルーダ亭? それが貴女の住んでいる場所の名前なの?」
「うん、そうだよ。と言っても……わたしの中の世界とはいえ、この感じだと誰もいなさそうだけどね」
「……えぇ、全く。不気味なほど静かね」
王都を模倣したこの世界に、人の気配はない。内包世界なんて言い方をしているも、結局はわたしの想像の世界なんだから、人だって記憶に沿って存在してもおかしくないと思うのだけれど……全ての内面まで理解できた人なんて一人もいない、ってことを指しているんだろうか。まあ同じ言葉を繰り返し続けるような人形染みた人がいても怖いだけなので、まだ無人の方がマシかもしれない。
「そういえば、わたしの黒歴史本は……?」
「あら? そう言えば、いつの間にか無くなっているわね。もしかしたら家にあった本と同様、強制的に消えてしまったのかもしれないわ……」
「そう、それなら安心」
「私は残念よ……ふぅ、本が無いと落ち着かないわ」
「ほんっと本の虫なところは相変わらずだね」
「しょうがないじゃない。ここでの娯楽は本からの知識が全てだったんだから。……あの赤い奔流はこの世界じゃ見当たらないわね。もうあの知識保管庫には行けないのかしら……」
「どう、だろう。まだまだこの世界には分からないことが多すぎるね……あの塔もそうだし」
「塔? あの背の高い塔は何か違うの?」
「ああ、えっと……あの塔だけは本来の王都には無いものなんだよ。だからきっと……あの塔がこの世界の鍵になるような場所――そんな気がするの」
「なるほどね……貴女もまだ目覚めそうになさそうだし、フルーダ亭に寄ってから一度、あの塔にも向かって見ましょう」
「そうだね」
手探りではあるが、次の方針を二人の中で決めた途端、少しだけ心が軽くなった気がした。
未知の現象が続く今だけど、隣に赤がいてくれるだけで本当に心強いと思ってしまう。
どうかこの変わってしまった世界が、彼女にとって良くない方向に転ばないことだけを――わたしは心から願いながら、歩きなれた大通りを辿り、フルーダ亭へと歩いて行った。